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北国の密室

作者:八久斗
登場人物紹介
榎本:語り手。2年。文芸部部長。
入船:3年。文芸部先代部長。
仲本:2年。文芸部副部長。
彼女:1年。交際相手。
カズ:2年。悪友。
 本棚から目に付いた文庫本を取り出した。知らないタイトルだ。先輩の本だろう。裏表紙を見ると粗筋が俺の興味を引くものだったので、席に座って読むことにした。グラウンドからの喧騒をBGMに、俺は読書をする。完全に静謐な空気よりは、少しくらい雑音が入ってくるほうが集中できるというものだ。が、ちょっとうるさいな。窓を閉めよう。
 そう思って立ち上がったところで、ドアが開いた。
「おーっす、って、お前だけか?」
「残念ですね、俺だけです」
「他の奴らは?」
 入船先輩はきょろきょろと辺りを見回しながら近づいてくる。いや、別に隠れてたりしませんから。ふざけてやったこともありましたけど。
「あれですよ」
 俺はグラウンドを指差した。ああ、と先輩は得心がいった様子で頷いた。
「応援練習だったな、大変だなぁ」
「大変って、1年生がですか? それとも3年生が?」
「どっちもだよ」
 それには俺も同意する。まったく、面倒な伝統だ。

 ここ丹木高校において、入学を果たした新入生を待ち受ける最初の試練は勿論春休みの宿題の確認テストだが、それを無事切り抜けると始まるのがこの応援練習だ。新入生に校歌と応援歌を憶えてもらうためのものだが、やり方が普通じゃない。多分。
 再びグラウンドからの喧騒に意識を向ける。聞こえてくるのは新入生たちが懸命に張り上げる声と……怒号だ。恐らく今頃新入生たちは恐れおののいているだろう。先輩とはこんなに怖いものだったのかと。
グラウンドに整列している1年生。その前に仁王立ちしている3年生。歌を教えているのは彼らだ。そのやり方だが……スパルタというか、鬼というか、厳しいというか。とにかく怒鳴る、怒鳴る、怒鳴る。
「走れ! さっさと並べ!」
「声がちいせぇ! もっと気合入れろ!」
「昨日までに歌詞憶えてこいっつっただろが!」
「うるせえ! 歌うの止めろ! 静かにしろ!」
「腹から声出せや!」
「なめた真似してんじゃねーぞ!」
 と、こんな感じだ。
 当然と言うべきだろうが、彼らも怒鳴りたくて怒鳴っているわけではない。こんな厳しい上下関係など、現代日本においてそうそう存在しないだろう。これは言わばこの学校の伝統で、毎年新入生はこれでしごかれることになっているのだ。上級生はわざと怒った顔を作り、厳しい先輩を演じているに過ぎない。全員が歌を憶えた暁には、上級生は「今まですみませんでした」と土下座をし、新入生にチョコの1つでも配ると、そういうわけだ。
「こんにちはー!って、あれ? 他の人たちは?」
 部室に来た仲本が同じ疑問を口にする。俺が黙ってグラウンドを指差すと、仲本はポンと手を打って笑った。
「ああー、今日から応援練習ですもんねー。だからいないんだー」
「入船先輩は行かないんですか?」
「俺は応援団に選ばれなかった」
「ああー、先輩怒っても怖くなさそうですもんね」
「褒めてんのかそれは」
 へへへ、と仲本は笑って、それから首を傾げる。
「あれ? でも他の先輩はみんな応援団?」
「そう聞いてる」
 ちなみに応援団になるのは1クラス15人程度。3人に1人くらいのはずだから、文芸部の先輩8人中7人が応援団に選ばれるとは、結構な確率だ。そんなに怖い人たちだというイメージは無いのだが。
「森田先輩は応援団って感じするけどね。いかついから」
「霧山先輩も黙って睨んでいれば結構怖いかもしれないな。レディースみたいで」
「お前ら、本人に伝えとくぞ」
 好き勝手なことを言う俺たちに向かって入船先輩は笑う。「べ、別に悪口じゃないですよ!」と弁解する仲本。
「でもそっかー、野乃ちゃんとお話しようと思ったのにー」
