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1章
3<ピンクの便箋と、午後の血痕>
 が、しかし。何だか悠長な事を言っていられなくなったのが、昼休み。
 私は黒板の前で、美里や数人の友達とくっちゃべっていた。
「でねー、結局両方ともフっちゃったんだって」
「うっそぉ」
「もったいなー」
 たわいのない世間話が飛び交う。女子が集まると自然に恋の話になるから不思議。もちろん私もそういう話題は嫌いじゃない。
 お喋りタイムが続き、昼休みも残り数分となったその時だった。
 ガラガラッとうるさい音をたてて入ってきたのは、校庭で遊んでいたクラスの男子達。その中にはいつも通り七緒もいる。
 ……心なしか、七緒の顔が赤いような。
 そう思った次の瞬間には、お調子者の男子が大声でその理由を明らかにしてくれた。
「はーい皆さん注目ー!! ビッグニュースでーす! 何とついさっき、この東七緒がラブレターを貰っちゃいましたー」
「ええぇ!?」
 ら、らぶれたー!? 嘘、そんな古典的な……!
 ヒューヒューだとかモテモテーだとか、男子たちのヤジ(ひがみ?)が飛ぶ。
 騒つく教室の中で、七緒が動揺まるわかりのやけに高い声を出した。
「お、お前なっ! こんな場所で……しかも大声でベラベラしゃべってんじゃねーよ!」
 否定しないって事は、本当なんだ…。七緒、本当に貰っちゃったんだ!
「ヤバいんじゃないの心都……」
 美里が私に耳打ちした。
 ど、どうしようどうしようどうしようどうしよう! もう私の頭はパンク状態。
 たいそうモテる幼馴染みだけど、私が知る限りラブレターっていうのは初めてだ。なんかガチっぽくて怖い。
 怒鳴られた彼はケロッとした顔で、
「まーまー、そうカッカしなさんな」
 語尾にハートマークさえ付きそうな口調だ。
「てゆーか、誰からもらったのー?」
 窓側にいた女子たちが興味津々といった感じで七緒に尋ねた。私もそれが気になってたところ。
 七緒は不機嫌そうな顔のままもごもごと答えた。
「……校庭から戻ってきたら、下駄箱の中に入ってて、名前、書いてなかった。いたずらかもしれないし……」
 するとまたしてもさっきの男子が、
「いたずらなわけねーって。こんな気合い入った文章なんだぜ?」
 と言うと、七緒のポケットからひょいっと便箋らしきピンクの紙をつまみ出した。
「あ、てめ……」
 七緒の手をかわすと、彼は女子の声を真似て朗読した。
「2年2組の東七緒クンへ★急にお手紙出してごめんなさい。びっくりしたでしょ?? でもどうしても伝えたい事があって。あたしは東クンが大大大スキです! 付き合って下さい! 返事は今日の放課後、裏庭で聞かせてね。P.Sあたしスタイルには自信あるよ(笑)じゃあ、いい返事期待してるョ!」
 ……最悪だわ。手紙の内容も、朗読の声も!『自信あるよ(笑)』って、何!? 甲高いおかま声が気持ち悪いったらありゃしない。
 七緒はさっきよりも赤くなってその猛烈ラブレターをひったくった。
 そして、うるさい仔犬みたいに、
「……っ勝手に読むなよ人の手紙を!! 完全に面白がりやがって。だいたいさっきからなぁ…」
 でも、こんなに可愛らしい顔で吠えてもせいぜいチワワかプードルだ。誰もびびらない。
 むしろ皆、そんな七緒を見てちょっと和んでる? 何だかクラスがほんわかムード。ただし、七緒本人を除いては。
「へいへい、ごめんな」
 と頭なんか撫でられちゃって、
「触んな!」
 七緒はますます青筋を立てた。
 ……ぷっ。
 悪いけど、笑ってしまう。
 吹き出す音が聞こえたらしく、七緒がキッとこっちを睨んだ。地獄耳?
「心都お前、今笑っただろ!?」
「あははっ、笑ってないない…くく」
「……って思いっきし笑ってんじゃん!」
 よっぽど悔しかったのかわなわなしてる七緒を見てると、また笑えてくる。
 そんな私に美里が遠慮がちに囁いた。
「ちょっと心都、爆笑してる場合じゃなくない……?」
「あ。」
 アホか私! 七緒のあまりの可笑しさに、今、一瞬忘れてた。
 ラブレター。
 もし差出人がめちゃめちゃ可愛い子だったら……七緒が告白OKしちゃったら……どうしよう。







