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転生したった   作者: 空乃無志
新世界の物語
98/98

帝都消滅 2

良くも悪くもユノウスに関わってきた人たちは様々な技能を身につけてきた。

そして今までの既存の職とは少し違う、一風変わった職種の仕事に関わっている。


そんな中にあってミーナは少し事情が違った。

クラスメイトの中では唯一純粋に戦闘技能のみを取得してきたのだ。


今となってはそれこそ戦うことくらいしか能が無いのが自分だ。

これについてはさすがに呑気な彼女でもまぁ少しは疑問に思う。

ただ、自分は長寿種だ。

悠久を生きる存在にとって戦闘技能を学んだこの数年がそれほどに長い時間だったという訳ではないのだ。


結局のところ、自分はゆっくりとしか成長していかないのだから。

気長にしていれば良い。そういうものなのだろう。





◇◇◇◇◇





「ルート13より進入開始」


ミーナは端的に報告をあげると広い通りを身を隠しながら進んで行った。

人の姿は見えない。

誰もいない都市というのは随分と不気味だ。


魔都か。魔団側の首都だからかかなり整備された機能的な都市に見える。

しかし、どんなに優れた都市機能も人が居なくなれば無用の長物だ。

人のいない世界は生命が呼吸を止めた時の様に静かで少し不気味だ。

引き手のいない馬車、焼く人のいない大きなオーブンがあるパン屋、明かりの消えた照明屋。見る者のいない看板屋。

それら諸々、ミーナには不自然に写る。


自然物でない世界は本来異質なのだ。


ミーナはちょっと寒さを感じて身を震わせた。


「神隠しって訳ではないのだよね」


既に死んでしまったように見えるこの町に本当に人がまだ居るのだろうか。

いやだな。ミーナはポツリと呟いた。

ミーナはにぎやかな場所が好きなのだ。

人の息遣いを感じないこういうところは苦手だ。


気を取り直して歩き始める。

警戒して進むのバカらしくなるぐらいの無人っぷり。


「人はどこかに集められているのかな?」


10万もの人々が収容できる施設がこの都市のどこかにあるのだろうか。


少し進むと大きな広場が見えてきた。


そこに一人の少女が立っていた。

知っている娘。


私はぽつりとその少女が呼ばれている言葉を口にした。


「戦上姫シロ」




◇◇◇◇◇





戦闘は唐突に無言の内に始まった。


「はぁあああ!!」


気合いとともにシロの渾身の一撃が飛んできた。

精霊感がミーナにシロの一撃を見せる。


初手からの必殺。


――神人同一フルドライブ

―――殺戮際限さつりくさいげん

――――千刃千義千武閃祭せんじんせんぎせんぶせんさい


あらゆる武の極みたる連撃をしかしミーナは全て交わす。

シロの攻撃がさらに変わる。


――― 流貌自在

――――真貌唯閃


無形無限。

しかし、その一撃さえもミーナは見切っていた。


素手で無形を掴むとその「流れ」をいなした。


まさか素手で無形を無刀取りされるとは思わなかったのだろう。

シロは無様に投げ飛ばされた。


「な、ぜ?」


「うん、もう見慣れちゃったからかな?」


初見の技とは言え、もう通用しないのだ。

ミーナはもうシロの戦闘能力自体を見切ってしまった。

残酷な話だが精霊感を極めた少女にとって二度目は無い。

シロの右腕は力なく垂れている。

一瞬の交差で関節投げを決められ、シロの右腕はあっけなくへし折られていた。

ミーナは銃を抜いてすらいない。


「うわぁあああ!!」


シロは悲鳴のような声を出した。

深い怒りに表情が歪む。


「まだまだまだまだ!私は終わりじゃない!!!」


少女の剣がまたその形を溶かした。

そして。


「え」


「貌わるよ、ヴィルドーラ」


少女の身体にヴィルドーラが溶け込んで行ったのだ。


融合した?

