りん。
鈴の音が鳴る。
一度聞いたら、忘れないような、他の鈴とは違う、特徴的な音。
初めて、『死』という事が現実的なものに感じられた。
私は、死ぬのだろう。
それは、予感ではなく、確信。
*
「ただいまー」
鍵を開けて玄関に入ると、私は常のように郵便受けから夕刊を引き出す。と、封筒が一緒に落ちた。どさり、という妙に重い音。
友達からかな。私は、わくわくしながら差出人の欄を見る。
……。無い。
確かに私の名前と住所が書いてあるにも関わらず、差出人の情報はまったく書かれていなかった。
大体、封筒がちょっと地味だ。その上、厚さが異常だった。
ビデオテープぐらいはあるんじゃないか。
とりあえず、家の中に入って、居間のテーブルに新聞を放り、鞄を下ろそうと、自分の部屋へ向かう。
母は出張で出かけているから、今、家の中には誰もいない。
階段を上がって、低めの本棚の上から携帯を取ると、ネットに繋ぐ。
そして、椅子の上にリュックを下ろし、お気に入りから『小説家になろう〜秘密基地〜』を呼び出した。
私は大抵、秘密基地で掲示板をチェックしてから、『小説家になろう』へアクセスする。
画面を下へスクロールさせ、<仲間募集>をクリックすると、『真夏のホラーフェア』のスレッドが上がっていた。
夏休み頃に私が参加した企画のスレッドだ。何故今頃上がっているのだろう? とりあえず、クリックしてみる。
『霜月 沙羅
ホラーフェアに参加した方々に伝えたいことがあります。突然ですが、最近のニュースは見ましたか? 交通事故のニュースや、キエロの文字、赤子の手……そしてそれらが出て来る小説を読んだ覚えはありませんか? ……私達は死ぬのだと思います。詳しく話すと、』
「?」
何だこれ。
内容もよくわからないし、長い文章でもないのに、途中で終わっている。
霜月沙羅という名前が入っていなければ、荒らしだと思っただろう。荒らしが霜月先生の名を借りたということも考えられるけど。
ピッ、と短く携帯電話が鳴り、「充電が必要です」のメッセージが表示される。
私は非常に携帯の使い方が荒い。おかげで、まだ一年半ほどしか使っていないというのに、後ろのフタは無いし、しょっちゅうネットを使うせいで、ボタンも下だけ剥げている。
何より、電池パックに少量しか電気が貯められなくなった。
最近では、ネットに繋いでも30秒がいいところだ。
とりあえず、一端電源を切り、携帯を充電器に繋いだ。
けれど、あの文章が頭から離れない。
交通事故のニュース、キエロの文字、赤子の手。
最近のニュースで見ていたが、どこか既視感を覚えた。それも其の筈だ。実際に其れと同じ出来事が出てくる小説を読んだのだから。
「ん?」
自分の考えながら、さらりと流してしまうところだった。
現実で起きた事件と同じ出来事が小説の中で起こっていた。
裏を返せば、読んだ小説と同じ出来事が、現実で起こっているということ?
まさか。
小説の読みすぎだろう。
私は、机の上からはさみを取った。さっきの封筒を開けてみようと思ったのだ。
「!?」
赤。
赤、赤、赤、赤赤赤赤赤。
ビデオテープを連想させる厚みのある封筒から出てきたのは、夥しい量の赤いクレヨン。
封筒をひっくり返す。しかし、赤いクレヨン以外に、一枚の紙片も入ってはいなかった。
差出人不明。中身は赤いクレヨンだけで、便箋は無い。送り主の情報は何も、無い。
……気持ち悪い。
途端、怖ろしい考えが頭をよぎった。
うちの郵便受けは、小さく、間にブラシのようなものが挟まっていて、チラシや新聞のような紙しか入らない。
こんな、ビデオテープ程も厚みのあるものは郵便受けを通らないのだ。
でも、確かにこの封筒は新聞を取ったときに一緒に落ちた。
つまり、既に郵便受けの中に、家の中に入っていたということだ。
――どうやって?
お母さんは出張。お父さんも仕事に出かけているから、日中、家には誰もいなかった筈なのに。郵便物を受け取れる人物など、いなかったのに。
りん。
不意に背後で、鈴が鳴った。
驚いて振り向くが、ぴたりと閉じた押入れがあるだけ。
赤いクレヨン。鈴の音。
私は、知っている。
この出来事を知っている。
他でもない、私がホラーフェアで書いた小説――『猫伽草子』と同じなのだから。
*
翌日。私は何事も無かったかのように学校にいた。
けれど、授業などまったく聞いておらず、意識は昨日の赤いクレヨンと、掲示板の書き込みに向けられている。
――猫伽草子は確か、主人公の元に大量の赤いクレヨンが送られてきて、それは昔イジメで死なせてしまった女の子の飼い猫からの復讐。
そして、その飼い猫は猫又となって、主人公の親友に化けている――とても省略して言えば、そんな感じだったと思う。
しかし、肝心の親友と猫又の名前がどうしても思い出せなかった。
「次移動だよ。早くー」
「あっ、待ってヨモギ」
呼ばれて、筆箱を持ち、私は親友の蓬の方へ向かった。いつの間にか授業は終わっていたらしい。
「なんか眠そう」
「んー、昨日遅くて」
あれから、掲示板の不可解な書き込みが気になって、良く眠れなかったのだ。
内容が途中で終わっているから、近いうちに霜月先生が続きを書き込むだろうと思って、何度も確認したのだが、あれから新しい書き込みは一件も無かった。
どうしてあの書き込みは途中で終わっていたんだろう?
