死病2
私の担当は高度な魔法医療術による病気の治療だ。
一通りの魔法を試し終えた私は実験用のマウスを前に酷く困惑していた。
実験の結果が予想外だったのだ。
「どういうことですの?」
単純な時間停止魔法が破壊された。
時間停止状態にある発症したマウスの病状が進行したのだ。
「魔法による根治が出来ないという次元ではありませんですよ。これは」
そして、別のマウス。
こちらの封因魔法による処置を受けたマウスはかろうじて、原型を留めている。
留めているが。
「エゴがむちゃくちゃになっているです・・・?この病はエゴをも壊すのです?」
イド、つまり、物質の破壊は分かるが本来あり得ないはずのエゴ面での破壊が観測されている。
これはいくら何でも異常だ。
これは、本当に病気なのか?
「呪い?もっと魔法的な?いえ、違うです」
魔法ではない。この現象は。
おそらく。
もっと厄介なものだ。
私は直感的にこれの正体に思い至った。
「原因は竜?」
病気と竜。
それが果たして結び付くものなのだろうか?
◇◇◇◇◇
私は定例会議でこの結果を報告をした。
「個体の高位魔法での延命処置に失敗しました」
その言葉にもっとも大きく反応したのはオグズだった。
「まさか。封因魔法でもダメだったのですか?」
彼がそれに期待していても仕方の無いことだ。
封因魔法はこの世界で最強の魔法の一つなのだから。
「そうです。封因連鎖空間内でエゴの破壊が進行しました。封因魔法はあくまで時間遡航を繰り返す魔法です。中でエゴが破壊と再生を繰り返せば、無限に劣化し、エゴが使い物にならなくなるです」
封因魔法。
それはこの世界では一種のジョーカー的な立ち位置にある魔法だ。
運命の三女神。
不変にして不滅たるウルズ・ベルダンディ・スクルドの時間を司るノルン三姉妹の力を借りる大魔法。
今を留め、過去に回帰し、瞬間的に未来の姿に映ろう。
停滞・回帰・加速。
時間停止・回帰再生・時短再生。
限りなくゼロに近い時間を切り取り、それを無限に再現・回帰することによって、竜に代表される魔法破壊の破壊速度をそれを上回る超再生によって、事象を時間結界の檻で押さえ込むのだ。
魔法が破壊され、崩壊し続けても構造を維持し続ける特殊結界魔法。
さらにこれは時間停止による封印効果のみならず魔法式自体も魔法効果で超再生を繰り返す。
三重構造魔法式のすべてが時間回帰の中で自己再生するのだ。
これによって、この魔法の破壊にはすべて魔法式を一度に瞬時に破壊しないければならず、それが出来なければ、魔法効果共々無限に回帰再生を繰り返し続けるループ構造に引きずり込まれる。
封因結界魔法。
これは裏技と言うよりほとんどバグに近い魔法なのだ。
竜は概念核の状態ではラグナの力が大幅に弱まる事から、破壊速度低下状態を維持しながらの封印処置が可能になるのだ。
しかし、破壊状況化の無限ループはあまり良くない。
無限にコピーペーストを繰り返すのだ。
どんなものだろうとこれでは劣化が起こる。
「・・・。魔法に対してここまで優位性があると言うことは」
さすがに彼らも気づくだろう。
私は頷いた。
「ええ、おそらくこの病気は竜由来のものでしょうね」
それが分かったところで意味があるがあるのか。
進展。では一応あるのだろう。
「ひとまず、伝統的な名称を採用して竜熱とでも呼んでおきますか」
竜が絡んでいるのであれば状況の深刻さは更に一番上がったと考えるべきだ。
「厄介ですね」
「そうね」
すると、オグズが思いついた
「対竜魔法といえば、アルティネがあります」
アレは。
通常の魔法と同列に並べるの正しいか迷うような魔法だ。
それこそ、封因魔法以上の特質的な魔法だ。
「ええ、ですが、アルティネは指定対象を完全破壊する魔法です。病原菌の特定が出来なければ、これを使用しての治療行為など」
私の危惧に合わせる形でカドラが口を開いた。
「そもそも論としてアルティネの使い手は現状、ユノウス社長とユキアさまの二人に限られます。これでは使えないのも同じですよ」
「それは・・・そうだな」
オグズが困り顔でそう呟いた。
単騎での撃退が可能という意味で対竜の最終兵器たる二人を患者の治療目的で拘束する事は出来ないだろう。
もっとも、現状、その治療も出来る確証はないが。
「やはり、病原体を発見しないことには手が付けられませんね」
「そういうことですな」
すると、研究員の一人。
医療補佐官のカドラ・サースが手を挙げた。
「どうしました」
「本題のその前に私のアプローチはご存じでしたかな?」
「ええ、周辺住民への入念な聞き込み調査ですね」
「そうです。これを」
そういって男はホワイトボードにエンテイ国の地図を張り付けると更にその上にメモ紙を何枚も張り始めた。
「これは」
「病気の発生と死亡した住民の推定的な行動範囲です」
それを眺めて私は気づいた。
「何点かに集約される?」
明らかにそう見えた。
「ええ、病源と思われる竜はここのいずれかに居るのでは?」
「いずれかに?病巣の竜は複数いると?」
「それか移動しているかですね」
私はボード上の地図にペンを走らせた。
「ほぅ」
「私はここにいる全患者の一ヶ月分の記憶探知を行いましたので」
「でしたね。補完ありがとうございます」
やはり集約される。
しかし。これは。
「あ、あの移動していませんか?」
レスターの不安そうな声に私は頷いた。
「していますね」
我々のキャンプの方へ。
「どうやら人の気配に向かって移動をしているようですね」
地図上の点の動きから見て、どうやらそう言うことらしい。
「ですが、移動速度はそう早くありませんね」
すると、オグズが叫んだ。
「竜滅部隊に連絡を!」
いささか冷静さを欠いた彼の態度を私は窘めた。
「もちろん、報告はあげますが現状で彼らを動かすのは多少危険かも知れませんね」
「何を悠長な!!」
「それこそ事を荒立てれば、大混乱です。この速度ならあと一ヶ月は大丈夫ですよ」
「それは、しかし」
私は目を細めた。
確かに竜が来るとなれば、もう猶予はあまりない。
移動に1週間をかけるなら。
「リミットを3週間に設けます」
それで終息出来なければ、この場所は竜と患者ごと封因処置される。
つまり、私たちの敗北だ。
◇◇◇◇◇
次の日。
その日、私はあの少女たち隔離患者の元を訪れていた。
兵士たち数名を引き連れて私は彼女を検診した。
彼女たちの経過観察も貴重な資料になる。
「体調はどうですか?」
「へーきだよ」
少女の名前はサリエ。
今のところ、少女は至って健康そうに見える。
私は検査結果を見つめた。すべての項目に異常なし。
なんなのだろう・・・。
やはり、これは病気ではないのか?
