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満月の夜に君を待つ
作者:宗像竜子
 夜中の学校は、昼間と比べてどうしてこんなに怖いんだろう?
 そんな事を考えながら、階段を上る。
 ゴム底の上靴がひたひたと微かな音を立てるだけで、他には何の音もしない。
 時刻はもうすぐ日付が変わる頃。少し郊外にあるこの学校付近が寝静まるのも当然の時刻だ。
 そんな時刻にどうしてこんな所にいるかと言うと……まあ、野暮用だったりする。
 僕は今、恋をしている。
 それも、多分…この世界で一番の遠距離恋愛だ。
 その、彼女との約一月ぶりの逢瀬に向かっている真っ最中なのだ。
 そう── 僕等はその間、電話とかで話しもしなければ、メールなんかもやり取りしてないし、もっと古風な手段で言えば手紙を出し合う事すら出来なかった。
 僕等は直接、しかも一月に一度しか会う事が出来ない。
 その理由は簡単。単にそれ以外の手段が不可能だからだ。


 何故なら── 僕の彼女は、人間ではないから。

+ + +

 僕と彼女が出会ったのは半年くらい前のことになる。
 その日は空が晴れていて、満月の光が明るかった。今ではなんでそんな事を思ったのかわからないが、僕はその晩、自殺するつもりだった。
 家族に不満があるのでもなく、イジメとかにあっていた訳でもなかったけれど。受験だって、まだ少し猶予ゆうよがあった。
 …多分、ただ繰り返される毎日が、ツマラナクて全てが鬱陶しかったのだと思う。
 自分や自分の身の回りの全ての物を否定したくて堪らなかった。
 その手段として思いついたのが『自殺』だなんて、我ながら滅茶苦茶だし、方法が間違っているとは今では思えるけれど、その時はそうするのが一番手っ取り早くて正しい事のように思えた。
 空には、満月。
 常より明るい光に目を向ければ、何処か赤みを帯びた、いつもより大きな月が空に浮かんでいた。
 ルナティック── 満月の夜は事故や事件が多いという。その理由がわかるような、胸が騒いで落ち着かない夜だった。
 ほとんど衝動的に夜中に学校に忍び込んで、屋上へと向かった。
 そして、ばからしくもそれらしい事を書いた遺書を用意して、いざフェンスに手をかけた時── 突然声をかけられたのだ。

「何をしてるの?」

 見ればわかるような状況で、その声の主は尋ねてきた。
 時刻が時刻だったし、僕はかなり驚いた。
 何しろ、その声は明らかにその場にそぐわない、無邪気な女の子の声だったからだ。
「誰だ!?」
 まさかの場面で邪魔が入った苛立ちと、微かな恐怖と。
 その他にも言葉にならない感情が入り混じった勢いで振り返りつつ叫ぶ。…そして、僕は無様にも凍りついた。
 というのも、そこに人間が重力を無視してふわふわと浮いていたからだ。
 相手もそんな僕の様子に驚いた様子で大きな目を丸くしていた。
 それが、僕等のファーストコンタクト。そして── その時から、僕等の恋は始まった。

+ + +

 数年前から壊れたままの屋上の扉を開くと、そろそろ秋の気配を感じさせる冷たい風が吹き付けた。
 風の向こうには闇に沈んだ山と、町並み。それを黙って見下ろす── 満月。
 今日も天気は上々だ。
 彼女と知り合ってから、満月の晩はいつも冷や冷やする。
 彼女と会えるのは満月の晩だけ。その時だけ、彼女達は地上へと姿を現せられるらしい。
 大雨が降ると、地上が雲で見えなくなって、何処に降りたらいいのかわからなくなると彼女は言っていた。
 今までは日頃の行いがいいのか、かろうじて雨に降られる事はなかった。
 …まだ、彼女は来ていないようだ。
 そのままフェンスの方へ歩いて、床に座り込む。
 屋上はやっぱり風の通りがいい。これから寒くなったら、ちょっと大変かもしれないな、などとぼんやり考えてみる。
 もっとも、寒さや風邪程度でへこたれる程甘い恋愛はしていないつもりだけど。
 …もちろん、時には自分のばかさ加減を笑ったりもする。どう考えても、他人には話せない恋だし、先行きが明るいものでもない。
 僕は来年にはこの学校を卒業するし、進学先によってはこの町を出るだろう。
 考えれば考えるほど、気持ちが重くなる。
 どうして、彼女に恋なんてしたんだろうか。
 考え込んでいると、ふと背中にぬくもりを感じた。ふわりと、包み込むようなそれは、確かな触感を持たない。