「死んじゃったから」
「!」
今、言ったのは誰?
「どうかした?」
どうやら、蓬には聞こえなかったようだ。
「……なんでもない……」
空耳だよね。私は少し早足に、教室を出た。
りん。
鈴の音。
違う。さっきのは空耳なんかじゃない。
と、筆箱が少し重くなっていることに気づいた。
ずしりと、嫌な重み。
少し前に、中身を減らした筈なのだが、ぱんぱんになっている。
筆箱を、開ける。
何しろぱんぱんなもので、開けにくい。
少し開いたところで、指に何かが当たった。
指に付いたのは、赤色。
「うわっ!」
筆箱から大量の赤いクレヨンが溢れ出した。
ばらばらと、緋色が床に散らばる。
間違いない。これは猫伽草子だ。
『……私達は死ぬのだと思います』
霜月先生の書き込みが頭をよぎる。
やっぱり霜月先生は、もう。
他の人たちは? 他の、ホラーフェアの参加者はどうなんだ?
交通事故のニュース、キエロの文字、赤子の手。
「……!」
三人、霜月先生を入れて四人。
私も近いうちに、死ぬのだろうか?
猫伽草子と同じく、親友に裏切られ、トラックに轢かれて。
*
帰るなり、私は携帯を手に取り、秘密基地の掲示板を開いた。電源が切れないように、充電器に繋げたままだ。
ホラーフェアのスレッドをクリックする。
やはり、新しい書き込みは無いけれど、今度は「返信」という場所を押す。
知らせなきゃ。
私は、文章を打ち込んだ。
『皆さん、突然ですが』
りん。
鈴の音が鳴る。
いや、音だけじゃない。
にゃあ、と不気味な泣き声。
其れは、特有のしなやかな動きで、近づいてくる。
猫だ。
大きな、三毛猫――。
「っ!」
私は咄嗟に充電器から携帯を外すと、一気に階段を駆け下りた。
玄関でスニーカーに足を入れると、ちゃんと履くのももどかしく、踵を潰して、体当たりするようにドアを開けて玄関から出る。
どうすれば、この惨劇を止められる?
私は走りながら考える。
怪談話などをすると、霊が寄って来るというのはよく聞く。ホラー小説も同じく。
そうだ。
小説を削除すれば。
猫伽草子はもう『外に出てしまっている』が、他の作品ならまだ間に合う。
私は携帯を開いた。秘密基地の掲示板に繋がったままだ。
急いで続きを打ち込む。
『ホラーフェアの小説を削除して下さい』
まずい。電池の表示が二本になっている。そしてそれは、すぐに一本になった。
電池が切れてしまう。
急いで次の文章を打つ。
猫は? 猫からはまだ逃げられているだろうか。
息を切らせて、ひたすらに走り続けると、四辻の灯りの下に、誰かがいるのが見えた。
蓬だ。
「ヨモギ……」
「近寄らないでよ」
どん、と私は蓬に突き飛ばされた。
「あ……」
そうだった。猫伽草子に出てくる、猫と親友の名前は、
『ヨモギ』
じゃあ、蓬は、猫伽草子の一部だったんだ。
親友だと、思ってたのに。
「……っ」
死にたくない。
私は、咄嗟に突き飛ばされた方向へ跳んだ。
「!」
蓬の予定より遠く、誰かの家の前に、私は倒れる。
小説では、たまたま通りかかったトラックの前に、突き飛ばされて飛び出してしまった、ということだったが、さすがのトラックも、家に突っ込んでは来まい。
私は、フタがない所為でむき出しになっている、電池パックをこすった。
暖めると、少し電池が長持ちするのだ。
お願い。まだ切れないで。
私は、「送信」をクリックする。
途端。前方から、ぱあっ、とライトが顔にかかった。
「え?」
それは、トラックのライト。
私は息を呑んだ。
運転手が、乗ってない――。
*
つう、と道路に、紅い筋が付く。
筋の根源たる場所には、大破した誰かの家の玄関と、そこに突っ込んだトラック。
そして、手足が異様な方向へ曲がり、只、血を流すだけの袋と成り果てた、ぐちゃぐちゃになった私の死体。
もうちょっと、ましな死に方をしたかった。
尾の先が二股に分かれた猫が、私の死体へ近寄る。
握り締めた携帯の画面には、秘密基地のスレッド一覧が出ていて、ホラーフェアのスレッドが一番上に上がっており、書き込みが成功した事を示していた。
猫又は、腹立たしげに、猫には持ち得ない力をもって、携帯を踏み砕く。
『天海沙月
皆さん、突然ですがホラーフェアの小説を削除してください
はやくしないとみんなしぬ』
これだけしか、文章を残せなかった。
時間が無くて、最後の方はひらがなだ。
でも、小説を削除しても遅いかもしれない。
だって、小説を削除するよりも先に、私達の方が削除されているかもしれないのだから。 |