困惑するミーナにシロは宣言した。


「私は誇り高き魔人シロだ。雑魚扱いは許さない!!」


猛烈なラッシュが再開した。

速度も威力も上がっている。

折れたはずの右腕も何かが骨の替わりに繋がったのだろうか動いている。

それでも見切れないほどではない。

ミーナは猛攻を凌ぐとまたシロを投げ飛ばした。


「つっ」


投げたとき僅かに痛みが走った。

シロの手から刃が生えている。


「まるでハリネズミね」


傷は浅いが掴めないのなら少々厄介だ。

目の前の少女は文字通り全身が凶器と化しているらしい。


「貴女を倒すのは任務では無いんだけど」


「ほざけ」


マルチウェポンで銃を出す。

無造作にそれを構えた。


「参る!!」


怒りを前面に吠えるシロに対してミーナの表情はどこか冴えない。

シロの無数の乱撃がミーナの身体の僅かなところを抜けていく。

見切り。

精霊感の生み出す感覚が完全にシロの動きを見切っていた。

シロの身体から突如として剣が生え、槍が伸び、時に銃弾のようなもの、糸状のもの、さまざまな武器が繰り出されてはミーナの身体に触れることなく流れる。

ヴィルドーラの変化すらもう見えている。

シロの攻撃の流れの中で必殺のタイミングでミーナは銃を放つ。絶対に避けられないタイミングで撃たれた弾丸はその全てがシロの身体を貫いた。

ダンスのような優雅さとは裏腹に行われている行為は一方的な蹂躙だ。

肉を裂き、骨を砕き、腱を切り、髄を破壊し、少女の身体は穴だらけ。

それでもヴィルドーラが変わって、骨となり、筋肉となり、腱となり、背骨となり、その穴だらけの身体を塞ぎ、少女は戦い続けた。

だがその正に決死の抵抗も空しくシロは遂に崩れ落ちた。


「はぁはぁ、はぁ、はぁ」


「どうして戦うの?私、ここまではしたくない」


どうあっても倒れないシロに対してそう呟いた。


「ならころせ」


「どうして?」


ミーナは困惑した。シロは力なく呟く。


「勝て無いのならもう私に価値なんて無い」


「どうして?」


よく分からない。

確かに魔領はもうすぐ完全に終わる。


「貴方の価値を決めるのは別に貴方じゃないよ」


「そう、でもだったらもう本当に私なんて価値が無い。誰ももう私を必要としない。戦う意味も戦う場所も戦う意思さえも!私にもう無い…のなら!!」


「それは」


そうなのだろうか。

この少女に価値を与えてくれる誰かは居ないのだろうか。


その時。

まるで漆黒ような黒い影が其処に現れた。

あれが来た。

考えるよりまず報告しなきゃ。


「エコー1。ヴィラーヌと接触」


影からは予想通りの男が姿を現した。

魔領の最大戦力、ヴァンパイアロード・ヴィラーヌ。


「ほぅ、あの時の娘か。シロよ。お前は負けたのか?」


「…はい」


「あまり壊れるな、シロ。直すのが大変になる」


そう呟くヴィラーヌの瞳はその言葉ほどに突き放した様には見えなかった。

なるほど。

貴方にもその誰かが居るじゃないですか。


「ミーナと言ったなエルフの娘よ」


男は淡々と語っている。

感情は見えないがそれでも何かを感じる。


「はい」


「悪いが我が不肖の弟子の借りを俺は返さねばならん」


「良いでしょう」


「悪いがまずはお前から殺す」


僅かに感じる怒り、その言葉にミーナは目を細めた。

戦うとなれば、相手の本性は竜だ。

ならば、全力を出すことに何の遠慮もいらない。


「べオルグ軍竜撃隊ドラグーンのエース、ミーナです」


相手が竜で、竜狩りのエースを名乗るからには意地は見せる。

その名前に今の私のすべてがあるから。


「ヴィラーヌだ」


勝てるとは思えないが簡単に負けてやる訳にも行かない。


いいだろう。

ミーナは目を閉じ、意識を集中した。

無形の技を持つ者が何もシロだけと言うことはない。


無唱真願式。


ミーナの技を見てユノウスが付けた技だ。


いのりはまほうになる。

おもいのすべてをいのりにかえれば、たましいはたったひとつのまほうにかわる。


ミーナ自体が彼女の持つイメージに塗り替えられる。

暗示による自己領域の完全魔法式化。或いは周辺領域の自己領域化。


神化魔法式とも言う。魂をたった一つの奇跡に変える、式。


これがミーナが戦神に並び立つと賞された所以ゆえんにして答え。

魔法であり奇跡そのものである神と同じ力を内在できる自己領域改変魔法型術士。


ミーナが動いた。その拳が握られている。

彼女の拳が迫った。ヴィラーヌは避けようとして、漸く。

その現象に気が付いた。


ミーナの動きは。

先読みでは無い。瞬間的な反射でも無い。

それでも避ける事は叶わず。守る事さえ叶わない。

ただ打ちつけられる。


「馬鹿な」


自らの芯を打つ様な強烈な打撃にヴィラーヌは悟った。


これは事象固定だ。

ヴィラーヌは一撃を受けながらそれを察した。

ヴィラーヌが打ち据えられるという結果そのものが魔法の一部として発現したとでもいうしかない。


結果に直帰する事象改変完結型の魔法現象。


このまま打ち合えばただひたすらに殺されるという結果を魔法によって固定されてしまう。

ヴィラーヌはとっさに精霊を呼び出すと無数の魔法式を生み出した。


瞬間、精霊感を通し、その全ての魔法式とミーナの精神が一繋ぎになった。

発動途中の魔法を喰われた。

ヴィラーヌはその事実にぞっとして息を飲んだ。


魔法式が無惨に引き裂かれる。

精霊感による魔法式への直結ダイレクト干渉ハック


それどころでは無い。

全ての現象が少女の意のままに更新される。

精霊感による現象の部分的魔法化。


少女の意思の望む通り、望むままに現象が出力され、万事が進み行く。


自らの意思が発する声がそのまま世界となって行くのだ。


ミーナの魂そのものを式とした究極の精霊魔法


―――自己絶対圏インビジブル


―― 祖は全ての魔法を統べしものであり、全ての魔法と連なるものにして、全ての魔法の神髄なるもの也


ミーナが追撃を放った。

一個の究極魔法となった娘を前にヴィラーヌは自分の全身を貫いた衝撃に怒りすら覚えた。


このままでは負ける。

神秘の結晶、奇跡を具現する存在となった者を前にヴィラーヌはついに、自らの真の力を解放した。


「ぐぅおぉおおおおおおおおお!!!」


竜特性の解放。


魔法式によるものではない竜の制御。


モード:竜人ドラゴニック


神滅の魔獣と化したヴィラーヌを囲う奇跡の現象が焼き尽くされた。

単純な奇跡のみでは固定できぬ概念と化した一個の獣が放たれた。


奇跡と化したミーナと概念と化したヴィラーヌの実力はほぼ拮抗していた。


互いに互。


しかし。

有限の体力しか持たないミーナがこの特性を体現できる時間は極々短時間でしかなかった。

一方のヴィラーヌは自らの真性を発揮したに過ぎない。


均衡状態は長続きしない。


敗北は必至ですか。

ならばとミーナは自らの魔法式をもう一度変化させた。

全身から展開した魔法式に染められてその躯が黒く染まる。

破壊のみを願う殺戮の魔法。



神化魔法第二形態

―――     未来喰い(フォーチュン・イーター)



