地球怪獣キテラウ
怪獣が私の街で暴れている。
もう駄目かもしれない。
怪獣の破壊力は凄まじい。
もう耐えられない。
怪獣は誰も止めることが出来ない。
もう逃げ場はない。
親友と私は急いでいた。
思うように走れず遅い私に合わせてくれる親友。
走る私達の後ろからは段々と怪獣が迫って来ていた。
怪獣はどうやら私達に狙いを定めているみたいだ。
すぐそこまで怪獣は来ていたが私達はどうすることも出来なかった。
やってきた怪獣にあっという間に追い付かれて私達は捕まった。
怪獣の自転車を漕ぐスピードは無駄に速かった。
そして怪獣は自転車のブレーキをかけるのがかなり急だった。
「おはうよ」
「お、おはよう」
「急いで走らなくても遅刻しないっすよ」
「うん」
あなたから逃げるために走ったという本当のことは言えるはずがない。
怪獣に聞きたいことは山ほどあったがあまり喋らないようにした。
怪獣に興味がないと思わせないと大変なことになるからだ。
「何でキュウリをかじりながら登校してるの?」
恐れていたことが起きてしまった。
親友が怪獣に質問をしてしまうという過ちを犯してしまったのだ。
「寝坊したから簡単に食べられるキュウリをかじりながら来ただすよ」
「それは変だよ」
怪獣に親友が禁断の褒め言葉である『変だよ』を使ってしまったのでさらに調子に乗ること間違いなしだ。
私は頭を抱えた。
同級生の浦田さんは目立ちたくて人の注意を引きたくて真面目な女子高生から奇をてらいまくる別人に変わってしまったのだ。
奇をてらいまくっているので陰では『地球怪獣キテラウ』と呼ばれている。
浦田さんは高校生なのにピンクのランドセルを背負っていて夏なのに厚手のコートを着ているが一ヶ月前からなのでもう見慣れた。
でも今日新たに被り始めたヘルメット代わりのステンレスのザルは何回見たとしても慣れる自信がない。
奇をてらうことがこれ以上エスカレートしないことを私は祈っている。
「わっ……」
私は浦田さんのことで頭がいっぱいになり注意不足で転んでしまった。
「大丈夫なのか?」
浦田さんは自転車を止めて転んだ私に手を差しのべてくれた。
イメージとは違って意外と優しいところがある。
ちなみに差しのべてくれた手というのはマジックハンドのことである。
どこまで奇をてらえば気が済むのだろうか。
浦田さんという怪獣がいるせいで私達の後ろには誰も近寄って来なかった。
同じクラスではないので浦田さんと会うことが少ないのがせめてもの救いだ。
「その自転車のサドル高すぎるし四角いね」
親友は疑問に思ったことを浦田さんに何でも聞いていた。
聞きたいのは分かるが興味を持つと調子に乗って浦田さんの『奇てらい度』がアップして手に負えなくなるのが目に見えている。
「実はこのサドルは国語辞典なのである」
頭に被ったステンレスのザルのインパクトが強すぎて全然気が付かなかった。
苦痛の時間はまだまだ続いていく。
「何で国語辞典にしたの?」
「ただのダジャレじゃよ。サドルが国語辞典の自転車だから国語辞典車なのだ」
自転車のサドルは高すぎるが浦田さんのお笑い能力は低すぎる。
「面白いね」
親友は怪獣を甘やかして、より狂暴にする手助けをしてしまっている。
もしかすると親友は怪獣側の人間なのかもしれない。
面倒くさくて一緒にいるのが恥ずかしいので浦田さんとは関わりたくない。
でも逃走法も回避法も全く思い付かない。
「おはよう」
後ろから低い良い声で誰かに話しかけられた。
それは浦田さんが想いを寄せるイケメンの先輩だった。
イケメンの先輩というヒーローの登場に私は期待を抱いていた。
先輩なら怪獣をやっつけることが出来るはずだ。
私の親友と先輩は仲がいいのだが浦田さんと先輩はあまり喋ったことがないみたいだ。
「お、おはようございます」
先輩が来てから浦田さんは独特な喋り方と高すぎる声と大きな声をやめて、口数が減り、少し恥ずかしがっていた。
好きな人の前では怪獣から普通の女子高生に戻ってしまうみたいだ。
「浦田さんって変わってるよね」
「そうですかね」
先輩を目の前にして浦田さんの心は乙女になったが外見はかなりヤバイ人のままだ。
浦田さんは会話中に被っていたステンレスのザルをそっと取って自転車のカゴに入れた。
イケメンヒーローが着実に怪獣の破壊力を下げている。
だが、これだけで明日から気をてらうのをやめるとは思えない。
「先輩は浦田さんみたいな変な人好きですか?」
親友は賭けに出た。
『変な人は大好きだよ』と言われたら終わりだが『変な人は大嫌いだよ』と言われたら気をてらうことをやめるかもしれない。
嫌いと言ってくれれば穏やかな日常に変わる可能性があるので私達は願っていた。
「僕は変な人は苦手だな。浦田さんは普通にした方がいいよ」
「そうですよね」
イケメンヒーローの放った『フツウガイイ光線』は怪獣にかなりのダメージを与えていた。
好きな人の言うことを聞かない人なんてこの世にいないと私は思う。
だから変わってくれると信じている。
「またな」
先輩が去ってすぐに浦田さんはサドルの高さを下げて自転車にまたがった。
「私、急いでいるから。さようなら」
先輩が来る前の元気な浦田さんは何処にもいなかった。
変な人が苦手だという先輩の言葉が相当効いているようだ。
「じゃあね浦田さん」
もう奇をてらわなくなりそうなので怪獣をやっつけたといってもいいだろう。
これから私達は幸福に満ちた学校生活が送れそうだ。
心の中で喜んでいると去り際の浦田さんが私の耳にギリギリ届くくらいの微かな声で独り言を言った。
「明日はバケツを被ろうかな」
怪獣を甘くみていた。
変な人が苦手だと好きな人に言われても駄目だったということは一生苦痛の学校生活を送ることになるだろう。
私は大きなため息をついた。
よく考えてみれば浦田さんより変な人なんて世界中を探せば山ほどいる気がする。
私の親友はスカートが短すぎるところを除けばごく普通の人間なので余計に浦田さんを変に思ってしまったのかもしれない。
学校に着いたが頭の中は浦田さんに占領されたままだった。
「木寺梅子ちゃん、先に行ってるからね」
今日もいつものように親友は私を残して先に教室へ歩いていった。
私は後ろに10メートルくらい引きずっていたロングスカートの裾の汚れを手で叩いて落としてから教室に向かった。