 仲本はそう言いながら本棚を物色する。
 先週、早くも1年生が入ってきた。榊野乃という女子である。勿論俺たちは歓迎した。今日も応援練習が終わったらここに来るだろう。感想を是非訊きたいものだ。
「ところでお前ら、謎解きが好きか?」
 ふと思いついたように、先輩が言った。
「推理小説なら、よく読みます。パズル的なものは苦手ですけど」
「え? え? 何の話ですか?」
 仲本が寄ってくる。先輩は楽しそうに笑う。
「ちょうどいい。2人とも1つ考えてみてくれ」

「2月にな、家族で北海道に行ったんだ。俺も来年は受験だから、志望校の下見をしておこうかと思ってな。
 そうしたら、冬の北海道ってすごいのな。寒いのは勿論だけど、雪の積もり方が半端じゃない。道路は完全に雪に覆われて真っ白だし、屋根にも厚い雪の層ができている。
 雪のあまり降らない地方からすると雪って憧れだけど、降るところは大変なんだよな。寒いし、滑るし、邪魔だし。雪って水だからさ、結構重いんだよな。雪かきで腰を痛める人が結構多いらしい。で、やっぱり雪のたくさん降る地方って色々工夫がされてるんだ。
 まず、家の屋根に傾斜がついてる。これは屋根に積もった雪が自然に落ちるようにらしい。平らな屋根だと雪がどんどん積もって、その重みで家が潰れてしまうんだと。
それから信号が縦になってる。普通だと横向きのが多いよな。でもそれだと、上に積もった雪が垂れてきて信号を隠してしまうんだとさ。縦なら赤の部分が見えなくなる程度で済むからな。
 あとは停止線の標識がある。雪が道路に積もると停止線が見えなくなるから、その代わりに停止線の位置に標識が立ってるんだ。
 他にもいたるところに滑り止めの砂が入っているボックスが置いてあったり、線路に消雪パイプがあったり色々あるんだが……一番印象に残ったのは除雪体制の整いっぷりだな。あれはすごいぞ、毎日深夜に除雪車が道路の雪を全て道端にどけるんだ。すると歩道と車道の間に高さ2メートルくらいの雪の壁ができる。これが圧巻なんだ。歩道と車道が完全に区切られる。雪のやり場が無いからそうしてるんだろうけど……なんだか妙な安心感があってな。ああ、これなら例え車がスリップしても歩道に突っ込んでくるなんてことはないな、なんて。
 で、本題はこれからだ。ある朝俺は道を歩いていた。片側2車線で、歩道もついてる大きな道だ。すると俺は不思議な光景を目にした。俺は道の右側を歩いていて、左手に雪の壁及び車道、右手にコンビニの駐車場があった。そしてその端に、人が並んでいたんだ。人数は7人前後、老若男女混じった面々だった」
 先輩はここで話を区切った。俺を見つめてくる。
「……え、それで、何なんですか?」
「不思議じゃないか。彼らはそんなところで一体何をしていたのだろう?」
 その不思議さがいまいちよく分からない。とりあえず思いついたことを言ってみる。
「コンビニが開くのを待っていたんじゃないですか?」
「お前なあ、街中のコンビニは普通24時間営業だろうが」
 確かに。
「じゃあ、コンビニで何かのイベントがあった。例えば10時からゲーム販売の予約開始とか」
「それも違う」
 随分と自信ありげに否定してくる。
「どうしてですか」
「言っただろう、彼らは駐車場の端に並んでいたんだ。普通、コンビニに用があるのならコンビニの前に並ぶだろう?」
「まだ時間があるのなら、普通のお客さんが入りにくくないように入り口から離れて並ぶこともあると思いますけど」
「それでも、コンビニの方を向いて並ぶはずだ。彼らはコンビニに背を向けていた。歩道に向かって並んでいたんだ」
 ん? イメージが掴めない。それを代弁するように仲本が言った。
「ええっと、その人たちは駐車場のどの辺に並んでいたんですか?」
「ああ、じゃあちょっと絵で説明するか」
 先輩は紙とペンを取り出した。紙に正方形を描く。これが駐車場らしい。結構広い。