百戒殺しの異名を持つミーナの最終奥義。

未来現象にまで及んで先んじ事象改変し相手を殺しまくる殺戮乱舞。


未来への強引な一歩の踏み込みが均衡を崩した。


両手に黒剣を構え、黒衣を全身にまとったミーナの剣舞がヴィラーヌを凄まじい勢いで切り刻み、破壊し、蹂躙する。

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、殺す殺す殺す殺す、殺す


「こむすめぇえええがぁぁああ!!」


そして、ついにミーナの精神力の消耗が限界に達した。


最後の一回を殺し終えて、ミーナの動きは止まった。


総斬殺回数、1万5回。

時間にして3分。これが限界。

ミーナの魔法の時間はそう長くはないのだ。



終わった。力の全てを使い果たした。


まぁ、もとよりこれで勝てるとは思って居なかった。

不死を殺せたが殺し切れなかった。

やはり、自分にヴィラーヌ打倒は無理だったか。

でもまぁ良い。もとより私の役目はただの時間稼ぎに過ぎない。


「あとは頼みます」


そう呟いて彼女は崩れるように倒れた。

その華奢な体を誰かの手が支える。


「やれやれ、無茶をし過ぎだぞ。ミーナ」


転移現象による光芒の余韻を周囲に残して。


彼が来た。




◇◇◇◇◇





ユキアは巨大なコロシアムにたどり着いていた。


「ふーん。ユノウスとヴィラーヌが戦っているのか」


遠くで強大な力がぶつかり合っているのが分かる。

相手はあのヴィラーヌだ。加勢に向かいたいところだが、まぁ、ユノウスなら暫く持つだろう。


しかし、コロシアムか。

外ではショットの競技やコンサートで使われたりしているが。

若干、鼻に付く血生臭さから察するにそういう用途なのだろうな。


「こりゃ、中にはかなりの人間がいるな」


ユキアは人の気配を感じてコロシアムの中に入る。

奥の方に人の気配はあったがここを警護する者の姿は見えない。

中に入って見た光景にユキアはため息を吐いた。


「なんじゃこりゃ」


10万の人がコロシアムに犇めきあっていた。

コロシアムはかなり大型だが、さすがにこの人数を収容するキャパシティーは無いのだろう。人々はかなりの密集状態になりながら詰まっていた。

そして、その人々は一様に祈っていた。

10万人が一心不乱に祈りを捧げている様子はある意味壮観であり、

途轍もなく異様だ。


「思想ってのは厄介だな。ここの連中はここまでいってるとはなぁ」


呆れ顔で進む。

誰も来訪者を気にもとめない。

うぉぅうぉぉと戦慄くような嘆く様な異様な祈りの声が響いている。

獣の喚きのようだ。

そして臭い。人が発する獣染みた臭いに糞尿や腐った死体の臭いまでする。

少し歩くと腐った死体が転がっていた。

誰かに殺されたのでは無く自ら首を掻いて自害している。

ユキアはこの異様な光景を、しかし、何度も見てきた。

苛々しながら、思い出す。

ここには聖魔戦争後期の、あの頃の風が吹いている。

行く先に酷く臭う母子がいた。


「おい、死にたくなかったらこの場から離れろ」


見ていられずに声を掛ける。


「あぁあああぁあああああ」


「おい聞こえているのか?」


「おぉ死など怖くはありません!死など恐れるに値しないのです!」


気が狂ってやがる。

ふと子供の方を見てぎょっとした。

その母親は餓死して骨と皮だけなった幼い子供を抱えて祈っていたのだ。


「死など!竜に喰われる事に比べればなんと平穏な事か!清き魂は巡り、我らは新たな世界に蘇るのです!!」


馬鹿、このままじゃ、お前はその竜の餌にされるんだよ。


「カリナス様は我々を新世界に導いてくださるのです!!」


これは。ユキアはため息を吐いた。

こいつらを矯正するなんて無理だろ。

こんな連中を抱えて新しい世界を迎えれば、また過ちが起こるぞ。

救えない。苛々する。

だめだ。どうにも参る。

悪いがメンタルはあんまり強く無いんだ。地獄絵図から目を背け、天を仰ぎながら、ユキアは通信機に向かって問うた。


「逃げたくないってさ。どうする?」


通信機に報告を挙げながらユキアはどうしようもないと感じていた。

ただ、彼らが逃げたくなくても全てが竜に飲まれてはこっち側で生きてる人間にとって迷惑で始末に負えない。


『彼らの意思がどうあろうと竜の餌になって貰ってはこっちが困ります。回収してください』


命令が下る。まったく向う側は気が楽だな。


「了解。強制退場、と」


私は散布型の催眠ガスポットをマルチウェポンで引き出す。

こちらから声を掛けなければ誰も私の動きを気にもとめない。

呆れながら廊下を駆け回ってポットを設置する

そして、スイッチを押す。

ガスポットが展開し中に充填されていた催眠ガスを周囲にばらまいた。


「あああ、あ」


一瞬、人々の呻き声が大きくなった。

そしてすぐに静かになった。


「悪いな」


時間もないのだ。

本当は死にたいのか死にたくないのか、いちいちアンケートを取っている暇は無い。

あとは。

ユキアは帝都の上空を見上げながら言った。


「この上空の結界を切り開くからそっちで回収してくれ」



――― 神式・竜滅連斬アルティネンスブレイド



帝都を覆う天蓋の一部が破壊された。

そして雲間を裂いて巨大な神の瞳の姿が見える。

かなり低空まで降りて来ているな。

何をする気だ?

