ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
6章
12<3人と、共鳴の後に>
 またしても、うっかりしていた。
 何度も言うように、私にとっての通学路は大部分が七緒にとってもそうなのだ。
 つまり、部活帰りのこの時間に彼がここを通るのも至極当然であるわけで。
 決してこれは、運命の悪戯や神様の意地悪なんかではないわけで。
 そう、頭ではわかっているはずなのに。やっぱり私は茫然自失で、自分の運命と天上の神様を呪わずにはいられなかった。










「よぉ、東!」
 山上は相手が誰であろうと変わらない大声で、七緒に明るく笑いかけた。
 七緒も軽く片手をあげ、それに答える。
「よ、先週ぶり。……こんなとこで何してんの?」
 と、不思議そうな表情の七緒。
 つい先日数年ぶりの再会を果たしたばかりの、違う学校に通う私と山上が、こんな夕闇の時間にご近所の公園に佇んでいるなんて、確かに普通に考えればあまり自然なことではない。
 どうしよう。
 どうしよう。
 山上が私を待っていてくれたこと。その目的は『ガンガン積極的にいくため』であること。
 こんなの、とてもじゃないけど七緒には言えない。
 私がまごまごと迷っているうちに、隣の山上はあっさりと口を開く。
「愛を語ってた」
 私はその場に卒倒した。
 動揺なんてもんじゃない、脳を引っかき回されて一部の記憶がなくなったんじゃないかってくらいに激しい衝撃を受けた。
 何言ってんだ、このマッチョ!──私は心で絶叫した。
 ぷ、と七緒が可笑しそうに吹き出す。
「何ずっこけてんだよ、心都」
「……こけてない」
 倒れたんだよ馬鹿。
 あぁ、ついつい殺伐とした口調になる。更に今日は複数人からお墨付きの「おっさんボイス」に加え、転倒後の低姿勢のため必要以上にギロリと人を睨みつける格好になってしまい、女子力は最低だ。
 だから七緒は「うわぁ」と顔をしかめた。
「……こんな奴と愛を語ろうだなんて、山上も強者だなー」
「こんな奴で悪かったね。しかも愛なんか全くもって1ミリも語ってないから。ちょっと帰り道に雑談してただけだから」
 ドスの利き過ぎてしまった私の否定を、山上は豪快に笑い飛ばす。
「そうだったな! 悪い、間違えた。『語ってた』んじゃなくて『これから語ろうとしてる』んだよ」
 またしても、卒倒。
 違う。違うよ山上。私はそんな微妙な日本語の訂正をしたいんじゃない。
 しかし今度こそ打ちのめされた私は言葉がスムーズに出ずに、地べたに震える膝をついたまま口をパクパクさせるしかなかった。
 七緒は今度は吹き出したりしなかった。ただ、やたら真面目な顔で山上をまじまじと見つめる。
「面白い奴だな、お前って……」
「お、サンキュー東」
 どうやら七緒は、山上の『愛を語る』発言を、とても高度なアメリカンジョークか何かだと思ったらしい。
 普段はもやもやさせられっぱなしの七緒の鈍感加減が、今回ばかりは有り難い。
 鈍感、万歳。
 人知れずガッツポーズを決めた後、なんだか少し虚しくなった。
「それにしても懐かしいよなー、この公園。昔ここで毛虫探して遊んだよな、東」
「そうだっけ?」
「なんだ、忘れたのかよ」
 ははは、と再び山上が豪快に笑った。
 この人は本当になんでも笑い飛ばしてしまうな。たまに尊敬にも似た羨ましさを感じる。
「わりー、わりー。次会うときまでに思い出しとくからさ」
 そう言うと七緒は、「じゃーな」の形でひょいと片手をあげた。
「おう、またな東」
 あぁ、行っちゃうんだな。
 当然だ。彼は単に部活帰りにここを通りかかっただけなのだ。この場に留まる義理も理由もない。
 七緒。
 ここはいっちょ私も便乗して、一緒に帰っちゃおうかな。
 この場所で愛を語るのも毛虫を探すのも、今私がすべきことじゃないっていうのは確かだから。
 山上には失礼だけど、私は歩き出す七緒の背中を見つめ、そんなことをほんの少し考える。
 だけどやっぱり何も言えなくて、ただ黙ってその場に立ち尽くした。
「あ、心都」
 突如、振り返った七緒の視線が、しっかりと私だけをとらえた。
 ほんの少し、呼吸が苦しくなる。
 私はそれを悟られないように、なるべく普段通りの顔と声を作るよう努めた。
「なに?」
 春といっても、やっぱり日が暮れ始めると少し涼しい。ジャージ姿の七緒は両手をポケットに突っ込んでいた。
