探し物は私1
最近は目が覚めると無意識に泣いていることが多くなった。
きっと、私では無い誰かが泣いているのだろう。
泣いていることを自覚すると私は無性に切なくなる。
胸がぐっとつまって苦しくなる。
最近の私は時々だけど自分が自分が誰なのか分からなくなるのだ。
私には本当の意味での自分の過去が無いから。
当然だ。今の私は今のパパに作って貰った人格なのだから。
偽りのモノだから。
今の私は偽りの私だった。
生んで育ててくれた本当のパパやママの顔すら思い出せない。
いや、この私は彼らと会った事すらない。
薄っぺらな私。
それでも、そんな私にだって、たくさんの友達や大切な思い出がたくさんある。
それは嘘じゃないし、其処を否定して必要以上に自分自身を卑屈に卑下する必要なんて無い。
それは、そんな事は、きっと私と友達になってくれたみんなに対して失礼だって事も分かる。
分かるけれども。
私は誰なのだろう。
きっと。
私では無い、いつも泣いているあの泣き虫な「誰か」が。
本当の私なんだ。
その子は今でも泣いていて。
ずっと暗い記憶の片隅で泣いていて。
ずっと一人で泣いていて。
辛いんだ。
一人で悲しんでいる。
だから。
私は迎えに行きたいと思った。
重い記憶の扉を開いて。
いままでありがとう、と伝えようと思うんだ。
◇◇◇◇◇
「正気なのですか?」
私のお願いに友達のユフィが困った顔をした。
私は真剣な顔で頷いた。
「うん。お願い」
「・・・今更自分の記憶を取り戻したいなんて」
彼女はそこで言葉を切ると複雑そうな顔で呟いた。
「お兄さまは知っているのです?」
「うん、話したよ」
その事を思い出す。
あの時、パパは少し困った顔で言ったんだ。
「いいよって」
そう言ってくれた。
だから、大丈夫。
「辛い過去の記憶だけじゃないですよ。主人格が記憶と共に蘇るなら貴方の今の人格にどんな影響があるのか分かりませんです」
私は頷いた。
その覚悟も出来ている。
「色々な調整に時間がかかるだろうって。じっくり時間をかけるべきだから。その。ユフィにお願いしたいの」
パパはあまり時間が無い人だから。
それを言えば、ユフィもそうなんだろうけれど。
彼女とは毎日みたいに会えるし。
そういうと彼女は珍しく。
本当に珍しく、辛そうな顔で言った。
「分かりました。でもみんなにもちゃんと説明するですよ」
気遣ってくれている。
その優しさが嬉しくて。
「うん、ありがとう」
私は笑った。
そうだね。
きっと。
みんなにはさよならを言わなきゃいけないんだ。
今のままの私じゃ無くなってしまうんだから。
◇◇◇◇◇
私、ミルカには過去の記憶が無い。
私の過去を知る人も居ない。
本当の私の家族や友達や知り合いはみんな死んでしまった。
ゴブリンに食べられてもうみんないない。
たった一人残ったはずの私でさえももう居ない。
私の人格は深い悲しみに粉々に砕けてバラバラに散った。
その欠片のヒトカケラは、エゴの破片は深く暗い無我の海に沈んで言った。
その小さな欠片が時々私に囁くのだ。
私を導く様に優しくて、悲しく。
囁く。
私の能力である慧眼とは。
超自我へと沈んだ私の欠片の贈り物だ。
その囁きが私に力をくれる。英知を与える。
機転をもたらしてくれる。
だから、私はいつももう一人の本当の私に守られて生きてきた。
間違うことも無く、辛い思いもしないで済んだ。
大切な仲間にも恵まれた。
本当に幸せなんだ。
だから辛い。
いつも私を守ってくれるあの悲しい声が。
ずっと一人のままなんて嫌なんだ。
◇◇◇◇◇
機密情報管理部。
私の勤め先である。
ここには世界中の情報が集まってくる。
その膨大な情報を使って、とある戦争を有利に進めている。
戦争。
誰が呼んだのか。
第二次聖魔大戦とも呼ばれる戦争だ。
或いは魔団殲滅戦争と揶揄する人もいる。
一方的で排他的な戦争だ。
ほとんどの人が無自覚に平和に過ごしている、その裏側で。
