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転生したった   作者: 空乃無志
新世界の物語
89/98

とある男の物語2

あー、かたるいなぁ。


「先輩、手止まってますよ」


バイト仲間で大学の同級生でもある王子おうじ 紀房のりふさがそう呟く。


「先輩言うなよ、傷つくなあ」


俺、こと有栖川ありすがわ 雪緒ゆきおは溜息をつきながらコンビニバイトの続きを始めた。

棚に売れた商品を補充していく。


くそ、この煎餅の袋、入れにくいぜ。

ちょっと売れ線だから限界まで詰めておきたいし、あと一袋がはいらねぇ。


「先輩、ラーメンおわったす」


「俺に報告してどうする気だよ」


報告は良いからレジに戻れよ。

かなりの列を前に別のバイトの女子が半ギレ気味じゃないか。


そして小娘よ、俺を睨むな。


「先輩ってモテないっすねぇ」


「いきなり意味不明な話をするなよ、そして唐突に答え出すなよ!」


こいつがこんなじゃ俺がヘルプに行くしかないなぁ。

しかし、この煎餅がなぁ。


「レジ、お願いしまーす」


ああ煎餅が入んない。


「先輩、ラーメンおわったす」


「面白くねぇからそれ」






◇◇◇◇◇






俺は一年遅れでとある大学に入った。

自慢じゃないが留年分を帳消しにするぐらいのそこそこな学校。


この少子高齢化社会の中で一浪で入る奴が稀にいるぐらいの大学だ。


友達居ない3年生はまぁ勉強が捗る。

結局、休学状態から普通に学校に通い出して普通に卒業して普通に大学に入った。

あの妙な疎外感と微妙なグレ具合から抜け出して、俺はボッチ大学生にクラスチェンジしたわけだ。


今では親元を離れて気ままな一人暮らしだ。


大学に入って半年が過ぎた。


バイトも慣れたし、彼女はおろか友達も居ないけど、順風満帆と言ったところかな。


自分のボロアパートに着いた。

ドアのところに可愛らしい符線が張ってある。



≪帰り着いたなら、となりの部屋に顔を出すこと≫



隣の部屋に住んでいて、割りと器量良しと評判なお姉さんである時遠ときとお あかねさんがお呼びのようだ。


俺は隣の部屋のドアを叩いた。


「もしもし、ねえさん、エロいご要望ですか?童貞が参りましたよ」


「やぁ、若人。元気してるか?」


そう言って若干赤ら顔のあか姐さんが顔を出した。


「姐さん。何してるんですか?」


「酒飲んでるんだけどー」


このお姐さんは酒を飲むと全てのどうでも良い事を忘れてしまうのだ。

ああ、忘れていなければいいのだが。


「用件なんですか?」


「ああああああ!この子!拾ったんで君に返すね!」


この子?拾った。

俺が困惑していると一人の少女が姐さんの後ろから現れた。


なんだ、すげぇ美少女が出てきたぞ?


自然なんだけど若干気合入ったレイヤーで髪が立体交差しながらウェブしてるし。

黒髪だけど一部に色抜いて地味な色を足しているようだ。


どこかで見たようなモデルみたいな。


彼女は。


えーと。


「誰?」


「お酒でも飲んでるの?」


ん?

この声は。


「お前、綾辻あやつじ 彌優希みゆきか!」


「そうだよ。今頃気づいたの?ユッキー」


ちょっとショックを受けたような顔で


「お!久し振り!大学どう!元気してる??」


「はぁ?え?そういう反応なの??」


「ん?どうしたの?何が?」


…。

え、なんでそんな微妙な顔をしてるんだ?


「凄いな、ゆきお、こんな美少女の彼女が居たのか」


その言葉に半眼の少女が釘を刺す。


「そんな不名誉な事実は無いんだけど」


「こんな美少女の友達が居たのか!見なおしたぞ!」


やぁ、姐さんの中で俺の株がストップ高かもしれんな!

ありがとう!ありがとう!


