アロアの肖像
十五歳へ成長したネロにはひそかな楽しみがありました。
それは、絵を描くこと。
粉引きの一人娘のアロアと、彼女の家の風車小屋が見える丘の上で遊んでいたネロは、彼女の父コゼツが、自分を快く思っていないことにも感づいていました。
馬に乗ってやってきたコゼツだんなは、さっそくネロなんかと遊ぶと怠け者が移るなどと脅かし、絵を描くネロに対してもつらくあたりました。
「おまえはこんなものを描いてばかりで、怠け者だな、だがこの絵はいい。銀貨と交換しよう」
ネロは意地を張ってこの50サンチーム(二分の一フラン)を受け取ろうとはせず、だんなに、いじっぱりなやつだ、などといわれます。
ネロがだんなに上げてしまった絵は、アロアの肖像でした。
愛するアロアの絵を、お金なんかと交換したくなかったのです。
それに・・・・・・とネロは考えます。
ネロにはあの50サンチームが、今ほどほしくてたまらない気持ちになることはありません。
でも手を伸ばせずにいた。
あのお金さえあれば、大好きなルーベンスという画家の描いた、アントワープ大聖堂(フランス大聖堂とは別のノートルダム)のマリアの絵が拝めたのに!
ほんとうはネロは、そのお金をほしかったのですが、受け取れなかったのです。
それは、ネロの中に生じた、ささやかなプライド、でした。
ネロはこのころから、画家として覚醒し始めたのかもしれません――。