とある男の物語1
あれはいつだったか。
高校3年生のある夏の日。
俺、こと有栖川 雪緒はクーラーの逝かれた自分の部屋で目を覚ました。
くそったれ。
昨日はゲームを遅くまでやり過ぎたのでもう少し寝ていたい気分なのだ。
しかし、付けっぱなしのTVが壊れかけたレディオの様にガンガンと脳蓋を叩くから、まじつらたん。
『7月15日お昼のニュース・・・。お盆ですが・・・2週間後にはグランドクロスが起こるようです』
ん?グランドクロス??
「まじかよ。世紀末だ」
今更、星座の配置ごときで世界が終るなんて微塵も信じていない俺はそんなワードに反応して目を覚ました。
しかも、世紀末は違う。それはとっくに終わったのだ。
本来、世紀末に世界が終るなんて意味は無い。
そもそもこの世界が終わった試しもないしね。まぁ、試しに一回終れるものでもないだろうしなぁ。
ハロー、新世紀。
しかし、お昼のニュースまで中二病を患うなんて酷い世の中だ。
これはもう一度寝た方が良いな。
うん。間違いない。
「ゆっきーやっほー」
幼馴染の少女、綾辻 彌優希の声が聞こえた。
最悪だ。もうすぐアレがオレを起こしに来る!
くそったれ。
まだ寝たいと言ったら寝たいのだ。例え目が覚めようとも俺は起きんぞ。
大体、あいつは誰の許可を得てこの部屋にやってくるのだ。
そもそも現象としておかしい。
前段としてまずどうやって俺の家にあいつは侵入したのか?
まぁ、考えるまでも無く、あいつを招き入れたのは俺の母親だろうけど。
あいつが入ってくるタイミングで俺は寝ていたから見過ごした。
もとい、寝過ごした。
ダム!
その時に起きていたなら、俺は自分の部屋の内鍵を掛けただろうがそれも今となってはできない。
今はほら。
寝ていたいのに内鍵掛ける為に起きるとかぁ。
これ矛盾だろ?
起きるのはいやだ。
やがて来る災厄をどうにか寝たまま排除できないだろうか。
法律に訴えて見るか。
住居侵入は家人の許可があれば、成立しない。
これ、法律が間違ってないか。
其処は俺の許可に変えてほしい。
実はあれは俺の母親じゃないんだ。
はて、家人である要件に血縁や家族関係が必要だろうか?
実はここ、俺の家じゃないんだ…駄目だ、俺の犯罪が成立する。
そして、時間切れで奴が来た。
「やっほー」
騒々しくドアを開けると俺の恐れていた少女が其処に立っていた。
「何度やっほーと言うのだ。お前は妖怪・山彦か!」
そう言われて不思議そうに顔を傾ける彌優希。
ちょっと考えて見るに彌優希とか妖怪っぽい字面だよな。
妖怪、寝た起こし。
うーん、ネタに詰まった芸人に重宝されそう。
「やまびこって妖怪なの?」
「疑問はそこか」
「どうでもいいかも!」
なら、なおさら聞くなよ!
「折角の夏なんだから、今度どこか行こうよ!」
こっちの気分など、お構いなしに少女は用件を告げた。
「折角の意味分かってんのか?」
まるで夏がわざわざ苦労してやってきてくれやがりましたよ、みたいな?
冗談じゃないぞ。
生憎、俺は春と秋以外の季節は嫌いなんだ。
お呼びじゃないんだよ!帰れ!
「夏なんで海に決まりね!」
決まってしまった。
「ちょっと待て。俺の意思は!?」
「反映されないけど一応聞いておく?」
「聞けよ!聞いて反映されまくれよ!」
「時代は民主主義だから意味無いよ?」
「お前は民主主義の意味、分かって言ってるのか!?」
「多数決!」
「小学生か!」
真の民主主義では実際にはマイノリティーへの配慮が必要なのだよ!
数の暴力、マジグッバイ。ボッチに幸あれ!