普段は超高度を悠々と泳ぐこの世界の新たなる支配者。

神の瞳。

その底部が怪しく光っている。


あれは巨大な魔法陣転写装置サークルプロジェクターだ。

昼間の光源の中でも異彩を放つ紫色の光がコロシアム全体を覆い尽くす。

まるで地上絵の様だ。遙か天空より魔素の光源で地上に映し出された陣には見覚えがある。


「この陣は。転移法陣か」


『ユキアさん、30秒後、大規模転移魔法を起動します。その場を離れてください』


わぁてるよ。

ユキアはさっさと出口を目指した。

コロシアムを離れると同時に後ろの方で光の柱が遥か天上まで延びた。。

転移は成功したのだろう。


「他の動きはどうなっている?」


『帝都の地下結界魔法陣に動きはありません。魔素計測計も異常なし』


どういうことだ?

思えば妨害も微妙に少なかった。


「カリナスは何の動きもしていないのか?」


『分かりませんがユキアさんやほかの進入チームはこれからカリナスの拘束に移ってください』


「ユノウスの方は?」


『かなりの激闘ですが今のところ互角です』


時間も無いことだし互角なら任せても良いか。

ユキアはまっすぐに帝都の中心部を目指した。





◇◇◇◇◇






「ふーん、完全なる竜人か。いや人では無いんだな」


ユノウスは彼を見てそうつぶやいた。

ヴィラーヌは目を細めると言い放った。


「漸くお前が来たか。ユノウス」


その台詞に対してユノウスは全くの無造作に手を振った。



―― 突然死インスタントデス



魔法式を持たない超速攻魔法。

しかし、ヴィラーヌはそれをあっさりと避けた。

ユノウスは苦笑を浮かべた。


「その速度。なるほど、予想通り厄介だな」


「いきなりの挨拶だな」


ユノウスは通常の魔法を発動した。

魔法式に介入する暇を与えない超高速起動式。



―― 雷滅ミュルニル



発現した魔法は神級を超え、奇跡に匹っするものだったがヴィラーヌは全身を満たす神滅の力でそれを破壊した。

なるほど、魔法を介さずとも概念で防御可能と。


「しかし、そのモードでは自分の竜特性しか発現できないだろう?」


「それがどうした?」


どうしたも只の確認だが。

さて。

どうしたものかな。


「お前の核が竜核と同化してるなら僕はそれを破壊する手段を持たない」


「まさかお手上げとでも言うのか?」


「勝てない喧嘩はしない主義なんだけどね。まぁ負けはしないだろけど」


「ほざけ」


一瞬、超加速で迫ったヴィラーヌに対してユノウスは苦笑を浮かべた。

その姿が一撃を喰らう瞬間、消えた。


「ちっ」


「やっぱりね。竜の力が阻害して折角の感の良さがなくなっている。仕方ないか。竜をその身に纏えば全ての魔法が触れる傍から破壊されてしまうのだもん」


「まるで私が弱くなったように言うな」


「そうは思わないけど精霊感があるときの君ならこんな罠には引っかからないだろ」


それを起動した。


「なに?」


ヴィラーヌの周囲の世界が突然歪んだ。

これは。


「封因結界さ。そのアレンジだ」


――― 128連・封因結界


無数の次元の境界が無茶苦茶に織り込まれ入り組んでいく。

ヴィラーヌは目を細めるとその結界に剣を滑りこませた。



―― 概念式 ・断絶



何かが砕ける音がして結界が消滅した。


「封因結界が破棄された?」


「この程度の強度ならな、竜を封因したいなら竜核まで弱らせるべきだ」


「ならこういうのはどうだい?」


ユノウスが手を振るうと無数の小さな結界がヴィラーヌに集結した。


「な!?」


――― 封因結界小陣・増殖


「この一つ一つを解消するのは手間だろう。しかもこいつは一定の速度で増殖していく」


「く、ぬ」


意識を集中して一つ一つを破壊していく。

さすがに小規模結界だけあって破壊自体はそう難しくない。

だが壊した傍から増殖を始めている。


「へー、強引に破壊していくのか。まぁこうして君が動けないのなら僕としては封因に成功したようなものだけど」


「舐めるなよ」


そう言ってヴィラーヌは魔壊の力を呼び出した。


――― 概念式・霧


「なかなかやるな」


個々が無限に増殖する封因結界の全てがヴィラーヌの発した黒い霧によって一気に破壊された。

強度を上げたところで基本的に魔法に対して無敵に近い竜にはこの方法での勝利は難しい、と。


「ふん、気づいていないのか?」


「気づく?何を?」


「そうか、ならば説明してやろう。このモードには3つの特性がある。一つがこの全身を満たす神滅のオーラ。もう一つが私自身の竜核が持つ概念特性。最後が」


ヴィラーヌが嗤った。

その笑みに背筋がぞっとする。

この圧力――まさかLVそんざいりょくが上がっている!?