竜の呪いだとすれば、こんな方法では無意味だ。
それでもこんな方法を続けて行くしかない。
「パパとママは元気かな」
少女の呟きに私は答えた。
「ええ、元気ですよ」
彼女の両親は酷くやつれて荒れている様だ。
それでも健康ではあるだろう。
この少女の両親は善人なのだ。間違いなく。
そして、余りに普通の人間だった。
それだけだ。
「ほんと?良かったぁ」
少女は大きな椅子の上で足をぶらぶらさせている。
「せんせい、わたし、びょうきなの?」
「・・・そうです」
どうしてだろうか。
そう告げるのは私でも躊躇われた。
私自身がまるでそう告げられているかの様に感じる。
「びょうきだから、パパやママはわたしのこと。きらいになっちゃったのかな?」
それは違う。と思う。
たぶん。
それを証明することは難しい。
「貴方のパパもママもサリエが好きですよ」
痛いほどにその気持ちは分かる。
いや、私の分かるなんて、だた分かった気でいるだけだ。
だから、本当はきっと分かってない。
何も分かっちゃいないんだ。
私は。
「そうかな。またあえるかな?」
私は笑って言った。
「ええ、きっと」
すると、彼女も笑って呟いた。
「うん、それじゃ。わたしもびょうきなおるようにがんばるよ」
「ええ、がんばりましょうです。一緒に」
「ありがとう」
◇◇◇◇◇
「せんせぇ」
「なにです、サリエ?」
「せんせぇがわたしのびょうきなおしてくれるでしょ?」
「ええ、そのつもりですよ」
少女の笑顔が突き刺さる。
別に彼女はそんな言葉で私を責めて居るわけでは無いだろう。
私はとんだ詐欺師だな。
記憶を辿った情報によれば、彼女の命のリミットは最大で2週間だ。
それまでに何が出来るのか。
なにも出来ないのか。
日々が過ぎていく。
「先生、助けてくれよ!死にたくないんだ!!」
救えない患者が死んでいくのを私は看取った。
「全力を尽くします」
「たのむ!たのむ!」
縋る彼らに私は頷くしか出来なかった。
ほとんどの人間が人生を悲観し、苦しんでいる。
彼らと向かい合うことで得られるのは苦悩ばかりだ。
新しい何かは掴めない。
既にあれから1週間が過ぎた。
残り14日。
何かが解決に向かうような予感はまったく無かった。
◇◇◇◇◇
私は既に何十度目かになったマウスの死体を診た。
何が死体を発酵させているのか?
何故、病気は伝染するのか?
何も分からない。何も得られない。
焦燥に胸が焼けた。
もう時間がないのだ。
わたしは。
どうしてこんなに無力なのだ。
「シャワーを浴びたいですの」
私は死体を適切に処理すると実験動物たちのケージの施錠を確認して、研究棟の中で空間を完全に隔離している宿舎に入っていく。
消毒液の中をくぐって隔離宿舎に入っていく。
この中でだけ対B装備を外すことが出来る。
この密着スーツはさすがにユノウス軍の開発したものだけに息苦しさや蒸れはほとんどない。
それでも窮屈な装備は精神的な負担になる。
私は自分に割り当てられた部屋に付くとシャワーを浴びた。
ああ、こんな生活がいつまで続くのか。
私は部屋着で食堂に歩いて行った。
軽食をすませる為に冷蔵庫に近づく。
「ちゅ、ちゅ」
え?
何?
いま、何か、鳴き声が聞こえた?
私は一つの最悪の想像に付き動かれながらも確かめる為に声の方に向かった。
まさか。そんな馬鹿な。
「ちゅ、ちゅ」
食器棚の裏の隙間に光る瞳が見えた。
そんな声の主を私は黙認した。
ネズミだ。
それもバイオハザード区別様に品種改良された黄色のネズミ。
実験用モルモット。
「うそ」
「ちゅ、ちゅ」
彼は何かを口にくわえていた。
黄色の肉片。
ネズミの背中越しに腐ったネズミの姿が見えた。
私は目を押さえた。
ほぼ、同時に何が起こったのか理解するより先に魔法を唱えた。
―――封因結界!!!
