第二のメスゴリラとなりたい私と婚約
私、シャンヒクは、アスーラ小王国という、文字通り小さな王国の第1王女です。
風吹けば倒れそうな儚げなお父様のヨキシャーク王と、この世の全てを拳1つで拓いてみせるとでも言うかのような、素晴らしく素敵なお母様のハーワ王妃との間に生まれました。
よく民からは、アスーラ小王国のメスゴリラ。
メスゴリラの女王。
世紀末覇者王妃などと表現されるような、逞しいお母様です。顔は凛々しく、いつみても惚れ惚れしてしまいます。
ここまでお聴きになった方々はご理解いただけると思います。
そう、私、お母様に憧れております。小さい頃は、いつかこの国第2のメスゴリラとなりたいと夢見ていたものです。
しかし運命とは悲しいもの。私の生まれ持った体質は、お父様譲りの虚弱体質。
走り続ければ動悸に眩暈。筋力増強トレーニングをすれば寝込み、お母様から武術の手ほどきを受ければ、堪らず吐いてしまうのです。ああ、なんたること!
私が望む体質は、全て私の弟にいってしまったのです。
私の弟、次期王候補のマスールは、お母様の如く力強い肉体を持って生まれました。中身は残念極まりないことに貧弱な性格ですが、見た目だけは筋肉の鎧を着た、ゴリモリ強面の美形です。私と血が繋がっていなければ、真っ先に求婚するような見目です。
マスール、ナイスマッスル!
さて、そんな私ですが、この度婚約を申し込まれました。よくある政略結婚です。
いずれ来るとは心得ておりましたが、いざ来ると憂鬱なものですね。
後日、ウィダーイ国の第3だか第5だか……失礼、大して興味がなかったもので……とにかく、王子様が我が国に視察に来るそうです。
しかもその王子様、数ある見合いの絵姿から、どこから流出したのか知りませんが、私の絵姿に好印象を抱いたらしく、私に会いに来るそうです。
むしろメインはこっちだそうで、事前になんと、お会いした暁には正式な婚約を、と申し込まれました。
えらいこっちゃです。儀礼的に描かれた絵姿に釣られたとは驚きです。
急遽、私たちは王子様会議を始めました。
我が国は小国。一家一身で、国民と変わりなく話し合いや団欒をするのは普通なのです。
「シャンヒクよ、そなた、この話を受けるのか?」
顔色の悪いお父様が私に聞いてきます。お父様は常が白いお顔なので、いつものことです。
「かの国へ嫁げというのならば、嫁ぎましょう。ですが、この貧弱な我が身では、すぐに儚くなるでしょうね」
了承の返事はしたものの、かの王子様のお国は野を越え山を越え、ついで海を越えたそこそこ大きな国です。そんな長距離、私の貧弱かつ虚弱な体は根を上げてしまうのが想像に容易いです。
「であろうな……」
しみじみと言うお父様の横で、ドレスを着た女傑、我がお母様は深く染み渡る声で「ならば」と呟きました。
「何もお前が嫁ぐことはない。向こうは王位から縁遠い立場と聞く。こちらへ婿に来てもらえばよい」
「で、ですが……お言葉ですが母上、その言い分が、大国であるあちらに通るでしょうか……」
低く重い声なのに、自信なさげに言う弟、マスールはオドオドと瞳を彷徨わせています。
「マスール、しゃんとしなさいな! 私にない力強き肉体が泣いてますよ!」
「あ、姉上ぇ……」
「シャンヒクの言うとおりだ。マスール、お前はもっと堂々としていなさい。王候補たるお前がそうでは、より侮られると思え」
お母様の言葉にマスールは大きな体を小さくしました。大丈夫かしら。
「我が妃の言うように、シャンヒクの身を考え、もしあちらへ行くのならという場合の話は伝えよう……シャンヒク、そなた、本当に婚約してもよいのか?」
心配そうに言うお父様。優しい父は私を政治材料とすることを心苦しく思うのでしょう。
ですが私は弱くあれど、メスゴリラの娘。心はメスゴリラ、ただ泣くだけのか弱い女ではありません。
私は頷くと、にっこりと笑って見せました。
「ええ! いかにダメ男であろうと、必ずや相手を御して、国のためとなって見せましょう!」