「…元気そうだね。ユッキー」


おう、なんかさらに冷たい目線になったなぁ。


「おう、元気しか取り柄が無い物で!」


から元気だけど。


「そうなら良いけど」


良いんだ。


すると、姐さんが俺に耳打ちした。


「いや、こっちの娘さんお前が出て行った今朝からずっとお前の家の前に居たんだぞ」


そうなの?


「べ、べつに待ってない!」


「じゃ、おねえさんは明日は仕事だし寝るねー」


「お休み、あかねーさん」


「お休みは今日だった。バイビー」


そう言って茜さんは自分の部屋に入っていった。

当然、取り残されたのは俺と彌優希だけだ。


「ねぇ、ユッキー。今の人好きなの?」


「好き嫌いで言えば好きだがどういう意味?」


「男女として付き合いたいの?」


「え、やぁ。それは…」


そんなこと有り得ないだろうし。

おかしい事かもしれないが考えたことも無かった。


なんというか、こっち来て色々精一杯で気が回っていないからなぁ。


「ねぇ、部屋に入れてくれる?」


「おう、別に良いけど」


どうしたんだ?彌優希ってこんなキャラだったけ?

それになんだか思いつめたような顔だ。


俺は自分の部屋の鍵を開けた。






◇◇◇◇◇







「意外に綺麗にしているような」


彌優希は俺の部屋に入るなり、意外そうな声でそう呟く。


「そうか?普通だろ」


「女がいるの?」


少女はきょろきょろと部屋を物色している。


「どうしてそうなる。自分で片付けたんだよ。妙に突っかかるなぁ。お前は」


「あれから彼女出来た?」


あれからか…。

暗黒だった二度目の高校三年生が終わって大学に入って半年。

作る暇も無いし、作る気も微妙に無い。


「居ないけど」


「さびしい奴」


あ?え?

まぁ、言われるまでも無く寂しい人間ですけども。


「そういうお前は?]


「わ、私は居るから」


お。そっか、良かった。

俺は自然と口元を綻ばせた。


「なんで笑ってるの!」


「いや、嬉しいなぁと思って」


しみじみそう思う。

我ながら身勝手なことだがこいつが幸せなら気分良いのだ。


こいつが大好きだったからなぁ。


「で、どうして突然尋ねてきたんだ」


「え、う、うん。その、ユッキーが微妙に気になったんだよ。ほら、昔飼ってた愛犬の顔を急に見たくなったみたいな?そんな気分に急になった、みたいな?」


「そうなの?」


「ちょっとがっかりな顔だったけど」


そりゃどうも。

まぁ、二度見しても断じてモテるような顔では無いからねぇ。


「でも、まぁ、来てみて良かった」


「なんで」


「ユッキーがユッキーだったから」


「はぁ?」


なんで?

意味が分からない。

俺が俺だと良い事があるのか?


すると急に明るい顔で彌優希は頷いた。


「よーし、お姉さん気分良いから、ユッキーの彼女探しを手伝っちゃうぞ?」


彼女の突然の申し入れに俺は困惑した。


「へ?え?別に要らないけど」


なんでいきなりそんな話に?


「だめー、元飼い主としてほっとけないでしょ!私がちゃんとユッキーを繁殖させてあげるから」


「可笑しいだろ。それ」


しかも微妙にエロい。

困惑する俺に対して彼女はにっこり笑って言った。


「また来るから。今日はもう帰るね」


え?また??


「お、おう。あ、送ろうか?」


「彼氏に悪いので結構です」


そっか。まぁ、そういうことなら…。


「じゃ、またね。ユッキー」


そう言って彼女は去っていた。


しかし――。


俺に彼女だと?