自分ごとフロアを外部から一端、閉鎖する。
この区画はもう終わりだ。
私の手が生きた方のネズミを掴んだ。
「ちゅ!?」
「誰に感染させたかを見せなさい!!」
やれやれ。
私もどうやら終わりの様だな。
呆れるほどに馬鹿な私自身を呪いながら呟いた。
「どうして私はこう不出来なのでしょうね!まったく!!」
◇◇◇◇◇
「どうしてこんな事に!!!」
怒りをぶちまけるオグズ。
彼は対B装備の重たいグローブ越しに机を叩いた。
隔離棟で起こった事故。
原因はレスター女史の研究用のネズミがケージから逃げ出したことだった。
記憶を辿ったところ、彼らはレスター女史の使用の所持品袋に紛れて隔離部分に進入したようだ。
隔離棟は汚染された。
この中でネズミが感染源になる発酵状態に移行してから、かなりの近距離へ近づいたのは私とレスターの二人だけだった。
これを幸いと思うかは微妙だった。
「私も感染したかもしれない!!」
「その可能性はそう高くないですよ」
「何を!」
「私は間違いなく感染したでしょうけれど」
つっ、と、オグズが黙った。
私はもうスーツを来ていない。
どこに行くのも何も着なくて良い。
ある意味、気が楽なものである。
「ごめんなさい!!ゆるしてください!!」
「レスター」
罪の意識に苦しみ、震える彼女にオグズは激しい言葉を突きつけた。
「ああ??謝って済まされる問題か!?こんなことになって!許されると!?許すと!?」
口論は無意味だ。
「オグズ。お前が彼女を許さないと思う気持ちは分かりますが無意味ですよ」
「意味?意味なんてどうでもいいんだ!俺はこのくそ女をなじって!」
その罵詈暴言に私は強い口調で叱った。
「オグズ。いい加減にしなさい!医者たるものがそんな態度でどうするのです!!」
オグズは私を信じ難い様な顔で見た。
「く、お前はどうして!そんな余裕なのだ!!」
「余裕なんてありませんです」
「このままでは無駄死にだ!」
誰が。
無駄死だ。
「馬鹿にしないでください。無駄に死ぬ者などこの世には居ないのですよ」
「だが!これでは!!」
私は淡々と呟いた。
「オグズ。これは命の順番なのです」
「命の順番だと?」
そうだ。
医者であろうが人間は等しく覚悟しなければならない。
生きているという事はいずれ死ぬと言うことを。
「人は誰だっていつかは死ぬのです。早いか遅いか。そんなことだけが違うのです。医者であれば分かるはずです。分かり切った事なのです」
本当は私だってそれほどに割り切ってはいない。
ただ、惨めに騒ぐのは嫌なのだ。
兄の妹として。
それが私の矜持だ。
「まだ時間はある。解決を目指すべきだ」
その冷静なカドラの言葉に漸くオグズは引き下がった。
この場で冷静なのはこの初老の男と私だけか。
「その通りです」
もう余り時間は無い。
だったら、最後まで足掻いてやる。
「この一週間で死んだ感染者は5人。新たに発見された者が20人か」
「数としてはそう多くはないです」
予想外だ。死者がこれほど積もったにも関わらず。
病気に何ら有効な対処が取れていないのも関わらずに死者はそう増えていない。
「感染力が弱いんだ。やはり竜の周囲での感染がもっとも主たる感染なのだろう」
それもあるが。
一方で別の事実もあった。
「この国境まで流入する難民が減りましたね」
「ああ、日に100人も来ない」
これがどういうことなのか。
「死体が感染源なら土葬の習慣があるこの国の大半が既に死亡しているかも知れないです」
死体を直接扱う土葬では被害者が増える公算が高い。
土に埋めたぐらいではこの病気の繁殖を防げない。
「それもあるが、少数の民族集落が乱立しているのがこの国の実体だからな。情報があまり伝わっていないのだろう」
ここに逃げ込むぐらいに情報に触れられる人間はそろそろ打ち止めなのかもしれない。
正確な死者がどれほどに及ぶのか分からないが。
国が一つ潰れたかも知れない。
「集落は一人でも感染者が出れば対処はきっと難しいでしょうけど、一人も外部と接触者が出ていないならば、おそらく持ちますね」
「ええ、おそらく」
希望的観測に過ぎないが人員的にも装備的にもエンテイ国内にまで軍を派遣する余裕は無い。
救助の目処も立っていないのだ。
さすがの聖団でも彼らを抱え込む余裕は無いだろう。
「あと6日です」
「期限を延長する気は?」
カドラの言葉に首を振った。
「ありません。感染性の低い住民を移行するにも時間がかかります。十分な準備にはかかるならそれが期限です」
そうなれば、私も患者さんと一緒に封因処置という事だ。
「訳が分からない」
オグズがそう呟いた。
私もそう思う。
「あと6日ということなら、どうでしょう。私は一度、直接竜の存在を見て置きたいのですが」
軍の一部を未だに存在が確認されない竜の観測に派遣するのか。
カドラの提案にオグズが首を振った。
「それはリスクが高すぎるだろ」
「今のまま封印処置をするより良いでしょう。このような竜がこれで打ち止めとは限らないのですよ?」
もっともな意見だ。
これが魔団の生物兵器なら正体不明のままで封印するのはよろしくない。
「カドラ、良いのですか?」
「はい、是非」
「わかりました。お願いします」
◇◇◇◇◇
私は研究設備を外に移した。
場所は感染者隔離をしているキャンプ地だ。
そこに木で出来たログハウスを置いた。
このログハウスはコンテナハウスだ。
木組みを工場で作ったものをアイテムボックスで運んで来たものである。
中には居住スペースと研究用のスペースがわずかにある。
負け犬の城だな。
「せんせぇ」
ぱたぱたと足音を立てて子供が近づいてくる。
サリエだ。
他の人間とは微妙な距離感があるがこのサリエとは仲が良い。
仕方ないだろう。
なんせ、私が死の宣告をしたのだから。
私は少女の頭を撫でる。
「今日もご飯を集りに来たです?」
「せんせぇのごはんおいしいよ♪」
私は苦笑いを浮かべて、部屋に近づいた。
さて、軽く昼食でも作るかな。
私が自分の家に近づくと人の気配を感じた。
来客か?
一体誰が。
「おう、元気か」
はぁ?
え??
「に、に」
「やぁ、君はサリエちゃん?」
「そうだよー。おにいさんは?」
少女を撫でる彼は。
そう。
私は思わず叫んだ。
「にいさま!!どうしてここに!?」
「なんだよ。僕が来てはいけなかったかい?」
当たり前だ!!
