花と、篝火と、舞い
《過去》
今から二年前。
これは私が14歳の誕生日を迎えた時の話だ。
◇◇◇◇◇
「サーカス団?」
そのフレーズを聞いたとき、私は少しだけ胸が詰まった。
いつもの様に学校の授業を受けていた私の耳に飛び込んできたその言葉に私の心はかき乱された。
「そうなの。今度、この町に興行に来るらしいわよ」
ユリアの言葉に私はものすごく戸惑った。
気持ちが急にそわそわしだす。
「ラフェスタ一座?」
私の確認にユリアが頷く。
「そうだけど・・・どうしたの?」
「な、なんでもない」
私の母やフィロの旅団がこのべオルググラードに来ている。
私は今までラフェスタの一座を見たことはなかった。
どんな人たちなんだろう。
あの人たちの失った故郷ってどんなところだろう。
「アリシス?」
「なんでもない」
◇◇◇◇◇
次の日。
私はラフェスタの一座が来ているという郊外のテントにまで来ていた。
訪ねる当てなんて無いのに。
私は彼らに会って何がしたいのだろう。
何か聞きたいのだろうか?
何か言いたいのだろうか?
分からない。
分からないまま、来てしまった。
「ここがラフェスタのテントか」
ぽつりと呟く。
私の目の前には草原が広がっていて、其処に無骨で素朴な作りのテントが点々と並んでいる。
彼らは本当に何も無い場所にテントを立てるのだな。
テントの数は100を超えている。
あれ一つ、一つに何人の人が泊まっているのだろうか。
「おねぇちゃん、だーれ?」
「うわぁ!」
突然、後ろから呼びかけられて私はびっくりしてしまった。
集中力を散らせ過ぎだ。
普段なら絶対に気づいたでしょうに・・・。
振り返ると女の子が居た。
私の後ろにいたその女の子はまだ6歳ぐらいに見えた。
ちょっと大きめの皮製のボールを手に持って、こちらをじぃと見ている。
「え、えーと、私は・・・」
何と言って良いものか。私は焦っていた。
どうしたものだろう。
ただひたすら困惑していると子供は笑顔で呟いた。
「ねぇねぇ!ひまならシアとあそぶ?」
「シアちゃんっていうんだ・・・」
シアちゃんは首を傾げると呟いた。
「ひまなの?」
「え、ひまかと問われますと、ある意味、ひまといいますか・・・」
何か明確な目的があってここに来たのではないから。
だから、今の私は凄く暇人なのかもしれない。
「あそぼう!」
ボールが私に飛んできた。
私は思わずそれをキャッチした。
「なげて!なげて!」
無邪気な声に促され、私は小さく頷くとボールを投げた。
「え、うん。はい」
「わぁ、わぁ!」
シアは必死になって飛んできたボールを掴む。
すると、またボールがこっちに返ってくる。
そのまま、キャッチボールが始まった。
どうしたものだろう。
さっきから困惑が続く。
ボールを返しながら、私はシアちゃんに尋ねる。
「シアちゃんはこの旅団の子?」
「りょだんってなーに?」
旅団という単語はどうやらシアちゃん的にはよく分からない単語らしい。
何って。言われてもなぁ。
どう説明したものか。
「このテントに住んでるの?」
「そーだよ。おねえちゃんはどこにすんでるの?」
「今はあそこの町かな」
「わー!とかいじんだ!わー!」
都会人?まぁ、たぶん、そうだけど。
旅団は分からないのに都会人は分かるのか。
子供は大人が普段使う言葉をなんとなく覚えているのだろう。
「ここのまちはすごいね!」
「そう?」
「うん、いっぱいおかねありそう」
幼い子供にしてはシビアな物の見方だな・・・。
子供がこんなことを言うなんて旅団の懐具合が気になるところでもある。
こんな感じで、会話をしながらのキャッチボールを続けていると・・・。
「シア!何を遊んでいるんだい?」
見知らぬ女性の声がした。
