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第二章
019:野菜と大家族
その後チェムカもやってきて、すぐに診療が始まり慌ただしい一日がスタートした。今日も診療が昼過ぎには終える予定で、それ以降ラディスにはまた往診の予定が入っている。リィンはフル回転で洗濯や掃除を済ませ、ニコルと料理をし後片付けをこなす。
今日こそはだめだと言われても、護衛として一緒に行くつもりだ。
全ての用意を済ませ、居室で待機する。
そんなリィンの様子を見てニコルが微笑んだ。

「リィンったら、どうしたんだい急に」

「だって、僕に出来るのはそれくらいだもの。イリアス族の『力』だって、人を護る為に使うなら良いものだろ?」

それに、きっとラディスを護るのは運命ではないかとさえ思われるのだ。昨夜色々と考えて出した答えだった。
ゼストが何を考えて、この診療所を最後に目指したのかは分からない。でもそこで出会った医師は、ルキリア皇族でありながら強い信念の元、不条理な差別と戦い続ける人であったのだ。しかもリィンの父や母とも面識がある。イリアス族を守ってくれる。それにリィン自身も何度となく救われている。こんな偶然があるだろうか。

「それなのに、何でラディスは笑うんだろう」

「どうしてだろうねえ」

ニコルは首を傾げながら答える。

「でもねえ、リィン。あたしは嬉しい」

「え?」

「確かにリィンは先生から見れば、未熟かもしれない。だけど、あんな言葉を言ってくれた人は今までいなかったわ」

たいていの人は皆、あの先生に護られる側の人達だから。全ての矢面に立つ先生には、護るべき人はたくさんいても、護ってくれる人は一人もいないもの。

「未熟でも何でもリィンは格好良いわ。あたしがまだ若かったら、好きになってるわよ」

リィンは少し照れながら、ありがとうと言った。

「それにしても、すごい量の野菜だね」

テーブルの上には色とりどりの新鮮な野菜が入った、大きな籠が置かれている。ニコルの自宅には広い庭があり、そこで野菜も作っているのだ。今朝はたくさんの野菜をニコルの主人が背負って持って来たのだった。
ニコルはこの診療所より東へ下がった辺りに広がる住宅地に住んでおり、二人の息子達も既に独立し今は主人と二人暮らしをしていた。ニコルの主人は土木と家造りの職人で、年は六十を過ぎているはずだが、屈強な身体は健康的に日焼けをしており、今でも現役で仕事をこなす。この診療所の補修なども請け負っていると聞いた。二人の息子達も父の背を見て育ち、腕ききの職人として活躍している。

「こっちの分はチェムカにおすそ分け」

そこへ診療を終え片付けを済ました三人が戻って来た。

「うわあ、美味しそうな野菜だべ」

感激の声を上げるチェムカ。
彼女は七人兄弟の大家族の長女だ。
父親を病気で亡くし、母と家計を切り盛りしながら下の弟や妹達の面倒を見ていて、たまにニコルが作った野菜を持って帰ったりしている。

