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4章
1<天使と、チョコレート会議>
 楽しかった冬休みも終わり、あっと言う間に三学期。
 そして気付けば、恋する乙女たちが一斉にそわそわする時期がやってきた。










「トリュフとブラウニーだったらどっちがいいかな」
「うーん……どっちもおいしいですけど、ブラウニーは好き嫌いがあるっていいますもんねぇ」
「じゃあトリュフにしよっか」
「はい」
 華ちゃんが笑顔で頷く。それを見て、私も自然と顔がほころんだ。
 まさか自分がこんな乙女チックの典型みたいな会話を交わせる日が来るとは、夢にも思わなかった。
 クリスマスの一件以来、華ちゃんとは学年の壁を越えての友人になっていた。同じ幼馴染みに恋をする者同士、喜びや悩みも分かち合うことができるのだ。
 だからたまに私の部活と華ちゃんの塾がない日が重なると、こうしてお喋りに花を咲かせたりしている。
 今日も学校帰りに私の部屋で、来週に迫ったバレンタインに備えての計画を練っている最中。
 バレンタイン前日の13日、我が家で一緒にチョコを作る予定だ。
 フローリングに行儀良く正座した華ちゃんは、ふと不安そうに手元の紅茶のカップを見た。
「でも、禄ちゃん、受け取ってくれるでしょうか……。チョコあげるのなんて幼稚園以来ですし、いらないって言われちゃいそうで……」
「そんなことないよ! ないない! 誠心誠意ぶつかればきっと大丈夫!」
 華ちゃんの一途な思いは、クリスマスをきっかけに禄朗にも少し伝わったはずだ。
 ぶっきらぼうでガサツな禄朗だけど、いくらなんでもそんな気持ちを無碍にすることはないだろう。
 というか、そんなことした日には私がひっぱたいてやる。
 華ちゃんは柔らかく微笑んで言った。
「ありがとうございます。……なんか、杉崎先輩とチョコ作りができるなんて心強いです」
「そんな……」
 私、ついついきゅんときてしまう。
 この子は本当に根っからの『守ってあげたい系』だ(禄朗に怒ったときだけは恐ろしかったけど)。
「私、大したことなんて全然できないよ。料理部っていっても家庭科の授業の延長みたいな感じだしさ」
「いえ、お料理のテクだけじゃなくて……、杉崎先輩と一緒だから私、前進できるんです。クリスマスのときも先輩のおかげで禄ちゃんと仲直りできましたし。なんだか前向きになれるんです」
「華ちゃん……」
 あぁ、なんて良い子なんだろう。
 華ちゃんはそう言うけど、正直、私は彼女に何もしてあげられていない。ただ喚いて転んで引っ掻き回して、最後は傍観していただけなのに。それどころか、私のほうが彼女の純粋さやひたむきさにいつもパワーをもらっているのに。
 この子は天使だ。私はそう確信した。
「せ、先輩、泣いてるんですか……?」
「う……。うぅ、ちょっと目にゴミが……。大丈夫、大丈夫」
 目元の涙を拭い、笑顔を作る。
 こんな良い子に心配をかけるわけにはいかない。禄朗を叱る資格もなくなってしまう。
「あ、杉崎先輩は、毎年東先輩にあげてるんですか?」
 華ちゃんのこの質問に、私は再び言葉を詰まらせた。
「それが……一度もあげたことないんだよね」
「そうなんですか?」
 華ちゃんが意外そうに目を丸くした。
 長い付き合いではあるけど、私は七緒にバレンタインの義理チョコさえもあげたことがない。幼い頃はもちろん、恋心を自覚してからも、私はそういった乙女な行事はスルーしてきた。
 理由は明確、恥ずかしいからだ。
 その結果が、今の素直になれない私と、色っぽさ皆無の幼馴染み止まりの関係ということだ。
「だからこそ今年は、ちゃんとあげたいと思うんだよね……」
 そう、今年は今までと違う。『可愛くなって七緒に告白したい』という目標を持って少しずつ頑張る決意をした数ヶ月前。それから初めて迎えるバレンタインだ。
 本命チョコとして渡せるかはわからないが、やっぱりどうしても気合いが入ってしまう。
 私が意志を固め直したそのとき、背後でかちゃりと小さな音がした。不審に思い振り向くと、
「若いっていいわねぇ……」
 薄く開いたドアの隙間から怪しい瞳で覗いているのは、まぎれもなく我が母。
「うわ、お母さん! びっくりするじゃん!」
