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この小説は完全なフィクションです。
あなたに似た人
作:志内 炎


 思い出す。
 そんなに大きくないけれど、引き締まった腕や脚。どちらかといえば、毛深いけれど、髪は意外と柔らかい。肩幅はもしかしたら、私の方が広いかも。
 顔は小さくて、顎に触れると、掌に骨を感じるような感触。柔らかい唇。鼻先は少し下を向いている。長い下睫毛。冷たい目。だけどいつも何かに脅えているような、優しい瞳。

 いつものように寝汗をぐっしょりとかいて、目が覚める。あらかじめ枕元に用意しておいたTシャツに手を伸ばし、寝転がったまま、着替える。
 (今私、夢の中でセックスしてたな)
苦笑い。つい昨日まで付き合っていた男がいるのに、最後にキスしたのがいつか、思い出せない。
 最近はけんかばかり。多分もう愛想を尽かされただろう。
(フラれた?)
また苦笑い。いつも待たされるのは私の方だったのに。
 目を閉じて夢を思い出す。快感よりも、罪悪感が募る。相手の顔は思い出せない。
(彼じゃなかったな)
だって、指先が細かった。彼の指は先がひらべったい。丸い爪。右利きなのに、左手の方が指が太い。
 (好み、かわったなぁ……)
彼に会う前は、体重が倍くらいある人が好きだった。広い胸に抱きしめられる事で、自分が女である事を確認していた。
 彼の前では、何もしなくても、自分が女であることを意識していた。
 (私、本当に愛されてたのかなぁ……)
出会ってすぐから、デートは月に2回止まり。一旦眠ってしまうと電話もメールも繋がらない。
(浮気?……それはないなぁ)
また苦笑い。根拠は全くない。
(私が浮気?……も、ないなぁ)
何故信じているんだろう。
 何度言っても、約束を守れない。好きなのに疲れる。いや、好きだから疲れる。
(わかってるけど……もうやめよう)
布団に包まる。お揃いの指輪が第二関節までずれる。
(これ以上、痩せちゃいけない)
私だって、誰にも迷惑をかけず、生きていかなきゃいけない。
 不思議と涙は出ない。
(最初から予感してた、かな)
生まれ育った環境が違い過ぎた。あまりにも都会と田舎だと、流れる時間の感覚まで違って来る。
(私、頑張ったんだけどなぁ……)
掌をぎゅっと握る。指輪が隣の指に存在を主張する。
 好きだけど、これ以上頑張れない。頑張ろうとすればする程、傷つけていく。
 自分を表現するのが下手な人だった。
(ひとの事、言えないか……)
愛してるという、彼の言葉にうまく答えられなかった。大好きなのに、同じように、愛してるとは言えなかった。
(そんなに簡単に言っちゃいけない)
その言葉を口にすれば、すべてが嘘になる気がした。
 結局、たいしたデートはしなかった。映画、旅行、東京タワー……置き去りの約束だけが、ゆっくりと色を失っていく。
 平凡で幸せな家庭が、彼の夢だった。
(その割にはなんの準備もしなかったじゃない?私、おばあちゃんになっちゃうよ)
私は家庭を持つ事にあまり興味がない。でも……
 (彼の息子のママになりたかったな……)
身体を延ばして天井を見つめる。携帯に残る最後の短いメッセージ。
『バイバイ』
それがすべて。深いため息をついてから、彼に関するメモリーを消去した。
 きっとまた、思い出す。
 街ですれ違う人に、仕事で知り合う人に、テレビで流れる人に、あなたを捜す。そして、捜すのを辞めた時、初めて泣けるでしょう。

 指先のひらべったい手。傷だらけの腕。何も信じていない冷たい目。何かに脅える優しい瞳。もう二度と抱きしめる事のできない、やわらかい髪。
 もう二度と出会う事のできない、あなたに似た人。
 もう二度と。


どんなに傷ついても、人はまた恋をする……詩のような感覚で書きました。













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