「ニコルんとこの野菜は新鮮でうめえから、弟達も喜んで食べんだわ。いっつもすまねぇす」

「良いんだよ。でもねぇ、ちょっと張り切って持って来すぎたかしら。これじゃあ重いわね」

「んだなあ。馬借りて一辺戻ってこようか」

「リィンに持って行かせれば良い」

ラディスが話に割って入る。リィンは少し慌てた。

「えと、でも僕ラディスのお供もしなくちゃ」

「お前はこの診療所の護衛でもある。って事は、ここで働く者の護衛だろ」

「そ、そうだけど」

ラディスはリィンが出た後に、外出する気だ。それが分かっているからリィンは粘った。

「お前、こんな重いものをチェムカに持たせる気か」

少し面白そうにラディスは言い募る。

「そったら事、あたすはへいちゃらだけども」

チェムカが眉をハの字にして困った顔をした。その姿を見て、リィンは決断する。

「分かった。僕が行く。でも僕が帰って来るまで、ラディスはここにいろよ!」

ぷっとラディスが噴き出した。ニコルも楽しそうに微笑んでいる。

「クレイ、僕が帰るまでちゃんと見張っててよ!」

クレイは、はい、と生真面目に返事を返した。
たくさんの野菜が入った籠を両手に抱えて、リィンが歩き出す。

「チェムカ、行こう」

「では皆さん、お先に失礼しますだ」

◇◇◇◆

「大丈夫けえ、重くねえだか」

「大丈夫。僕結構力持ちだから」

チェムカの家は広場を通りすぎて、西に十ナルグ程行ったところにある。石畳の道を二人で歩く。

「リィンって本当に綺麗だわなあ」

突然チェムカが呟いた。

「綺麗なんじゃないよ、珍しいだけさ。どうしたの急に」

広場に近づくにつれて人が増えてゆく。リィンはいつものマントを羽織ってこなかった事を少しだけ後悔した。すれ違う人が、リィンを見て怪訝な表情を浮かべる。

「あたすは綺麗だと思う。真っ白な肌だってすべすべだし、栗色の髪もつやつやだ」

それに比べたら、とチェムカは沈んだ声を出した。

「あたすはほら、肌だって日に焼けてるし、それにこの灰色の髪。おばあさんみてえであんまし気に入ってねんだわ」

リィンは心底驚いた。誰かに何か言われたんだろうか。いつも明るいチェムカだが、そんな風に自分の容姿を思っていたなんて。

「どうして!僕は好きだよ、チェムカの髪。銀色でとっても綺麗だ」

チェムカがリィンを見つめる。

「その肌だって健康的じゃないか。チェムカはとっても可愛いよ。僕が保証する」

うん、と頷きながら歩くリィン。呆然とその場で立ち尽くすチェムカに気づかずにどんどん先へゆく。

「い、いやだ~。リィン、そったら褒められたら恥ずかしいでねえの!」

そう叫んでチェムカが小走りに近寄り、力任せにバシン、とリィンの背中を叩いた。その拍子にリィンはよろける。

「ってて」

「あんがとね、リィン」

にっこりと笑うチェムカ。叩かれた意味は分からないが、つられてリィンも笑顔になる。
そうこうするうちに、チェムカの家がすぐ目の前に見えてきた。広場から続く通りの、そのまた脇道に階段があり、下に降りたところにも住宅地が広がっている。その一軒、黄色い屋根をした石造りの家。

「っあー!チェムカが帰ってきたあ」

家の前で砂遊びをしていた小さな子供が、チェムカを見つけて大声をあげた。一緒に遊んでいた子供も立ち上がり、叫ぶ。

「チェムカだー!」

「これ、姉ちゃんをつけろって言ってるだろが」

チェムカが大きな声でそれに答える。わらわらと家の中から子供が三人飛び出してきて、合わせて五人それぞれが一斉に走り出した。

「あー!ニコルの野菜だあ!」

「ニコルの野菜!」

「なんか変な人がいるー」

「変な人ぉー」

リィンはその迫力に気押されて、その場に立ち止まった。あっという間に子供達に取り囲まれる。年齢はそれぞればらばらで、上は十歳くらいから下は三、四歳といったところだろうか。

「あ、これ俺知ってる!イリアス族だ!」

「私だって知ってるもん。イリアス族」

「しろーい」

「あかーい」

全員が至近距離でリィンをのぞきこみ、小さな子がぺたぺたとリィンの腕を触る。まるでチェムカがたくさんいるみたいだ、とリィンは思った。物珍しそうにリィンを見つめるその反応は、素直すぎて嫌味を感じない。

「これ!おめえ達、失礼でねえか!」

チェムカが大きな声で叱る。リィンは笑いながら、

「良いよ」

と、また歩き出した。
賑やかなまま家の玄関口まで行くと、奥からチェムカの母親が顔を出す。チェムカと同じ灰色の髪を束ね、背の高い彼女はスレンダーな体型をしていた。チェムカが年をとったような顔。親子だと一目で分かる。リィンを見て目を輝かせた。

「あんたがリィンさんさね。いつも娘がお世話になって」

「い、いえ僕の方こそ」

大きな籠を、チェムカの母は軽々と片手で持ち上げる。

「わざわざこれ持ってきてくれただ」

「まあまあ、そったら申し訳ねえ」

「いえ、良いんです」

「まあお茶でも一杯。何にもねえ所ですけども」

そんなやりとりをしていたら、奥から勢いよく少年が飛び出してきた。チェムカの母を押しやり、強引に外へ出て、そのまま走り去ろうとする。

「レッジ!どこ行くだ!」

銀色の短髪を空へ向けてツンツンと立たせた少年は、ちらりと振り返り、無言のまま走っていった。

「レッジーどこ行くのー」

「ばいばーい」

小さな弟達がそれを見送っている。リィンが不思議そうにその少年の後ろ姿を見つめていると、チェムカが困った声で説明してくれた。

「あれはあたすのすぐ下の弟のレッジだ。十五で反抗期なんだべ。最近町の良くない連中と遊んでるみたいで、ちょっと心配だ」

それからリィンはお茶の誘いを丁重に断り、まとわりついて来る小さな弟や妹たちを何とか振り切り、急いで診療所へ引き返した。
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