哀玩人形(10/12)縦書き表示RDF


哀玩人形
作:ちぐ



第十話  哀嬉回想


 「来て……」

 夕空がまだ明るい頃。

 俺は菫を連れて、再び家へと歩き出していた。

 菫は「はい……」と一言だけ言って、俺の後をしっかりと着いて来てくれている。


 バイオレットの持ち主。バイオレットを操っていた人。それが菫だと言う事は、この時の俺はもう理解できていた。
 でも、彼女にはなんの感情も湧かなかった。
 腕の中にはバイオレット。



 現実を見に行くために、俺は歩く。また零れ落ちそうな涙を抑えて、前を見て。
 一人は怖い……だから、菫に着いて来てもらった。

 バイオレットは動かない。




 「菫、少し……話していい……?」
 「……はい……」


 家まで、もうすぐ。

 苦しい。


 「浩介はさ……本当に駄目な奴で……双子なのに俺よりずっと繊細で、すぐにへこんで、部屋は汚くて……でも、……俺なんかよりずっと良い奴で……器用で、気遣いもちゃんとできてて……憧れ、だったんだ」
 「……はい……」
 「あいつが入院したのは、去年の冬だったかな……。メールしてると思ったら、突然、息苦しいとか言い出して……」
 「……」
 「入院したばっかりの時は凄くてさ、毎日毎日、なん人の女子が見舞いに来た事か……。あいつ、人が来るたびに疲れてたのに、ちゃんと全員に『ありがとう』って言ってさ……。偉いなぁって……思ったんだ」
 「はい……」

 家の門が見えた。
 吐き気が酷かった。嘔吐感の変わりに、言葉が出てくる。
 止められない。言い続けないと、叫んでしまいそうで。

 「でも、あいつ、日に日に発作の回数が多くなってって……医者には、ストレスだ……って、言われたらしいんだ。だから、俺、皆にもうあんまり来るなって言ったんだ。やっぱり、人が来るとストレスも溜まると思って……。俺も週に1回だけ、行くことにしたんだ。皆よく分かってくれて、それから来る人も大分減って、発作の回数もだんだん減ってったんだ」
 「はい……」
 「でも、誕生日、……沢山の女子があいつにプレゼントを渡したがって……だから、あいつ……みんなを呼んでって言ったんだ。だから、皆を、あいつの所に連れてって……」
 「はい……」
 「あいつは、凄く喜んで……また、皆や、俺に、『ありがとな』って。それから、……それから…………、……」





 きぃ……っ




 「……菫……来てくれる……?」
 「はい……」


 ありがとうと笑って言って、ポケットの中から鍵を出す。
 家の扉が、開かれた。


 「……」

 玄関を抜けて、真直ぐ2階に上がる。


 短い廊下の突き当たり。右は俺の部屋。左は、……あいつの部屋。


 ドアノブを握る手が、熱くて震える。


 「それから……その、次の日……」
 「……あ……」
 「あの日……あいつは……また、発作を起こして……」

 手に力が入らない。どっちに引けばいいのかわからない。

 「その日が……『バイオレット』に会った日、ですか……?」
 「…………うん…………」

 バイオレットを抱いている事をしっかり心において、

 俺はドアを開けた。







 なんの変哲も無い、普通の部屋だった。窓があって、机があって、ベットがあって。
 でも、やっぱり違った。
 あいつの部屋が、こんなに片付いてたこと、あったか?

 整然と並べられた教科書、ノート。いつもは床に散らばっていて。
 かばんは1つも落ちていない。いつもはそこらじゅうにほかりっぱなしで。

 プリントで生め尽くされていたはずの机には、小さな花が飾ってあった。





 「塚松君……っ」






 声が聞こえた時には、俺はバイオレットを抱いたままで床に崩れ落ちていた。




 世話の焼ける奴が居ない。
 憧れが居ない。

 片割れは居ない。



 やっぱり、死んだんだ。浩介は、あの日。




 あの日を思い出していた。
 病院に着いた時、あいつはもう動いてなくて。
 触れてみると、人形みたいにつめたくて。
 死んだ浩介を見て、哀しかったんだ。



 生きてる人形を見付けて、嬉しかったんだ。














 「バイオレット……踊ってくれる……?」

















ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう