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妖幻抄―7章―
作:維月十夜



あわや!―大蛇の穴―


陽が、傾きかけている。
すでに、太陽はビル山の狭間で、見えない。
薄闇が、広がっていた。
「丁度いい、今夜はここで陣を張るか」
氷雨は、洞の壁に触って言った。
水滴が、ときおり滴る洞窟内を、二人は松明たいまつを片手に進んでいく。
高く、虚ろな音が、しきりに洞内に響く。
冷気が、背筋にまといついて、ひどい悪寒を催させた。
「キュウゥ…」
「え…どうした?ヨミ」
弱々しく啼いて、立ち止まったヨミを、明は抱きあげた。
いつもなら、先頭をきって歩くヨミが、なぜか今日は、様子が変だった。
「キルル…キュウ〜ン」
「お前が震えるなんて…氷雨、ちょっと待ってくれないか?」
「明…」
「ここ、なにかいるぞ…なんだろう、いやな匂いがする。なにかが、腐ったような匂いだ」
「それに、生臭いだろ?明、動けるか?」
洞内は、小刻みに揺れていた。
壁が、動いているのだ!
「壁が、動いて!?」
「いや、壁じゃあない…こいつは、委蛇いいだっ、外に出るぞ!早くっ」
「あっ、ああ!」
「急げっ!?」

 二人が、洞窟を出てすぐに、岩山が爆音をたてて崩れる。
砕けた岩石が、雨のように、明と氷雨を襲った。
「まだくるぞっ、走れっ!」
氷雨は、走りながら叫ぶ。
「だ――――っ、しつこいな!蛇だからっ」
二人を追って、地割れが近づいてくる。
「くそっ、これ以上逃げても、キリがねぇ!」
氷雨は、明を背中に庇い、鋭く舌打ちする。
「どうする、戦うのかっ?」
「待て、止まったぞ相手っ」
氷雨は、後ろの地割れを振り向いた。
明は、気を集中させて、気配を探る。
しかし、気配を消しているのか、なかなか場所が分からなかった。
身の内では、警鐘が鳴り続けている、『近くにいる』と言おうとしたその時、服の中から、ヨミが飛び出して行ってしまった。
「よっ、ヨミ待てっ!?」
「明!?」
追いかけようとした瞬間、鳴りひびいた轟音に、地面が揺らいだ。
氷雨が、きつく明を抱き寄せて、庇った。
「ヨミがっ!ヨミ―――――っ!?」
砂塵が晴れると、月光を浴びて構える、大蛇がいた。
蛇は、威嚇音を発しながら、大きく裂けた口から、牙を剥く。
「あ、明、ダメだ!動くなっ」
ゆらり、と立ちあがった明を、氷雨は慌てて引き留めた。
「離してくれ、氷雨…あたしが行く。よくも…よくもヨミを!?」
ミシミシ、と明の姿が変わっていく。
牙が生え、髪と爪が伸び、両頬には、横向きに、牙形の赤い線が浮かび上がっていた。
「あ、明!?」
呼ばれて、髪の間から突き出た、立ち耳がぴくりと動いた。
「すぐ片付ける、そこにいてくれ…」
爪を構える明。
氷雨は、目を見張った。
今までに何度も、明が変化するのを見てきたが、今の彼女の姿は、異例だ。
人狼、という種族こそ同じだが、自分とは、明らかに種類が違っている。

 彼女の爪が、蛇の首を引きちぎった。
首は、宙を舞って落下し、地面が大きくたわむ。
血糊が飛沫しぶいた岩片が、黒煙を上げて、ぐずぐずと溶け始めていた。
ふと、視界の隅で、なにかが動いた、と思った瞬間、明は殴り飛ばされた。
瓦礫の山に激突し、岩片が飛び散る。
「明っ!?」
氷雨は、慌てて駆けより、明を抱え起こした。
「なんで動いた、危ないだろう…」
土を払いながら、明は面白くなさそうに、ぶすくれ顔をする。
「なんでもだっ!お前の方が、よっぽど危険だろうがっ」
「氷雨…」
「ったく、無茶ばっかりしやがって」
「…ごめん」
さっきまでの、緊迫感はどこへやら。
どこに行ったかというと、濃厚な、甘い雰囲気に塗りつぶされ、萎縮してしまっていた。
二人は、キスなんかしている。
それを、蛇の頭が『忘れるな』とでも言うように、叩き割った。
「っと!蛇の分際で…邪魔しようなんざ、1000年早いンだよっ!」
いいところを邪魔され、怒り心頭の氷雨は、思いきり、蛇の頭を踏み砕いた。
すると、大蛇の首は、ぐずぐずと溶け始め、やがて、骨だけになった。
「尻尾は溶けねぇのかよ…」
「氷雨ぇ、ヨミ、食われちゃった…」
泣きそうな明を、氷雨は抱き締めてやった。
「泣くな…死体だけでも、見つけてやろう。行くぞ」
「うん…」