私が声の方を向くと60歳かもう少し上のおばあさんが私たちの方に歩いて来ていた。
少しだけ足を引きづっている。足が悪いのだろうか。
「ばぁちゃ。このおねぇちゃんがあそんでくれたの!」
ばっちゃと呼ばれたシアのたぶんおばあちゃんが私を見た。
思わずどきりとする。
なんだろうこの感じ。
ちらりと見られただけなのに妙にどきどきする。
妙な既視感を覚える。
知っている人の様な感じがする。
「ほぅ・・・おまえさん。アイラの娘だね?」
その言葉に私は更にどきっとした。
思わず聞き返す声が上擦った。
「わ、分かるんですか??」
「分かるも何もアイラの若い頃にそっくりじゃないか!驚いたよ!!」
そ、そうかな。
幼い頃の母親の顔なんて私には分からないし。
混乱極まった私はどう返して良いか分からず口をぱくぱくさせた。
「アイラやフィロは元気なのかい?」
え。
あ・・・。
その優しい声音と瞳に私は思わず呟いた。
「ごめんなさい」
自分でもどうして謝ったのかよく分からないが。
おばあさんの反応は彼女たちにとても親しげで。
だから、それを裏切る言葉を苦しく感じてそう呟いた。
「どうしたんだい??」
告げる言葉は重い。
喉が自然と乾くのを感じた。
「・・・二人とももう居ないんです」
おばあちゃんはぽかんと口を開いて私を見つめた。
言葉の意味に迷い、掴み、そして理解した。
しばらくして、彼女は笑い言った。
「・・・そりゃ大変だったね。今はどこに暮らしているんだい?王都にかい?」
驚くほどに優しい声だ。
私は恐縮しながら答えた。
「いえ、今はこの町で暮らしています」
「一人でかい?」
「みんな・・・仲間と一緒にです」
「そうかい。一人でねぇなら言いことだ」
シアのおばあちゃんは満足そうにそう呟いた。
「町での暮らしはどうだい」
「えーと、悪くないですよ」
「そうかい。そうかい」
おばあちゃんは遠い目をしながら呟いた。
「もし、居場所が無いなら旅団に来るのもよいと思ったけれど、心配なかね」
その言葉に私は驚いた。
旅団は一度抜ければ、もう二度と戻れない場所だと聞いていたから。
「え?はい、大丈夫です。あの・・・旅団にはそんなに簡単に入れる物なんですか?」
私の質問におばあちゃんは答えた。
「わしらは来るものは拒まんよ。ただ一度去ったものはもう来れんね」
「来れない」
「それが旅を終えた者の宿命よ。旅を始めることを許しても、旅を終えた者が旅に戻ることは許さない」
「どうして?」
「ラフェスタの一族は旅路を故郷とするもんさ。一度捨てた者はもう新しい故郷を得てるやろ。そいつはもうラフェスタの民ではないのさ」
一族の掟なのだろう。
フィロは。
フィロはここに帰って来たいと思っていたはずだ。
たぶん。きっと。
私は改めてテントやシアたちの姿を見た。
フィロにも見せて上げたかったな。
彼女にとっては懐かしいであろう光景を。
「誤解せんちゃ。旅はつらかよ」
「つらいですか?」
「ああ、人もよう死ぬ。流行病に当たって、魔物に喰われち、死ぬ死ぬ。それでも生きて行く。旅を続け歩くよう、わしらはそういう民じゃ」
そうなんだ。
そうだよね。
きっと、つらくて、苦しくて、フィロはここを逃げ出した。
それでも人恋しくて泣いたのだ。
「アリシス!」
そのとき、私を呼ぶ声がした。
私が声の方に視線を向けるとシエラやミルカ、ユリア、ミーナ、ユフィ、カリンたちが居た。
「え?どうしたの?みんな?」
「様子が変だったから」
心配して見に来てくれたらしい。
「大丈夫?」
「平気だよ。色々な話を聞かせて貰ってただけだから」
「そう。・・・あのね、ユフィが教えてくれたの」
ユリアのつぶやきに私は困惑した。
ユフィが?