「出来るのか?そんなの??」


俺は我ながら期待できないと苦笑した。





◇◇◇◇◇







次の日。

俺のバイトが終わる時間になると彌優希が来ていた。


「昨日の今日で来たのかよ!?」


「そうだよ。私は本気だからね!」


冗談だと思ってたわ。

仕方なく彼女を部屋に招き入れる。

すると。


彼女は俺のベッドの下に手を入れ出した。


「エロ本無いの?」


「やめて!探さないで!なんで探すの??」


「ユッキーの好きな子の傾向と対策」


「そんなことは知らなくて良いでしょ!気にしないで!!」


俺が必死に止めると彼女は漸く探すのを止めた。


「しょうがないなぁ。もうエロ本は良いからクラス写真を出してよ」


「そんなものあったかなぁ。あー集合写真が一枚だけ」


どこにしまったか忘れていたけどひとまず昔のプリントが積まれた当たりを探すとすぐに写真が見つかった。


「で、気になる子って居ないの?隣のお姉さんでも良いけど」


「え、やぁ、別に」


「ふーん」


彼女は顔に手を当てながら写真を眺めると写真に写った女性の一人を指差した。


「この子なんてどう?」


「幻獣ベヒモスかよ。ありえないだろ」


写真中で間違いなく断トツのブスだった。

勘弁してくれ。


「じゃこっち?」


「かまきりみたいだな」


「そんな感想要らないわよ!…確かにカマキリみたい」


「どういう基準で選んでるんだ?」


すると少女は無言で俺を指差した。


おい!…おい。

悲しくなるから止めてぇ。


「お似合いかなーと思って」


「お前、割りと性格悪くなったよなぁ」


「そう?」


何が彼女を変えたんだろう。


「なんだってこの写真から選ぶんだよ!お前の学友紹介しろ!!」


「絶対やだよ!」


なんだよ、それ。


「やる気ないだろ!おまえ!」


「やる気あるから、実現可能なラインを真剣に選んでるでしょ?」


おいおい勘弁してくれ。


「俺にだって選ぶ権利あるだろ」


「選んで彼女作れるの?」


いや、そんな妥協で選んだ彼女なんかいらんし。


「で、どの子なら良いの?」


「ど、どの子って」


どうしよう。学友をそんな目で見たことがない俺は困惑しながら写真を見た。


うー。うーん。

何とか絞り出して見る。


「この子とか」


俺のチョイスに彼女は眉を歪めながら呟いた。


「…なんで一番可愛い子選ぶかなぁ…」


普通じゃない!?普通選ぶでしょ!

おうよ!俺はどうせ、面喰いじゃぁ!!


「見込みゼロだけど、玉砕してみようか」


「へ?」


「告白しなさい!」


ま、まじで!?

いや、まぁ、付き合えるならそうやぶかさでもないけれどもぉ。




◇◇◇◇◇





学校のキャンパスで呼び出した一人の美少女を前に俺は言った。


「じ、実は前から貴方の事が好きでした!」


「へ…?」


クラスで一番の美人である友継 美樹香さんが一人になった時を見計らって俺は生涯初の告白をした。


愛の告白って本当にするんだなぁ。おい。


もう何言ってんのか訳分かんない。


「ごめんなさい」


「はい、すいませんでした!」


おわった。

早っ。


俺は気恥ずかしさからさっさとその場を離れた。


なんだよ!この罰ゲーム!??


物影からこちらの様子を窺っていた彌優希は愕然とした顔で呟いた。


「ダメでした!」


「…もう少し粘ろうよ。ユッキー」


「いっぱいいっぱいなんだよ!!」


「じゃ、次ね」


いやぁああ。





◇◇◇◇◇






「しくしく。もう学校いけない…」


「まさか、ここまで駄目とは…」


その後、十連敗。

さすがにおかしな数の逆撃墜マーク数に頭がおかしくなる。

ちなみに最後の一人は隣のねぇさんでした。


姉さんには笑いながら「罰ゲームには付き合わないからねー」と言われました。

まさかの罰ゲーム扱いですよ。


俺の人生って一体なんなのだろうか?