 二人は、蛇の出てきた穴の中に降りる。
「足元、気をつけろよ?」
「うん…平気」
横穴を進んだ先に、大きな空洞が現れた。
どうやら、大蛇の寝床のようだ。
「何もないな、戻るか…」
言いかけた明は、足元に、乾いた音を聞いて動きを止めた。
足元一面には、様々な骨片が、散らばっていたのだ。
どれも、砕かれて、原形を留めている物は少ない。
「ま、まさか…ヨミも?」
明は、力なく座り込んだ。
「行こう、明…もう、ここにいない方がいい」
「どうしよう、氷雨…あたしのせいだっ」
骨を握りしめて、明は突っ伏せる。
「とりあえず、ここを出よう…ほら、立て」

 「明ぅ、もう泣くなって…な?」
「はぁ…ヨミ…」
泣きやまない明に、一つため息をついて、氷雨は、大蛇の尻尾に座った。
とりあえず、とりとめのない話題をふってみる。
「これ、食えねぇかな?なぁ、明…んんっ?」
氷雨の表情が、一気に険しくなった。
ひっくり返した蛇の尻尾は、裏側がひどく食い荒らされていた。
そして…
「キュィ…げふっ!」
犯人発見。
氷雨は、ヨミをつまみ上げて、大音声で怒鳴った。
「てめぇっ、俺がどんだけ捜したと思ってやがる―――――っ!」
正確には、明が、である。
「ヨミ!生きてたのかっ、よかったぁ」
明は、氷雨からヨミを取り上げて、頬ずりした。
「クルル…ゴロゴロ」
微笑ましく、再会なんかしている脇で、氷雨一人が、黒いオーラを出していた。
「明、ちょっとこっちこい」
「なに?」
「これ、まだ何かあるぜ?いま光った」
氷雨は、言いながら、足先で尻尾をつつく。
「なにが?ただの尻尾だろ」
「キュウゥ」
ヨミも、蛇の尻尾で爪を研いでから、物言いたげに、明を見あげた。
「お前も、そう言ってるの?ヨミ」
「キィッ!」
「うおわっ!」
突然、自分の方に飛んできたヨミを、氷雨は慌ててよけた。
ヨミが噛みついたのは、大蛇の尾だった。
瞬間、いくつもの、月を集めたような光が、宵闇を切り裂いた。
視界がぼやけた二人は、しきりに目を擦る。
「なっ、なんだ、今のは」
「わ、わかんない…目が潰れるかと思った」
「ミ――‐‐」
「ん、なんだ、ヨミ…」
ヨミは、甘えるように明の足首にまとわりつき、衣の裾を銜えて引っ張った。
「刀…?」
明は、ヨミに促されて、刀を拾い上げた。
「なんだ…どうしたんだ、その刀」
ひょい、と氷雨が顔を覗かせる。
大蛇の尾から出た刀は、夜目にも青白く輝き、柄と鞘に、鱗の紋様を浮かび上がらせていた。
「わからない、けど…きれい」
「明、それ、お前が持ってな」
「えっ?でも、これ倒したの、氷雨だろ?あたしじゃない」
明は、刀を氷雨に差しだすが、氷雨は受け取らずに、笑った。
「俺は少ぅし手伝っただけで、何もしてないよ、お前の手柄みてぇなもんだ。それに、俺はもう持ってるしな」
氷雨は、腰に差してある刀を、叩いてみせて言った。
「うん、あたしの、刀かぁ…なんか嬉しいっ」
笑った彼女の背中を、払暁が照らす。
いつもの、半魔の姿に戻っていた。
ヨミが、一つ身震いして巨大化し、いなないた。
嘶いた、といっても、馬のようにではなく、虎の声で吼えたのだ。
出立を、促しているようだ。
「え、ヨミ…もう行くのか?」
明は、生あくびをしながら言う。
明も、氷雨も寝不足なのだ。
「少し休ませてくれよ、ヨミ」
「ね?ヨミ、いい子だから」
二人が、いくら懇願してもヨミは、イヤイヤをするように、頭を振った。
「もう、ヨミは…おいで?」
明が、ヨミの前に屈むと、ヨミは、小さな本性に戻った。
長い耳をぺしゃりと下げ、小さな鼻面を、明の手に押しつけて甘える。
「ヨミ、少し休ませてくれ…少しだけだ」
しかし、ヨミは聞き入れずに、首を横に振り、服の裾を銜えて引っ張った。
「イヤなんだと、仕方ねぇ…移動しようぜ?」
「そうだな…」
苦笑し合う二人。
ヨミは、一人だけ嬉しそうだ。
「さぁて、行きますかね!」

 見あげる空は、どこまでも高い。
もう、秋が近いのかも知れない。
二人と一匹の、標のない旅は、今日も続く。





































































どうも、維月です。
読者さま、ここまでごくろうさまです。
ヨミ、ここで本性現します。
氷雨と明、このバカップルな二人を、どうしましょうか…
:-O(汗)
えー…これからも、精進します、よろしくです。













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