しかし、多数派が居ると言う事はこの行事には俺達以外の参加者がいる行事なのだろう。
いや、俺は参加しないけどね。
というか、まぁ、あいつらだろうなぁ。
むーん。
「俺にそんな時間はない」
「はーゲーム廃人様の言う事は違いますねー。そんなにゲーム楽しいの?」
「最高だね!」
「リア友捨てるくらいに?というかほんと何の理由も無しに只ゲームが楽しいからって理由だけで付き合い悪くなるとか有り得ないよねー」
「ゲームが俺を呼んでるんだよ!」
はい、幻聴です。
分かってるけど止められなーい。
「ゲームが呼ぶ訳ないじゃん。はい、じゃ参加決定ね」
「少しは話を聞けよ!俺には俺の助けを待っている仲間たちや俺の力を必要としている…」
「必要としてるのはお金でしょ。良いんだ。ユッキーを取り残しても取り溢しても世界は回っていくから。これからは堕っこた地面の隅っこで人様に踏まれないように這い蹲って一人で悲しく生きるんだよ?」
そこは強く生きるが正しいだろ。
あと無駄に長文でディスるなよ。
そんだけ長いくせに一切フォローが無くて惨め過ぎる。
「人をぼっちみたいに言うな!こう見えて友達多いから!」
ゲームの中にな!
俺の必死の訴えに少女は笑った。
「私がヤマビコならユッキーはダイダラボッチだね!」
「ちがうわ!」
すると少女は少しだけはにかんで呟いた。
「でもちょっとお似合い?」
「似合ってない!」
「あー、なる。雪緒の背がー」
「配役ミスじゃねぇ!!」
しかし、お似合いってどういう意味だよ。
まさか、こいつ俺に気があるんのか?
いや、無いだろ。
そこは強く否定しておこう。
なんせ、彌優希は美少女だ。
微じゃなくて美。正真正銘の美少女。
すらっとした黒髪でどこかのアイドルのような容姿の誰がどう見てもどうひっくり返しても貧相でしかない俺とは不釣り合いな高嶺の花。
幼馴染でもなければ、こんなに親しくも無かっただろう。
「お前はさぁ、少しは人の話を聞こうな?」
「聞いても、私はユッキーの無駄なおしゃべりの3分の一も理解してないけどね!」
嬉しそうに言うなよ!
「頼むから理解して下さい」
「聞いても3分の2ぐらい聞き流してるけどね!」
「より酷くなったわ!ふざけんな!」
やっぱり、お前とはやっていけないわ!
確信した。
「分かりあえないって悲しいよね」
それこっちの台詞だよね!?
くっそ。
なんでこいつはこうなんだ。
「ところでいい加減起きない?」
寝たままの俺を見下して彼女は言った。
何がところでだ。
俺は今の俺のポジションを気に入っている。
動かんぞ!!
「くく、お前のパンツは丸見えだ!!」
「ホットパンツだけどね」
「くそ!裏切ったな!!」
裏切ったのは俺の方だが。
期待させて済まぬー。
でも、ちょっと、こう…ねぇ。
だが、諦めず活目せよ。ほら、あの布の隙間から白いものが見えるような。
見えそうで見え…。
「起きないと踏むぞー」
「踏むな!やめろ!」
有言実行。
言うが早いか踏むが早いか。
とにかく、いきなり踏まれた。
「踏まれて喜んでる!!きもちわるい!」
少女はそう言って、すぐに足を引っ込める
嗚呼、御美足がぁ。
「そこはこっちの心情を見透かすなよ!!」
まじ頼みますよ。ええ!
「ねぇ、足ふぇちなの?」
「そんな事実はない!!」
ちょっと気持ち良かったとか嘘だもん。
「大体、ユッキーとか呼ぶなよ!今年一番すごかった様なそんな気がしないでもないラノベの主人公みたいだろ!」
まぁ、ゆきおんじゃないだけマシか。
発動!ゆきおん!
「良く分かんないなぁ。ユッキーは馬鹿なの?」
「何故にお前が分からないと俺が馬鹿になるのだ!?」
「馬鹿かどうか決めるのは世間の評価だもん。ごめんね?」
大正義の世間様かよ!