そう告げた私の言葉に「なんか違うよ、姉上ぇ……」とべそをかきそうなマスールに反して、お母様は豪快に笑ってくれました。
「ああ! 碌でもなかったら、ちょん切ってやんな!」
「はい、お母様!」
ああ、やはりお母様は勇ましき乙女。
「私、いつかお母様のようになってみせます!」
感極まって言った言葉は、残念ながらお父様より「やめなさいね」と止められたのでした。
そして月日は光陰の如し。
あっという間にウィダーイ国王子様の視察日となりました。
この日のために重ねた血反吐を吐く特訓は、誠に悔しいことに実りはありませんでした。我が身のマッスルは私に応えてはくれなかったようです。
心の鎧はともかく、身につける鎧を鍛えようとしたのでしたが……ままならないものです。吐血に嘔吐もしたというのに。
やや青白い顔が鏡の向こうからこちらを見ています。
お父様譲りの儚げな容姿の王女。お母様から譲り受けたものは、剣のような鈍色をした長い髪のみ。しかも私の場合となると、お母様とは違い、より一層我が身をか弱く見せています。
溜息をついて今日のためのドレスを確認します。
ドレスは、藍染色が我が国では盛んなため国の色ともいえる藍色のシックなドレス。藍色は私とお父様の瞳の色でもあります。
部屋つきの侍女にも確認してもらい、準備完了した私は、本日の戦場へと赴きました。
お母様曰く、婚活は戦なのだそうです。今日は初顔合わせの婚約申し入れの場ですが、似たようなことでしょう。私、この婚活やってやります……!
只今、来賓室の前で息を整えております。
あちらの国が大事に扱わなくて良いとのことで、大広間ではなくこの部屋になったとのことです。
この先に、かの国の王子様がいらっしゃる。もう一呼吸して、扉を開けてもらい、一歩。
品良く整えられた部屋にいるお父様。向かいにいるのはお父様より幾ばくか背の高い男性。部屋の隅に兵が控えているのをみるに、彼がウィダーイ国の王子様なのでしょう。
「お父様、第1王女シャンヒク、只今参りました」
淑女の礼を取って言うと、お父様は頷いて私を紹介しました。
「殿下、こちらが我が娘のシャンヒクです」
お父様の紹介に王子様はこちらを振り返って私を見ます。
人好きのするような、好青年然とした顔には穏やかな表情。柔らかそうな黄金の髪は、蜜を溶かしたかのよう。瞳は昼の空を切り取ったようです。すらりと伸びた体ですが、締まるところは締まっている体つき。
「はじめまして王女殿下。ウィダーイ国第4王子ヴァイヤと申します。直にまみえることが出来、舞い上がってしまいそうです」
声も耳に優しいアルト声。
ここまで見ると好い物件ですが……残念、残念です。
「まあ……」
とりあえず余計なことは言わず、微笑んでおきます。お父様が良くやる芸ですが、いつの間にか私にも習得することができていました。
そんなことはさておき、このヴァイヤ王子、実に惜しい。実に残念。
私のポイントを突くマッスルが足りません。何故、スマートマッチョの体を作れるのに、更なる高みを目指さないのか。怠慢です。
しかし、特に問題が起きなければ、私はこの方と結ばれるのでしょうね。そうなったとしたら、いつか弟にしたように、筋力増強指導をすればきっと理想の肉体となってくれるでしょう。
我ながらにいい案です。なければ、作れば、いいじゃない。
我が国では素晴らしきお母様が始めた、ぶつかり猟が盛んです。その肉体を駆使して狩を行うのですが、それをしていただくのも良いかもしれません。
楽しくなってきた未来空想に、顔が緩みそうです。
「あの……ヨキシャーク王、誓って不埒なことはいたしません……その、王女と二人にしていただくことは可能でしょうか」
私を見つめたヴァイヤ王子が頬をバラ色に染めています。どうやら私のことをお気に召していただけたのでしょうか。モジモジと両手を下で合わせるさまは、マスールが照れた時の仕草と似ています。
ああ、やはり決めました。婚約できた暁には、マスールの、弟のように、貴方のマッスルは私が育てます!