来て良いわけが無い。いや、それ以前に。
兄は普通の格好だった。
普段着のゆったりとしたローブ姿。
つまり、防護服を着ていない。
「対B装備は!?」
兄は装備をまったく身に着けていなかった。
「おいおい、妹に会いに行くのにそんな無粋なものを身に着ける奴がいるか?」
そう言って彼は私に近づいてくる。
そして私の頭に手を押いた。
そのまま、いつものようで撫でる。
「頑張ったな。ユフィ」
その言葉に私は。
「う、うぅ!」
ああ、なんで兄は。こんな。
そんな私は色々な想いが言葉にならず、ただ俯いた。
「どうしたんだ?」
「にいさまは!この世界に必要な方なんです!なんでこんな事を!!」
感動に、嬉しさに、それでも、口を突いて出たのはそんな言葉だった。
失えない。
この世界には兄が必要だ。
兄を失う事はこの世界で生きようと、生きていたいと願う全ての人の損失である。
誰かに馬鹿にされても構わない。
私は本気でそう思っている。
「僕は、僕だよ。ユフィ」
「それは」
それでも。
彼はもう私の兄であるより、救世主であるべきなのだ。
この世界を守る人であるべきなんだ。
「好きな様に生きてるだけだ。あまりつまらない役目を押しつけないでくれよ」
「どういう意味ですか?」
「妹を見捨てるようなつまらない兄の役目さ」
世界に比べてとか、私にはそんな価値は無い。
「心配するな。この竜の毒ならば、たぶん僕の魂には効かない」
「え?」
兄は頭を掻きながら困った顔で呟いた。
「どうもそういう物らしい。僕も全てを理解している訳ではないけど」
「にいさま」
兄は真剣な顔で言った。
「ユフィ。僕もこっちに参加する。多少なら時間を作った」
多少というのはどれくらいか分からないが、兄が来てくれたのだ。
望みうる中で最高の援軍ではある。
しかし。
「どうして・・・」
私は来て欲しくなかったと言うのが本音だった。
兄の能力を疑うつもりは無いが。
「この病気は捨て置けない。ここで処置しよう」
「どうするのですか?」
「今まで通りだ。正直、医療技術に関しては僕よりユフィの方が上だろ。僕はサポートに回るから、まずは病原菌を発見しないとな」
「ですが、今まで通りでは、いままで見つかっていないのです」
「そう思ってこれを用意した。サモン」
そう言って兄は召喚魔法を使う。
呼び出したのは研究機器?
「これは?」
「完全機械式の研究機材だ。魔法を使わないね」
なるほど。
確かに魔法によらない検査方法はあった方が良い。
「ひとまず、感染マウスを一匹用意してくれ」
「分かりましたが、さすがに感染マウスを触る時には対Bスーツを着用してください」
「わかったよ」
兄はそう言って苦笑した。
◇◇◇◇◇
兄は魔法陣の中を眺めた。
魔法陣の中でマウスは死んでいた。
しかし、病死ではない。
これは、老衰?
「兄さま?」
「ああ、時間加速の魔法陣だ」
魔法陣の中の時間を超加速させたらしい。
「やはり、時間加速の影響は無いな」
「ええ、無いみたいですね」
魔法の影響が無いなら時間加速では進行が進まない?
そう言うことだろう。
「早速、ここに魔法陣を張ろう」
「え?あ、ここにですか?」
「そうだ。研究の時間が稼げるだろ」
それはそうかも知れないが。
「分かったです」
私は兄の指示に従って木の家の中に魔法用の特殊インクを使い、魔法陣を張り巡らせていく。
兄が魔法陣を起動した。
「さし当たって10倍速だ」
「10倍・・・」
単純に1日が10日になった。
リミットが延びた事はありがたい。
「兄さまが取れた日数は何日だったんですか?」
「実は丸1日だ。でも、これで後9日分ぐらいはいけるな」
兄は頬を掻きながらそう言った。
たった一日。それでも、十分なの。
時期が悪すぎるのだ。
聖団が魔団との最終対決を進めている。
魔団を守る方陣の切り崩し工作が着々と進んでいる。
「魔団の本拠攻めはもう間もなくですか?」
「ああ、もうすぐ全面戦争だろうな」
淡々と語る兄に私は言葉に詰まる。
兄にとっては望まない結果だろう。
ふと、気づく。
兄と約十日間も缶詰??
ふたりきり?
「どうした」
「な、ななんでも無いです」
「?」
ここから出れないとなればお風呂の心配もある。
とにかく、定期的にリフレッシュを使おう。
すると。
「ねぇねぇ、ご飯まだ?」
そんな暢気な声が聞こえて来た。
「って!サリエちゃんいたのです!?」
「え??ごはん??」
当然の様にご飯を期待していたであろうサリエはびっくりした顔をした。
「え、だって・・・」
思わず兄の反応を見る。
兄は笑っていた。
「さて、ご飯にするか」
「うん!」
◇◇◇◇◇
「さてここまで分かっていることを整理しようか」
兄の提案に私は頷いた。
「はい」
「まず、この病気には魔法が効かない」
「はい」
「次に感染性が低い」
「はい」
「病原菌が見つからない」
「はい」
「致死率が異常に高い」
「はい」
兄はふむ、と小さく呟くと呟く。
「推察はあまり好きじゃ無いけどね。この点から予想するに
1 竜を用いた魔団の生物兵器である。
2 1かつ調整不足。
3 菌はおそらく正常な肉体を構成する何かに擬態している」
「擬態ですか」
「そうだ。あくまで予想だが、周囲の構造体を自動でコピーし肉体に紛れ込む」
「どうやってそれを見つけましょうか」
「うーん、そうだなぁ」
ん?
魔法が効かない?
それなら、もしかすると。
「にいさま。完全消去をマウスに使ってみてください」
私の意図に気づいた兄が頷いた。
「なるほど。魔法が効かないのなら完全消去でも破壊できないはずだな」
「はい、ただ、この方法は以前にも試した事はあるのです。ですがそのときは魔法による修正機能が付いた魔法レンズを使った顕微鏡でしたので。完全機械式のレンズで在れば今回は違う結果が得られるかもしれません」
「破壊の様子を全て観察しよう。魔法もだが、破壊に反応して変化してしまうかも知れない」
「はい」
今は兄が用意した機械式の顕微鏡がある。
それに賭けてみるのだ。
兄がマウスに魔法を掛ける。
私はその様子を顕微鏡で観察した。
そして。
「あ」
「どうした?」
残った。残っていた。
それは一瞬だけその場に留まってから消えた。
私は言葉を無くす。
こんなに一瞬で消去されていたのか?