そりゃ、俺の方が評価低いだろうさ!親指下向き1000回押されてまうわ。ちくしょうめ。
「くそ!ちくしょう」
「そこまで悔しがる何かをしたの?努力したなら慰めてあげるから言いなよ」
「ええい人の頭を撫でるな!」
「可哀想な子だなー。憐憫の情を抱くよ」
「お前は酷い奴だ」
くそ、どんどん惨めになってきた。
少女はそんな俺を半眼で見つめながら告げた。
「はぁ。ねぇ、勢いでしゃべってて辛くない?」
「お前は俺との会話に疲れ過ぎだ!!」
少女は完全に飽きたらしい。
「じゃ、そう言う事でよろしく」
お、終わりが唐突だなぁ。
「俺は文句が言い足りない!!」
「ふふ、私はビキニだからねー」
ええええええええええええ!???
ちょ、おま。
最後に聞き捨てならない不穏な言葉を残して少女は去っていた。
俺は一人震えた。
「くそ、なんつー強制イベントだ」
ビキニとか。期待するじゃんか。
スマホを今すぐカメラ最高画質のものに買い替えたいぐらいだ。
ちくしょう。
◇◇◇◇◇
くそ、あいつのせいで目が覚めてしまった。
いや別に何かを想像して興奮した訳では無い。
断じて違う。
そう、あれは。
「ちょっと。味噌を切らしたから買ってきて」
母の声が聞こえた。
「醤油でも錬成してくれ」
「早く買って来てね」
うー。
しょうがないにゃー。
うちの母親は味噌の錬金術師じゃないからね。しょうがないね。
俺はのっしりと立ち上がると部屋から出た。
「味噌ってコンビニでも売ってたっけ?」
「ちょっとスーパーイワキチまで行きなさい!」
「うげぇ」
この炎天下。
あの無駄に遠いスーパーだと一キロはある。
余裕で死ねるだろ。
しかし、俺の寄生先、もといパトロンである母の頼みである。
ちなみに一度無視したらネット回線を切られた。
ほんとやめてほしいにゃ。
異世界に召喚されちゃうぐらいショックを受けるから止めてよね、ほんと。
「あれ?俺の自転車?」
俺のマウンテンの姿がない。
「そんなものは無いわよ」
い、いやいや。あるだろ。
え?無いの?
「彌優希ちゃんが欲しいって言うからあげちゃったわ。どうせ使わないでしょ?アンタ」
あいつはどんなネゴシネ―タ―やねん。
わらしべ長者もびっくりだぜ。
「え、あ、まぁあんまり使わないけど」
外に出る用事なんてそれこそ味噌買いに行くぐらいしか無いし。
だったら、もう部屋帰って良いかな?
「はい、私の自転車の鍵」
「…」
「はい、ほら」
俺は随分とグレードダウンした自転車にまたがると町に繰り出した。
見ろよ。ノーギアチェンジ・前カゴ後ろカゴ完備だぜ。
なんて低い座席位置なんだYO!
しかも、カビてて直せないんだぜ。はは!!
自転車をよろよろと漕ぎはじめた。
しばらく進んだところで真白い日傘が見えてきた。
まぁ、夏だもんな。
その傘を避けようと自転車の進路を大きく変える。
すると。
「変な笑みの子」
「へ?」
自転車で横を通りそんな事をボソッと呟かれた。
思わず自転車を止めてしまった。
その日傘の主と目が合い、俺は息を飲んだ。
とんでもない黒髪の美少女が其処に居た。
芸能人であって可笑しくない。
絶対にスカウトされるに決まってるレベルの絶世の美少女。
あまりに綺麗過ぎて息を失うほどの。
そんな少女は俺をまっすぐに見つめると言った。
「変ね。貴方変だわ」
「え…俺?」
「今はまだみたいね」
何がまだなの?