ただ終わらせる為の戦争が始まり、そして呆気なく終わろうとしている。
誰も知らない戦争だ。
きっと誰の記憶にも残らない戦争だ。
私は戦場を一望出来る位置に居た。
機密情報管理部付き戦場戦略指揮室。
ウサミミを付けたロキ局長が私の受け持ちの状況を確認に来た。
「状況はどうぴょん」
「エコー1は順調です。まもなくキャンプに入ります」
「各地への補給は無事済みそうぴょん」
私たちの今の任務は軍のオペレーターだ。
高度な情報を処理し的確に必要な部署に伝達する。
現場の状況を士官に伝え、士官の指示を部隊へと伝えを誘導する。
べオルグ軍の総指揮を取るのはここにいるロキ局長だ。
現場の総大将であるスルトさんとは役割が違う。
現在、べオルグ軍は聖団と共同で魔団の総本山に対する包囲戦を行っている。
魔神結界への包囲網によって兵糧攻めを行っているのだ。
すでに包囲が完成してから5ヶ月がたった。
気の長い戦いになっている。
「ふあぁ、平和だぴょん」
ロキ局長が皮肉とも思えないような感じで欠伸をしながらぼやいた。
確かに平和だ。
「はい、今日も戦死者はゼロです」
こちらの包囲網に対して最初は激しい抵抗をしていた魔団に所属する国々も今は妙におとなしい。
力を貯めている?
正直なところ、不気味だ。
その時、平和を打ち破る非常ベルが鳴った。
異常報告があった地域の担当のオペレーターのところまでロキ局長が向かう。
「どうしたぴょん?」
「は、はい!魔団側に所属する町に魔獣の襲撃があった模様です。現在まで被害多数の模様」
魔団側?
ロキ局長は目を細めて言った。
「ふーん、おそらくは誘導ぴょんね。町には予備部隊を派遣するぴょん」
相手は魔団側の町だ。
救済の為に予備部隊を向かわせる義理は無いはずだ。
しかし、予備部隊の投入を即決したロキにオペレーターは困惑した顔をした。
「誘導の可能性が高いのに予備部隊を投入するんですか?」
「それはそれ。これはこれぴょん」
ロキ局長は周囲のオペレーターに声を掛けた。
「すべてのオペレーターは進行中のミッションのリスクの再計算をするぴょん。敵がこのタイミングで狙って来る部分を割り出すぴょん」
そう言った後でロキ局長はもう一度、私を見た。
「これは狙いすぎぴょん。どれくらいバレてると思うぴょん?」
私はその言葉に即答した。
「全部だと思います」
私の慧眼が告げている。
良くない警報がちかちかしてるのだ。
このタイミングでこちらの兵力を分散させる一手はあからさまにあるモノを狙っているのが分かる。
「それ、じゃあ決まりぴょん」
彼女は地図の一点を示した。
エコー2。
最前線への補給物資。
「このタイミングなら敵の狙いはこの補給部隊だぴょん」
「そう思います」
最前線に対してわずかに延びる補給線。
完全制圧地域には簡易テレポートが設置されているためにその部分への補給を攻撃することはできない。
狙えるのはこの極僅かな補給路間だけだ。
テレポートベースから最前線まで距離にして10キロも無い。
これは高速輸送手段を有するべオルグ軍に取っては猫の額ほどの取るに足らない距離間だ。
「窮鼠猫を噛むだぴょん」
ロキ局長は目を細めてそう呟いた。
「連中は厄介なネズミさんぴょんね」
彼女はそう言って張り出された戦場を見つめた。
◇◇◇◇◇
戦場の様相は随分と変わった。
かつてはべオルグ領歴戦の騎士であり、今はべオルグ軍部隊長の地位にあるエスレスはしみじみとそう思った。
補給部隊は15輌からなるトラック車で中には兵糧を満載した圧縮箱が積まれている。
この陸の鉄馬は速さに掛けては抜群で乗り心地だってそう悪くない。
何よりタフで疲れを知らない恐るべき猛獣だ。
距離間僅か10キロを最大時速50キロほどで20分程度で疾走する。
「隊長!伝令より報告!この第58次補給隊エコー2に敵部隊奇襲の兆しありとのこと」
兆しとはまた確度が低い情報だな。
噂に名高い慧眼娘の山勘だろうか?