「何が見えた」
「赤血球だと思います。ええ、擬態対象は生物の血液です!にいさま」
ようやく。
ようやく見つけた!
「そうか!なら、どうしたものかな」
兄は思案しながら呟いた。
「魔法で血液を増やして輸血しながら全ての血液を入れ替える?いや、現実的じゃないな」
体中の血液を末端に至るまで全て洗うなんて不可能だろう。
「そうですね」
「なら」
兄は別のマウスに向かって魔法式を展開した。
あまりにも緻密で完璧な魔法式に私は困惑した。
この式は。
「今の魔法式はアルティネですね」
「そうだ。魔法を使って、マウスの全身を魔法的な意味で色付けし、反応しない空間のみを識別してアルティネで消滅させた」
聞いてぎょっとした。
極めて高度な魔法だ。
兄はこれほどの魔法をさらっと作り出した様だが、こんな魔法は兄以外には扱えないだろう。
兄はアルティネを使ったマウスに向かって言った。
「このマウスに完全消去を試みる」
「分かりました。その様子を観察ですね」
顕微鏡でマウスの完全消去の様子を観察する。
結果は。
私はその結果に震えた。
「何も残りません!」
「良し!」
ついに。
漸く。
この病気の消去に成功したのだ。
かなりの力業だが間違いなく。
問題は山積みだがひとまず。
助かった。
私はその場で座り込み、思わずほっとして呟く。
「さすがです」
「僕はユフィを手伝っただけだよ。よく頑張ったな!ユフィ」
そう言って兄は私の頭をまた撫でた。
照れくさいが嬉しい。
本当に良かった。
「うぅ・・・」
何故だろうか。涙が溢れて来た。
「ユフィ?」
たくさんの人に嘘を吐いた。
たくさんの人を見捨てた。
悔しくて。
辛くて。
自分の無力さが恨めしかった。
「がんばったな」
心には後悔ばかりだ。
もっと巧く、もっと出来たら。
死ななかった人たちが大勢いる。
こんな風に簡単に人を死なせてしまうことは初めてだった。
「本当にユフィは頑張れたのでしょうか?」
「ああ、十ニ分だよ」
「ほんとうに?」
私は。
兄に認めて欲しかった訳でもなく。
兄に許して欲しかった訳でもなく。
兄に支えて欲しかった訳でもなく。
ただ言い訳が欲しかった。
惨めな自分の性根に添える馬鹿げた理由が欲しかった。
結局、何も出来ずに傷ついただけで馬鹿な自分を正当化できる理由がほしかった。
「だが、本当に頑張るはこれからだ」
「にいさま・・・?」
「お前の仕事はここからだろ。ユフィリア。まだ下を向いちゃいけない。前を向け。お前の患者が待っているぞ」
「私は」
「やるべき事が残っているだろ」
頑張ったねって言葉は言う程に何も認めていなくて。
頑張れって言葉は言う程に誰にも優しくなくて。
それは不満は無くても不足を示す言葉だ。
そうだ。
私はまだ歯を食いしばって戦わないといけない。
「頑張ります、です」
「よし」
兄は大きく頷くとまた頭を撫でた。
「せんせい、晩ご飯」
またサリエがこの部屋に入って来た。
というか、この子は帰らないのだろうか?
まぁ、家族を離れて寂しいのだろうけど。
サリエは涙を流している私を見て不思議そうに首を傾げた。
「せんせい?どこか痛いの?」
心が痛かったかも知れない。
でも大丈夫だ。
さすが、兄だ。
今、私に必要な言葉は言い訳では無く。
前に進む為の言葉だ。
「平気ですよ」
「それじゃ、あいつを呼ぶか」
「あいつ?」
そういうや、兄は魔法式を起動した。
この魔法式は始めて見る。
この式の流れから見て祝福の力を使う魔法の様だ。
神級魔法?
破壊系で無いなら。降臨系?
―――― 喚応
魔法が発動する。
光が生まれ、そして消えると。
下着姿のユキアさんが其処には居た。
「な、な」
あ。
この反応はこの前、兄を見た私と同じだ。
妙な親近感を感じる。
もっとも当のユキアさんはそれどころじゃないだろうけど。
「どうだ。これが祝福による接続を利用したオリジナルの神様召喚魔法だ!」
「さすがです。にいさま」
まさか、神級で召喚魔法とは普通考えないだろう。
コスト度外視というか。
趣味魔法だなぁ。
「てめぇ!私はお前の使役する神様じゃねーぞ!!」
そう叫ぶユキアを見てサリエがびっくり顔で呟いた。
「お姉ちゃん、ちじょ?」
「おう、お嬢ちゃん。良い言葉知ってるな。次言ったら殺す!」
「子供に向かって、何を言ってるです!!!服を来てください!!」
「それを私に言うなぁ!!!てめぇ!!」
「はいはい、見てない。見てない」
そう言いながらユノウスがどこから取り出したのか女性物の服を手渡す。
「まじまじと見ながら言うな!ぎゃぁああ!!!」
騒々しいユキアさんが服を着る。
その頬はまだ若干紅い。
意外だ。
この人にも羞恥心があったのか。
しかし、兄はユキアさんを何故、喚んだのだろう?
「あの兄様。どうして、ユキアさんを喚んだのですか?」
「ん?ああ、お前にアルティネを授ける為だよ」
え?
兄のその言葉に私は困惑した。
兄はまさか本気なのだろうか?