「あんま遅くなると爽子さんが心配するぞ」
 ──あぁ、やっぱり。
 普段と何も変わらない。
「……おー」
「おっとこらしー返事」
 と笑い、七緒は去っていった。
 そう。普段と何も変わらない。
 七緒の口調は「幼馴染み」に対するものだ。
 私はもちろんエスパーじゃないし、人一倍感受性が豊かってわけでもない。なのに、どうしてこういう時はいつも、ハッキリとわかってしまうんだろう。
「ふぅん」
 山上が腕を組んだ。七緒の消えた夕闇の先と、私の顔を交互に見ながら。
「何?」
「東の奴、やきもちとか嫉妬とか、そういうの一切なしかーと思ってさ」
「何言ってんの。当たり前じゃん」
 私が男の子と2人でいたからって、七緒がやきもちなんか焼くわけないじゃないか。
「ふぅん」
 山上はもう一度呟いた。
「本当にただの幼馴染みなんだなー」
「……山上、今日本当は私の傷をえぐりにきたの?」
「まさか。ただ、杉崎と東が秘かに両思いだったらやべぇなーって思ってたけど、そんな心配も全くなさそうで安心したよ」
「……」
 どう考えても、最近ちょっぴり停滞気味である私の恋心の傷をえぐって塩を塗りに来たようにしか思えない。
 ははは、と山上は明るく笑った。
「デリカシーないだろ? 俺」
「うん、かなりね」
「でもなぁ、誰かを好きになったらデリカシーだのなんだのなんて気にしてらんねぇんだ。そういうもんだろ。な」
 山上がいつになく割と真面目なトーンで言うものだから、私は何も答えられずに黙り込んだ。
 わけわからん、とばっさり言い切れないのが自分でもとても嫌だ。
 だんだんとわかってきた。
 ──5年も片思いを続けている私は、きっと誰よりも山上の気持ちに共感できてしまう。
「だから無神経なの承知で言うけど、こんなの作っても意味ないと思うぞ」
 そう言って山上が自らの通学鞄から取り出したのは、先日私が西有坂中に忘れてきた必勝うちわだ。
「これ……拾ってくれたの?」
「あぁ、本当は昨日もこれを返すために有坂中に行ったんだけどな。なんか杉崎の顔見たら悔しくなって出すのやめた」
 悔しい?
 訳が分からずうちわを受け取る私に、山上は笑顔のまま言った。
「だって裏面には『lovely☆smile☆nanao』だしさ。このまま捨てちまおっかなーなんて魔が差したりもしたな。──でももう色々確信できたから、返す」
「確信って、何」
 一呼吸おいた山上は、私の目を見据え言う。
「なぁ杉崎、東への恋は諦めた方がいいんじゃないか」
「は?」
「十何年間一緒にいてさ、ずっと『幼馴染み』で、さっきみたいな状況で何のやきもちも焼かない……これってほぼ望み0だろ」
 山上の真っ直ぐな瞳からは、とても悪意なんか感じられない。
 ただただ私のために、ありのままの事実を述べているだけ。それがわかるからこそ、私は余計に胸が重くなった。
 右手のうちわの柄を、痛いくらいに握りしめる。
「……別にこれは、望みがあるとかないとかじゃなくて……私が勝手に応援してるだけだから」
 もうすっかり日は沈んでしまった。公園の蛍光灯が、辺りに不安定な光を放っている。
「応援するなら、可愛い顔の細腕柔道部員より──俺にしとけば?」


 ──そう。私は、きっと誰よりも山上の気持ちに共感できてしまう。
 だけど、納得はできない。
 首を縦に振ることはできない。


 気がついたら右手のうちわで山上の肩を思いっきりぶっ叩いていた。
 所詮しょぼい紙のうちわだし相手はマッチョだ。もちろん痛みやダメージは全くないだろうけど、それでも山上は驚いたように目を見開いた。
「それ……武器だったのか」
「そうだよ!」
 自分でも何を言っているのか、よくわからない。
 ただ想像よりもだいぶ大きな声が出てしまい、もう止まらない。
 頭が熱い。
 私はなぜか涙が出そうになるのを堪えながら、山上に向き合った。
「訂正しとくけど、七緒はただ顔が可愛いだけの柔道部員じゃない! 確かに山上に比べればだいぶ華奢だし男にもナンパされちゃったりするけどっ!」

 でも。

「七緒は、絶対絶対かっこいい!」

 どこぞの1年生女子たちにだって、わかることだよ。









↑よろしければ一言いただけると嬉しいです。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。