そういうことなら確度は低くも必中だろう。
「そうか。むむ、不味いな」
無理をして速度を上げるべきか。
一旦、止まる。引き返す。
引き返すが得策なのかもしれない。
そもそも必要がある補給とも思えないのだ。
この補給部隊が届かなくても前線は一ヶ月は持つだけの蓄えがある。
ここには更に一ヶ月分の食料が満載されている。
心が細やかと言って間違い無い我が軍の補給担当どのはとにかく余計に蓄えることが大好きだし、前線の兵士を孫の様に可愛がる。
まさか最前線の部隊が羽毛布団で寝ているなど、相手の部隊が知れば、切れて特攻されても文句は言えないだろう。
今も昔も兵糧攻めというのはエゲツないものだ。
まだ連中の食料にも余裕があるようだが、それが切れれば飢えるしかないのだ。
余裕のある内にこちらの食料を奪ってやろうというのは当然に思えた。
しかし。
「わずか十数分で運び終える物資をピンポイントで狙うか」
それが事実ならどの段階でこの計画が漏れたのだろうか?
物資の輸送を決めるのは補給担当だがその時間を決めるのは作戦司令本部に当たる戦場戦略指揮室だ。
事実上の司令官であるロキが直接部隊に伝令する習わしだ。
つまり、漏れるならロキ当人か、戦場戦略指揮室からと言うことになる。
「疑いたくは無いが中枢の情報が盗られたみたいだな」
エスレスはそこで大胆に動くことにした。
「引き下がる道も進む道も怪しいな。いっそ横移動か」
「横ですか?」
相手の裏を掛ければ右左の是非は問うまい。
ここからなら左に行ってベース3(第三戦線基地)に向かうのがもっともロスが少ないようだ。
「そう。全力で左に旋回し、ベース3に合流。以上だ」
「了解!サー」
まったく勝手な判断で進路を変更した。
これでこの鉄の馬を追える物など居ないはず。
はずだった。
ベース3に向かいしばらく進んでの事だった。
「後方より接近する敵影1です!!」
「なんともまぁ・・・」
この速さに付いていけるだけでも呆れる。
エスレスは鉄の馬の天井の鉄板を僅かに開くと慎重な態度で後方に望遠鏡を向けた。
まさか、相手にライフル銃は無いだろうが、ちょっとの隙を見せれば撃ち殺されるような手前の達人を複数人ほど知っていれば、こう用心深くもなるものなのだ。
エスレスは予想外の光景に我が目を疑った。
「おいおい、走って追ってきてやがるのか!?」
普通に走ってやがる。人の足で。
人が走ってこの馬に追いつこうと言うのだ、呆れるしかない。
しかも、見たところまだ幼い少女の様に見える。
なんのジョークだ。
「照合確認!魔人シロです!」
「いたなぁ、そんなの!まったく!」
あの姿を見て、とっくに察しはついて居たが否定したかったものだ。
かつて、戦場の殺戮姫と言えば、最強最悪の死神の代名詞だったのだ。
「何だって戦場鬼ともあろう御仁がちんけな食料輸送部隊に本気だすかねぇ!全軍に次ぐ!全力で撃て!!」
鉄の馬の後方から掃射銃を出してぶっ放す。
「フレンドリィファイアーに気を付けろよ!」
鉛の雨が降り注ぐ中を殺戮姫は悠然と突き進む。
その両手に持った双剣が休み無しに動きまくっている。
「なぁ、銃弾って奴は斬ったらその場で止まるのか?」
「真っ二つになって突き進むんでそりゃ斬るだけじゃ被弾しますよ」
じゃ、ありゃ弾いているわけか。
「跳弾含めてすべて無効にできるものかねぇ」
それは出来ると言う技量よりも可能性を割り出す計算の方はよほど困難だろう。
一瞬の判断で跳弾まで計算に入れてすべての弾丸を把握して弾く。
「無理でしょ」
だろうな。