「もう誰でも良いじゃない。だれか居ないの!?」


「なんだよ!誰でもよくねぇよ!俺の彼女だぞ!ぜんぜん良くねぇよ!」


「とにかく、ギリギリまで付き合うから見つけようよ」


「なんで?」


「要らないの?彼女?」


「いやー、まぁ、ほしいけども。じゃなくてどうしてこんなに付き合うんだ?」


良く分かんないな。


「それは…」


口籠る彼女。


正直、彼女が何を考えているか分からない。


もしかして、未だに俺に万が一にも気があるのかもとも思った。

ただ、それなら恋人探すとか言う理由は可笑しいし、結構真剣に探している気がする。


だから色々と吟味して考えた末に同情心からなんとなくという結論に至ったものの、やはり。


やはり、何かおかしい。

何を企んでいるんだ?


だからだろうか。俺は言ってしまった。

言ってしまったのだ。


「どうしてもって言うならさぁ。あのさぁ」


「なに?」


俺はその言葉を口にした。




「お前じゃ駄目なの?」




努めて軽い口調でそう言った。


これは、その、本気とか。

そう言う訳では無くて。

そう、ただの確認だ。


そのつもりだった。


「私の事はダメなんでしょ」


「…あの頃の俺じゃないし」


あの頃みたいに悲観的な俺じゃなくなったよ。

ただたぶん、あの頃みたいにキラキラしてる俺でももう無いけど。


ただ、ただズルイ人間になったんだな。

俺は。


彼女は。

何故か大粒の涙を浮かべていた。


「やっぱりユッキーは最低だね」


「そうかな」


なんで泣いているんだろう。

なんで。

そんなに悲しい顔なんだよ。

君は。



「 大 っ 嫌 い !!」




そう言って彼女は去っていた。


そして、もう二度と俺のアパートに顔を出さなかった。




◇◇◇◇◇





「先輩、ネネっちに告白したってマジっすか」


「…なんで知ってるんだ?」


「ネネっち言いふらしてますよ」


愛北ネネは同じバイトの後輩の女子だ。

結構可愛いが愛想は良くない。


何故か良く俺を睨んでる子である。


一番逝けそうだと思ってトライしたら轟沈だったけどな。


「先輩まじぱねぇっす、普通、こういうのってバイトにししょーあるじゃないですか。めっちゃ面の皮厚いっすね」


何にも褒めてねぇなぁ。


「なんとでも言うが良い」


今の俺は孤高のサンドバッグだぜ。


「ところで愛しのネネっちがまたレジ列で困ってますよ」


「俺は顔合わせづらいからお前行けよ」


「いやっすよ。つかめっちゃ先輩見てますよ。ありゃ「愛しのネネちゃんが大変なんだから早くヘルプに入りなさいよ。この駄男」って感じの感じですねぇ」


悪いが背中に目は無いから知らん。

なんだよ。あの小娘は俺をパシリにでも出来ると思ってるのか?


「点数稼ぎしないっすっか?」


「超絶赤点だからな。もう悪あがきはしないのさ」


「恋の留年確定じゃないっすっか。まぁ、先輩本気じゃなかったすね!知ってた!」


「お前が逝けよ。ファイトだ」


「やぁ、自分はあーいう性格ブリっ子は嫌っす」


おい。

マジかよ。すげぇなこいつ。


「レジお願いしまーす」


「先輩、急にカップメン補充したくなったっす」


「俺はせんべいだ」


俺たちはそう言ってそそくさと自分の仕事に戻った。




◇◇◇◇◇





バイトが終わって俺は家に漸く辿り着いた。


すると自分の部屋の前にまた張り紙がしてあった。


《ちょっとお話があるからお姉さんの部屋まで来るように》


なんだ?一体?


俺は首を傾げながら隣の部屋をノックした。

しばらくして扉が開いた。


「よう、若人。彼女最近見かけないけど、体調どうなの?」


「体調?」


「ん?やぁ、なんならお見舞い行こうかと思ってさぁ。少しだけど話した仲だしねぇ」


「何の話ですか?」


「あれ?彼女、自分で話すって言ってたよね?言った?」


「何がですか?」


「あちゃー、何?マジで何も聞かないで別れちゃったの?かわいそー」


「え、ですから何が」


すると、姐さんはあっさりと俺に告げた。

真実を突き付けた。



「あの子、癌だよ。それもたぶん末期くさいかなー」



その言葉に俺は一瞬、訳が分からなくなった。


何を。


何が?