アルティネは概念を破壊しうる魔法だ。
世界の因果を破壊してしまうかも知れない禁断魔法。
使い手は兄とこのユキアさんしかいない。
「正気ですの?」
兄の正気を疑うなんてあってはいけない事かも知れないが聞かざるを得ない程度にとんでもない事だった。
「ユフィならコントロール出来るだろ」
その全幅の信頼に身が強ばる。
私は少なくとも(私が知る魔法使いの中では)、兄に次ぐ魔法式制御能力を有している。
しかし、兄ですら完成する事が叶わないアルティネの制御が果たして、私程度に出来るだろうか。
暴走が許されない魔法だけに怖い。
「あと8日。残りの時間で制御法を叩き込む」
その兄の真剣な言葉に私は息を飲んだ。
本気なんだ。
「待て!まさか、わ、わたしがこいつとキスするのか!?」
そう言って顔をまた真っ赤にさせるユキアさん。
ええ?そういう反応なんだ。
「良いじゃん。お前、ちょっと百合っぽいし」
「んな訳あるか!!誰がゆりだぁ!??」
「必要だろ。誰かがこの病気を直さないといけない」
「おい!説明も無しに何を言っているんだ!?」
まったくだ。
ユキアさんには何も伝えていない。
「良し!僕の記憶をくれてやろう。受け取りやがれ」
「嫌だー!!」
本気で嫌がっているユキアさんに私はおおよそざっくりとした説明をする。
説明を聞いた彼女は溜息を混じりに言った。
「魔団め。またとんでもない兵器を持ち出して来たな・・・」
「ああ、ただ謎も多いな。なぜこの国なんだろう?」
ユキアさんは嫌そうに呟いた。
「制御出来てないんだろ。この国には大昔、前王の時代に魔団と関わりがあったはずだ」
「人工進化竜はネザードの研究だったな。制御不能に陥ってここに封印していたと言ったところかな」
そんなところだろう。
私が思案顔でいるところにユキアさんがやってきた。
「・・・本当に良いのか?」
「キスですか?」
また赤くなるユキアさん。
「そ、そうじゃない!えーと、魔王神の祝福者になるんだぞ?」
魔王の妹ユフィから魔王ユフィにクラスチェンジと言うわけか。
中々に因果なモノだな。
結局、私は嫌われ者の称号が似合う。
「ええ、お願いします」
覚悟を決めた。
前に進もう。
◇◇◇◇◇
ユキアさんからの祝福は頬に戴いた。
思いの外柔らかい感触だったような。
ユキアさんが帰った後、私は兄から魔法制御の手ほどを受けた。
時間加速の最終日。
兄は私を前にして言った。
「ユフィがサリエの体を治療するんだ」
「私がですか?」
「そうだ」
「分かりました」
そう言いながらも不安でいっぱいになる。
私は奥の部屋で寝ていたサリエを呼んだ。
「どうしたの?せんせぇ?」
彼女は眠たそうに目を擦りながら私の前に座った。
「ふぁあ、せんせぇなに?」
私は彼女に告げた。
「今からサリエちゃんに治療を施すです」
「ちりょう?サリエの病気が直るの?」
「ええ、成功すればお母さんにまた会えるです」
失敗すればどうなるだろうか。
アルティネが暴走すれば、少女のエゴとイドのかなりの部分が完全消去されるかもしれない。
それを蘇生できるだろうか。
概念レベルからの消去だ。
単純な時間回帰や情報蘇生では回復できない。
魔法の効果範囲にある情報そのものが発生軸を中心に過去未来現在からこの世界から消失するのだ。
つまり、回復の手段は無く、少女を元に戻す方法は作り直ししか無い。
少女を構成した概念を元の形に創作し直す必要がある。
そして、そんな魔法は。
無い。
私は自分の手が震えているのを感じた。
兄がやれば、必ず成功させるだろう。
私がやる意味はあるのだろうか。
彼女を、私は・・・救いたい。
「失敗すれば、貴方は消えます」
告げる声が震えるのを押さえるのが精一杯だった。
「せんせぇ。サリエは大丈夫だよ」
「サリエちゃん」
彼女は笑った。
「べつに消えないよ」
この子供に私の言葉は伝わったのだろうか。
サリエは私の前に立つとぺこりと頭を下げた。
「せんせい、直してください。おねがいします」
サリエの言葉に私は小さく頷いた。
「・・・分かりました」
私は魔法式を作り始めた。
複雑な魔法式を少しずつ編み込んでいく。
緻密から極致に至る極限。
世界を終わらせる魔法、アルティネ。
その式は奇々怪々だ。
これほどにおぞましい魔法式も無いだろうにどこまでも美しく気高い。
魔法の極致にして究極に足る式。
これほどの極みでありながら不完全でもある。
式はなった。
ここまでの緻密さだと私にすら全容をつかみ切れない。
不安が手を再び震わせた。
「ユフィ。その式なら大丈夫だ」
その言葉に私は目を見開いた。
「にいさま」
「全て読み取った。問題ないよ」
私は小さく頷いて魔法を起動させた。
世界を滅ぼすなんて嘘の様な優しい光が少女を包んだ。
光が緩やかに流れて消えた。
サリエが目を開けた。
「せんせぇ?終わったの?」
「はい。成功です」
私は震えた。
漸く、私は出来たのだ。
「さすが、僕の妹だ」
その兄の言葉に私は笑顔を返した。
「はい、さすが、にいさまの妹です」
◇◇◇◇◇
忙しすぎる兄は帰ってしまった。
私は残りの患者たちに魔法処置を行った。
重度の者相手でも私の魔法処置は成功し、快方に向かっている。
「竜の因子が血液に入り込み、増殖。ある程度の数が揃ってから突然擬態を解放し、周りの肉を内部から喰漁るようですね」
「重体だった者たちも一命を取り留めましたか」
やや困惑気味のオグズは私の前の席に座ってレポートを見ている。
彼はもう防護服を着ていない。
「やはり数を増やす力は相当に低いのでしょう」
「そのようですね。しかし、お見事です」
私はオグズの素直な賞賛に苦笑しながら言った。
「貴方たちのお陰ですよ。貴方たちの下積みがあって解決に至ったのですから」
「やはり、ユノウス社長は凄いお方です」
おべっか。では無さそうだ。
確かに兄の力添えは重要だったかも知れない。
しかし、頼ってばかりだと本来なら反省すべき点である。
「そうかもしれませんね。其処に追いつくことを目標としましょう」
「はい」
「私が患者を直接見る必要があります。研究報告はレスター嬢に。貴方には再度、現場の指揮をお願いします」
私の言葉に彼は意外そうな顔をした。
「私が現場指揮ですか?」
「そうです。あの時はああ言いましたが、貴方の能力や気質に疑いは無いでしょう」
彼だって、ただ立身出世の為だけにこんな危険を冒して、こんな辺境に来ている訳ではないだろう。
彼にも医師として思うところがあってここにいる。
それは間違いない。
私の言葉に気が抜けた様な顔でカドラは小さく笑った。
「なるほど、さすが社長の妹と言う訳だ」
「貴方こそ、さすが、オグズと唸らせて下さいね」
「分かりました」
キャンプはクライシスを脱し、緊急事態は終息に向かいつつある。
◇◇◇◇◇
次の日。
竜の探索に当たっていたカドラが帰って来た。
彼は慌ただしい様子で私のところまでやってきた。
ただならぬ様子だ。
「どうしましたです?」
「まずはおめでとうございます」
「ありがとう。報告を」
「申し上げます。竜の確認が出来ました。病の正体も判明しました」
?
