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魔王様、教祖になる!  作者: 森田季節
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第33話 魔王、除夜の鐘をつく

 十二月も後半に入り、魔族暦三〇八年も残すところわずかとなった。本当に多くのことがあったものの、魔族たちは基本的に平和な一年を過ごしたと言えた。

 だが、今年のアルカインには、まだやろうとしていることがあった。


 ――魔族には宗教がなかったせいで年越しの行事とやらもろくにない。これは正直、面白みに欠けるな……。


 今のアルカインは前世の禅僧、正覚の記憶が戻っている。だから、当然年末年始の様々な仏教行事および民俗行事も記憶に戻っていた。日本人なら、心の浮き立つ時期だ。

 しかし、魔族にとって、年末年始というものはほとんど特別な意味を持っていなかった。せいぜい、一月の頭になれば「今年も頑張りましょう」と誰かに会った時に言う程度のもので、行事と呼べるようなものはほぼ皆無と言ってよかった。


 理由はこれまでと同じだ。宗教を持っていなかった魔族にとって、暦は暦の意味しかなかったのだ。

 ――そういえば、日本で昔からある行事の大半は何か宗教的な意味合いを持つものだったな。クリスマスやバレンタインデーだってかなり変質しているとしてもキリスト教と多少なりとも関わりがある。魔族暦を見ていて何かそっけないなと思ったら、イベントというものが極端に少ないのか。


 正覚の記憶が戻る前は気にもしていなかったが、どうもこれは寂しい。それに、年があらたまる時期というのは、前年の自分の行いを振り返って、反省する時期でもあるのだが、そういうこともなされていないだろう。


 そういえば、RPGのゲームをやっていた時も、モンスターが正月に餅をついてるイメージなどまったくなかった。冷静に考えると、味気ない生き方ではなかろうか。立派な石造りの城なども作るほどの高度な技術を持っていたくせに、精神文化的なことは二の次にしている。


 ――ないならば、作ってやればよいな。朕だけでもできることはあるだろう。

 アルカインはまず粘り気の強い品種の芋を大量に用意させた。わざわざ厨房にみずから出向くほどの気合いの入りようだった。


「まさか、魔王様が厨房にいらっしゃるとは考えておりませんでした……。調理用の刃物などもございますので、なにとぞお気をつけください……」

 王室料理長をつとめるレイスのモルディーンはアルカインが来ただけで驚きを隠せずにいた。レイスは人間たちからは沼の悪霊と呼ばれるような怪物だが、顔が極端に青白いことを除けば文化的な種族であった、

 なお、ザクスラン城の中では、王族に料理を調進する王室料理長の職務は、その他の食事係とは独立して存在していた。もちろん、王室料理長のほうが身分としては上だ。


「この芋をよくすりつぶした上で、ボール状にしてくれ」

「わかりました……。やってみましょう」

 言われるままにモルディーンは調理を行った。さすがに料理人だけあって慣れたものだ。ただ、魔族に限らず、この大陸は煮物料理の割合が高いせいか、この芋もスープ鍋に放りこむことが多かった。


 モルディーンがまん丸な芋のすりつぶしたものを並べ終わる。

「今度は、それを薄い鉄鍋に入れてゆっくりと油で熱してくれ」

「味付けはどうなされます?」

「味はつけなくてもよい。あとで醤油でもきな粉でもつける」

「醤油? きな粉?」

「……ああ、今の言葉は気にせずともよい」

 たまに前世の記憶に基づいた妙な台詞を吐いてしまう。これだけで怪しまれることはないと思うが。


 ひとまず、これで食べ物の準備のほうはできた。

 次は行事のほうだ。


 アルカインは十二月三十日の夜、年が明ける少し前にコーゼン第一寺院に臣下たちを集めた。さらに後ろには何かを行うようだと思って詰めかけている民衆たちがいる。

 ちなみに、この世界では二月も十二月も三十日までである。その代わり、数年に一回うるう月を設定することで対応している。三月の次が四月ではなくて、うるう三月になったりするのだ。


 女騎士のサリエナが頭を上げている。

 コーゼン第一寺院の中でも他を圧倒する五重塔の最上層のところに大きな鐘が移されている。それを見ているのだ。いつもは開くこともない五層目の扉が開いていて、その様子がうっすらと見えた。


 この巨大な鐘はもともと王城にあったものだ。二時間おきに鳴らして現在の時刻を知らせるのである。

「魔王様、わざわざ時の鐘を持ってきて、何をするつもりなのです?」

 サリエナはアルカインの横にいて、今日だけ鐘が動かされた一部始終を見ていた。

 五重塔の最上層に大きな鐘を運び入れるのは大変で、結局綱をつけた鐘をドラゴンなどに引っ張り上げさせて、最上層の開いた扉から入れたのだ。五重塔の中の階段では狭すぎて、とても一階から上げることはできない。


「鐘と言えば鳴らすに決まっておるだろう。百八回鳴らす」

「百八回!」

 その回数はサリエナを驚かせるに充分だった。多すぎると思われただろう。


 開始の時刻になったのか、カァーン……カァーン……と鐘が響きだした。

 ――仏教の鐘と比べると、音が高すぎるが、まあ、これはこれで面白いかもしれぬな。

 そろそろ説明を加える時間だなとアルカインも思った。鐘はちょうどよい合図になった。

「みんな、今から鐘を百八回鳴らす。この鐘の音の最後の百八回が鳴り終わるのを以って、今年の終わりとする。つまり、新しい一年のはじまりだ」

「質問させてください。どうして、百八回なのでしょうか?」

 得心のいかないことがあればダークエルフのナタリアがすぐに尋ねてくる。近頃ではアルカインはナタリアが自分に合わせてくれているような気すらしてきた。


「生死の境をさまよった時、竜女りゅうじょ様にこのように聞いた。我々一般界に住まう者は百八の様々な欲望を持っているという。そこで、清らかな鐘の音により、その欲望が次の年に強く起こらないにするのがよいというのだ」

 鐘の音で欲望をとどめるなどというのは、アルカインが付け加えたものだが、なかなか上手い説明だと思えた。別に十八回でも五十回でもなんでもいいのだが、とにかく何か一年の締めくくりになるものがほしかったのだ。


「竜女という神格をどうも便利に使いすぎている気もいたしますが、意味はわかりました」

 ナタリアは少しばかり疑わしそうだったが、追及はしないでくれた。ナタリアが黙るということは、皆、わかってくれたということだ。

「夢の中の時間というのは、実際の時間とはまったく別の流れであるからな。ゆっくりと尋ねる余裕があったということだ」


 そんな話の間にも鐘の音は続いていた。なにせ、百八回もあるのだ。

「さあ、皆、目を閉じて、来年も魔族が繁栄する一年になることを祈ろうではないか!」

 アルカインのその声に合わせて、魔族たちは手を組み、静かに瞳を伏せた。

 そこに、鐘の音がやさしく響く。


 ――とってつけたような行事だが、これはこれで風流であるな。

 アルカインも鐘の音に耳を傾けながら、満足そうにうなずいていた。

 今年はよい一年だった。

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