彼女を見ると、少女は困ったような顔で呟いた。
「興行先で話を付けて、ラフェスタをここに呼んだのは兄さまですし・・・」
ユノウスが?
彼は私とラフェスタの関係を知っていたと言うことか。
調べれば、すぐに分かることとは言え、知られるのもすこし気恥ずかしい。
すると、ミルカがにこにこしながら言った。
「そういえば、公演の初日ってアリシスの誕生日だね」
・・・。そういえば。
誕生日か。
たぶん、期待したところで深い意味はないのだろう。
ユノウスは素でそういうことをするからなぁ。
「おねえちゃんがいっぱいになった!」
シアが急にボールを掲げた。
そわそわした様子で呟く。
「ねぇねぇ、みんな、ひまじんなの?」
「あら、可愛い子ですね」
ユリアがにこにこしながらシアの頭を撫でた。
どうやら少女の方は遊び足り無いらしい。
私たちやシアちゃんのその様子を見ていたおばあちゃんが呟いた。
「そうだ、お前さんたちに頼みたいことがあるよ」
頼み?
私は困惑しながら、尋ねた。
「あの、頼みと言うのは?」
「この子を一週間預かってくれないかい?」
え?
突然の申し入れにますます困惑する。
「ラフェスタのは今、公演に向けての準備中でね。若い衆はみんな忙しいのさ。わしはもう引退した身やし暇やけれど、シアの相手は無理さ」
聞けば、シアの両親も帰ってこれないほど忙しいらしい。
お婆ちゃんは一人でシアの面倒を見ているそうだ。
どうしよう。
すると私の横でルームメイトのシエラが笑った。
「私の事は気にしないでアリシスが決めて良いよ」
よし。決めた。
「シアちゃん。おねえさんたちの家に来る?」
「まちのおうち?」
町。
多少郊外だけど間違ってはいない。
「そうだよ」
シアは目をきらきらさせて頷いた。
「うん!いく!」
◇◇◇◇◇
シアちゃんを寮に招待することにした。
まずは旅団のテントから移動する。
シアは初めて見る電車に興奮している様だ。
「わー。これなーに?」
「路面電車だよ」
私が答えるとシアは忙しく中に入っていた。
「こら、暴れるなです」
ユフィがしかりつけながら、適当な席にシアを座らせる。
「どうしてー?」
「これはみんなのものなのです」
「そうかぁ」
シアは窓際の席について足をパタパタさせた。
「じっとしてるのはぁにがてだよ?」
「努力するのです」
町を巡行している電車だと寮まで数十分ってところかな。
「なんか、みんな。巻きこんでゴメンね」
「いいよ。シアちゃん可愛いし」
そういってミーナが笑う。
電車が動き出す。
シアはよほど珍しいのか走り出した電車に驚いた顔をした。
「はやーい!びゅーびゅー」
「顔を出すと危ないから」
私は身を乗り出したシアを慌てて引っ込めた。
路面電車は町の周囲を巡回するように回っている。
この電車が開通したのはまだ半年前のことだ。
べオルググラードではこういう電車や汽車などが4路線繋がっている。
全て実験機なので形式や駆動機なども適当だ。
更に路線長も短く、隣町へのアクセスのような使われ方はしていない。
町中を進んでいく路線もあるが全て立ち入れないように柵で覆われている。
踏みきりは存在せず。柵を越える方法はアンダーパスか、歩道橋になっている。
この町では短距離には電車や列車を使い、中、長距離の移動には世界門を使っている。
町の中は基本的にこういう移動手段と加えて、三輪の自転車と人力車が使われている。