不思議な少女は眼を細めると言った。
「貴方、狙われてますわよ」
「はぁ?」
「ご愁傷様」
そう言って日傘の少女は歩き去って行った。
で…電波さんかな…?
良く分からんがなんだか美少女と会話してしまったゾ。
うおぉおおお、ラッキー!
変なテンションで自転車を立ち漕ぎしていると白黒の車が俺の前に現れた。
は!?
座高の高さが違うだけで目を光らせた警察官がこっちを見ている。
「はい、そこの少年、止まりなさい」
「…うそだろ」
俺はお味噌を買いたいだけなんだゾ?
◇◇◇◇◇
何故か不審者として職務質問を受けた俺は何となく意気消沈して味噌を買って帰路についた。
世間って世知辛いにゃー。
ああ、早くお家に引篭らないと。
「おー珍しい生物がいるぞ。轢き蝙蝠だ」
「そりゃ暗くで深い所に住んでるけどなー。誰が珍獣だ」
家の近くの公園で友人の誰かに声をかけられた。
誰だっけ?
「まさか、お前はホモはココアパウダーの薫るさんか!?」
「お前がどんな奴と付き合ってるか不安になる名前だな」
違ったか。となると。
「三太だったわ」
「人の名前でがっかりするなよ」
わりと付き合いが長い坂下三太が溜息を吐いた。
「でお前は何してんだ?」
「味噌買いに行って来た」
「はぁ?お前、味噌なんて何に使うんだよ」
「料理にだろ。それ以外の用法なんて知らんがそれ以上はうちの味噌の錬金術師に聞いてくれ」
今頃台所で錬金してるからさぁ。
「お前、料理なんてするの?」
「しねぇよ。俺はゲームしかしないことを目標としているんだ!」
三太は呆れ顔で首を振った。
「まぁ良いか」
「おう、じゃあなぁ」
酸素を無駄にしたぜ。さっさ帰ってげむーしよ。
「おいおい、お前、俺に興味無さ過ぎ!聞けよ!俺にもナにをしていましたかぁとさぁ」
前振りだったのか。
誘い受けとは高度なくそ野郎だな。
「なんだよ」
「ポージング」
はぁ?
困惑した俺の前で訳の分からんマッスルポーズを取るヒョロ男の三太。
お前は雌豹のポーズを取るお笑い芸人かよ。
「ぐぇ、気持ち悪い」
「なんだ。ノリ悪いな。もっと付き合えよ」
「まるで一度でもお前に付き合ったことがあるような言い方はやめてくれ」
「俺はレスラーだがゲイじゃねぇ」
「その付き合うじゃねぇよ」
だれがレスラーだ。
「お前がレスラー志望なんて初耳だぞ。筋トレしてっか?」
「馬鹿、プロレスラーになるなら身長が必要だろ?無駄な筋肉をつけると身長が伸びにくくなるから駄目なんだよ」
なんじゃそりゃ。
「じゃ、明日目が覚めたら突然180センチメートルまで身長が伸びてたらどうするよ?筋トレを始めるのか?」
「おう、別の言い訳を考えるから無理だな」
無理げー過ぎる。
「どうやってレスラーになるんだよ!」
「俺はレスラーを目指すことが目標なんだよ!本当にレスラーになったら終わりじゃねぇかぁ」
何、その過程が大事で、全てみたいな発想。
遠足は行程が全てで目的地は弁当のゴミ捨て場です。みたいな?
努力は美しいが結果が必ず意に沿う物になるとは限らない。みたいな?
「ひねくれすぎだろ」
「お互い様だな」
「まったくだ!ちくしょう!」
「だがポージングは大事だろ。ほら、勝利のポーズ!大鷲ぃ!!」
まるで有名人になったときに備えてサインの練習をする人みたいだぞ。
まるでじゃなくてまんまか。
「帰る!」
「感想を言え!その為にむぅ、呼び止めたぁ!おぅお」
「いちいちポーズ変えんなよ!気持ち悪いって言ってんだろ!」
「馬鹿なぁお前の魂ぃにも熱いものがぁこみあげてぇくるだろぉ」
アホすぎる。
吐き気がこみ上げてくるわ!