「ごめんなさい、待たせちゃった?」

 思ったとおり、顔を向けるとそこに彼女がいた。
 微かに光を帯びた姿。── 身体は透けて、向こう側が見える。
 夜の暗がりでも、彼女の姿は鮮明に見えた。今日はシックな黒いワンピースに、レースのショールのようなものを羽織っている。
 そんなにはっきりと見えても、彼女は実体を持たない。初めて見た時は幽霊と勘違いしたくらいに、曖昧な存在感だ。
「ちょっと、出掛けに兄さんに見つかりそうになっちゃって」
 苦笑混じりにそんな事をいいながら、彼女は僕の隣に腰を降ろす。
「…兄さん?」
「うん。向こうはヨシュアなんだけどね」
 ヨシュアというのは、彼女の住む所の管理人の事らしい。彼女のようなただの民はミシュアと言うのだと、二度目に会った時に聞いた。
 …彼女は、幽霊ではない。有体に言えば、宇宙人と言うべきか。
 彼女達は月の内側に住んでいて、満月の時だけ外への扉が開くのだと言う。まるで下手な三流小説のような話だったけれど、僕は信じた。
 幽霊とかよりは、よっぽど宇宙人とかの方が希望が持てると思ったからだ。
「…見つかったらどうなるんだ?」
「うん? そうね、捕まって怒られるかな」
 くすりと笑って彼女は言う。
「しょうがないのよ、この頃、脱走者が多いらしいから」
 軽く肩を竦めると、彼女の柔らかく波打つ髪が揺れる。そんな小さな仕草を見る度に、切ない思いが胸を掠める。
 どうしてこんなに近くにいるのに、彼女に触れる事も出来ないんだろう…?
「アリュース…地球は、わたし達から見ると本当に魅力的なの。蒼くて、とても綺麗。地上も…全部がそうじゃないけど、生命が溢れてとても綺麗だわ」
「だからって…ここに住む事なんて出来ないんじゃないのか?」
 ほんの少しの期待をもって、僕は尋ねた。
 前々から思っていた。脱走するって事は…この世界に定住する術があるという事じゃないのかと。
 すると彼女は悲しげに微笑んで、静かに言った。
「住めない訳じゃない。でも…駄目なの。わたしには出来ない」
「どうして」
「だって…この地上に住むという事は、肉体を手に入れるって事だわ。つまり…誰か…人間を殺すって事だもの」
「…そうか」  
 優しい彼女。
 そういう理由なら、わからないでもない。そういう彼女だからこそ、僕は好きなんだろう。
 それでも心を整理しきれなくて思わずうつむいた僕に、彼女は言う。
「…時々、思う事もあるわ。このまま、誰かから身体を奪って…人間になれたらいいのにって。わたし、あなたの事が好きよ。だから…同じ存在になれたらいいのに、って思う」
「……」
「でも、誰かの身体を奪っても、きっと幸せにはなれないと思うの。だって、中身はわたしでも、外見は違うんだもの。きっと、鏡を見る度に悲しくなる。わたし、あなたには…本当の姿で見て欲しい」
 顔を上げると、今までにないくらい真剣な彼女の顔があった。
「…ここへはわたし達は精神体でしかやって来れない。だから、これがわたしの本当の姿。偽りのない、本当の…だから、この姿を見て。…今のわたしを、好きでいて」
 真っ直ぐな目は、嘘を許さない。
 僕はただ、うなずくしか出来なかった。そして…思った。
 この恋を不安に感じているのは、自分だけではないのだと──。
「…カトンテール」
「何?」
「君が…好きだ」
 多分、僕は真っ赤になっていただろう。でも彼女は、その言葉に本当に嬉しそうに笑ってくれた。
 その瞬間に知る。僕がどうして彼女に恋をしたのかを。

+ + +

 完全に夜も更けた頃、夜明けが来る前に彼女は月に帰る。
 僕もまたこっそりとばれないように自宅に戻らなくてはならない。
「またね」
 名残惜しそうに彼女が言う。
「ああ…また、来月」
 答えながら、僕は思う。一体いつまで僕等はこうしていられるんだろうか。
 …その答えはわからない。行き着く所まで行かないと、きっとわかりはしないだろう。
 でもきっと、どんな終わり方をしても、この恋を後悔なんてしないだろう。
 ゆっくりと彼女の姿が上空へと溶け込んでいく。その先にあるのは、東に傾いた満月。
 帰らないで欲しい、と何度言いたいと思ったか。
 でも彼女の困った顔は見たくなかった。だからきっとこの先も、その言葉を口にする事はないだろう。
 彼女の嘘のない笑顔が好きだから。

 だから僕はまた、満月の夜に君を待つ。
 君の笑顔に会う為に──。
ネットで知り合った方のHPが5000HITした記念に献上したものです。
「月」ネタでしんみり・しっとり、でも甘々(?)を目指してみました(笑)
今も得意ではないのですが、当時は一人称が苦手だったので、書き方的にちゃんと一人称になっているのか少々怪しいです……。
実はこの話、別の話のプロットの副産物だったりします
月と地球を舞台にした物語なのですが、こちらは現在完全にお蔵入りしていて、今後執筆予定がないので、具体的な背景はぼかしております。
カトンテールの名前ですが、これ、元ネタがあります。
有名な作品なので、ピンと来られた方もいるかも?
三姉妹(というか三つ子?)の中ではこの名前が印象に残っていたので使わせて頂きました。
ちなみに彼女の兄の名前は「ピーター」ではありません(笑)
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