どういう意味だ?
「竜はここからおおよそ3日の場所にまで近づいています」
「どういうことですか?詳しく説明をして下さい」
「はい。我々が竜に接触したのはおおよそ4日前。発見した竜の等級は3200オーバー。かなり大型です」
「大きいですね。聖団の持つ聖煉の瞳では認識出来なかったのですか?」
聖団には発生した竜を探知する特殊な神遺物がある。
「聖煉の瞳の能力は伝え聞く範囲では竜が世界を喰らう行為を観測するものだと思われます。それではあれを観測することは出来ないでしょう」
「どういう意味ですか?」
「あれの周囲には腐敗し死んだ人間の灰が集まっていました」
「なに?」
「あれは病気では無く、この竜の捕食活動だったのです。死者はその全てを喰らい尽くされ、その全てが竜の因子に乗って竜へと運ばれ、その糧となるおそらくそういう類のものです」
「なるほど」
やっかいな相手には間違いないだろう。
「それにしても?あと3日?」
「予想より大幅に速度が増している!ここ最近でかなりの収穫があったのだろう」
収穫。
つまり、それだけの人間が死んだのか。
あと、たった3日か。
「貴方はオグズに協力してこのキャンプの人間の待避をして下さい」
「はい」
「私はその竜をどうにかしてみます」
「え?あの・・・」
「竜撃隊の実働には時間が掛かりすぎます」
任務の特殊性のせいもあって竜撃隊は少数精鋭だ。
タイミングにもよるが最短で3日はかかる。
確証はないが。
この病がその竜の捕食活動だという彼の説が正しければ。
「竜を封印すれば、病気の進行は止まるかもしれませんね」
幸い、もうここには即処置が必要な患者は居ない。
患者が残っているとしたら、それはここに来ていない人たちだ。
私は白衣を羽織ると歩き出した。
「ユフィリアさま??」
「直眼転移魔法を使って飛びます」
私はそう告げると竜の方向に向かって転移魔法を起動した。
兄の手を煩わせる間でも無い。
それにやられっぱなしは性に合わない。
「いい加減きれたですよ」
◇◇◇◇◇
腐肉竜 ムシュマッヘ。
その異様な姿が見えて来た。
竜としては若干小柄だが、まるで腐肉を纏っているかのような見る人間の気持ちを悪くする姿に何百本もの蛇の様な器官を突き出している。
反対から距離にして1キロは離れている。
それでもあの異様が見て取れる。
「存在強度は3500。着実に成長してますですね」
どれほどの命を喰らい枯らして其処にいるのだ。
私は怒りの瞳で前を向いた。
「このユフィリア・ルベットが魔王の妹にして、魔王たる所以を見せるです」
異形に向かい、一人立つ。
私は魔法式を起動して、小さな光を呼び出す。
光は天地を無尽に駆け回り、魔法式を編んだ。
半径150mの超集積型多重魔法陣。
ーーー 大魔法陣
私は指を鳴らす。
自在兵装を使って魔素の固まりを呼び出したのだ。
兄が以前、大海嘯を防いだときにも直面したのが周囲の魔素の不足だ。
それを補い、魔法式を支える為にそれらを魔陣のそれぞれの極に配す。
強大な魔法が導かれ紡がれる。
「まずは一つ」
ーーーー 大魔法陣・熔心煉獄
竜はその周囲に魔法を破壊する障を持っている。
ならば、その体を支える大地を下から溶かしてしまえ。
私の目の前で竜の異容が巨大な火口と化した大地に飲まれて行く。
竜はその存在力を物理的な手段で殺ぐ事が出来る。
沈みゆく竜を見下ろし私は呟いた。
「地に沈み、天を仰げ」
私が生み出した大魔法陣は一つでは無い。
全部で4つ。
「降り注ぐ凶星の輝きを見るが良い」
ーーーーーー 大魔法陣・流星堕
超質量の落下による物理アタック。
いくら魔法を無効化によって効果を消そうとすでに生じた慣性や質量を無効には出来ない。
超絶な衝撃が竜に破壊をもたらす。
核爆弾で何発分か。
私は大地に仕込んだ第三の陣を解放した。
ーーーーー 大魔法陣・大反射
自然派生したエネルギーのベクトル変更。
全エネルギーは周囲を覆う力場に弾かれて竜に向かい乱舞する。
竜に全てのエネルギーを収束させると同時に隕石の落下で周囲に発生するであろう大大規模の超地震を無理矢理に押さえ込む。
私は竜を見据えた。
超エネルギーの晒されてその概念核を半分ほど露出させている。
私は最後の魔法式を起動した。
ーーーー 大魔法陣・竜滅
まったく針の穴を通すようなあの制御に比べて、全力発動のなんと楽勝なことでしょうか。
無数の黒い線が竜に伸びていく。
まるで世界そのものを喰らう様な異様な黒に竜が包まれる。
竜が吠える。
「GAAaAAAAAAっAaaaaaaaaa」
「耳障りです」
私は竜の概念核に近づく。
無数の黒線に切り裂かれてそれは其処に晒け出されていた。
私は最後の魔法を起動した。
「32連式封因魔法」
概念核が無限再生封印魔法に包まれた。
私は手の中に残ったそれを見て、溜息を吐いた。
最初からこいつをのしていれば、良かったのでしょうけれど。