「じゃぁな」
「おい、なぁ。クラス旅行の件、ちゃんと伝わってるか?」
「はぁ?」
「海に青春しに行くんだよ、みんなでな。日帰りだけど」
あいつ。
あれ、クラス旅行だったのか。
「クラス旅行だったのかよ」
「彌優希が伝えたはずだろ」
あー。
やめてくれよ。そういうの。
惨めになるから。
「あいつははぐれ者を許せない委員長だったのか?」
萌えポイント押さえてんなぁ。
「何を言ってやがる」
俺は苦笑いを浮かべて三太に言った。
「おう、イベント無かったら行ってやる」
◇◇◇◇◇
イベントと被った。
「いやだぁ!いきたくなーい」
なぜか素巻きにされた俺は自動車に詰められた。
「なんでわがまま言うかなー君は!?」
俺を絶賛拉致中の実行犯Aこと彌優希が青筋を立てながら呟いた。
止めてよ!精霊石5倍イベが僕を待っているの!
すると、実行犯Bこと三太が車に乗った担任に声を掛けた。
「せんせぇ、発進させちゃってください」
「あいあー、かっとばすぜぇ」
「安全運転大事で―す」
◇◇◇◇◇
「ぐあああああ、渋滞だぁああ」
女教師がイライラしながら叫ぶ。
現地の海には分乗でそれぞれの車でいくらしい。
微妙に保護者に負担掛けるイベントだな。
俺は先生の車に乗る予定だったらしい。
まったくの外れ籤じゃねぇかぁ。
「渋滞なんてこの世から消えろぉ、消えてぇ白くなれぇ!洗浄してやるぅ!!浄化してやるぅ!!」
「意味分かんねぇし、怖いから叫ばないでください!さやか先生」
「ちくしょう、引率だけど海だし若い娘がエサになって良い男釣り放題とか思ってたのにぃ!嵌めたな!私を渋滞に嵌めたなぁ!この野郎!私は渋滞と童貞が大嫌いぃなんだよ!」
「せんせ!海辺で釣れる男なんてDQNだと思います!」
「価値観がちがうなぁ!そういうのがええんじゃぁああ」
怖い。
なに、このあほみたいなおばさん。
割りとお淑やかで清楚なイメージのさやか先生だったが本性はこれですか。
「ああ、ガソリンが、私の薄給が溶けていくぅぅ。進んでねーぞぉ!」
無駄にアメ車に乗ってるのが悪いのでは?
赤いシボレーが異様な音を立てながら愚者の列をヨチヨチ歩きしている。
「ガソリン下がったでしょ!給料あがったんでしょ!?」
「よし、エアコン消すか!」
おい。
「死ぬから!!もうすぐゴールですよ!」
「くたばれ!くたばれ!!ひぃひひ」
オワタ。俺、ここで死ぬんだ。
すると、俺の縄が解かれた。
ん?
隣の彌優希がにこにこしながらドアの方を指差す。
ああ、なるほど。
俺は俺同様にむりやりに詰め込まれた手荷物を掴んだ。
「じゃ、あとよろ」
「へ?」
そう言って車から飛び出した。
グッバイ渋滞、グッバイ三太。
火の車から逃げした
側道の先はもう海だった。
うぉお海だ!
「おぅ!海だよ!つっこめ!」
「凄い無意味!!」
「あはは」
まぁ、みんなのいる海岸もこの先5キロぐらいだろうし。
彌優希が俺の手を握ると引っ張った。
「じゃ、行こうか!」
「はぁ、しょうがないなぁ」
俺たちは海岸線を歩きはじめた。
「今日はね。海岸祭りがあるんだよ」
「へーじゃ、帰りはかなり遅い?」
「そうそう、で保護者同伴になったんだよねー」
普通行かせない方にぶれない?