「この左側が歩道で、右側がコンビニだ。俺はこの歩道を下から上に歩いてきた。で、手前と奥は普通の民家だな。人が並んでいたのはここだ」
 そう言いながら、駐車場の左下隅、すなわち歩道と手前の家に挟まれた部分から横に線を引く。そして歩道側に丸をつける。先頭という意味だろう。
「んー……この先は歩道だよね。何か用があるわけじゃなさそうだし」
「その人たちは何か道行く人に声をかけていたりはしてなかったんですよね?」
「ああ、無言だった。別にどこかを見つめているというわけでもなかったぞ。めいめい勝手にしてた」
 ということは、布教や宣伝、募金活動の類ではないな。
「なら、その先の車道に用が――」
「榎本君、それはないよ」
 仲本に遮られる。どうして、と尋ねる前に俺も気づく。
「雪の壁があるもの」
 さっき先輩は言っていた。車道と歩道の間にはずっと高さ2メートルくらいの雪の壁が連なっていると。その先に行くことはできないし、向こうを見ることも無理だ。まさか壁に用があったわけでもあるまい。となると、彼らは何をしていたのだろう。並んでいたというからには何かを待っていたのだと思うのだが……
「あ、分かった」
 仲本が不意に顔を上げた。
「コンビニにも歩道にも用が無かったんでしょ? 勿論前後の民家は除外。だったら、もう用のある場所は1つしか残ってないじゃない」
 そう言って、真ん中を指差す。
「駐車場自体か」
「でも駐車場に用なんてあるか?」
「ありますよ」
 心なしか誇らしげに言う。
「彼らはきっとサークルか何かのメンバーだったんです。どこか車で旅行に行く予定だったんですよ。それで、駐車場で車を待っていたんです」
 なるほど、ありえないこともない、が。
「それも違うな」
 先輩が否定する。何でですかと口を尖らせる仲本に、俺が代わって説明する。
「先輩は老若男女入り乱れた7人くらいだと言っていただろう。1つのグループとは考えにくい」
「えー、でも社会人サークルかもしれないよ? 社交ダンスとか合唱なら性別や年齢も関係無いし」
「それでも、待っている間お互いに話したりするはずだろう? さっき先輩が言ってただろ、彼らは無言だったって」
「それに車を待つなら、1列に並ぶ必要は無い。7人なんて1台に乗れないだろうしな」
 相次ぐ反論に、仲本は眉をひそめる。
「うーん、いい線いってると思ったんだけどなあ」
 その後も話を続けたが、納得のいく答えは出なかった。そうこうしているうちに応援練習が終わり、榊や3年生が入ってきた。仲本が「どうだった?」と訊き、榊が「怖かったです、泣きそうになっちゃいました」などと答え、先輩方が「あー、分かる分かる、途中で具合悪くなる人もいるしなぁ、あれは焦る」とか「まあ半月の辛抱だよ、それが終わればみんな良い先輩になるから」と声をかけ、榊が「でもここでは皆さん良い先輩ばかりですね」と軽口を叩き、みんなで笑う。俺や入船先輩もその会話に加わり、謎解きの話は自然とお流れになった。まあ、分かったからどうだって話だしな。

 しかし彼女との帰り道、話題に事欠いた俺は入船先輩の話をすることになった。思ったより興味深そうに彼女は聴いてくれ、俺の話が終わるとゆっくりと口を開いた。
「私も先輩の考えに賛成です。コンビニに背を向けて並んでいたのなら、コンビニではなく歩道側に用があると考えるべきです」
「でも歩道には何も無いんだよなぁ……」
「方向性はあってると思います。何か、大切なことを見落としているような気がするんですが」
「何か気づいたの?」
「いえ、何も」
 しばらく無言で歩く。この沈黙が、話題が終わったことを示すのか、彼女が考え込んでいることを示すのか判断に迷った。迷った末に放しかけようとすると、不意に彼女が振り向いた。
「私なら」
 どうやら後者だったらしい。
「もし私が何か回答しなければいけないとしたら『分からない』と答えます」
「どういう意味?」
 分からないのではなく、分からないと答える?
