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3章
6<かりんとうと、友情エルボー>
「ありがとう心都ー」
 きゅ、と美里が細く白い指で私の手を包んだ。
「もう、あの人たちしつこいからちょっとイライラしちゃった」
 笑顔で語る美里だけど、さっきナンパ男と話していたときの彼女の目が、今までにない冷たさを放っていたのを私は見逃さなかった。やっぱり嫌いなんだろうな、ああいうチャラチャラした男。
「この技の完成度の高さには本当にびっくりだよ。心都様々だよな」
 七緒が両手を合わせて私を奉るように拝んだ。この可愛い顔を持つ幼馴染みのせいで、私の技は年々上達せざるを得なかったのだけど。きっと本人に言ったら怒るだろうから、その言葉はそっと胸にしまった。
「あれ、そういえば田辺は?」
 いつの間にか姿が見あたらない。どこに行ったのだろう。
「…………」
 何やら、足元の方から呻き声が聞こえてくる。
 不審に思った私が目線を下にやると、そこには、隣の空席の机下に地震訓練よろしくうずくまる田辺の姿があった。その顔には生気がなく、まるで死人のようだ。
「ぎゃー!」
「…………よ、杉崎」
「よ、じゃないでしょ! あんた何してんすか」
 しゃがみこんだ私を、田辺が虚ろな目で見つめ返す。
「……杉崎、俺はもう駄目だ……。今日ひとつもいいとこ見せられないし、栗原にたかるナンパ男の1人や2人も追い払えない……」
「え、ちょっと何言って……」
「今世紀一のヘタレ野郎だよ、ハハッ……なんか心折れた気がする……。俺、同盟脱退するわ……」
 そう言って田辺は乾いた声で自嘲気味に笑った。
 その顔はあまりにも悲しそうで、寂しそうで、だから――
「……美里、七緒! ちょっと田辺借りる! 先にご飯食べてて!」
 何事かと後ろから覗き込む2人にそう叫ぶと、ガシッと田辺の首根っこを掴んで、そこから引きずり出すという強引な手段を取った。
「ぐ!」
 思ったより強い力になってしまったらしく、田辺が潰れた蛙のような声を出したけど、もうそんなことは気にしていられない。
 呆気にとられた表情の七緒と美里をその場に残し、私は田辺をレストランの外まで引きずっていった。


