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6.5章
<少女と、日記と、暗中模索>
 5月×日 水曜日 晴れ


 今日はなんだか、学校が静かでした。
 3年生の先輩方が修学旅行に行っているからです。
 やっぱり一学年抜けると、校舎全体ががらんとしています。
 杉崎先輩たちも今ごろ北海道を楽しんでいるのでしょうか。
 お土産話を聞くのが、今からとっても楽しみ。

 私は今日の放課後も学校の図書室に行きました。禄ちゃんと勉強するためです。
 突然怖い顔で「勉強教えろ」と言われたのが2週間前。それから、私の塾がある日以外はほぼ毎日一緒に図書室に通っていますが、禄ちゃんは今のところ音を上げることも投げ出すこともなくちゃんと真面目に勉強をしています。
 ただ、「あの進藤が勉強を!」と興味深そうにこっちを見てくる図書委員の子を睨みつけて号泣寸前まで追い詰めるのは、ちょっと、やっぱり、やめてほしいな。

 とにかく禄ちゃんは信じられないくらいやる気に満ちています。
 今月末にある中間テストが、というか、そこで赤点を取って夏休みの補習に強制参加になることが、よっぽど嫌みたいです。
 今日も勉強している最中、「夏休みは七緒先輩と遊びまくる」と息巻いていました。
 東先輩はたくさん柔道部の練習があるだろうし、しかも受験生なんだからそんな暇はないんじゃないかな……と思いましたが、口には出しません。先輩との夏のプランを勝手に思い描く禄ちゃんがすごく楽しそうだったから、わざわざそれを壊すような発言をすることもないよね、と思ったからです。
 禄ちゃんって、本当に東先輩が大好きなんです。


 今日、私たちは国語を中心に勉強していました。
 禄ちゃんは国語が、その中でもとりわけ今回の中間テストの出題範囲の一部である四字熟語が苦手みたいです。
 今パッと思いつく四字熟語ってある? と聞いたら、禄ちゃんの答えは「弱肉強食」と「喧嘩上等」。ちょっと頭が痛くなってしまいました。
 とりあえず教科書と私のノートを見て、1つ1つ意味を確かめていくことにしました。
 しばらくすると、禄ちゃんが「暗中模索」の項目を指さし「これはわかる」と言いました。テスト範囲の中でもわりと難しい部類の四字熟語です。意外に思っていると、さらに信じ難いことが起こりました。
 なんと禄ちゃんは目をつぶったまま、「暗闇の中で手探りで探すこと。転じて、手がかりのない物事を探し求めること」とかなんとか、すらすら暗唱し始めたのです。どうやら辞書の解説を丸暗記しているみたいです。
 意外なんてレベルじゃありません。信じられない。どうしちゃったの、禄ちゃん。
 驚いて訊ねてみると、
「前に七緒先輩が言ってたんだけど、俺、そんときは全然意味わかんなくてよ。家に帰ってすぐ辞書引いて調べたんだ。で、何回も読んでるうちに覚えちまった」
 と、誇らしそうに禄ちゃんが言います。
 なるほど、納得です。東先輩絡みなら、この子は普段と全く違った自分に変身できるんです。
 でも、暗中模索が登場する会話って一体何なんだろう……謎です。禄ちゃんに訊ねてみても「男の拳は喧嘩のためじゃねぇんだ、でも何のためかっていうとそれは七緒先輩もまだ暗中模索中なんだ」とか興奮気味に喋られて、結局よくわかりません。

 だから私は一言、率直な感想を言いました。
「禄ちゃん、本当に東先輩が大好きなんだね」
「あ? なんだよ、文句あんのか」
「ううん、ない。でも、もしも東先輩に彼女さんができて、ラブラブで、禄ちゃんと話したりする時間が減っちゃったら……どうする?」
 と、言った後、ちょっと意地悪な質問だったかなぁと後悔しました。
 けど、これは前々から聞いてみたかったことです。私は杉崎先輩が好きだし、その恋の成就を心から願っているけど、東先輩のことを幸せそうに語る禄ちゃんを見るのも好きです。だからたまに自分自身どちらを応援しているのかわからなくなってしまい、そのたびちょっと複雑な気持ちでした。
 禄ちゃんは私をぎろりと睨み、言いました。
「んなの、七緒先輩が幸せなら祝福するに決まってんじゃねぇか」
 やっぱり今日の禄ちゃん、色々と私の予想を裏切ってくれます。
 同学年の子たちから陰で「デスナイフ」や「13歳のチンピラ」と勝手なあだ名をつけられ恐れられている彼の口から出たとは思えない(ごめんね)言葉に、私は驚きました。
 禄ちゃんはさらに「七緒先輩の幸せは俺の幸せだ!」と続けました。
 それは図書室では絶対に許されないような大声だったけれど、私は禄ちゃんをたしなめるのも忘れ、黙り込んでしまいました。
 禄ちゃんの言うこと、なんだかすごく覚えがあります。

 私も、禄ちゃんが東先輩のことを楽しそうに話す顔が好きで、見ているだけで嬉しいから。
 好きな人の幸せは、自分の幸せ。わかる。わかるよ、禄ちゃん。
 私と禄ちゃん、同じだったんだ。


「けどまぁ、七緒先輩とその女に一発ずつ頭突きくらいはお見舞いするかもしんねぇけどな! 祝いのプレゼントとして!」
 と、眉間にしわを寄せ、わなわなと拳を固め、禄ちゃんが言いました。想像とはいえ「東先輩に彼女が」なんて状況はやっぱりそうとう耐え難いみたいです。
 こういうところは、すごく予想通りの禄ちゃんだなぁ、と私は笑ってしまいました。
「頭突きは……やめたほうがいいと思うよ、禄ちゃん」
「いいんだよ、それがケジメなんだから」
「そう」
「華てめぇ何笑ってんだコラ」
 と、禄ちゃんが鋭い目つきで睨んできても、私はちっとも怖くありません。
 禄ちゃんが本当は優しい人だって、知っているからです。

 もし将来、禄ちゃんに素敵な恋人ができたら、そのときは……私も頭突きしちゃおうかな。なんて。





 テストまであと少し。明日も勉強頑張ります。


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