「周囲の物質を吸収して無限に強くなる強制進化だ」


言葉と同時にヴィラーヌがこちらに向かって跳んだ。

先ほどまでよりも遥かに速い。

見て避けるのは最早無理か。

先読みの力を駆使して先手先手に逃げるしかない。

転移魔法による回避が続く。竜化で精霊感を失っているのは幸いだが攻めに出るタイミングがない。

これが竜が持つ成長の力。

強さに際限が無く、不死身か。


「逃げてばかりではこちらには勝てないぞ」


分かっているが中々攻撃に転じる余裕がない。


「そっちこそ諸刃の刃だな。あまり強くなりすぎると竜の意識に自我が飲まれるぞ?」


「このモードに変わって既に10分。軽く1000は存在強度が増しただろうな」


そんなに強くなったのか。厄介だな。

ヴィラーヌの存在が時間と共に強大になっていく。

このぎりぎりの均衡もいつまで続くか分からない。


「なるほど。僕が押されているのか」


やや呆れ顔のユノウスがそう呟く。


「随分と余裕だな!」


飛び込んだ瞬間。

ほんの一瞬の違和感にヴィラーヌは体を捻った。


――― 突然死インスタントデス


ヴィラーヌは半身を消され、うっかり滅ぼされそうになりながら苦々しく叫んだ。


「きさまぁ!!」


「やれやれ、トラップにも完全に引っかかってくれはしないか。ただ存在の半分は潰した。残念だがレベル半減だ」


人は魂が存在強度を上げて強くなるが竜の強化は肉に由来する。

その器の無限強化は肉体を破壊することで弱体化が可能である。

だからこそ竜核まで破壊しきれば弱った竜の完全封因が出来るわけだ。


「それにしても厄介だな」


ヴィラーヌが成長して行けば、ユノウスはどんどん不利になっていく。

だがユノウスの読みが当たって、一撃最終のインスタントデスが突き刺されば、勝負は振り出し、或いは逆転勝利。


つまり、そういう戦いになったらしい。


「お前が無限に成長しきるのと僕が君を0にしてしまうの。どちらが早いか勝負するかい?」


――― 自己絶対圏インビジブル  


ミーナの魔法式を真似た絶対圏を発動させながらユノウスは笑った。


「そこの娘と同じ魔法か」


「僕はハーフエルフだからちょっとばかり調整が面倒なんだけどね」


僕の感覚が支配する空間に無数の魔法が生まれた。

その全てが必殺の滅竜魔法だ。


「先ほどまでと魔法の発現強度が段違いだな」


「そろそろ形勢逆転かな?」


「そう簡単ではないさ」


ヴィラーヌはついに自らの概念を解き放った。


―― 概念・漆黒


空間に一点。漆黒の歪みが生まれた。

魔法を含む世界の全てがその一点に収束を開始する。

それを見たユノウスは若干困惑した。


「超重力の檻?ブラックホールみたいなものか」


「このまま魔法式の全てを飲み尽くしてやろう」


ユノウスは黒点に向かって魔法を放った。


―― 突然死インスタントデス


全てを破壊する魔法が漆黒を破砕した。


「攻撃が大味だな。ヴィラーヌ」


「ふん」


ヴィラーヌが手を振るうとさっきの黒球が10個生まれた。


「これが魔法式ではない私の竜としての能力だということを理解していないのか?」


「わぉ」


一斉に放たれた黒球全てに突然死インスタントデスを叩き込む。

さらに一発をヴィラーヌに打ち込んだ。

その一撃に反応するようにヴィラーヌの身体を漆黒が覆った。


「なっ。そういうのもありなのか?」


「これでもう俺を攻撃することは出来なくなったな」


防御にも転用できるのか。自在に使えるということは厄介極まりない。

今のところ、こっちは攻撃の手段がなくなった。


「やれやれ、厄介だな」


「お前の消耗は甚大だ。その戦い方では長く戦えないだろうな。それに」


ヴィラーヌの手の中に巨大な黒球が一つ生まれた。

放たれた漆黒の一撃に突然死を合わせる。

しかし、黒球が魔法を破壊し突き進んできた。


「な、ちょ」


とっさの転移で距離を取る。

ついに奴の漆黒が僕の突然死インスタントデスを超えた。

竜の特性、無限成長によって固有概念の出力が飛躍的に高まっているのだろう。


「時間が経ったな。また俺は強くなった」


これはさすがに不味いか。


「そろそろ、詰みが見えてきたな。ユノウス」




◇◇◇◇◇




「ぐふっ」


門番の龍人を切り捨て奥に進む。

ユキアがカリナスの居城である黒獄城に入って既に一時間が立っている。


「そろそろ終わりだとおもうんだけどなぁ」


地下に続く階段を下りると目の前に巨大で重厚な扉が現れた。

ユキアは目を細めると呟いた。


「ここか」


扉に対して剣を一閃すると蹴り飛ばした。

吹き飛んだ扉に続いて中に入ると一人の男が目の前に居た。


「ふん、やはりお前が先着したか聖団の勇者ユキアよ」


ユキアは目の前の男に対して言い放った。


「理由は分からないがご自慢の魔法陣は起動できなかったみたいだな。カリナス」


魔帝カリナス。

話には聞いていたが大した威圧感もない。

力で他を統べるタイプではないようだ。


「何故そう思う?」


「てめぇの信徒はみんなこっちで回収したぜ」


くっくく、とカリナスが喉を震わせて嗤った。


「何がおかしい」


「私が誰に本当の事を話したというのだね?」


「なんだと?」


示す先に巨大な竜核が存在していた。

ぞっとする。これはなんだ?


