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第二章
013:剣の舞
穏やかな昼下がり、町はずれのコの字型をした診療所の裏手から断続的な金属音が響く。
裏庭でリィンとクレイが剣を構え、睨み合っている。
家の壁際にはニコルとチェムカ、それにチェムカの友人のメリエナとミランが佇んでそれを見守る。

リィンは華奢な身体の割には大きめの剣を振るってクレイに斬り込んだ。クレイがその剣を受け止めて弾き返す。リィンはすぐさま地面ぎりぎりにまで体勢を低くし、相手の足元を狙った。クレイは反射的に後ろへ跳んで、その瞬間をついてリィンがもう一度剣を振りかざす。クレイは身体を捩じり、切っ先をかわしたが左肩のブラウスが見事に切れた。

チェムカとその友人達は瞳を輝かせ、その演武を見つめている。ニコルは少々心配そうな表情。

『力』が戻り、正式にラディスとこの診療所の護衛として雇われたリィンだったが、剣の腕があまりにも軟弱であるとクレイに指摘され、時間の空いている時に稽古をつけてもらっているのだ。ここ数日の間は護衛というのは名ばかりで、ラディスの外出のお供もさせてもらえていない。
リィンは生傷をたくさんこしらえながらも、めきめきと上達していた。

俊敏な剣さばきでクレイを追い詰めてゆくリィン。しかしその全ての攻撃を凌ぎつつ、クレイは一瞬の隙を狙う。大きめの剣を振るうリィンの呼吸が僅かに乱れた。その機を逃さず、クレイは素早く身体を反転させ、反撃に出る。あっという間に形勢は逆転し、今度はリィンが追い詰められてゆく。鉄がぶつかり合う音。次の瞬間、勝敗が決まった。クレイの剣先がリィンの喉元でぴたりと止まる。

肩で息をしながら睨み合う二人。

リィンの両目が、紅い炎を宿す。

次の瞬間クレイは後ろへ飛ばされ、尻餅をついていた。

「…反則ですよ。『力』を使うのは」

クレイはよろけながら立ち上がり、服についた汚れを払う。

「まったく。負けず嫌いですね、あなたは」

汗で額に張り付いた前髪を腕で拭いながら、リィンは笑った。

「ごめん」

「それにしても、その剣でここまでやれるとは。上達しましたね」

「リィンすごい!ずいぶんうまくなったわ!」

メリエナが歓声を上げ、チェムカとミランも手を叩き合っている。

「僕、次はラディスと手合せしたい!」

リィンが瞳を輝かせクレイを見た。しかしクレイは呆れたように首を振る。

「まだまだ。今のリィンではラディス様の相手などつとまりません」

「面白い事をしているわね、クレイ」

突然見知らぬ声が割って入った。そこにいた全員が、その声のする方へ顔を向けた。貴族風の格好をした少女が、こちらへ歩いて来る。従者と思われる身なりの女性が、恐縮するようにその後に続く。
見事な金色の髪を風になびかせている少女。その髪は艶やかで手入れが行き届いており、桃色の蝶の髪飾りが陽に輝いている。見るからに上等そうな生地のブラウスに、腰の絞られた薄紫色の膝丈スカート。白のハイソックスに紺色の滑らかな革靴。

「声をかけても誰も出て来ないんですもの。どうなっているのかと思ったわ」

リィンはその少女を見て硬直していた。瞳は青く、そしてその奥にちらちらと金色が輝く。ラディスと同じ瞳。ルキリアの皇族だ。ざわざわと鳥肌が立ってゆく。

「申し訳ございません。エリナ王女」

クレイが丁重に頭を下げた。それに呼応するかのように、チェムカやニコル達も頭を下げる。リィンだけが、視線を逸らす事ができずに凍りついたまま。
つり目で少し上向きの鼻。少女は顎をわずかに上げて、全員を見渡す。リィンはそっとニコルの後ろに隠れた。

「ねえクレイ、私あなたとラディスの手合せが見てみたい」

「え…」

クレイが返事をする間もなく、エリナは大きな声で、二階の書斎にいるラディスを呼びつけた。

「ラディス!いるんでしょう!」

書斎の窓が開いてラディスが顔をのぞかせる。

「今すぐ剣を持って降りてきて!」

ラディスはわざとらしく目を見開いたまま、奥へ消えた。エリナは両手を腰に当てて、満足げに微笑んでいる。リィンは少女の勝気な態度を見て憤慨しニコルを見るが、ニコルは苦笑で応え無言のままだ。
しばらくして背の高いラディスが現れた。右手に剣を鷲掴みにして持っている。メリエナとミランが控え目に歓声をあげた。

「やあお姫様。ご機嫌麗しゅう」

「ええラディス。私、面白い事思いついたの。クレイと手合せしてちょうだい」

ラディスはじっと小さな少女を見おろす。エリナはにっこりと笑って催促をした。

「早く」

ラディスは笑顔をエリナに向け、鞘から剣を抜いた。

「仰せのままに」

そうしてラディスとクレイは剣を構え対峙する。

勝負は一瞬だった。
何度か剣がぶつかったと思った瞬間に、クレイの剣が弾き飛ばされていた。クレイは肩で息をし、汗を浮かべている。対するラディスは涼しい表情のまま。あまりの速さに、そこにいた誰もがついていけなかった。

「なあんだ、つまんないの」

「わ、私とラディス様では格が違いすぎます」

「次は私だ」

黒い影がよぎった。キィン、と高い金属音。続けて打ちつける鉄の音。
ラディスが誰かと戦っている。明らかに動作の素早さが変化した。相手はクレイと同じ背丈ほどの青年。金色の髪は短く、その出で立ちはルキリア帝国軍の軍服。青い瞳。

「兄様、来ていらしたの」

「ああ。今しがたな!」

「…あれがアルスレイン元帥様だよ」

ニコルがリィンに耳打ちした。リィンは身体の芯がぶるぶると震えて、この場所に立っているのがやっとだった。気を抜くと『力』が暴走してしまいそうになる。憎きルキリア皇族、帝国軍の元帥が目の前にいるのだ。父と母の敵だ。

「ラディス、本気を出せ」

「出してるよ」

二人はまるで舞いでも舞っているかのように戦う。剣先が速すぎて、追っていけない程だ。しばらく攻防が続き、ラディスの剣が弾かれて、勝負がついた。

「久しぶりだな、アルス」

アルスレインはラディスを睨みつけ笑う。

「最後に力を抜いたな」

それから手を差し伸べ、二人は固い握手を交わした。
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