 お母さんは部屋へ入ってくると、にっこりと微笑んだ。
 今日のお召し物は、上は大柄の花が大胆にあしらわれたピンクのニットに、下はフリルがどっさり乗ったオフホワイトのロングスカートだ。確かに2月の寒さ対策としてはバッチリなごてごてスタイルだが、アラフォーの御婦人の装いとしてはいかがなものか。
 私はもう生まれたときから見慣れた母親の格好だけど、会うのが2、3回目の華ちゃんは眩しそうに目をパチパチさせていた。
「こ、こんにちは。お邪魔してます」
「あらぁー華ちゃん! いらっしゃーい!」
 あんたは三枝か。
 お母さんが華ちゃんを抱きしめた。華ちゃんが大のお気に入りなのだ。
 というかお母さん、可愛い子に可愛い服を着せるのが趣味らしい。以前美里を家につれてきたときも大喜びで自分が若い頃の服をあげていた。
 しかし華ちゃんに対してはそれを上回る溺愛ぶりだ。お母さん曰わく、「美里ちゃんの完成された綺麗な感じも大好きだけど、華ちゃんのダイヤの原石ぽさが、すごーく心をくすぐるのよ!」だそうだ。
 確かに美里と華ちゃんだったら、あどけない華ちゃんのほうがお母さん好みのピンクやフリルやレースは似合いそう。
「華ちゃん、これ着てみない?」
 そう言ってお母さんは、案の定ピンクでフリルな服を取り出した。
「ぜったい似合うと思うのよー。見て見てこれ、くまさんのアップリケがついてるの」
「え、えっと……」
 華ちゃんが困ったようにその服を見つめる。
「こらこら、お母さん。今華ちゃんは私とお喋り中なんだから邪魔しないでよ」
「あらやだ心都、反抗期ー?」
 お母さんが自分の頬を両手で挟んだ。
「難しい年頃ねぇ。七ちゃんに愛を込めたチョコをあげるんだったら、お母さんも協力したいと思ったのに」
「!」
 私は背筋が凍るような感覚を覚えた。この人は、一体いつから覗いていたのだろう。
 長年のこの恋心は、お母さんと明美さんだけには絶対に知られたくない。
「ち、ちがうよ! 確かに今年は七緒にチョコあげるけど、義理チョコ! それなりに世話になってるからお礼の意味を込めて! 愛なんか込めてないから!」
 慌てて否定すると、お母さんはうふふと笑った。
「本当にぃ?」
「本当に! 義理も義理、ド義理だよっ!」
「ふぅん、まぁそれならそれでいいけどー? ふふ、義理チョコ作り頑張って」
 相変わらず含みのある笑顔のままお母さんは部屋を出て行った。
 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、私はその後ろ姿を見送った。とりあえず誤魔化せたのだろうか。
「えっと……先輩……義理チョコなんですか?」
 華ちゃんが少しショックを受けた顔で私を見ている。純粋すぎる彼女は、私のお母さんに対する言葉を真に受けてしまったらしい。
「ぎ、義理じゃないよ」
「じゃあ、ちゃんと愛を込めた本命チョコですよね?」
 そうハッキリ聞かれるとなんだか恥ずかしい。
「う……。まぁ、そうだけど……」
「良かった。私、杉崎先輩と東先輩にうまくいってほしいんです」
 優しい笑顔でそう言われると、なんだかまた泣きそうになってしまう。
「うまくいくかな……。ていうか、ちゃんと渡せるかなぁ……」
 ついつい弱音を吐く私に、華ちゃんは言う。
「大丈夫ですよ! 誠心誠意ぶつかれば、きっと報われます。先輩さっき言ってくれたじゃないですか」
「華ちゃん……」
「バレンタインは女の子の一大イベントですもん。素直になれるチャンスですよ、先輩」
「そっか、女の子の……」
 なんだかテンションが上がってきた。
 普段は可愛くないこともたくさん言ってしまう私だけど、この日くらいは。
 愛の告白が出来るかどうかは別だけど、あの鈍感な幼馴染みに少しくらい素直な気持ちが伝われば、嬉しい。
 心に火がついたのを感じた。
 ガシッとカップを持ち、私は紅茶を一気に飲み干した。 
「ぷはー! よし! 気合入った!」
「せ、先輩、なんだか男らしいです……」
「ありがとう、華ちゃん。……頑張ろうね!」
「はいっ」
 私たちは力強く頷き合った。



 来たる2月14日――チョコレートの魔法で、私は「女の子」になれるのだろうか?


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