僕が生まれて18回目の春が来た。
みんなは大学にいったり、仕事をしたりと忙しいながらも新しい季節を満喫している。
自分はと言えばするあてもなく、ただぼんやりと一日を過ごし、ただ無駄に一日を浪費していた。
そんな日々が嫌になったのか、自分自身が嫌になったのか、何かを変える為に旅に出ることにした。
そう心に決めると、大して何も考えずにスポーツバッグに着替えなどを詰め、足早に家を出た。
自分が生まれた街としばしのお別れに少々寂しい気持ちがあり、不安と心配が手伝い僕を悲しい気持ちにさせた。
僕は駅に着くと早速やってきた電車に乗り込む事にした。
ドアが開くとプルルルーッと、僕を急かすように発車のベルが鳴った。
足早に、寂しい気持ちをふっきるように飛び乗ると、すぐに電車は動きだした。
さよなら、お母さん、さよならマッつん、さよなら僕の街。
きっと帰ってくるからね。
様々な人を乗せて電車は走りだすのです。
悲しい人、つらい人、嬉しい人、楽しい人。
色んな人の色んな想いがこの電車に乗っているのです。
悲しい人が一人降り、嬉しい人が三人乗ってきたり、つらい人が五人乗り、楽しい人が十人降りてしまったり。
悲しい人がみんな降りて、楽しい人だけ乗ってきたら素敵だね。
誰一人降りなかったが、つらく悲しい僕が乗った電車はカタコト、カタコトと切ないメロディを奏でた。
僕は少しだけ泣きながら窓際に立って、外の景色を眺めていた。
自然に滲んだ涙を人に見られたくなかったからだ。
そんな僕に気付いたのか、近くにいたおじさんが、じっとこちらを見ていた。
僕が泣いていた為か、少し怪訝そうな目でこちらを見ていた。
構うものかっ、こちらにしてみればあなたのくたびれた頭の方が怪訝というものだ。
そんな僕の気持ちも知らず電車は快調に走り続けた。
だんだん故郷を離れて行くのを
窓から見ていると、僕の不安はますます大きくなった。
必ず帰ってくるよっ。
溜息混じりに車内を見渡すと、再び怪訝おじさんと目が合った。
何を見ているの?もっとハゲればいいのに。
僕は心の中でそう思いながら“きっ!”と睨み付けた。
それを見たおじさんは憮然とした表情で見てきたので、再び車外の景色に目をやった。
“なんだよっ、バカッ!バカッ!ハゲッ!バカッ!”
僕はイライラしていたが、落ち着いた心は、まだ自分の手の中にあった。
フーフフンフーンっ、ハゲればいいのにぃー。ハゲすぎてーっ会社クビーっ。つってねっ!
外を見ながら自作の歌を歌っていると、なんだか楽しい気持ちになった。
あーあっあっあー、女房太っちょーっ、あんたーはーっ、会社クビーっ。なんつってね。
うふふ。僕は一人で笑ってしまったので、それを隠すためゴホッゴホッと嘘の咳をしながら無理矢理しかめっ面を作った。
電車はガタガタと音を立てながら進んでいき、トンネルに入った。
暗くなった外を見ていると、窓に映るしかめっ面の自分とおっさんの目が合った。
えっ??
睨まれてる?
何で?
心が読まれた?
ええっ?
殴られるの?
わずか数秒の間に何十個もの事が頭に浮かんだ。
いつもはボーっとしてるのに、こんな時は色んな考えが瞬時に浮かんでくる。
人間て不思議ですよね。
うふふふ。
いやいや、それどころじゃない。
殴られたらどうするんだ。
自慢じゃないが喧嘩などというものは全くしたことないし、こないだ近所のおばちゃんに叩かれた時だって、痛くて三日間は部屋から出れなかったんだ。
僕はもう一度窓に映る男性に目をやった。
見てるっ!
また泣きそうになった。
なんでっ?
いやだっ嫌すぎるっ!
謝ろう、謝って2千円くらい渡そう。
そうだっ。こんな可弱い少年を殴れる人間なんかいるはずがない。うん。いたとしたら完全に頭がおかしい。
うん。そんなやつは会社クビだ。
いやっ、本当におかしい人だったらどうする?
えっ!どうするよっ。
僕は半ば白目を剥きながら激しく思考を巡らせた。
さっきは即座に何十個もの事が浮かんだのにいまはたった一つの解決策も出てこない。
不思議ですね、人間て。
長い長いトンネルが続く間に、もう一度落ち着いて窓に映った車内を白目でぐりぐり見回した。
いたっ!
あれだっ!あれしかないっ!
一筋の光明の光が差し込めた。
席の一番隅に柔道二段みたいなお兄さんが座っている。万が一おやじが何かしたり、喚いたりしたらあのお兄さんに助けを求めよう。
そうだ。こんな薄汚れた社会にだってまだまだ正義感あふれる人は沢山いるはずだ。
おやじに絡まれてる真っすぐな目をした美少年の僕を放っとくはずがないよ。
あの顔を見ろ。
ぶっとい眉毛に角刈り。
100キロはあろうかという体格に赤いラガーシャツの襟を立てている。
あの空に向かって一直線にそそり立つ襟は正義の印に違いない。
うん。
そんな心の中の大事件も知らずに走り続ける電車は、トンネルを抜け次の駅に着いた。
僕はちらっとオヤジの方を見た。
こっちを見ている。
完全に僕を見ている。
向こうにおしりのプリプリしたお姉さんがいるにもかかわらず、僕を、僕を見ているのだ。
もうだめだ。
完全におかしい。
次元が違いすぎる。
気のせいか、僕よりも更に白目を剥いてるように見える。
みんな何故平気な顔をしていられるのだ。
僕の足はガクガク言いだした。
ベルが鳴り、ドアが閉まると電車は再びカタコト走りだした。
あいつは素人じゃない。そんな気すらしてきた。
もうやばい。
ダメだ、段々頭がおかしくなってきた。
よし。
こうなりゃプロにはプロだっ。
なぁ?お兄さんよっ!....。
振り替えると、先程まで柔道二段が座っていた席には全然関係ないおばあちゃんがポツリと座っていた。
はっ!