「テストなら答えが用意されています。推理小説なら真相が用意されています。そしてそこに至るまでの十分なヒントが散らばっているはずです。でも、これはそうじゃありません。現実に名探偵がいないのは、情報が必ずしも充分とは限らないからだと思います。そしてこの問題も、真相にたどり着くのに充分なヒントがあるとは限らない。元々解けない問題だという可能性もあります。私なら、どうせ分からないのなら、分からない問題なのだということにします。決して自分を買い被っているわけではありませんが」
 言われてみればもっともだ。極論、「事件がありました。犯人の可能性があるのはA,B,Cです。さて犯人は誰でしょう」という問題では推理のしようがない。真相究明には情報が要るのだ。入船先輩の話がヒントを充分に含んでいるかは分からない。そう考えると、途端に馬鹿らしくなってきた。
「まあ、どうでもいいか」
 俺は呟いた。

 彼女と別れ、帰途についた。夕日を浴びながら歩く。空を鳥の大群が飛んでいった。途中小腹が空いたのでアイスでも買おうかと俺はコンビニに立ち寄った。
 そしてふと、そのコンビニの位置関係が、先輩の話で聞いたのと同じであることに気がついた。まあ、コンビニは儲かる所に建てるもので、儲かる場所というのは立地が似ているものだろうからさほど不思議ではないが。俺は駐車場の真ん中に立っている。左右は民家。目の前にはコンビニ。背後には太い道。違うのは雪の壁が無いことくらい――
 ……?
 何か、大切なことを見つけた気がした。

 翌日の放課後、事の真相を伝えようと俺は部室に急いだ。だが、待てども待てども先輩はやって来ず、結局姿を現したのは応援練習もとっくに終わった時刻だった。聞くと担任との面談が合ったらしい。
「今の成績じゃ大学受からんぞって言われたよ、ハッハッハ」
 そんな受験生らしい台詞も聞いた。もうすぐ3年生は引退なんだなと実感する。でもその前に。
「先輩、昨日の話なんですが、分かりました」
 俺が唐突にそう言うと、入船先輩は首を傾げ、やがて、ああ、と手を打った。
「昨日の話ね、はいはい昨日の話。それは大切だねー」
 先輩はそう言って逃げるように部室の隅へと俺を連れてきた。ちなみにその時先輩は見学に来ていた新入生をいつものトークで引かせて帰らせてしまい、森田先輩から殴る蹴るの暴行を加えられていたところだった。文字通り逃げてきたのだろう。
 様子を察した仲本も加わり、鳩首となった。考えてみれば元部長、部長、副部長の3人が顔をつき合わせているわけであり、周りからは何だか物々しく感じられるかもしれない。話すことは非常に下らないのだが。
「で、榎本、どういうことだったのかな?」
 俺は答える。
「至って単純に考えればよかったんです。彼らは無言で並んでいた、ならば何かを待っていた。彼らは歩道のほうを向いていた、ならば歩道のほうに用があった」
「でもそれは昨日否定されたじゃ――」
「どうして否定されたか憶えてるか?」
「ええっと、歩道に用があるものが思いつかないから」
「なら、車道はどうだと俺は言った。そうしたら?」
「雪の壁に遮られているから無理って」
 そう。俺は仲本にそう言われて――というのは責任転嫁だ、言われなくても――その可能性を捨ててしまった。迂闊だった。もっと深く考えるべきだったのだ。
「先輩は言ってましたよね、雪の壁があるのは安心感があって良いと。ならばどうして、それを全国の道路で実践しないのでしょうか?」
「雪が無いからだろ」
「雪である必要はありません。つまり、ガードレールです。何故ガードレールは、全ての歩道についていないのでしょう」
「国に予算が無いからでしょ」
 当然のように仲本にそう言われて、俺は気勢を削がれる。削がれるが、何とか続ける。
「……確かにそれもある。じゃあもし全ての道路にガードレールが配備されたときのことを想像してみてほしい。もし、完全に歩道と車道が区別されたらどうなるのか」
 充分な間をとってから、俺は言った。
「不便じゃないか?」
 しばしの沈黙があって、仲本があっと声を漏らした。先輩も、なるほどと頷く。
「車を道端に寄せて人を降ろすことができなくなるな」
「そうです」
「道を渡ることができない。ガードレールなら跨げるけど、2メートルもあったら」
「そう。極論を言ってしまえば、歩行者にとって交差点や横断歩道は無意味なものになります。人々はそのブロックの中で生活しなければならなくなる。それはどう考えても無理な話です。更に、車を出すこともできなくなります。車庫や駐車場から車道に出るには歩道を横切る必要がありますからね」