 神様仏様七緒様、お許し下さい。
 私はこれから、人として決して誉められない行動を起こします。
 それは……。
「覗くしかないわね」
 昼休みの終わりを告げるチャイムと共に、美里はそっと甘い声で言った。
「な、何を……?」
「決まってんじゃない、放課後の告白よ」
「えぇ!? 人様の告白を!?」
 顔に似合わずなんて大胆なんだろう。大声を出した私に、美里が「シーッ」と恐い顔をした。
「だって心都、気になるでしょ?」
 そりゃー、もちろん。告白の相手も、現場も、結果も、死ぬほど気になりますとも!
 でも七緒に黙って覗き見するなんて何か気が引ける。
「うーん……」
 迷う私に、美里がキラリと目を光らせ決めの一手。
「七緒君があの差出人のモノになっちゃったらヤでしょ……?」
 この一言で、私の中に辛うじてあった小さな道徳心は塩をふりかけたナメクジみたいに消え去った。
 七緒が誰かのモノになんて、そんなの―――た、耐えられません!!
「うんっ!」
 首が痛くなるくらい力一杯頷き、私は決心した。
 いざとなったら七緒とその子の間に乱入して泣き喚いてやるわ。
 ……わがままだってわかってるけど。
 でも、好きすぎてどうしようもなくなる。

 授業中も放課後の事が気になってそわそわしっぱなしだった。
 もしあの差出人が七緒に負けず劣らずの美少女で七緒は一目惚れしちゃって2人のお付き合いが始まってものすごいラブラブで七緒は私の事なんか相手にしなくなって……と妄想は止まらない。
 無意識にガッタンガッタンと激しい貧乏揺すりを始めていて、それを見た右斜め前の席の七緒が「コイツぜってー女じゃねぇ……」みたいな顔をした。
 自己嫌悪の嵐。
 そんな私に、少し離れた席から美里が「落ち着け!」とアイドル並のウィンクを一発。
 私の後ろの男子が何を勘違いしたのかすごい勢いで鼻血を噴き出して、ちょっとした騒ぎになった。
 ――やっぱり美里は小悪魔だ。
 そんな感じで、教室の床に赤い汚れを作りながらも午後の授業はゆっくり過ぎていった。


 がさごそと音をたてて、私は植え込みに潜り込む。
 学校の裏庭の植え込みは手入れされていなくて伸び放題だから、隠れるのにこれいじょうバッチリな場所ってない。ちょっと寒いけど冬好きの私には心地いいくらい。
 でも、隣の美里はそうもいかないらしい。「痛いなー」とか「触んないでよ」とか葉っぱにキレている。色んな意味で、大丈夫だろうか。でも無理もない。冷たい葉っぱ達は、さっきからちくちくと制服姿の美里の足を突いている。
「だから美里もジャージ着てくればよかったのに……」
「嫌よ、あんなダッサいの」
 美里はピンクの唇を尖らせた。今まさにその「ダッサいの」に身を包んで完全防備した私と喋ってるっていうのにお構いなしだ。
「ひっどー」
 でも本当は一緒にここまで着いてきてくれただけで大感謝だから、口で言うほど気にしてないんだけど。
「心都こそ何よ。これから修羅場になるかもしれないっていうのにそんなだぼだほジャージ着ちゃって。気合が足りない、気合がっ」
「修羅場って……」
 そんな言い方されるとますます緊張が。
 動悸を押さえつつ、そっと植え込みの影から顔を出してみる。もう放課後になって十数分たつのに、七緒もラブレターの差出人もまだ来ていない。
「七緒、来ないつもりかな」
「あぁ、それはあるかも。七緒君、いたずらかもって言ってたし」
 もしかすると今頃柔道着を着て、おっしゃーやったるぜーと部活に励んでいるかもしれない。まぁ、その方が私にとってはありがたいけど。
 でもそんな私の希望はいとも簡単に消え去った。
 七緒が来たのだ。
「何よあいつ、結構本気にしてんじゃない……」
 呟く私の脇腹を美里が小突いて、静かにと促した。
 七緒は緊張のためか少し顔を硬くしながらしゃきしゃき歩いて来て、私達のいる植え込みより3、4メートル離れた所で止まった。ナイス。あそこなら声もよく聞こえるし、見つかる心配も少ない。
 ごめん七緒、この悪い幼馴染みを許して。こんな私に惚れられたあなたはきっと不幸だね。ひたすら謝罪の言葉を念じながら息を殺した。
 七緒はきょろきょろと辺りを見回した。そして差出人がまだ来ていないとわかると、側の木に寄り掛かって軽く溜め息をつく。

 心臓が止まるかと思った。
 その七緒の顔を見た瞬間。
 何ていうか、いつもと違う――全く知らない表情だったから。
 瞳には迷いのない強い力があって、でもどこか気怠そうで、少し大人っぽくも見える、その表情。遠くを見つめるその表情。
 上手く言い表わせないけど、14年間の中で1度も見た事がない七緒の顔だった。

 驚きも束の間、
(あずま)く〜んっ」
 と、辺りに響く甲高い声。
 いよいよか!?
 私は声の方向を凝視する。

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