終わりにしたい
「また死体だね。死後一時間ってとこか」
深夜の住宅街の片隅に、静寂を切り裂く銃声音が鳴り響いた。
私の浴槽の中に寝そべる私の’したい’を調べ、屈み込んでいた彼が淡々と告げた。私はバスローブ姿で拳銃を構えたまま、呆然と’したい’になった私を眺めていた。’したい’のこめかみには、先ほど私が撃ち抜いた風穴が見事に開いていた。
「…今度は何がしたかったの?ミキ?」
「私…」
全裸で濡れそぼった私のしたいを、彼はまるで洗濯物のように軽々と持ち上げた。彼は私と目を合わさず、そのまま部屋を横切ってベランダへと向かった。
「私…その…ただ考え事してて…」
「うん」
「その…今日やっぱり、コウスケ君とデートに行きたかったな、って」
「…’デートしたい’って気持ちを我慢してたんだ。だから風呂場にしたいが出来上がったんだね」
持ち上げた私のしたいを運ぶ彼の背中を、私は目で追った。果たして彼が怒っているのか悲しんでいるのか、私には分からなかった。ベランダの隅に、新しく出来上がったしたいを積み上げながら、ようやく彼は私を振り返った。
「’したい’って気持ちを、我慢しちゃダメだよミキ。じゃないと、君の’したいの死体’がこれからもどんどん増えていっちゃうよ」
「…うん」
私は彼の足元を見つめた。ベランダはもう、私の’したい’でいっぱいになっている。『食事したい』『休憩したい』『外出したい』『眠りたい』…全部私が、我慢してきた感情たちだ。’したい’気持ちを我慢しすぎて、死体になってしまった。
「…したいことがあったら、ちゃんと言いなよ」
俯く私を、彼はそっと抱きしめてくれた。いつの間にか拳銃は掌から消えてなくなっていた。暖かな彼の腕の中で、私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
どうしてうまく、自分の感情と向き合えないんだろう?昔から、我慢することが当たり前だった。やりたいことがあっても、親や周囲がそれを望んでいなければ、そんなことはおくびにも出さなかった。いつからだっただろう…何かを我慢したその晩、気がつくと私の右手の中には拳銃が握らされていた。
手にした銃で、私は衝動的に私を殺した。不思議な拳銃は、私が心から強く望むと、何故か掌の中に現れた。その銃で『遊びたい』気持ちを泣く泣く殺し、勉強机に向かった。『恋したい』衝動も見事に撃ち抜き、私には関係のないことと言い聞かせて生きていた。拳銃は私の本当の気持ちを、気持ち良く殺してくれる道具だった。
あれから数年経ち…今の彼と出会い、私はいつの間にか夜な夜な拳銃を握ることも少なくなっていた。それなのに、どうしてだろう?彼と同棲し始めてから、また私は私を殺す回数が増え始めている。彼と一緒にいると、したい気持ちがどんどん増えていく…。
「もう、我慢しないで。ミキの素直な気持ちを、聞かせてよ」
彼は耳元で優しくそう囁いた。私は彼の体にぎゅっとしがみついた。
「ごめん…」
「謝んなくていいよ」
「うん…」
「大丈夫、僕しか聞いてないから」
「うん…私、もう…」
もう、こんなものこりごりだ。私は彼の頭越しに、何もない右手を見つめた。もう、こんな生活は終わりにしたい。心から強くそう望んだ。するとー…
深夜の住宅街の片隅に、本日二度目の銃声音が鳴り響いた。