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恋の芽 1
 どきどき どきどき

 そんな表現じゃ生ぬるい。
 どどどどどっと私の心臓は物凄い勢いで鳴る事が出来るのを、私は今日初めて知った。
 たかが格好いい男が隣に座ってるだけじゃないかと言い聞かせてみてるのに、それに反して緊張に固まる私の体と、特に心臓は正直に早鐘を打ち、うまく現実を受け入れられない感じ。
 それでも、いい年をした女という所で、それを懸命に表に出さないようにしているわけなんだけど。

 さっき泣いて抱きつくなんて醜態晒したばかりだしね・・・

 自分の腕に残る彼の体の感触や温もりを思い出すと、ここから飛び降りたくなる程の羞恥に襲われるので、必死にそのことを頭から追い出した。
 ちなみに今私は、王城へ向かう馬車の中にいる。
 隣にはあの透明人間さんの声を持つ、レィニアスさんが座り、その前にアレンが座って、何やら真面目に話している。
 ミハは馬車の外の御者の隣に座り、街中を伺っているようだった。
 先程の私の状況がおかしかったのと、夕暮れ時という事もあって、一緒に王城まで連れて行ってくれるという事になったのだけれど。
 ちらりと横を盗み見る。
 窓枠に肘をかけ頬杖をついて、時折流れ行く窓からの景色に視線を移しながら、アレンと話す姿の絵になることと言ったら・・・

 格好よすぎる!
 めちゃめちゃテンション上がりますからー!

 なんて思って口元が緩みそうになった所で、彼がこちらに視線を流してきて、目があってしまった。
 彼は軽く驚いたように一度瞬きをしたかと思うと、ふいっと視線を反らす。
 そのまま彼の視線は、馬車の外を流れる街並みに注がれたのだけれど、私は私で驚いて、逆に彼をしっかりと凝視してしまった。
 そのため、彼の目元にうっすらと赤味が浮かぶのを見逃さなかった。

 な、何そのいかにも私を意識してますって反応。

 ついさっき私がみっとも無く、彼に縋り付いて泣いた事を彼なりに意識してるのだろうか。
 それとも、別の・・・つまり、彼もあの夢現の事を考えてるとか?
 あの約束の事を考えてるのだとしたら、今の彼の態度も頷ける。
 そうだよね、恥ずかしいよね、あの約束。
 普通言えないし、ぶっちゃけ日本男子に言われようものなら、ドン引きなうえに、大爆笑していつまでもいいネタにさせて頂くものですよ。
 でも今の私としては・・・

 ウェルカムですからー!
 もうねいつでも、私はあなたに会う為にこの世界にやってきたのね・・・幸せ・・・
 なんて恥ずかしい台詞言えちゃうよ!?
 待ってました、異世界トリップ王道ラブロマンス!
 ああもう早く、確かめたい!

 気持ちは急くのに、こちらを訝しむ視線で見つめてくるアレンの前で『透明人間さんですか?』なんておかしな問いかけを出来るわけもなく、私はレィニアスさんの様子を伺うのをやめて、アレンへ向き直った。
 彼とは一昨日会っただけの、口ばかりの友達だ。
 馬車に乗る前も、軽く挨拶しただけ。

「・・・アオイさんを先程追っていた者達に心当たりはありますか?」

 差し障りのないところから、アレンが問いかけてくる。

「全然ない」

 ふるふるっと首を振って答えた。
 黒い靄が見えた事は、なんとなく伏せておく。
 下手に言って、白莉殿に連れ戻されるわけにもいかないし、あれが普通の人には一切見えないものなのは、カイルの言葉でよくわかっている。
 ラブロマンスは求めるけれど、面倒事には関わりたくないという、単純でわかりやすい私の信条だ。

「なんかデュラと会ってたのを見たとかで、連れて行かれそうになったよ」
「やはり祭司長を狙ってといった所ですね」
「この国って平和じゃなかったの?」
「国内は平和です。ですが、外からはやはり妬みを買われやすいのも確かなので・・・」
「アレン」

 私とアレンの会話を、咎めるようにレィニアスさんが彼の名前を呼ぶ。

「アオイはこの国に来て日が浅い。只でさえ、怖い思いをしたばかりなのだ。そんな話はするな」
「・・・申し訳ございません」

 レィニアスさんの言葉に、頭を垂れるアレンを見て、私は慌てた。

「あっ私なら大丈夫です。それに、変な人が街にいるのなら、それを把握して次にどうするか考えなきゃいけないのが、アレンとかの仕事でしょ」

 だから、所謂事情聴取というものなら、どんどん聞いて下さい。

 そんな私の言葉に、アレンは驚いた顔をしていたけれど、すぐにレィニアスさんに真面目な顔を向ける。彼の支持を待つようだ。
 それを受けて、レィニアスさんは顎に当てていた手を外すと、こちらを振り返った。