この辺りでは馬車は使われていない。
最近のべオルグっ子は地方都市で馬車を見ると田舎だと思うらしいけど。
異世界には自動車が重要な交通手段だったそうだが、この世界ではいくつかの理由から実用化させていない。
一つ目の理由はやはり人への被害が大きすぎる点だろう。
車社会はヒューマンエラーを繰り返して、毎年、何万と言う人間を殺す事故が起こってしまう。
それにこの世界では基本的に大量の物流を運ぶ方法として、人脚を使う方が安上がりなのだ。
なぜなら、ソウルストレージを用いた物量輸送が可能だから。
ユノウス商会の一般販売するアイテムバックパックを購入すれば、魔法素養の低い一般人でも自己領域だけで10キロ程度の物を収納して運べる。
それ自体がアイテムストレージを持つ高級モデルなら100キロぐらいの荷物も運べるだろう。
運び屋はアイテムバックパックを抱えて、世界門や自転車を使って、世界の流通を回している。
そして、最後の理由は軍だ。
自動車の基幹技術はべオルグ軍で独占されているのだ。
航空技術と高速輸送の技術を一般化しないことで軍は技術を独占して、その優位性を世界に対して固持している。
あと、ひとつ。しょうも無い理由として。
道をアスファルトで覆っていちいち舗装工事をするのが面倒なそうだ。
だから、べオルググラードには今も変わらず、デコボコの石敷きの道と自然に生えた木々が溢れている。
◇◇◇◇◇
お昼にちょうどかかった当たりで私たちは自分たちの寮に辿り着いた。
「おねえちゃんたちのおうちなの?」
「そうだよ」
「おおきいね!!りっぱだ!」
そうかな?
まぁ、寮の建物自体は立派なものだからなぁ。
「シア、ここもみんなのものなのだから騒いじゃ駄目ですよ」
「えー」
シアがユフィの言葉に対して不満気にばたばたする。
大事に抱えていたボールを掲げる。
「ぼーる、なげちゃダメ?」
「ボール遊びはこっちでするのです」
そう言ってシアを学校のグランドに連れ出す。
私たちもついて行く。
「シア、遊びたくなったらここで遊ぶんですよ?」
「わかったよ!」
すると、グランドに居た一人の女の子がこちらに歩いてきた。
あれ?あの子は。
「アリシスお姉さま!」
今年で6歳になる彼女の名前はリルチェ。
彼女は私の指導生だ。
寮には幼少期の寮生を上級生が指導する制度があるのだ。
ちなみに制度を作ったのはオーディン学校長だ。
ちなみに指導生の名称について、当初、校長は「スールにするのじゃ!」と言っていたがユノウスが怒って、「シスタ―」に名称が変わったりしたのだが。
一体、どんな意味があったのだろうか。
シアは自分と同じくらいの年の子が嬉しいのかリルチェに近づいていく。
「ねぇねぇ、ひま?」
「だ、誰ですか?お姉さま」
「私じゃなくて、その子に聞いたら。リルチェ」
私が笑いを浮かべているとリルチェは観念した様子で呟いた。
「私はリルチェです。貴方は?」
「シア。シアだよ!りるちはおねえちゃんのいもうとなの??」
「そうです!あとリルチェです!」
いやいや、実際の妹と言う訳ではない。
まぁ、一応、リルチェは私とは遠い親戚筋に当たる。
リルチェがそう思ってくれるのは嬉しいけれど。
「ボールであそぶ?」
「遊びません!」
「ひまじゃないの?」
「そうです!私はそ、その、戦闘訓練の補習中ですから」
補習?