「うそだろ」


「姉さん、正看だからわかっちゃったんだよねー。あの子が君の部屋の前で倒れてたあの日さぁ。見たらもう倒れてるから貧血?糖尿病?何か分からなかったからあの子の手荷物の中見たんだよねー。もう凄い薬の量でさぁ」


「でも、そんなそぶり、一度も」


「最初、君が気づかなくてショック受けてたよね?そうだよね。あの髪もウェッグみたいだし」


そんな、そんなこと。

なんで。嘘だろ。ありえない!


「あの子は残り少ない時間で君に逢いに来たんだよ。最後のお別れにね」


そう言えば、あいつ、ぎりぎりまで付き合うって。

どういうことだよ。


「ほら、ちゃんとお別れしてきなよ。少年」


ろくに返事もしないで俺は駆けだした。


あいつが居なくなるなんていやだ。


ふざけんな。


一分一秒がもう残り少ないのなら。

あいつがもう居なくなるのなら。


俺に何ができるんだよ!!





◇◇◇◇◇





久しぶりに帰ってきた生まれ故郷の町。

たった半年程度なのに妙に他人行儀になってしまった気がする。


俺はややうろ覚えな彼女の家になんとか辿り着いた。


見慣れた綾辻の改札を見てなぜだか凄く緊張した。


あいつが出てきたらなんて言おうか。

咽喉がひりひりする。


家は明かりがついていなかった。

もう午後の8時を回っている。


失礼とは思いつつ、チャイムを鳴らした。


誰もいない。


何度も、何度も呼び鈴を鳴らした。


もう誰もいないのかよ。


みんないなくなったのか?


俺は間に合わなかった。


俺は馬鹿でとんまで阿呆でどうしようも無い奴だ。


呆然と立ち尽くす。


少しだけ、頭が冷えてきた。

飛び出してきてしまったけれど、あいつはなんで俺に会いに来たのだろう。


どんな気持ちで俺に彼女?


彼女なんてどういうつもりで…。


探す?理由はなんだよ?


分からない。

分からねぇよ。


駄目だ。

俺は頭を抱えながら座り込んでいた。

何もする気になれない。


どれほどの時間、呆然としていただろうか。


家の前にタクシーが止まり、一人の女性が降りてきた。


雪緒ゆきおさん?」


見知った顔の女性だった。

綾辻 宮美さん。

彼女の母親だ。


「彌優希のお母さん」


俺は慌てて立ち上がった。

彼女の母親は少しやつれた様に見えた。


彼女は小さくほほ笑むと言った。


「久しぶりね。あっちの大学はどう?」


「あの、俺」


彌優希に会いたい。

早く会いたい。


「彌優希さんはどこにいるんですか?」


「もう病気の事は知っているの?」


「…やはり病気なんですか」


「娘は何も言わなかったのね。なら、すこしだけお時間を頂いても良いかしら?」


「はい」


そういうと母親は家の中に俺を招いた。


暖かい家だったはずなのに。

すこしだけ寒い感じがする。


俺に席を薦めるとまず洗濯物を片づけたいからしばらく待って欲しいと言った。


彼女は手際良く衣服を洗濯し始めると、俺にコーヒーを持って来てくれた。


「何から話しましょうか」


「病気はなんですか?」


「がんよ」


やっぱりガンなんだ。

姉さんの見立ては正しかった。


「娘はトリプルネイティブの乳がんで病期ステージⅣ。すでにいくつか転移が見られるの」


余命はもって後、半年と告げた。

俺は呆然と下を向いた。


「もう助からないんですか」


「ええ、御免なさい」


ごめんなさい?