 私が手を離すと、田辺は情けない顔で首元をさすった。
「うぅ、何すんだよー杉崎……」
「こっちの台詞だよ! 同盟脱退って何!」
 今朝、2人で結成した『ラブチャンス同盟』。こっ恥ずかしいネーミングセンスまで披露して、やる気満々だったはずの田辺なのに、今はすっかりしょげた様子で俯いている。
「……今日でわかったんだよ……俺は栗原には釣り合わない男だってさ……」
 まるでこの世の終わりのような声。
「……最初から無理な片思いだったんだよな。栗原可愛いし、人気あるし、俺は駄目な奴だし、あと趣味嗜好も俺と真逆だし……好きになったのが間違いだったんだ……」
「……」
「可能性ゼロだよ……ハハッ……俺、今まで身の程知らずだったけど、もう諦める。だから杉崎、俺の分まで東とのラブを頑張っ……」
 気がついたら、私の右腕が自分でもちょっと驚くくらいの速さで動き、田辺が数メートル吹っ飛んでいた。
「この大馬鹿ヘタレ野郎!」
「ごふっ! ちょっ……、このタイミングでエルボーはありえな……」
「うっさい! 田辺の馬鹿、阿呆、間抜け、かりんとう!」
「か、かりんとう!?」
「色黒いから!」
 もっとも、今は生気のない白色になっているけれど。
 私は田辺の目を見据えて言った。
「釣り合わないとか、可能性ゼロとか言うな! そんなの田辺が勝手に自分で決めてるだけじゃん! ……田辺は誰に恋してるの? 美里でしょ? 美里は可能性ゼロなんてこと一言も言ってないよ!」
「でも……」
「でももだってもあるかー! 同じ世界に生きてんだから可能性ゼロの恋なんかないんだよヘタレ! 諦める理由を数えてる暇があったら、振り向かせる努力をしたほうが何倍も有意義でしょうが!」
 ――あぁ私、めちゃくちゃ偉そうなこと、言ってるな。そう自分でわかっていても、言わずにはいられなかった。
 何故か私のほうが、少し、泣きそうだ。
「相手が可愛すぎるとか釣り合わないとか、そんなことでくよくよしてたら前に進めないんだよ! そんな暗い田辺よりも、いつもみたいに年中お祭り男のやかましい田辺のほうが、だいぶ素敵だと思う!」
 今の田辺はまるで、たまに心に現れる弱気な私の姿そのものだった。相手と自分の格差に落ち込んで、勝手に可能性を潰してしまう。諦めようとしてしまう。
 そんなことより相手を好きだっていう気持ちのほうが、よっぽど強いくせに。
 だからこれは、田辺と私自身に対する喝だ。
「杉崎……」
 私の肘がクリーンヒットした頬をおさえながら、田辺は立ち上がった。その目はさっきまでとは比べ物にならないくらい澄んでいる。
「お前……なんつーか男前だな……!」
「そりゃどーも。……一緒に頑張ろうよ、田辺」
 フッと笑うと田辺は勢い良く右手を差し出してきた。
「おかげで目が覚めたぜ! さんきゅー相棒! そうだよな、いつもの俺らしく頑張るしかないよな!」
「おうよ!」
 朝同様、私たちは固い固い握手を交わした。
 激しく落ち込んだ後に一気に立ち直ってテンションが上がるところも、なんとなく自分と重なるものがある。私と田辺って、もしかして結構似ているのかもしれない。だからなおさら、自分のことのように熱くなってしまうんだろうな。
「あ、でも、もしこの先万が一美里が『田辺くん嫌だマジ無理キモい関わりたくない』って言い始めたら私は全力であんたの接触を阻止するけど」
「おい」
 だって私、田辺の盟友である前に、美里の親友だから。







 *  *  *


「心都と田辺くん、遅いわねー」
「うん。何してんだろうな」
 東七緒と栗原美里は不思議そうに顔を見合わせた。
 先に食べておいて、と言われたものの、やはりそこは友情か、それとも単に食欲がないのか、律儀に心都と田辺の帰りを待っている2人であった。
 トレイの上のアイスティはすっかり氷が溶けきっている。そのストローの先をちょいちょいとつつきながら、美里は言った。
「ねぇ、さっきから思ってたんだけど。田辺くんって……」
「ん?」
「……やっぱり何でもなーい」
 ますます訝しそうな顔になる七緒。彼女、良い奴なのはもちろん知っているが、なんとなくつかみどころのないクラスメイトだ。
 そんなことを気にも留めない様子で、美里は話題を変えた。
「七緒くんは遊園地来るのって久しぶりなの?」
「あー、うん。小さい頃はよく心都と家族ぐるみで来てたけど、それも5年くらい前の話だし」
「そうなんだ。心都と七緒くんって、本当に昔から仲良しなのね」
「仲良しっていうか……幼馴染みだし、母親同士仲良くて、まぁ兄弟みたく育ったから」
「兄弟? ……男兄弟ってこと?」
「うん、なんかどっちかというとそんな感じなんだよな。変な気ィ使わないっていうか……」
 チッと美里が舌打ちをしたような気がして、七緒は少しひるんだ。
 しかしコンマ数秒後には、やはり元の笑顔の美里に戻っていたので、気のせいか、と自分の中で結論づけた。
「ねぇ、七緒くん。2人が戻ってきたら、私、ちょっとだけわがまま言ってもいいかしら?」
「わがまま?」
「うん」
 まさに小悪魔といった感じの微笑みで、美里が頷く。
「わがままって、どんな?」
「えっとねー」
 美里の言葉を最後まで聞くことは叶わなかった。なぜなら、
「待たせたなー!」
「おまたせー! うわっ食べないで待っててくれたの? ごめんね! ありがとう!」
 出て行ったときより更にやかましく、そして何故か晴れ晴れとした表情で、心都と田辺が戻ってきたのだ。

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