すると、遠くから戦闘指導官のエレスが歩いてきた。
「よう。どうしたお前ら?」
「エレス指導官が訓練中だったのですか?」
「ああ、そうだが。おっ、もう良い時間だな。お昼にするか」
一端お開きらしい。
エレスはリルチェに一言、二言、訓練の内容について助言を与えてから去っていた。
その様子を眺めながら私はシアちゃんに向かって言った。
「私たちもご飯にしようか」
「ごはん!ごはん!!」
シアも賛成らしい。
◇◇◇◇◇
と言う訳で、リルチェも誘ってみんなで食事に行くことに決まった。
軽食と言う事で餡蜜亭アリカに向う。
服を着替えたいというリルチェを待って、路面列車に乗って数分。
私たちは若干ファンシーな外装の餡蜜亭アリカについた。
中に入るとフリルのたくさん付いたメイド服のリリカさんがいた。
「やぁやぁ、みんないらっしゃい!ってその可愛い子はなに!」
リリカさんがシアに抱きつく。
「わぁ?わぁ??」
「可愛いよう・・・可愛いのだ!!すりすりすり」
「わぁ!?なんなの??」
困惑するシアに頬擦りを始めたリリカさん。
「リリカさん。シアが困惑しています」
「おお、ごめんね!シアちゃん?」
「へいきだよ?」
目をまん丸にさせたシアのその様子に感激したリリカは嬉しそうに言った。
「よし、シアちゃんのご飯はおねえさんがおごっちゃう!好きに選んで良いよ!」
「えらぶ?」
シアは不思議そうに尋ねる。
もしかしてこういう店自体初めてなのかもしれない。
リリカは写真付きのメニュー表を広げる。
「どれが食べたい?」
「んーんー、わからないよ?」
「どういうのが好き?」
「おにく!」
「じゃ、ハンバーグにしようね!」
「はんばーぐ?」
あっちはリリカさんに任せて大丈夫だろう。
私はもう一人の女の子に尋ねた。
「リルチェはどうする?」
「え、あの。私は」
もじもじしている。
お小遣いでも気にしているだろうか。
「私が奢るから大丈夫よ」
「え、良いんですか?」
「うん」
「それじゃ、その。ナポリタンで」
少女は顔を真っ赤にしてもじもじと呟く。
彼女は私と境遇が似ている。
彼女自身は直接の血縁では無い為に王位継承権は無いけれど有力な王貴族の公爵家の娘の一人だ。
父であったフルド公は騎士団を統率していた権力者だ。
彼女は愛人関係にあった女騎士の私生児らしい。
彼女の母はリルチェを授かってからは騎士を辞め、愛人用の邸宅で囲われていたらしい。
そのフルド公は王家の騒動に巻き込まれて暗殺されてしまった。
フルド公爵家では家督の争いが起こり、フルドの息子では無く、フルドの弟が新たな公爵になったそうだ。
どちらが選ばれようがフルド公の庇護が無くなったこの少女と母親は困難な立場に陥っていたのだろうけれど。
親子は路頭に迷うところをライオット王の庇護によって救われたらしい。
それぞれの料理が運ばれてくる。
シアはハンバーグを口にすると、ぱぁぁと満開の笑顔になった。
目をきらきらさせて何度も頷く。
「すごい!おいしい!」
「そう?」
もぐもぐと大きな口で食べ進める。
するとリルチェの皿が気になったのかシアは呟いた。
「ねぇねぇ、そっちもおいしいの?」
どうやらナポリタンに興味津々らしい。
「え、ええ、おいしいですよ」
「こうかんしようよ」
「嫌です」
「ええ、しようよー」
「いやですーって、あああ!!」
シアの手に持ったフォークに刺さったハンバーグからソースがリルチェの服に向かってちょっとだけとんだ。
服に付いたソースを見て、リルチェが顔を真っ赤にして叫んだ。
「何するの!!ばかぁあああ!!」
リルチェはシアを強く押した。
「わぁあ?!」
すると、シアの手からハンバーグの肉片が跳んで落ちた。
それはリルチェの服の上にぼとりと落ちた。
服にシミが広がっていく。
その様子を見て、みるみるうちにリルチェの顔が崩れた。
「え?え??」
リルチェは真っ赤な顔に涙を溜めている。
「いあやぁああああ、うわぁああ」
困惑するシアの前でリルチェがとうとう泣きだした。
あーあ。えーと、どうしたの?