「お父様」
「……殿下、後ほど視察の案内を任せる者をよこします。シャンヒク、失礼のないよう、もてなしなさい」
「心得ました」
さっと礼をとると、お父様は兵を連れて部屋から出て行きました。それを見送って、ヴァイヤ王子は部屋の兵へ向かって手を払っています。
「お前たちも、少しの間部屋を出てくれないか。王女と二人で話したい」
無論王子に逆らうような方はいません。皆、微笑ましそうにそそくさと出て行きました。
そして部屋には私とヴァイヤ王子の二人。
ヴァイヤ王子は私の目を見つめて、ややうっとりとしています。
「はぁ……シャンヒク王女……こんなこと、信じてもらえるか……私は、貴方に一目惚れしてしまったのです。どうか、どうかこの度の申し出、受けていただけないでしょうか。あの絵姿を見たときから、朝も昼も夜も寝ている時も、まだ見ぬ貴方の表情や声を想像して過ごしていました」
随分と熱烈な方だったようです。
こういう状態になる方、私は見たことがあります。お父様親衛隊がそうです。もっと強烈な方も見たことがありますので、ヴァイヤ王子は可愛いほうでしょう。無論もっと強烈な方は我がお母様です。
「お言葉ありがたく思います、ヴァイヤ王子殿下。ですが、実物を前にしてがっかりいたしませんでした? 私、このように顔色は悪く、健康な体ではございません。もし、殿下と共になっても、殿下の国へと赴くことは難しいでしょう」
「そんな、そんなことはありません!」
大きな声で遮って、すぐにヴァイヤ王子は少し顔を赤らめて口を開きました。
「恥ずかしながら、こんな気持ち、会えば現実に戻るのではないかと思っていました。けれどこうして、貴方と会って、言いようのないほど嬉しいのです。それに、貴方に負担はかけられません。受けてくれるなら、私は貴方の傍にいたい。他の者が貴方を見初めて欲しくないのです」
きっと夢見がちな乙女ならば、心ときめかせるのでしょう。
しかし私はただの乙女にあらず。誇り高きメスゴリラが娘、心はマッスルな乙女です。
口説くのならば「私の肉体をもって、貴方へ愛をささげましょう」と獲物を捧げたお母様のような者が好みです。血沸き肉踊るものを所望します。
とは言っても、もっぱら我が国や周辺国家で病弱姫と通っている私を好むものはそうはいないでしょう。逃がすに惜しい物件には違いありません。
私が黙っているのを不安に思ったのか、ヴァイヤ王子はずいっと前へ来て、私の顔を覗き込みました。
まあ、綺麗な顔。
お父様ほど繊細ではないけれど、十分すぎるくらい。
「急な申し出に戸惑っておいででしょう……ですが、真実、私はあなたを欲していると知ってほしかったのです」
赤く染まった顔で私の手をとり、何かを渡してくれました。
何でしょう?
手のひらに転がったものを見て……見て……大変だわ。
「なんて……こと……」
手の中にある指輪。これは、我が国における闘いの申し出。
王子は、ヴァイヤ王子は私と闘い、力で私を手にしようとしている、ということ! 国のローカル文化までご存知とは、素晴らしいです。
「本気なのですね、ヴァイヤ王子殿下」
虚弱であった私です。今まで誰一人とて、この申し出をしてはくれませんでした。
ああ、私、ヴァイヤ王子の見てくればかり気にして、王子殿下の内に秘めた闘志を侮っていたんだわ!
「ありがたく、お受けします……!」
ぐっと指輪を握り締めて言うと、晴れやかに笑ってくださるヴァイヤ王子。
シャンヒク花の16歳。やっと憧れの闘いが出来ます。メスゴリラへの一歩は近いです。
こうしてはいられません。私は王子へ笑い返し、部屋の外へ声をかけました。
「誰か!」
重たい扉が開けられました。
「私、すぐにでも家族へ報告してきますね!」
心なしか軽やかに淑女の礼をして、私は部屋を飛び出しました。
特訓を吐きながらこなし、待ち望んだ後日。
執り行われたのは、婚儀でした。
「あら……?」
「貴方が望む闘いは、これから二人でしましょうね」
ヴァイヤ王子が幸せそうに笑っておりますが、何か違う気がするのです。