少女から時々血飛沫が上がるのが見えた。
やはり、避け切れない。
しかし、避けきれていないのに進むスピードは落ちるどころか。
「加速してやがる!!」
「隊長。運転変わってくださいよ」
言われてエスレスはハンドルを押さえた。
そういって狭い車内で運転手が車両の後方に動き始めた。
そういやこいつも元は例の特殊部隊所属だったな。
部下の一人、運転手カドリは口笛を吹きながら後部ドアを開けた。
「妖精さんほどじゃないけどねぇ♪俺も中々♪」
支給品のバックパックからカドリ愛用のアンチマテリアルライフルを取り出す。
「弾幕やめないでよー♪いいかんじに合わせますからね♪」
カドリは独特なリズムを口で取りながら銃を構える。
「ショット」
瞬間。血飛沫がより激しく飛んだ。
決まったか?
「ひゅー可愛い顔が台無しか??」
「ヘッドショットは見切られそうなんで最初から腹BANショットですけどぉ」
カドリが困った顔で呟いた。
「まさか自分で穴開けて通すとかあり得ないでしょ」
「な??」
弾道が衝撃を受けると四散する特殊弾丸は貫通した。
いや、何も無い空間を通った。
そのために少女は自ら腹を裂いて骨肉を開けて置いたのだ。
「神滅コーティのお高い奴だったんですよー」
「どうなっているんだ!?」
「腹が裂けてるのにスピード落ちませんねー」
「まじかよ」
ついに後方部隊が追いつかれた。
後ろ二台の車がタイヤを切り裂かれて転倒した。
「不味いぞ!!くそ!!」
どうする。食料と部下を置いて逃げるか?
それとも?
その時、空から何かが降ってきた。
ドンと激しい音で車が揺れた。
車両の上に何かがいる!?
「遅くなったな」
「そ、その声は」
運転を再び任せた後にトラックの上を見ると、豪奢な赤毛の美しい女性が一人、周囲を威圧する雰囲気を纏いながら仁王立ちしていた。
知るも何もこの軍の総大将の片割れだ。
最強の武神がひとり、スルト。
彼女は遠くを見やるとニヤリと笑って言った。
「中々に粋な事になってるな」
◇◇◇◇◇
戦場に降り立ったスルトは遠くで襲撃にあったトラックを見た。
「お前たちはここで一旦待機。私があれを排除したら怪我人の収容と積み荷の確保をしろ」
「はっ」
その返事を聞いたスルトはトンと音を立てて跳んだ。
たったの一回の跳躍でシロとの間合いを完全につめた。
その時、シロは手に持った双剣でトラックを切り裂こうとしているところだった。
少女は乱入者に困惑しながらも双剣を構え直し、スルトと向き合う。
「誰?」
問われ、スルトは目を細めた。
「ほぅ、自己紹介が必要か」
お互いに有名とはいえ、初顔合わせだから仕方がないか。
向こうにはこちらの様に写真と言った便利なモノは無いだろうから。
「おまえは」
「我は人外軍総大将、炎滅の神将スルトだ」
そう告げたところ、思わぬ反応が返ってきた。
「スルト!!」
シロがそう叫びながら斬りかかってきた。
スルトは腰に構えた剣を抜き撃ちしながら向かえ打った。
「むっ」
剣がぶつかり合う。
シロが興奮した様子でよりいっそう声を張り上げた。
「漸く会えた!殺してみたいリスト、筆頭!」
「ほぅ」
向こうが乗り気なら幸いだ。
斬ってみたいと思っているのはスルトも同じだからだ。
「魔人が二位、戦場鬼シロだ」
その名乗りにスルトはニヤリと笑った。
「魔人の一位は我が主だったな」
あの規格外を除くなら。
事実上の最高位の魔人か。
「そうだよ」
「なら魔団最強ということか。なお面白い!!」
「君こそ、べオルグ軍最強で良いよね?」