なんで。

俺なんかより、何倍も辛いはずの母親からそんな言葉を掛けてもらう資格なんて俺には無いはず。

俺は何も知らず、のうのうと。


のうのうと…どれだけの時間を見過ごしたのだろうか。


疲れた声の深みに俺は震えた。


彼女に諦観を与えるだけの期間が過ぎたのだ。

戦いはもうとっくに終わっていたのだ。


「闘病はいつから」


「もう一年になるわ。あの子はね。もう良く持っている方なのよ」


俺は涙を流していた。

俺はとんでもない馬鹿だ。

俺は本当にどうしようもない奴だ。


今更、出て行ってどうするつもりだ。


「娘は今、病院に入院しているのよ。私は付添いなんだけど、今は着替えを取りに来てて」


「会いたいです。一緒にいっちゃ駄目ですか?」


その為に来たのだ。

今更。

今更でも会いたい。会ってちゃんと話したい。


「娘は貴方に会いにいったのよね。娘は何か言いましたか?」


「…何も」


「そう。娘は一時退院の時に君に会いたいって言って会いに行ったんですよ」


「そう…、…なんですか。俺は知りませんでした…」


あいつの貴重な時間を。


俺は奪ったのか。

あんな無駄な事で。


やる気も無くて、真剣さもないあんな風に。


「明日で良ければ会いに来て下さい。きっと娘は喜ぶと思いますよ」


そう言って彼女は一枚の紙を差し出した。

病院名と住所が書かれた紙を俺は受け取った。


「ありがとうござい…ます…」


「……でも、もうあの子にとっては嬉しいことが善い事なのか分からないけれども」


彼女はそうぽつりと呟いた。




◇◇◇◇◇





国立天楼総合病院。


地元ではもっとも大きい国立病院。

彼女はそこに入院していると聞いた。


俺が訪ねていくと母親が受付まで迎えに来てくれた。


「ここもしばらくすると転院しないと行けないのよね」


「そうなんですか」


「二度目の除去手術が成功して、でも完全に取れた訳じゃないから」


そうなのか。

彼女の戦いはまだ続いている。


命の焔が尽きるその時まで戦い続けるしかないのだろうか。


俺が今更何ができるというのだろう。


今更。


本当に。


「ここです」


部屋に入ると彼女がベッドの上にいた。


こんな状況なのに。

やっぱり彼女は綺麗だった。


美しいと思えた。やっぱり俺にとって一番美しい生き物はこいつなんだな。


病室なのにニットの帽子をかぶった彼女は俺の顔を見るや、むっとした顔をした。


「来たんだ…」


「ああ」


「お母さん、席外してほしい」


「いいわよ」


そう言って彼女の母親は頭を一つ下げると部屋の外に出て行った。

俺はその様子を見送ると彼女の前の椅子に腰を落とした。


「やぁ、元気か」


「最低」


そうだろうな。


「心配したんだよ…」


「嘘吐き。あの人に聞いたんでしょ」


そうだよ。

あの人がいつまでも馬鹿な俺に、愚かしい俺に現実を突き付けたのだ。


感謝しないといけないんだろうな。

しらなければ、もっと後悔しただろう。


「茜さんだっけ、あの人、罰ゲームって言ったよね。そうかなぁ。確かに付き合わせるのは悪いもんね」


あれはそういう意味だったのか。

でも確かにちょっと意地が悪い言い方だな。


罰ゲーム。


「私に対して趣味が悪いって釘を刺したんだね」


どういう意味だろう。

俺は困惑したまま呟いた。


「趣味が悪い?」


どういう意味だろう。


「ユッキーは良いよね。これからいくらでも幸せになれるでしょ」


「そんなこと」


俺はたぶんそんなこと出来ない。

無理だ。


「私、先生に言われたの。ここからは悔いが残らないように生きないとって」


「そっか」


「悔いってなんだろう。後悔ってこと?あの時、ああしていればとか、そこはこうなっていたならもっと変わっていたはずとか。どうなのかな」


「どうって」


彼女は眼を伏せると言った。

俺にその内にあった想いを告げる。


「いろいろ考えて見て、私が一番後悔しているのは君の事だったよ。ユッキーの事だった」


どういう意味なのか。俺は困惑しながら呟いた。


「何でだよ」


「ユッキーが幸せになれば良いと思った。勝手だけど、ユッキーが幸せに生きていけるならそれで良いんじゃないかなって、なぜだか思ったの」


「そんなこと」


意味が分からない。


「勝手だよね。ユッキーは関係ないのに。でも、私は今でも好きだから。君の気持は関係なかったの」


「おれがすき?」


今でも?


