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第二章
014:ルキリア皇族
クレイがティーセットを持って応接室へと向かう。その後ろにリィンが俯き加減でついてゆく。挨拶をしなくてはいけないと言うので、リィンの心はずしりと重い。控え目にノックし、扉を開いて中に入る。
その部屋にいるのはラディスを含め、ルキリア皇族の三人である。何とも珍しい光景だ。エリナの従者がクレイに気づき、深々とお辞儀をした。クレイは静かに準備をし、それぞれのカップに飴色の茶を注ぐ。

「エリナの奴、どうしてもすぐに行くと言ってきかないので、私はこの軍服のままだ。目立って好かないのだが」

「だって、兄様、ずっと連れてってくれないんですもの。私はラディスに会いたくて仕方なかったのに!」

「嬉しい事を言ってくれるね、エリナ姫」

エリナが瞳を輝かせ、ラディスに向かって身を乗り出す。わずかに頬も赤らんでいる。

「私ね、もう十五になるの。そのパーティーがあと十日後にあるのよ」

ラディスはにっこりと笑い、

「そうか。早いもんだな」

と呟く。クレイがテーブルにカップを置いた。エリナの手前に砂糖壺とクッキーをそっと添える。

「それはそうと、数日前にここへペインとウォルハンドが来ただろう。私はそれを事後に聞いたのだ。申し訳なかった」

「いいや、いつもの事さ。お前も大変だな。あんな古だぬきが副司令だなんて。お前の親父も相当なひねくれ者だ」

「考えあっての事だろう。父上は私に、わざとそういう人物を当ててくるのだ。軍の内部の腐った膿も出さなくては正義が保たれん」

エリナは二人の会話を興味なさそうに聞いている。
アルスレインは表情を曇らせ、続けた。

「ここにイリアス族の少年がいると聞いたが…」

「ああ。リィン、ここへ」

リィンは名前を呼ばれてびくりとする。クレイが目で行くように促す。ぎくしゃくとしながら一歩ずつ近づくと、アルスレインとエリナが息を飲むのが分かった。

「リィンと申します」

リィンは感情を抑えた声で告げ、ぺこりと頭を下げる。

そんなにイリアスが珍しいか。お前達が滅ぼしたくせに。

腹が煮えくりかえる程憎たらしいが、この皇族を前にして、衝動的な暴走は何とか食い止められている。ラディスを刺した出来事がトラウマとなり、抑止力となっているようだ。
アルスレインは立ち上がり、リィンに向かって丁重に頭を下げた。リィンは驚いて後ずさる。

「私の部下がとんだ無礼を働き、真に申し訳なかったと思っている」

そう言って顔を上げたアルスレインと、まともに目が合った。裏のない表情。意思の強そうな眉に、自信に満ち溢れている瞳。好青年。

日向ばかりを歩いて来た人間の顔だ、とリィンは思った。

「ルキリアが過去に何をしてきたのか、私は知っている。今でも続くその悪しき習慣を、私は断ち切りたいと思っているのだ。
 そうだ、君に何か償えるのなら…」

リィンはむっとする。

「こいつはそんなもの望まないだろう」

ラディスが先回りして言った。アルスレインは脱力して、そうか、と呟きながら椅子に腰かける。

「シルヴィとティルガの子だ」

リィンは驚いてラディスを見た。言ってはいけないんじゃなかったのか。それをよりによって、帝国軍の全権力を持つ元帥に耳打ちするなんて。しかし、リィンのその驚きより、更に驚いた顔でアルスレインがリィンを凝視している。驚愕の表情。

「…そうか。私はまた重ねて無礼を働いたようだ。誇り高きイリアスの子、どうか許してくれ」

「ねえ、何ぶつぶつ言ってるのよ!そうだ、ラディス、私のパーティーへは来てくれるわよね」

クレイと共に部屋を後にする。長い廊下を歩きながら、リィンは疑問を口にした。

「あの、アルスレインという人、≪黄金の青い目≫ではなかった…」

ラディスやエリナのような、青の瞳の奥に輝く黄金色が、アルスレインの瞳にはなかった。青の瞳、貴族と同じだ。

「ええ。生まれつきだそうです。皇族だからとて、全員があの瞳を持って生まれるわけではないようです。だからこそ、ラディス様は一部の帝国政府や軍人達に煙たがられているわけです。血族の恥だと言って。許しがたい事ですが」

リィンはいつかの気味の悪い男が言っていた言葉を思い出した。

皇族に追放された、汚れた人物。

「しかし、アルスレイン殿がいらっしゃる限り、まず大丈夫でしょう。あの方はラディス様をとても慕っておられる。ラディス様の見ている将来を、一緒に作っていきたいと思っておられる。崇高なお方です」

「まだ若そうに見えたけど」

「確か今年で二十一だったと記憶しています」

その人物が、やがてこの国の王になるのだ。リィンはアルスレインの壮大な将来を考えて、呆然とする。
そして同時にラディスという人間の、底知れない力に度肝を抜かれる。次期国王の青年からも絶大な信頼を寄せられ、そして影響力を持つ。

「ラディスって、一体何なんだ」

クレイはさらりと言った。

「町のお医者様ですよ」

納得できずにクレイを見つめていると、彼は一瞬の躊躇の後にため息をついた。

あなたの疑問も、もっともですね。良いでしょう。

「ルキリア国の現国王、カイエリオス様の兄であり、前国王であられたグランハート様は、ラディス様の父君であられた方です」

リィンは言葉を失ってその場に立ち止まる。
では、あの部屋にいた三人は、従兄弟になるのか。

「しかしラディス様は、グランハート前国王の正統な子息ではありません。
 …ラディス様の母君は当時宮殿内で働いていた、従者の一人です」

クレイの表情が険しくなる。
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