 しかし仲本は納得しない。
「そんなの、該当する箇所の壁を取っ払えばいいだけでしょ」
「それだよ」
 俺は仲本を指差す。おっと、人を指差すのは失礼だった。慌てて引っ込める。しかしその時の自分の顔を見たら、大層したり顔だっただろう。
「俺が今言ったのは『完全に歩道と車道が仕切られていた場合』です。俺は先輩の話を聞いたとき、それを想像してしまった。雪の壁が歩道と車道の間には常に存在するものだと。もっとちゃんと考えるべきだった。雪の壁は、生活に大きな支障をきたす場所には作られない。例えば交差点には雪の壁は無いはずだ。そうですよね、先輩?」
「……あ、ああ……で?」
「この絵を見てください」
 そう言って俺が取り出したのは、昨日先輩が描いたのと同じ図だ。記憶に頼って再現したが、情報量は少ない。相違は無いはずだ。
「真ん中が駐車場。上下が民家。右にコンビニ。左に片側2車線の太い道路。ならば当然、駐車場の出入り口は左側にあるはずです。すなわち、駐車場の左側に雪の壁は存在しない」
 ここまで言って、俺は言葉を区切った。2人の様子を見る。これで「何を当たり前のことを」とか言われたらどうしようかと思ったが、幸いにしてそんなことはなかった。仲本がうんうんと頷く。
「言われてみればそうだった。えっと、ということは……うーんと……」
 考え込む仲本には悪いが先へ進める。
「もう分かります。彼らの目の前に雪の壁は無かった。彼らは車道に用があったんです。でも普通の車じゃない。彼らは1ヶ所に集まっているのに面識が無いんです。1度に不特定多数の人が利用する、道端からアクセスできる交通機関といえば」
 再び言葉を切る。溜める。溜める。しかしあまり溜めると格好つけだと思われやしないだろうか。それで俺の評価が下がるのは困る。さっさと言ってしまおう。
「彼らは、バスを待っていたんですよ」

 沈黙が流れた。俺の言うべきことは言ったので、後は2人の言葉を待つだけだ。
「2,3質問」
 そう言ったのは仲本だった。
「普通バスを待つ時って歩道に平行に並ぶよね? どうして彼らはそうしなかったの?」
 それは想定していた質問だ。
「雪の壁は厚いんだ。高さ2メートルにも渡って雪を積み上げただけのものだからな、下のほうは相当な厚みになる。でも車道はある程度の幅を保たなくてはならない。となると、割を食うのは歩道だ。つまり冬は雪の壁の厚さの分だけ、歩道は狭くなる。その時はきっと、それで人1人が歩けるくらいの幅しかなかったんだ。そこにバスを待つ人が並ぶのは通る人に迷惑だったから駐車場に並んだ、そんなところだろう」
「じゃあ、バスの乗降口が駐車場の出入り口と一緒になっていたのは何で? バスが駐車場の出入りの邪魔になるじゃん」
「さっき先輩が言ったように、壁のあるところで人の乗り降りはできない。バスの乗降口の雪の壁は取っ払わなくてはならない。でも、バス停ごとに壁を取り除くのは作業として面倒だ。除雪は毎日行っているわけだし、バス停って結構数あるからな。だったら、どうしても必要な場所と共用させればいい、そう考えたんじゃないか。近くに駐車場の出入り口があったから、そこを使えばいいってことになったんだと思う」
「じゃあそもそも、どうしてバス停が見当たらなかったの? バス停さえあれば、そんなの謎でも何でもなかったのに」
「今言った理由でバス停の箇所が多少ずれていたというのが1つ。もう1つは、これも雪の壁の厚さが関係してくる。バス停は歩道の車道寄りに立っているのが普通だ。そして雪の壁も歩道と車道の間に作られる。雪の壁は厚く、高さもある」
 俺は得意げに言った。
「雪の中に埋もれていたのさ」

 さすがにそろそろ真面目な話をしているわけではないことが分かってきたようで、他の先輩が声をかけてきた。
「何してるのー?」
「大切な話!」
 と入船先輩は答えるが仲本は、
「あ、いや、ただのお喋りです」
 おおう、俺の素晴らしい推理がお喋りと言われてしまった。まあそうか、客観的に見れば雑談に過ぎないもんな。っていうか、なに自画自賛してるんだ、俺。冷静になれ。
「雑談です」
 俺も事実を伝える。すかさず森田先輩が入船先輩を連れて行く。先ほどの制裁が再会される。ファイト。
「先輩、何の話してたんですか?」
 いつの間にか榊がニコニコしながら寄ってきていた。
「別に、下らないことさ」
「えー、ウソだー」
「どうして?」
「だって先輩、すごく晴れやかな顔してますもん」
 ……そうだろうか?