「やれやれ」
周囲を見渡す。
溶岩が沸き立ち、全ては砕け、まともな大地が存在しない。
ちょっとした地獄絵図になっている。
いや、かなりの地獄・・・。
「やりすぎたですの」
まぁ、良いか。
なんせ、私は魔王ですし。
このぐらいが平常運行と言って良いでしょう。
「さて、帰るです」
こうして、私は至上三人目の単独竜撃者になったのでした。
◇◇◇◇◇
僕は執務室の窓から雨が降るのを眺めていた。
ユフィが竜撃隊を待たずに竜を退治したらしい。
呆れはしたが驚きは無かった。
「確実に育っているな」
僕以外の者でも竜を倒せる。
そういう時代が少しづつだが育っている。
喜ばしいことだ。
竜の性能は驚異だが、その行動は無機質で知性的とは言い難い。
戦略も無い機械のような存在なのだから。
「問題は竜ではないのかな・・・」
僕が倒さないといけない存在は別にある。
妖魔将ネザード、或いは。
「千刃王ヴァルヴァルグか」
そして、さし当たって今一番問題な存在は。
こいつか。
「来たか」
「はい、参りました」
エリエル。
僕は目を細めると言い放った。
「どこまで知っていた?」
「そうですね。今回の件が竜を倒せば全て治まる事ぐらいは」
つまり、全て知っていた訳か。
「そうか。で、僕らは滑稽だったかい?君から見て」
「そういう感情はありません」
僕は笑った。
「そうか。では、さようなら」
―――― 突然死
瞬間。
僕は発動をキャンセルした魔法効果を男に向かい直接ぶつけた。
この男がどの程度、事に干渉したかは謎のままだが。
今後を考えて僕は決めたのだ。
大切な物を守る為にコレを排除する。
彼は丁度、右側半分が消し飛んだにも関わらず平然としている。
「驚かないな」
「驚きましたよ。ええ」
半分だけの彼は苦笑した。
予定が狂ったと言わんばかりに片方だけになった左手を上げた。
両手は無いがお手上げというアピールだろうか。
「まったくどう言うことでしょうね」
「お前は人間じゃないしな。僕の堪忍の対象外だ」
「なるほど、しかし、それは危険な仕訳け方ですね」
「僕は許容が狭い人間なんだ」
そんな事ぐらいは知っておけ。
僕は怒りの言葉を発した。
「やれやれ、存在が半分ぐらい持っていかれました」
なら、もう一撃で終わりということだ。
「お前は妹を泣かせたからな。容赦しない」
「それが私のせいでしょうか?」
「お前は意図的に歯車を回しただろう」
「はてさて、それで何が変わるでしょうか」
「お前は何もかも変えられるのだろう。その為にいる」
「買いかぶり過ぎですよ。やれやれ、貴方はもっと上手く交渉するタイプだと思っていたのですが」
それこそ、買いかぶり過ぎた。
「僕をあまり打算的な人間だと思わないで欲しいな。大切な者を傷つける奴とまで打算で交渉したりはしない」
彼は笑った。
僕の稚拙さを笑ったのだろうか。
「人は依存を深めれば弱くなります。貴方はこの世界と強い絆を結び過ぎましたね」
それがどうした。
僕は新たな魔法式を展開した。
しかし、魔法式が反応しない。
僕は目を見開き、叫んだ。
しまった。
「エリエル!」
その一瞬で彼は消えた。
たった一言だけを残して。
「今の貴方は弱いですよ。残念です。貴方ではきっとこの世界を守れない」
言葉と共に僕の意味を成さなくなった魔法式が霧散した。
僕はそれを見て激しく部屋の柱を叩いた。
失敗した。
再度の突然死を温存したのがそもそもミスだ。
だが同じ手が二度、通用するか未知数だった。
しかし、アレはなんだ?
魔法式そのものを消すこと無しに無効化する技術なんて聞いた事もない。
まったく見たことのない・・・技術?
「くそ・・・たれ!」
どうしてだろう。
また大切な物が出来てしまった。
また失うのに。
どうせ失うのに。
それでも僕は大切な物を作ってしまう愚か者であり、そして、また失うことを許容できない愚か者なのだ。
「守ってやるさ」
たとえ、相手が竜だろうが、悪魔だろうが。
運命だろうが。
◇◇◇◇◇
疫病の拡大は終息した。
最後の患者の処置が終わって現場から解放されたのはあれから更に1週間後の事だった。
仕事が終わると私は直近のワープゲートまで直接視転移でかっとんで帰ってきた。
久方ぶりに我が部屋に着いた私はぐったりとベッドの上でへばっていた。
「うー、つかれたです」
しばらく、仕事は休もう。
そう心に決めて丸くなる。
私が思うがままに芋虫になっているとルームメイトのユリアが声を掛けてきた。
「お疲れ、あんまり帰って来ないんで心配しましたよ」
「何の心配ですかねー」
「あらら、本当に心配したんですよ」
「うーせーです」
私が寝そべっている横に座ると
彼女は笑みを浮かべて私の頭を撫でた。
断じて非常に不快だけど。
言うほど不快でも無いような。
「おかえりなさい。ユフィ」
そう言われて私は渋々、そう渋々ながら呟いた。
「・・・・・・ただいまです」