あれからもう一年以上がたった。

それだけあれば気持ちなんて変わるだろう。


俺はそう安易に考えていたけど違ったのか?


「そうだよ。ずっとすきだよ。君はもう私なんてどうでも良いかもしれないけど…」


「どうでもよくない!!」


「でも私を振ったのは君でしょ?」


それは。


「俺はお前を幸せに出来ないと思った」


「そっか、私もユッキーを幸せには出来ないよ」


「お、おれは」


頭の中をハンマーで殴られた気分だった。

同じことを考えていたのか?


こいつと俺で、同じ様な事を。

最悪じゃねぇか。されて分かるけどこんな事、最悪以外の何もモノでもない。


悪趣味な罰ゲーム。

その通りだろ。


「だから他の人に幸せにしてもらおうと思ったの」


「そんな事」


根本的に間違っていると思った。


「上手く行かなかったけど。でも良かったのかな。やぱっり好きな人が他の人に取られちゃうのは辛いもんね」


「…」


どういうことだよ。

ほんと、勘弁してくれ。


「ねぇ、ユッキーは私に同情してくれるの?」


「俺は・・・」


「すこしでも同情してくれるなら、ユッキーは幸せになってね」


「彌優希」


「君はいくらでも幸せになれるんだから、幸せになってよ。私の分まで」


そんなこと。もう無理だ。

俺は幸せになんかなれない!


俺は自分の想いを口にした。


「俺もお前の事が好きだ」


口にしてみてはっきりした。

ああくそ、こんな当たり前な事、今更、何を言ってやがるんだ!俺は!!

その言葉に少女は涙を流した。


「だめだよ、いったじゃないか…わたしもう、きみを幸せになんてできない…」


「それでも良い!俺はお前が一番だ!」


「帰ってよ!そんな事、今更じゃない!」


そうだよ!今更だよ!