「っふふ。七大竜の概念核を見るのは初めてかね?さて始めようか」


カリナスの声に反応するように無数の魔法式が発動した。


「この魔法陣はなんだ!?」


魔法に詳しいユノウスなら分かるかもしれないがユキアには分からない。


「これらは全て各国の支柱につながっている。テンツラントの器は用意出来なかった上にジナ国の支柱が失われたが致し方あるまい」


ざわついた。

こいつがやろうとしていることは。


「カリナス!!竜に魔領の魔神たちを喰わせる気か!??」


この期に及んでそんな抵抗を!!


「それがこの世界の為だ」


どくんと、空間が鼓動だけで歪んだ。


「つっ」


下がりながら剣を構える。


――― 神式・竜滅連斬アルティネンスブレイド


一撃が何もない空間で弾かれた。


「なっ」


「無駄だよ。すでに私の立つここは竜核の絶対圏だ。貴様も喰われたくないなら下がるが良い」


竜の封印が解かれる。

同時に凄まじい量の存在力が魔法陣を通して竜に注がれるのが見えた。


「カリナス!?」


「残念ながら私は神々とともにこの竜の最初の生贄となることだろう。まったく残念だよ。世界が滅びる様を見ることが叶わないのだから!ははははははは」


狂気の叫びとともに爆発的に巨大化する竜の中にその姿が消えた。

ここは不味い。全力で出口まで引き上げる。

ユキアは今までで間違いなく最強の竜種との邂逅に叫んだ。


「報告だ!竜の覚醒を確認!対象!!老成体エルダー級陰穢大竜!!」




◇◇◇◇◇





「どうやらカリナスは最後のスイッチを押したようだな」


そう言ってユノウスは構えた十二礼儀賞杖ブレスオブドゥオデキムを下ろした。


「そう、か。ふ、我らの、義理立てもここ、までか、な……」


ほぼ全身を炭化させていたヴィラーヌがよろめきながら苦笑した。


―――  神力顕参ディーオフォルツァ十二全神オール


結局、配下12神の力を解放したユノウスがヴィラーヌを圧倒した。


「どうして止めをささない」


「まぁ、僕一人の力だけでは勝てなかったわけだし、それで勝ち誇ってもダサいしなぁ」


ヴィラーヌは苦笑を深めると呟いた。


「今日、文字通り魔団は消滅した。その全てを竜に捧げてな」


「いや、10万の信者の吸収は阻止したよ。7、いや6支柱神か。あんなものは無くてもきっと困らないだろう」


ヴィラーヌは諦観の籠った表情で続けた。


「蘇った七大竜の一体に勝てる気か?もう終わりだよ」


顕現した竜はここに居るヴィラーヌやユノウスでも勝てない相手だ。


「いいや。僕らは勝てるさ。その為の準備は既に終わっている」


断言するユノウスにヴィラーヌはまた苦笑いを浮かべた。


「そうだとしてももう私には関係ない」


「魔都消滅か。そう君が守護するモノは無くなった。かつて理想を語り合った七柱も消え、アンダルシャン姫との古き盟約は失われたんだな。で?まだやるかい?魔の王よ」


ユノウスの確認にヴィラーヌは自嘲するような声音で語りだした。


「アンダルシャンか。我が愛し君。彼女の言葉が無ければ、私はここには居なかった。魔も人も、世界を愛した彼女はすべての争いをなくして欲しいと私に頼んだ。その為に人と魔の楽園は生まれた。君は古典をよく知っているな」


「吸血姫アンダルシャン公爵領、俗称魔領か。すべては古き盟約だな。本当は当の昔に魔領を見限っていたのだろう?お前は」


「そうだな。すべては歪み、願いは遠きに消えた……全てが私の過ちであった」


かつての聖魔戦争。

ヴィラーヌはアンダルシャン率いる聖魔調和派の勇士だった。

竜を喰らって支配したヴィラーヌを筆頭に人間族でない魔族の英傑揃いだったが元々少数種族の寄せ集めだったこともあり、その勢力は小さく、アンダルシャン領周辺に留まっていた。

ヴィラーヌは戦争の黒幕である創世神の排除を目論み、7柱の神々と手を取り聖団との戦いを独自に進めていたが魔団の敗北と共に聖団に対する対抗勢力が弱まり、さらに魔団の残党勢力をアンダルシャン姫が迎い入れたことで聖団との戦闘が激化。

最後はアンダルシャンが自らの命を掛けた代償式の結界によって聖団の猛功からアンダルシャン領を救った。

しかし、最後の戦いで各魔族はほぼ壊滅してしまい衰退、引き入れた魔団に教義と共に領地の支配を奪われた。

ヴィラーヌは一人、魔領の変容を見届け、苦しみながらも彼女の最後の望みである魔領の守護を続けていた。


「古きモノは風化し、やがては風に帰る。お前の戦いはここまでだよ。ヴィラーヌ」


「古きはやがて風に帰るか・・・願う声も思いもまた、一時の風に乗って流れるに過ぎず消えていくのだな」


その言葉を喉の奥で反芻し、ヴィラーヌは笑った。

立っているのすら億劫になりその場に座り込んだ。


「私にはもう何もないのだな……」


終わった。何もかも。


「師匠」


「シロか」


アンダルシャンの写し身。ただ形を寄せただけとは言え、その姿を無視することはできない。


「帰るか。シロよ」


「はい。師よ」


ヴィラーヌはゆっくりと立ち上がるとユノウスに向かい言った。


「ユノウス。聖団には気をつけろ」


「ああ、分かっている」


「そして、世界最強を甘く見るな。私に手間取る程度の今のお前ではヴァルヴァルグには絶対勝てん」


その言葉にユノウスは困惑した。

ヴァルヴァルグはヴィラーヌがそれほどに認める相手なのか?