 下らないとは言えど、俺が真実に到達したというのは随分といい気分だった。推理小説でトリックを当てたときの爽快感と似ている。いや、同じようなものなのだろう。その後榊にカッコイイともてはやされ――俺が謎を解いたことは話していないが、単に俺が語っているときの横顔が良かったらしい――気を良くした俺は、久々にカズに話しかける気になった。あいつも謎解きは好きだったはずだ、披露してやろう、そう思ったのだ。
 帰り際に生物室によると、果たしてカズはそこにいた。戸締り確認をしているところらしく、1人だった。好都合と声をかける。
「よお」
「あれ、えのっちじゃん。珍しいね、そっちから声をかけてくるなんて」
 実は俺はコイツのことが少しばかり苦手なのだ。なのだが、今はそうでもなかった。
「1つ面白い話をしてやろうと思ってな」
 俺は出し抜けにそう言った。カズはきょとんとしていたが、やがて笑みを浮かべると俺を生物室に招き入れた。

 入船先輩の言葉を繰り返す。状況も紙に書いて説明する。話が終わると、カズは笑った。
「なるほど、確かにそれは興味深いね。面白いよ」
「で、どういうことか分かったか?」
「うーん、そうだね……」
 数秒目を閉じて、カズは言った。
「一番ありそうなのは……バス待ち人かな。タクシーも考えたけど、コンビニの前にタクシー乗り場はそうそう無いからね」
「……ご明察だよ」
 ちょっと落胆する。そんな簡単に暴かれてしまうとは。まあ確かに、駐車場の前に壁が無いということに気付けばそれほど難しい話ではなかったのだが。
「列の向きからして用があるのは歩道側、歩道に用が無いのなら車道。朝にバス停の前に人が並んでいるのはよくある光景だからね」
 話して聞かせる時に車道と歩道の間に雪の壁があることをわざと強調したつもりだったのだが、こいつの前に意味は無かったようだ。漠然とした不満を抱える俺に、カズは明るく言った。
「それにしてもやっぱり楽しいね。丁度そういう話の小説に興味を持っていたところなんだよ。それって何ていう小説のネタ? 参考にしたいね」
「いや、さっき言ったろ。先輩の体験談だよ」
「え? 体験談? 作り話じゃなくて?」
「作り話も何も、先輩が不思議に思っていたから俺が解いて差し上げたんだ」
 カズはぽかんとした。やがて笑い出した。
「アハハハハ、そうか、なるほど、体験談かー。えのっちはそう思ったんだ、そっかそっか。それじゃあ仕方ないね」
「……何のことだよ」
 俺はムッとする。何が原因かは知らないが、馬鹿にされているのは確かだ。
 カズはひとしきり笑うと、まるで子どもに教えるように俺に言った。
「あのね、えのっちの鼻を折るようで申し訳ないけど、それは作り話だよ。作り話って言い方がまずいのなら、創作が入っているとでも言おうか。体験談を元にしているのか、純然たる創作かは分からないけど――多分前者だけどね――その先輩が、話す前から真相を知っていたのはまず間違いない」
 唖然とした。どうしてそんなことが言えるんだ? そしてその思いは、如実に顔に出ていたようだ。
「えのっち、現実における謎と虚構における謎の違いは分かる? それはね、謎を解く鍵が保障されているか否かだよ」
 昨日彼女が言っていたのと同じようなことを言い出す。
「その先輩の話は、ヒントが充分に含まれていた」
「いや待て、それを根拠に虚構だとするのはおかしいだろ。偶然かもしれないじゃないか」
 カズの言うことを聞いて俺は慌てた。カズは先輩の話が謎を解くだけのヒントが含まれているから作り話だと言った。しかしそれを鵜呑みにするならば、この世で解かれる謎の全ては虚構のものになってしまう。
 しかしカズは断言する。