「軍属ならな!間違いないさ!」
「嬉しいよ!」
強者が呼応しあい、即座に死合が始まった。
「惜しいな。満身創痍と見えるぞ」
シロはその名の由来ともなった白銀の髪に真っ白い肌を所々、赤く染めている。
燃えるような赤い瞳だけが光り輝いている。
「傷はすぐ直るから」
そう言ってシロは鋭い一撃を放った。
腹が破れているような動きではない。
「超回復?」
「シロは不死身」
剣撃が轟く度に血飛沫が跳んだ。
一方的にシロが斬られている。
剣神の剣の妙技にさらに赤く染まる。
シロの動きが変化した。
フェイント。
いや、無唱式の偽剣だ。
彼の有名な人外軍隊長、偽王にも匹敵する技の冴え。
しかし。
「悪いが偽剣は神である私に利かない」
一刀。
剣神が上段から下段に向けて放った剣閃が雷のようにすべてを絶ち斬る。
一撃を受けたシロが二歩下がった。
さらに、もつれて足がもう一歩下がる。
激しい出血と斬り折れた剣を見て苦笑した。
命までは絶ち斬れていない。
「すごい、つよい」
「当然だな」
出自を考えれば今のスルトに剣術で互角なのは世界中を探して、あのユキアぐらいだ。
それだって大体、勝てる自信がある。
スルトの神遺物は剣術者の極みたるで最強の剣士にのみ受け継がれてきた剣帝の刀に収まっていた。
炎帝剣レヴァンテイン。
スルトは世界を破滅させる炎の祈りを得た破壊神だが。
その身を納めた剣は長らく最強の剣士の証として代々、希代の剣豪の手を渡ってきた。
この身には最強の剣士たちが刻んできた技という名の祈りが文字通り刻まれている。
500年間に渡る最強の技、そのすべてがその身に詰まっている。
破壊神から剣神へ。
破壊から技の極みへとその本質の変貌を遂げた剣極の祈りの化身。
それが今のスルトだ。
少女の歳がいくつかは知らないが剣技最強を矜持にする神がそう負ける訳にはいかぬ。
「ねぇ、貌を変えるよ、ヴィルドーラ」
すると少女が剣に語りかけ始めた。
「ん、いいよ」
何を話している?
折れたはずの剣が震えた。
スルトはその様子に、はっとした顔で呟いた。
「その剣。まさか、剣の形をした偽神?」
「そうだよ。ヴィルドーラは神そのもの、無貌の殺神ヴィルドーラだ」
剣が脈打った。
「面白い」
「貌わるよ、ヴィルドーラ!!」
宣言とともに双剣が無数の武器へと変わった。
容量が爆発的に膨れ上がり、シロの周りを受け尽くす様にあふれ出す。
その数は1000を優に越える。
シロが駆けだした。
シロは武人の記憶を混ぜて作られた究極の武技キメラだ。
人造の魔人として古今東西、ありとあらゆる達人の技の記録を脳に直接転写されている。
――神人同一
―――殺戮際限
―― 千刃千義千武閃祭
ありとあらゆる技の極みが剣神を襲った。
無数の武器による斬閃が絶え間なく無数に煌めき、そのすべてに達人の技が乗る。
それを。
その絶大なる技の連携を。
平然と見切りながら剣神は言った。
「どれもこれもかつて破った技ばかりだなぁ」
「うわぁああああああああ!!!」
スルトの剣がすぅっと水平線を引いた。
美しく乱れ無き線がたった一本。
それですべてを斬り捨てた。
「お前自身の技を見せて見ろ。シロよ」
「つよい」
シロは全身を真っ赤に染めながら笑った。
そして、両手を振りかざすと言った。
「貌わるよヴィルドーラ」
両手2本にすべての武器が集約される。
ヴィルドーラが蠢き、無貌の殺戮神ヴィルドーラが本来の異形を解き放つ。
シロがそれを放った。
斬撃は瞬時に剣となった。
それをかわすと続く一撃は槍となった。
これは技か?