「確かに。お前がそれでいいのなら構わない」

 彼はこちらをただ向いただけなんだけれど、合わさった視線で私の心臓はまた、とくんと音をたてる。
 ああダメだ、恋愛モードがオンになってる。
 年甲斐もなく、彼の一挙一動に心がときめいている自分がいる。
 困った、彼から目が離せない。
 けれど、ここで返事をしないわけにもいかないので、私は首元から上がってくる熱に気付かない振りをして、口を開いた。

「えと、あっ偉そうな事言ったけど、話せる事なんて全然無いんだけどね。あはは」

 だってさっきも言ったけど、私には心当たりなんて勿論無い。
 それに、追いかけてきた怪しい奴らの顔は、黒い靄に覆われていて見えてなかったし。

「何か、特徴とか覚えてますか? 彼らの話し方に訛りがあったとかは?」
「・・・ごめん、私この国の言葉とかもいまいちよくわかんなくて」

 言ってから、しまったと思った。
 私の返事に、アレンが怪訝な顔をしたからだ。

「そういえば、アオイさんは他国からいらしてましたね。それは何処から」
「え、えーっと」

 怪しい人達の話をするはずが、自分への疑問になってしまった事に焦る。
 怪しい人達がもしも違う国の言葉を話していたとしても、私には普通に聞こえてるだけで、さっぱり解らないのだ。
 異世界トリップの親切設定に、こんな罠があったなんて。

「言葉とかまだ勉強中だから全部覚えてないけど、そうだ! 一人しっかり顔見たよ。灰色の髪の毛で、肌はちょっと浅黒い感じ。この国の人って基本、いわゆる白人系でしょ。なのに、その人は全然違ったから覚えてる。ちなみに人数は数えてないけど、七、八人はいたかなぁ。全員がそんな肌色してたわけじゃなかったと思う。これって役に立つかな?」

 まくし立てるようにそう言った。
 誤魔化せたかな? とアレンをじっと見つめる。
 女は相手を騙そうとする時ほど、しっかりと相手の目を見つめる生き物で、私も例外ではない。

 いやいや、騙してるわけじゃなかった。
 自分の事を誤魔化そうとしただけで、嘘は何も言ってないんだから。

 そんな私の視線の先で、アレンは軽く頷くと口を開いた。

「そう、ですね。カザール国には褐色の肌が多いと聞きます。その国の者とは断定も出来ませんが、そのこともふまえて、白莉殿の警備強化を隊長に報告します」

 よし、なんとか切り抜けたみたい。

 ほっと息をついたところで、馬車の速度が落ちたのを感じた。
 ゆっくりと停車するのを窓から確認すると、いつの間にか王城の中庭に着いていた。
 御者が降りてきて、レィニアスさん達側にある扉を開ける。
 私側はミハが開けてくれて、降りようと動いたら、手を差し出してくれた。
 女の子扱いにちょっとだけ気分良くなりながら、ありがとうとそれに掴まり外に出る。
 同じ姿勢ばかりで疲れたと、思い切りうーんと伸びをすると、何が可笑しいのか、ミハがぶはっと吹き出した。

「このへんの女の子は男の前でそんな事しないよ。アオイちゃんは本当変わってるよね」
「・・・だって疲れたんだもの。それより、そのちゃん付け似合わないからやめてもらえる?」
「えー、この間友達になるって話したから、親愛を込めたのに」
「普通に呼んでくれたらいいから」
「ミハ」

 会話を遮るように声をかけられ、二人そろって顔を上げた。
 アレンが、中へ入ろうと視線で先を促す。

「ごめん、折角会えたからもっと話したかったけど、また今度。仕事だから俺行くね」

 言って、たたっと小走りに彼らの元へ駆け寄ると、三人はそろって歩き出した。
 私はというと、仕事の言葉と彼らの向かう先が私の住まいがある館と違い、宮殿なことから、そこに着いて行けるわけもなく、折角会えたレィニアスさんが歩くたびに揺れる青い外套を目で追うしか出来ない。

 折角会えたのに、何も話せなかったな・・・

 なんだか切ない。
 私は本当に恋する乙女に成り下がったようだ。
 そんなふうに思っていたら、ふいにその外套が大きく揺れ、レィニアスさんが振り返った。

「後で会いに行く」

 彼の隣を歩くアレンとミハが驚いた顔をしてたみたいだけど、私の目には映ってなかった。
 私は弛む頬を隠さずに、頷いた。

 ウェルカムラブロマンス!


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