なんだか気合の入ったクラスだな。
「リーダー不在じゃみんな寂しいでしょ」
「誰がリーダーだよ」
うちの高校は専門学部が多いせいか、クラス替えが無い。
まぁ、二年間、馬鹿やってそういうクラスの雰囲気を作ったのは俺だった。
そう俺は馬鹿だった。
色々やって、やってしまって。
「みんな別に気にしてないよ」
「そうかよ」
冷めたのは俺の方だ。見捨てたのも俺の方。
俺は最低な奴だ。
「大したことしてないし」
「そうだよなぁ、自爆だもんな」
ただちょっと気にいらない他のクラスの奴を。
許せないと思った奴を思いっきりぶん殴った。
暴力に出た。馬鹿だ。
ああ、馬鹿だよ。俺って最低。
あいつはいじめをしていて、俺は正義にかられた馬鹿な向こう見ずだった。
アホの暴走列車だった。
結果的に俺は一時期休学していた。
というか留年確定してから学校行ってない。
「みんな、卒業か」
「そうだね」
俺は人生どうするかな。
内申最悪だし。
はぁ。
「うしし、すごい水着だから期待してね」
「どこが凄いんだよ。お淑やか過ぎない?」
「ちょ!どこ見ていった!?」
たく、こいつら受験生だろ。
大丈夫なのかよ。
「大丈夫だよ」
そう言って彌優希は俺の手を強く握った。
「なにが大丈夫なんだ?」
「きっと大丈夫だから」
そういって俺の手を引いて歩きはじめた。
握った手が熱い気がした。
ああ、こいつらと最後かもしれない夏が始まるんだな。
そうぼんやり考えながら海岸線を歩きはじめた。
◇◇◇◇◇
「俺の童貞がピンチだったわ」
「そんな美味しい事になる訳ないだろ、三太」
お前みたいな奴にそれはありえないだろ。
結局、同着となった俺と三太。
再会するなり三太は随分と大げさな話を始めた。
「だってあの教員脱ぎ出したんだぜ!?」
「あら、ちょっと下に来てた水着になっただけじゃないですか。冗談は嫌ですよ、三太くん」
「下に水着なんて小学生みたいな事しないでよ!せんせぇ!」
「あら、せんせいが若いなんてそんな当然ですわ」
当然なのか?
ハンドルを握ってた頃と打って変ってお淑やかな印象のさやか先生に三太がぶつぶつ文句を垂れていた。
「あの先公、本当にエアコン切って最悪だったんだゾ!」
「あれは本当に故障なんですよ」
…。
「まじ?」
「はい、帰りが楽しみですね」
今日は熱帯夜なんだって。
あはは。
「もう列車乗って帰んねぇ?」
終電まだいけるべ。
「くそ!バーべQでたらふく肉喰ってからだろ!お前のプロレス魂はそんなもんかよ!」
誰がプロレス魂なんて持ってるんだよ。
そもそもお前の魂自体がとんだ偽物じゃないか。
「おー本当にきたんだ。ゆきお」
眼鏡の少年が俺の姿に気づいて近づいてきた。
今となってはクラスで一番付き合いが深いゲーム仲間の明厳 斎だ。
実家が寺という得体の知れない(かなり失礼)経歴のゲームマニア。
キャラを立てるためにつるっと丸めたスキンヘッドが特徴だ。
「なんだよ。俺は珍獣か?」
「いきなりレア度あげよってからに。あれ?今日は例のイベ日じゃ?」
「そういうお前こそ、ゲーム以外で会うとはな」
「俺はお前ほど廃人じゃないんで」
「大体、ゲームチャットでこういう事はお前が教えれば良いだろう」
「やめろ、リアルでゲームが穢れる。殺すぞ」
おい。
まぁ、こいつはこういう奴だった。
「冗談はさておいて、何用?肉喰いに来たの?」
「さらっとつめてぇし」
「えー、みんな、お前のことどう思ってるか知ってる?」
おいやめろ。
「留年にかこつけて遊び三昧してるマン」
「間違いない!ちくしょうめ!」
ちっとも心配してないし!