「俺はここに居たい!」


「しんじられない!わたしのいうことをききなさいよ!」


「言う事なんて聞けないよ!一緒にいたい!」


「どうして!もうしんじゃうんだよ?わたしはだって」


「君と一緒にいた方が良い!」


「同情なんてやめてよ!」


「同情じゃなねぇ!お前が良いんだよ!!」


俺は彼女を抱きしめた。

もうどうなってもいいんだ。


これが最後なら、後悔だってしてるのに。

ただ諦めるなんてもう嫌だ。


「好きだ。彌優希」


「…私も、大好きだよ。雪緒」





◇◇◇◇◇







「私、幸せだな」


彼女を見続けるために俺は学校を休学した。


もう一年ドロップしてる訳だし。

今更、1年が2年になっても関係ないよね。


あとどれくらい一緒に入れるか分からないけど。

最後まで一緒にいることにしたのだ。


「そっか」


俺は彼女の手を握りながら彼女の言葉に耳を傾けていた。


「ユッキーはおバカさんだから今、わりと不幸かもしれないけどね」


「おいおい」


酷い言い様だな。

まぁ、言われても仕方がないぐらいに俺は馬鹿な奴だけど。


「良く言うじゃない。誰かの変わりに自分が死ねるなら幸いみたいな。あれ、私分かちゃったよ」


「どういうことだよ」


「ユッキーが死ぬなら嫌だけど、私ならまぁ、しょうがないかなーって。別に変わった訳じゃないけどね」


「勝手な事言うなよ」


「いやーラッキーでしたよ。ユッキーがいるならひとまず最低限ハッピーみたいな。ほんと。その分はユッキーにはこれから頑張ってもらうということで」


私の分は、か。


「あのなぁ…」


「ユッキーが私と同じなら、そりゃユッキーは辛いだろうけれど」


その言葉に俺は強く手を握った。


「俺は変わりになりたいよ」


どうせ、こんな人生だ。

くそったれで間抜けでどうしようもない愚か者の人生だ。


やれるものならこの命を差し出してくれてやりたい。

そう思うし、そう願う。


「ダメー残念でしたー」


すると彼女は笑顔で言った。


「私、想像したんだけど、ユッキーはこれからね、何でも出来る万能な凄いイケメンになって世界を股に掛けて大冒険するんだよ」


これからって。

どれからだよ。


お前が死んだあとのことなんて。俺には…。


「しねぇよ。まずイケメンじゃないし」


俺の顔はお前の方がよく知ってるだろ。


「それで出会う美少女に片っ端から惚れられてね、もうハーレムなの」


酷い話だ。


「うわー売れなさそうな三文小説だなー」


願望丸出しで可笑しい事になってないか。


「それで世界を救ってスーパーヒーローなの」


「それもう俺じゃないじゃん」


どこに俺的要素があったよ?

それもう俺じゃなくてよくねぇ?


「そうだね。まぁ、まあ、このダメダメな方のユッキーは私のものらしいから」


「趣味悪いな、お前」


駄目な方を選ぶんじゃないよ。


「でもそんな風にユッキーのこれからが幸せになるって思っておくね」


「無理だから」


「私はそう決めて満足して逝くから、君は努力するように」


なんでだよ。

不可能すぎる注文はやめてくれ。


「絶対幸せになってよね。私の分も」





◇◇◇◇◇






冬になって彼女の病状が悪化した。

苦しむ彼女を見ながら、俺は毎日、病院に通った。


俺は何度も好きってあいつに言って。

あいつも俺に何度も好きって返してくれた。


何度も。


何十度も。

何百度も。

何千度も。


もしかすると何万度も。


スキって言葉が擦り切れるぐらいに返しあって。

呼びあって。


結局、何も叶わないまま。


俺とあいつは好き同士のままで最後を迎えた。


恋人にすらなってないよな…。


想いを伝えあっただけで。


想いが重なり合ってなんて無かった。


お互いに殴り付けた様に乱暴に書き合った好きという言葉で黒く染め上げたキャンバスが俺の喪服の色になった。


馬鹿みたいに好きで。

どうしようも無かった恋が終わった。




綾辻あやつじ 彌優希みゆきが死んだ。





自棄に青い空が

暖かい木漏れ日と

穏やかな春風を吹かせたあの日

俺はすべてを喪った。




◇◇◇◇◇







葬式の日。

彼女は火葬されて粉になった。


「骨、あんまり残らなかったねぇ」


「薬の副作用らしいけど」


ろくな骨が残らずに粉になった彼女を見て俺は思った。


あいつ、すげぇ頑張ったんだな。


本当に勝手なことだけど、きっとあいつは俺の為にここまで生きてくれたんだな。


少しでも長く一緒に居たかったのはきっと俺の方で。

あいつは俺が悲しむのが嫌ですこしでも長く居たいと思った俺の為にあの冬を超えたんだ。


「ありがとうしか言えないよな」


俺は馬鹿でわがままなまま、一人になった。


しばらくして。


周囲の雑音みたいな人々が消えて、一人になって漸く。

俺は泣いた。

俺は叫んだ。


「うわぁあああああああああああああああああああああああああ」



真っ暗だ。せかいが。


俺は死んだ。

もう死んだ人間になったのだ。


ああ、なんて糞な世界だ。

糞な人生だ。


糞は俺だ。


グッバイ、俺。


でも。惨めに腐っても俺はゾンビの様にここにいた。


情けない。


―――「絶対幸せになってよね。私の分も」


その言葉が。

死にたくてたまらない俺の心臓を動かした。


鼓動が止むことを許さない。


俺は叫んだ。



「無理なんだよ。無理だよ!!」



お前が居ないのに。幸せになんて。



なれるはずがないじゃんか。



「ちくしょう…しにてぇえ」


でもそれだけは絶対に彼女は赦してくれないから。




――こうして、俺は彼女に嫌われない為だけに、ただ生きることになったのだった。

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