いやいやいやっ。
なんで?
何がどうしてそうなっちゃうの?
過ぎ去るホームに目をやると、トボトボと弱々しそうに改札へ迎う柔道の姿があった。
あの裏切り者め。
負け犬めっ!
もうダメだ、ダメすぎる。
大声出すか?
いやっ、まだ何をされたわけでもない、落ち着こう。
電車の中で何かをしてくる事はできないよ。
うん、駅に着いたら撒いてしまおう。
乗り換えの駅に着いてすぐ新幹線に乗ってしまえばあとはノンストップだ。
よし。
落ち着いて。
冷静かつ大胆に、それでいて見るものすべてを魅了するように行動するんだ。
考えている間もなく電車は乗り換えの駅に着いた。
ドーンっ!!!
電車のドアが開くと同時に僕は、オヤジの隣にいた変なシャツを着たおばちゃんを突き飛ばした。
よろけたおばちゃんとオヤジを横目に勢い良く外へ飛び出した。
僕は無心になって走った。
何も考えられなかった。
走って、走って、走り続けた。
改札を勢い良く飛び出し、駅の周りを3周走った。
途中の露店でフランクフルトを2本買って食べた。
こんなに無心で何かをした事は今までになかった。
とても充実していた。
楽しかった。
これが生きてるってことなんだ。
体中の酸素が全てなくなる頃色々な思いは吹っ切れていた。
ああ、走るって素晴らしい。
素晴らし過ぎる。
僕はそれからすぐ新聞社に直行し、マラソンに関する記事を集めた。
狂ったようにありとあらゆる記事を集めた。
まるで熟れたキウィにむしゃぶりつく雌ゴリラのように。
そして僕は集めた膨大な資料を駅前でみんなに配った。
マラソンに対する世間の差別と偏見を払拭する為である。
お願いしますっ!
今マラソンは大変な状況にあります。
皆様のご理解が必要なのですっ!
百円でも十円でもいいです、協力してくださいっ!
もったいないを合言葉にがんばりましょう!
始めは誰も見向きもしなかったが、熱心な活動に心を打たれたのか一人、また一人としだいに人々が関心を示すようになった。
やがて一人で始めたこの活動にも協力者が集まりだし、三ヵ月を過ぎる頃にはパートを二十人抱えるまでに至った。
アットホームな社風と従業員を大事にする姿勢で活動は全国規模に拡大した。
「ありがとうございます。儲かります」を社訓に掲げ、
売り上げはついに一億円を越えた。
あまりの順調さに自分でも驚いたが、会社はそんなことお構いなしにグングン伸びていった。
有頂天の私は派手なスーツを着て高級時計、ネックレス、サングラスを身につけ銀座の街をぐりぐり練り歩いた。
『金持ってんど』が当時の私の口癖であった。
いいか?とれる時にとれるだけとるちゅうのが基本だわ。
あぁ、出し渋るヤツには二、三発食らわしてやれっ!
あっはっはっは!
天晴れ天晴れ。
思えばあの時自分は我を失っていたんでしょう、次第にみんなが私から遠ざかっていったのだ。
あいさつをしても無視されるし、笑顔で話し掛けても聞こえないふりをされた。
更には下駄箱の上履きが無くなったり、お弁当の竹輪が自分のだけ抜き取られてたりした。
怒った私は全社決起集会で全員を一列に並べ、泣きながらビンタをした。
我々は家族だっ!
今みんなが団結しないでどうするんだっ!
みんなの情熱はそんなものだったのかっ!
ううっ、うあぁぁぁーっ。
その場に泣き崩れ、必死に家族の大切さを説いた。
命の尊さを説いた。
自分の胸の内を総てさらけだし顔をあげると、誰もいなくなっていた。
残っていたのは独裁者死ねと書かれた鉢巻きの山だった。
自分の教育は間違っていたのか。
これまでやってきたことは一人よがりだったのか。
私は自分を悔いた。
情けなかった。
恥ずかしかっだ。
拝啓
お母さん元気にしてますか?
こちらはなんとか元気にやってます。
今の仕事はとても順調でなにも心配はいりません。
みんなやさしくしてくれるし、思いやりのある人達ばかりです。
追伸
明日そちらに帰ります。 タクシーで帰ります。
私は所々涙で濡れた手紙を丸めて窓から投げると荷物をまとめた。
あれから五年が過ぎた。
街を歩けば声を枯らしながら何かを訴え、必死に募金活動をする少年少女達がいた。
思えば私が始めた活動が今こうして若い世代に受け継がれているのだ。
私はそれを見て涙が溢れた。
一人一人の頭を撫で、一人一人の箱にお金を入れた。
がんばってね。
負けるんじゃないよ。
そして一番右端にいた汚いジャージのおじさんに平手打ちをし、走って逃げた。
走って走って走りまくった。
清々しい気持ちだった。 頭のもやが総て晴れたようだった。
あぁ、走るって素晴らしい。
。。
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