「おーゆきおだ!やっほー」
「山彦が分裂した!?」
「どこネタだよ。ゆきお、やっほー」
「真似るな!」
既に先着していたクラスメイト達が集まってきた。
馬鹿みたいにやっほーゆきおと連呼された。
いじめか!?
あー。
帰ってきた気分だわ。
もう戻れないのになぁ。
◇◇◇◇◇
夜が過ぎていく。
固い肉で満ちた腹を押さえながら俺は海辺を歩いていた。
みんなは出店の方に駆けていた。
ふと気付くと一人になっていた。
まぁ、そんなもんかねぇ。
「何?一人で黄昏ってるの?」
「なんだよ。一人がデフォなんだよ。悪いか」
彌優希が目の前に立っている。
あいつの性格からしたら大胆過ぎるビキニ(宣言通り)を着ている。
防御力と引き換えに明らかに攻撃力の増した少女が俺に近づいてくる。
「みんな、かわらないね」
「そうだよなぁ」
「ユッキーも変わんないよ」
「ああ、変わらずに馬鹿だわ」
俺は馬鹿だ。
大馬鹿者できっと何も守れない。
海辺の桟橋についたときに大きな音が鳴った。
花火だ。
「対岸で上がってるんだね」
「そうだな」
自然と足が止まる。
不意に緊張した声が響いた。
「ねぇ、ゆきお」
ふと、呼吸が止まる。
妙な緊張感が伝わってきた。
考えてみたら二人きりになった。
なんで、彌優希は緊張しているんだろう。
「ねぇ、あのとき、私どう思ったとおもう?」
あのとき?俺があいつを殴ったときかな?
正直分かんないな。
「しらねぇし」
少女は下を向くと呟いた。
いや、囁いた。
そんな小さな音は、でも、確かに伝わった。
「ねぇ、わたしたち付き合ってたかな?」
花火の音が響く。
俺はどういう意味か測りかねて。
分かりたくなくて呟いた。
「はぁ?」
あの日々が続いていたなら。
あのまま、ずっと一緒だったら。
「そういう道もあったのかなって」
俺は笑った。
「迷い子になってねぇ?」
道を見失ってる様に思えた。
俺はそんな大したことないから。
「どう思うかな?」
そう言って彌優希は俺に手を伸ばした。
俺は苦笑いを浮かべた。
嗚呼。
まったく。
きっとその手を掴んだら別の道が見えてくるのかもな。
……もう遅いんだ。
「そういうこともあったかもな」
俺は手を掴まなかった。
振り絞って言った。
「もうねぇよ」
声が震えている。我ながら情けない。
「……そうだね」
そう言って俺は彼女の隣に立った。
空を見上げる。
妬けるほどにまん丸で大きな花火がヨソラに咲いていた。
妙に眩しくて。
目に沁みるなぁ。
まったく俺は馬鹿だなぁ。
情けない。
留年なんて目にあってつくづく後悔している。
ザ脱落者。
ザ社会不適合者。
これからきっと俺は誰かを幸せにするなんて無理だ。
大袈裟で馬鹿みたいな考えかもしれないけど。今の俺にはそう思えてならなかった。
そんなちょっとの当たり前すら俺はもう持っていないから。
きっと俺はこれからどんどん駄目になっていく。
だから自分から駄目になった。
自分から離れていった。
その手だって掴みたかったら掴みに行けるのだ。
でも何の自信も無い。
何の保証も無い奴に。
大切な人を幸せにできる訳ないだろう。
俺はこいつと付き合ってこいつを本当に幸せに出来るのかよ。
出来ないなら、こいつを傷つけて終わりになるくらいなら。
始まらない方が良い。
だから、きっと、これが正解なんだ。
「帰ろうぜ」
「…うん」
あいつは下を向いたままそう呟いた。
勿体ないよな。
上を見上げれば、こんなに綺麗な光ばかりなのに。
満天の花火の下を俺たちは歩いて帰った。
ここに来た時みたいに、手は握れなかった。
手が。
その手が離れたまま、俺とあいつは別れた。
それだっけだった。
何も変わらず、何も始まらず。
夏が終わった。
ただ、それだけの話だった。