「試合の前にバナナを食べるとコールド勝ち出来るんじゃ!」
そんな何の根拠も無いジンクスを信じて、あの頃の僕は必死にバナナを食べていた。まだ、見栄を張って買ったMサイズのユニホームを仕立て直して着ていた、小学校の頃である。
「そんなの嘘じゃ、豊島。嘘つくヤツは嫌われるぞ」
軟式ボールを真っ直ぐ高らかに飛ばした宮田は、落ちてくるボールに目を向けキャッチャーミットを構えながら、バナナを食っている僕を非難した。
「う、嘘じゃない」
僕は緊張しいで上がり症の、どうしようもないダメピッチャーだった。バナナを食い、コールドゲームを豪語しながら、実際のところだたの一度も勝った事がない。もっともそんな引け目を誤魔化すためにバナナを食っていたのだが、いつになってもバナナの神様は僕を応援してはくれなかった。
だけど、小学生最後である今日の試合くらい勝ってみたいものだと、先ほどから僕は必死にバナナを食っていた。その様子があまりにも奇妙だったのか、宮田は僕の事を静かにじっと見つめている。
「ピッチャーが食うとったら、キャッチャーも食わんと効果がなさそうだと思わんか」
宮田は突然そう言い、「それに、お前だけじゃ頼りのうて、叶うものも叶わんわ」と呟く。ミットとボールを脇に挿み、宮田は僕の隣のベンチにやってくると、「一本くれや」と言って一番太くて甘そうなバナナをもぎ取った。
サル顔の宮田にはバナナが良く似合う。僕は三本目のバナナを無理やり口の中に押し込み、そのあまりのマッチングに笑いを耐えた。馬鹿にするつもりはないのに、思わず頬が引き攣ってしまう。僕は口の中のバナナを飲み下そうと、飲み物を口にしたのだが、とうとう我慢しきれなくなり、噴出してしまった。口から零れた水分が、足元に滴り落ちる。
「何笑っとるんじゃ、人が世界で一番嫌いな食べ物を食うとるとゆうのに!」
宮田は勢いよく立ち上がると、最後の一口を不味そうに飲み、僕にバナナの皮を投げつけた。カンカンに怒り、頬が赤く染まった宮田の顔は、益々サルに似ていた。でも、僕はもう笑う事が出来なかった。頬に流した涙を袖口で拭いながら、宮田は「豊島、これで勝てなかったら全部お前のせいじゃ」と言いミットとボールを持ってグランドに飛び出していった。
「おい、翔太。バナナは食べたか」
僕が声をかけると、息子の翔太がユニホームに着替えながら「食べたってば」と面倒くさそうに答えた。その不服そうな顔を見ていると、ふとあの日の見事なコールドゲームをもう一度熱く語ってやりたくなる。「バナナはなぁ・・・」と僕が言いかけると、翔太は「どうせ宮田おじちゃんの話でしょう? もう百回は聞いた。大丈夫だよ、穣君もバナナ食べてくるって約束したから」と素っ気無く返す。
今年、翔太は草野球チームのピッチャーになった。そしてキャッチャーは宮田の息子である穣君だ。
「よし、じゃあ今日はコールド勝ちで優勝だな」
足元に転がっていたミットをテーブルに拾い上げると、僕は立ち上がりキッチンへと向う。冷蔵庫からバナナを一本取り出すと、あの日、最後の球を受け終わった瞬間の、宮田の輝かしい笑顔を思い浮かべて、僕はガブリと噛り付いた。
(了) |