「それほどなのか」


「会えば後悔するさ。奴は控えめに言って――」


遠く竜を睨みつけながら彼は言った。


「――あの七大竜よりも最低に最悪だ」


まるで呪詛の様な言葉を吐き捨てる様に呟き、


古き英雄は去った。




◇◇◇◇◇




強風が吹き荒れている。

それも当然だろう。ここは空と星の境界。

神の瞳の上に立つ文字通り神であるオーディンとロキは眼下を見下ろした。


「あれが七大竜の一体、陰穢大竜ぴょん?」


オーディンはロキの言葉に頷いた。


「御主はかつて見る機会はなかったのじゃな。そう、あれこそが旧時代を壊滅寸前まで追いやった七大竜の一体、陰穢大竜じゃ」


「良く生き残ったものぴょん」


かつてこの身を使ってまで世界を救った我らが滅びを逃れて今、ここにいることこそ奇跡だろう。


「かつて神竜戦争時代には7大竜の内、ニ体までもがこの世界に出現したのじゃ」


ロキは眼下の様子には見もくれず曖昧に遠くを見つめながら呟いた。


「オーディン、ロキが思うにこの世界は今度こそ滅びるぴょん」


「どうしてそう思うのじゃ?」


「アルファズスの存在が世界を見えづらくしてるぴょん。あの坊やは頑張っているけれど、この世界のどこかに潜む本当の悪意を完全に見過ごしているぴょん」


「杞憂じゃろ」


そう言ったオーディンも実のところ不安を払拭できていなかった。


「ネザードは魔領に居なかったぴょん。それどころか」


ロキは淡々と呟いた。


「たったの一度も神の瞳はネザードの痕跡を辿れなかったぴょん。今のこのレベルに到達したユノウスの情報網を持ってして、まったく」


「今はそれどころではないのじゃ、ロキ」


「ネザードを甘くみるのはやめろ。あれは道化だが最狂最悪の道化だ。旧時代に神としての力を失い、魔団にお守り代わりの神遺物として、その意思のみを啓示して頃の儂が気まぐれに育てた究極無二のトリックスター。資質はあったとはいえここまでとは思わなかった。あいつが何を画策しているのかもはや儂にすら読めん」