「いや、純然たる体験談だったのなら、その先輩が真相に気づいていなかったのなら、その話の流れはおかしいんだ」
「流れ……?」
「話の順番はこうだったよね。まず北海道は雪が多いという話をして、それによって生まれる文化の話をして、その最たる例として雪の壁を挙げた。それを踏まえた上で謎を提示した。おかしいじゃないか。親切すぎる。明らかにこれは伏線だよ、真相に雪の壁が関わっているということの。これはただの体験談を語るときには起こり得ない順番だ。本当に知らないのなら、まず謎の話をして、『雪の壁って何ですか』と訊かれて初めて、その説明をすべきなんだ」
 言われてみればそうだった。先輩の話は物語然とし過ぎていた。どうして気づけなかったのだろう。いや、当然だ。小説を読み慣れているから、その話の運び方に慣れているから、不自然だと思えなかったのだ。
「で、でも……それは体験談であることに変わりはないんじゃないか? 先輩が不思議に思ったことを俺にも話した、そういうことなんじゃないのか?」
 カズの言うことを全て受け止めたくはなかった。だって、それはつまり入船先輩は単に俺を試すつもりでその話を持ち出したということで、別にそれを俺が解こうが解くまいがどうでもよかったということで、それを解いて俺は有頂天になっていたわけで。それはあまりにも。
 あまりにも、滑稽過ぎるじゃないか。
 だがカズは残酷に続ける。俺の心境など知らずに。
「そうだねぇ、必要な情報だけを集め、都合の悪い情報を排除し、それでもそれが体験談だと言えるならばの話だけどねぇ」
「都合の悪い情報……?」
「バス停だよ」
 その話は仲本に訊かれた。俺はちゃんと答えたはずだ。
「バス停は雪に埋もれていたから先輩は気づかなかったんじゃ……」
「何言ってんの、そんなわけないよ。バス停が見えなくなったら普段利用している人はともかく、初めて使う人なんかはどこにバスが止まるか分からないじゃん。バス停は埋もれないように、注意して除雪を行っているはずさ。つまりバス停はあったんだよ。先輩はそれを見つけた。だから並んでいる人がバス待ち人だということに気づいたんだ。でも一瞬でも不思議に思ったことは確かだろうね。だからこそ、その情報を抜いてえのっちに話したんだ、不思議な話としてね。
 それにしても、えのっちがそういう話に興味を持ってくれるとは嬉しいね。今度その手の本を貸してあげるよ。ちょうど、掘り出し物が見つかったところなんだ」
「……」
 俺はもう、何も言えなかった。

 カズとはその場で別れ、俺は彼女の教室に向かった。彼女はすぐに支度をし、2人で校門を出た。多分カズも帰るところだったのだろうから一緒に帰ってもよかったのだが、俺たちのことを考えて遠慮したのだろう。要らん気を回す。
 俺が落ち込んでいることに彼女はすぐに気づいた。どうしたのかとしつこく訊くので、成り行きで謎が解けたことを話した。全て聞くと彼女はクスクスと笑い……はしなかった。
「全て明らかになったのならいいじゃないですか。何が不満なんですか?」
「だってさあ……馬鹿みたいじゃんさ、俺。みっともない、オトナゲないよ全く」
「まあ、いいじゃないですか」
 否定されなかった。更に傷ついた。
「先輩が自力で謎を解いたのは事実なのでしょう? それは単純にすごいことだと思いますよ。少なくとも私よりは推理能力があります」
 うーん、彼女には一手先を読まれていた気がするんだが……
「そうかな?」
「そうです」
 なら、いっか。
 彼女が褒めてくれるのなら、全てはノープロブレムだ。

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