スルトは驚きながら見た。
少女の動きに合わせて槍は鞭となり、鞭は鎌となり。
「これは!?」
――― 流貌自在
先ほどまでの圧のあった攻撃と違い、止めどなく流れる大河のように隙無く攻撃が続く。
シロの絶技にヴィルドーラが合わせて姿を変えている。
全斬撃の最適化。
シロが望む一撃が望む形の武器に変わる。
その絶技を越えた絶技が更なる洗練を生む。
そして答えが見えた。
「これで終わり」
少女の剣が変わった。
形は解け、もはや何の武器かも判断は付かない。
しかし、シロのすべてを体現せし、その貌は。
――――真貌唯閃
世界初にして、世界最高の一撃だ。
最高の選択と洗練と技を乗せた斬閃。
その一撃を。
スルトは笑って剣で止めた。
「見事」
スルトは剣を返してただ斬った。
今しがた生まれたばかりの世界最高をわずかに更新する、余りに美事なスルトの一撃に。
シロが崩れた。
◇◇◇◇◇
シロにはまだ息があった。
それどころか、片膝を付きながらも完全に崩れていない。
その事実に感嘆を覚える。
「残念だったな。しかし、命があるだけ大したモノだ」
スルトはしみじみそう思って呟いた。
今の一撃で殺し切れなかった。
その次があるなら大したものだ。
「君、強すぎるよ」
ぐったりとした様子の少女が一歩、引き下がった。
そのまま、走り去る。
その様子を眺めて見送った。
「次は殺す」
「それができる奴が今までに居たなら私は今ここにいないだろうさ」
飄々と嘯いて見送る。
その姿が完全に見えなくなって構えを解いた。
そこで部隊の隊長であるエスレスが声を掛けて来た。
「よろしいのかな?」
「私の役目はここで犠牲者を出さないことだ」
守る戦いで無為に攻めるわけにも行かない。
ふと、頬に痛みを感じて手を当てた。
スルトは自分の頬が浅く切れているのを見つけて驚いた。
「私に傷を与えるとは。あの娘、やるなぁ」
自然と笑みがこぼれていることに気づいて口元を引き締めた。
どうにもいかん。
相手が強いと必殺の剣閃を僅かに緩めて、運を試してしまう。
死ぬか、活きるか五分五分に。
いや活きて精々一割程度に余地を残す。
悪い癖だ。
ここで彼女の剣から活きるようならもっと強くなるだろうさ。
それは楽しい。
楽しいことだ。
「剣は一人じゃ極まらんしなぁ」
殺しに来るという言葉を思いだし、ますます楽しくなって来た。
もはや獰猛な笑みを隠しきれずににやにやしながらスルトは鉄の馬の屋根の上に乗った。
「ベース3に進行せよ」
「はっ」
◇◇◇◇◇
現場の隊長の機転にも助けられて物資が相手に渡る事は防いだ。
「部隊は無事だったぴょん」
ロキののんびりした声が戦略室に響いた。
私もほっとして頷いた。
「その様ですね」
「そうだぴょん」
しかし、ロキは地図を見たまま、緊張した顔を解かなかった。
そして宣言した。
「みんなに残念なお知らせがあるぴょん。この第3特務班の班員にスパイがいる疑いがあるぴょん。よって嫌疑が晴れるまでの間、すべての軍務及びBランク以上の任務への参加を禁止するぴょん」
その言葉に。
オペレーター全員が息を飲んだ。