「何故そんな男を育てたのじゃ」


「アルファズスに対する趣旨返しだったのだがな。少々育ちすぎた。やれやれ、こうなる前に芽を摘むべきだったな」


「お主が情報室長を志願したのはまさか……」


ロキは目を細めた。


「まぁ、いいぴょん。今は置いておくぴょん」


そう言って肩をすくめる仕草をするロキ。

漸く眼下に目を向けると呟いた。


「かつて、アレと戦った経験があるのだぴょん?どういう代物ぴょん?」


「儂様が知るアレの能力は完全なる無の具現じゃ」


「無を操る能力?対消滅ではなく?」


「そのはずじゃ」


陰穢大竜はすべての質量とエネルギーを消滅させる能力を有する。


「完成された竜とは概念式の固まりなのじゃ。概念式とは完成された魔法式のようなものだと思って良いのじゃ」


既にドラグーンが出動し攻撃を開始しているが遠距離での射撃では効果は見えていない。

黒い靄の様なものが竜を纏い、すべての攻撃が遮断されている。


「あれが概念式・無塵。すべてを無と化す」


「特製弾が通用しないのかぴょん」


「全軍攻撃をやめるな。時間を稼げれば良いのじゃ」


竜の動き自体は緩やかだ。

弾幕に効果があるのか疑問だが止める訳にも行かない。


『神の瞳の配置完了しました』


早いな。オーディンは下ではなく周囲に目を向けた。

無数の神の瞳がロキたちの居る神の瞳を囲う様に規則正しく配置されている。


「そうか、起動はロキに任せるのじゃ」


ロキは頷くと重々しく呟いた。


「承認権限者ロキ及びオーディンの名において発動を申請す。神の光。起動せよ」


『承認しました。第一次フェイズに移行』


今回の危機はこれでどうにかなるだろう。


「なぁ、ロキ。儂様はユノウスならきっと大丈夫だと思うのじゃ」


そう思うからこそロキは思うのだ。自分と同じ思考の奴はこう考えるに違いない。


「そうぴょんね。だからきっと彼が」


ロキは小さく呟く。


「この世界の最大の弱点になる」





◇◇◇◇◇






今日は大忙しだな。

さっきまでヴィラーヌのような化け物を相手に個人戦だったのに今は部隊を率いて竜狩りの真っ最中だ。


「隊長、これ終わったら代休と有給くださいよ」


隊員一人がそんな軽口を叩いている。

本来は注意すべきなのだろうがミーナにとってはそのぐらい軽いほうが気が楽なので気にしない。


「それも良いかもしれませんね」


「まじっすか。一緒に海でもどうです?」


「一緒に訓練ならいいですよ」


「ええ!?」


さてと、いよいよか。


「こちら第一竜滅部隊フェアリーズ、最終部隊です。後退ラインに到着」


『了解、最終フェイズに移行します。各員備えてください」


「お、何が起こるんですか?」


はしゃいでいるところ悪いがおそらくこれから起こる事の観測は無謀だ。


「壮大な花火ですよ。各員至急のゴーグルをはめないと失明しますよ」





◇◇◇◇◇





竜とはこの世界の怒りだ。

魔法によって世界が歪んだ結果生み出された調整者。

世界の意思の具現、魔法の揺り戻し、返りの風。

あるのは漠然とした世界の怒りと滅亡への意思だけだ。


その中でも世界の7分の1つとしての名を冠した陰穢大竜は特別な竜だ。

その体躯の巨大さも持つ概念の威力も力も何もかもが別格の存在。


世界が滅びるべく生み出された最終兵器の一つ。


どんな攻撃も簡単には効かない。その存在は最終的に決定的で世界の終わりを意味する。


はずだった。

少なくともその輝きに飲まれるまでは。




天から光が降ってきた。




白源が世界を覆って全てが白に染まっていく。




無を意味する黒すら搔き消されて消えていく。





◇◇◇◇◇





神の瞳は直接視によって物を転移できる。

それを使って星を観測して召喚したのだ。


そうあれは太陽の欠片だ。


「直接視転移による太陽熱の直接召喚」


天然の超熱量。

魔法破壊ではかき消すことが出来ない絶対事象。

無の概念が時間単位で無に出来る質量エネルギーには限界があるだろうと予想された(そうでなければ世界はとっくに無に飲まれている)。

とはいえ抵抗らしい抵抗もなく一瞬でオーヴァーヒートしたな。


「なんでもありだな」


ふとクレイは自分が汗を掻いている事に気がつく

これは冷や汗ではない。

直接視転移と連動して周囲に起動されている対熱絶対防衛防御魔法陣コキュートスがあるにも関わらず熱が漏れているのだ。


それ故にどれほど危険な状況かを理解した。


「観測班。周囲気温の状況は?」


「結界圏内である100M圏は完全にプラズマ化している模様。現在まで1km圏内で30度までの温度上昇を観測。10km圏でも20度、100km圏で10度の温度上昇を計測」


あの熱が破滅に追い込む物は何も竜だけではない。


「早く戻せ、この星が壊れるぞ」


『第一次許容限界まで5・4・3・2・1。0。転移魔法による召還を強制執行します』





◇◇◇◇◇





「熱源が消えたね。太陽に返したのかな」


「そういうことだろうなぁ」


あつーと呟く隊員たちを置いてミーナは車両の天井に上った。

精霊も激しくざわついている。


『ミーナ、聞こえているか』


「はい、スルト将軍。聞こえています」


『対象は完全に行動不能、竜核はむき出しだがあの超熱量の残滓に飛び込むのは誰にとっても無謀だ。よってミーナ、そこから君の長距離射撃での封因を頼みたい』


スルトの言葉にミーナは大きく頷いた。


「はい」


『対象の周りはプラズマ化した電磁流がむちゃくちゃに流れている。如何に魔法処理を施した弾丸でもまっすぐ飛ばすことすら出来ないだろう。君の致命的クリティカル一撃ショットが必要だ。妖精』


「がんばります」


既に竜核は剥き出しになっている。

仕上げとしてあそこにただの一発当てるだけだ。

愛用のマテリアルライフルを取り出す。



ここから距離は100KM。



――― 精霊式接続

    ―― 神化魔法第三形態

―――     絶大必中ワンショットオールオーヴァー



感覚が周囲の魔素と直接繋がる。

そこで何が起こっているのか。熱量の流れ、空気の質感。

膨大な要素を感覚的に掌握するし一つの魔法になっていく。


ミーナは全神経を集中した。

銃と自分が一体になる感覚。


そして自分と大地が一体になる感覚。

対象と自分、そして世界。


全てが一繋ぎに繋がっていく。


精霊の声が聞こえた。


―― いけるよ


この声の正体は自分自身だ。

すべての経験と感覚が告げている。いける。

だから私は引き金を引いた。


バン。


特性の対空魔法式が周囲の空気を飛ばす音が響いた。

うねる熱波と電波の海を弾丸は引き裂き、たった一点へと突き進む

剥き出しの概念核にそれは当たって弾けた。


「ヒット」


小さく少女は呟く。


『竜核の活動停止を確認。封因完了しました』





◇◇◇◇◇






「終戦か」


ユノウスは竜の封因を確認してそう呟いた。

僕抜きでも上手く行った。

僕はヴィラーヌを止めただけだ。

これでこの世界は僕無しでもやっていけるはずだ。

たぶん、大丈夫。

僕に代わる戦士もいる。竜には勝てる。

不安はない。はずだ。


「どうした?ユノウス」


途中で合流したユキアがすっきりしていない様子の僕を見て首を傾げた。


「残りの懸案事項はヴァルヴァルグとネザードか」


「ネザード?あんな奴、今のお前が敵視するほどじゃないだろ」


本当にそうなのか?

魔団の改造竜デザイナーズドラゴンや竜人研究に関わっていたのは奴だ。

そして概念魔法。

自分の理解が及んでいない研究分野。


「ありがとうな。ユノウス。世界を救ってくれて」


そう言ってユキアは笑った。

その言葉に疑問が過ぎる。

本当に世界は救われたのか?

なんだろうか、この不安は。


「ああ、そうだな」


何はともあれこれでこれですこしはのんびり出来るだろう。


「帰ろうか」


「だな」

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