「リルチェ。どうしたのこのぐらいで?」
「だって!だってぇ!!」
シアは困った顔できょろきょろした。
それからおそるおそるリルチェの顔を覗き込む。
どういうことなのか。私はもう一度リルチェに尋ねてみた。
「リルチェ?」
「だって・・・お姉さまに貰った服なのにぃ」
私が?
そういえば、リルチェの着ている服は私がちょっと前に買ってあげた服だ。
なんだ、服ぐらいまた買ってあげるのに・・・。
私は苦笑いを浮かべるとハンバーグの肉片を摘まんで退かすと肉汁とソースがべっとりと付いた服に手を向けた。
―――消去
汚れを狙って消す。
「お、お姉さま・・・」
綺麗になった服を見て漸くリルチェが泣きやむ。
「はい、これで仲直りね!」
私の言葉にリルチェはシアの方をおそるおそる向いた。
シアが先に頭を下げる。
「ごめんなさい」
「・・・ごめんなさい」
そう言うや、リルチェはナポリタンを小皿にとって、シアの方に差し出した。
「あげるわ」
「え?良いの?」
「良いわよ。別に」
シアも自分のハンバーグを小皿に分けてリルチェに渡した。
リルチェはそれを無言で受け取る。
「えへへ、これもおいしいね!」
「そう、よかったね」
◇◇◇◇◇
午後からもリルチェの補習があるようだ。
「なんでリルチェは補習を受けているの?」
特に成績が悪い印象も無かったのだが。
いや、リルチェは年齢を考えれば優秀すぎるぐらいなはずだ。
「戦闘訓練が苦手なんです」
そうなのか。
必修科目ではないはずだけど、このご時世だ。戦闘訓練を受講する生徒は多い。
私たちも戦闘指導教官のエレスさんや魔法指導教官のミリアさんにはよく扱かれたものだ。
しかし、リルチェは若干6歳なのだ。
体格を考慮すれば、この手の訓練の遅れは仕方がないだろう。
「りるちのそれってあそびなの?」
「遊びじゃありません」
リルチェは熱心に木剣を振っている。
エレスはそれを見ながら苦笑した。
「あんまり無理はするなよ」
「大丈夫です!」
「シアもふりたい!」
「いいぞ」
エレスが手に持った木刀をシアに投げた。
受け取ったシアはその木剣を思うままに振った。
あれ?
その動きは妙にさまになってる気がする。
何かの型?
「ほう、舞の剣か」
エレスがシアの太刀筋を見て、そう呟いた。
舞の剣?
はっ、として私は呟いた。
「それってラフェスタの?」
私の問いにシアが笑顔で答えた。
「ばっちゃにおしえてもらったの!」
シアは一回、えっへんと子供っぽい仕草で得意がるとまた器用に剣を振り始めた。
それを見たリルチェが怒った。
「型がむちゃくちゃです!」
「ええ??」
あはは、リルチェは真面目だな。
リルチェは怒っているがシアの動きは凄く良い。
リルチェはむーむーと唸りながら、シアの動きをちらちらと見ている。
型にはまったリルチェと型破りなシア。
案外、良い練習になるのかもしれないなぁ。
すると。
「うりゃああ!!しねえええ」
「あははは」
そんな声が聞こえて、私は声の聞こえた後ろの方を向いた。
「な、何やってるの?」
「いつもの喧嘩見たい」
そう呟いて様子を眺めているミルカ。
ミーナさんは止めようか、どうしようかおろおろしている。
木剣をぶつけて戦い始めたのはユフィとユリアだ。
何かあれば喧嘩をしないと気が済まない程に仲の良い二人は空いていた木剣を使って稽古を始めたらしい。
「お前のどてっぱらに良い奴をお見舞いしてやるです」
「嫌ですよ。子供が産めなくなってしまったら彼が悲しみます」
はぁ。
どうして決闘が始まったのか知らないけれど、相変わらず元気な二人だな。
二人は全力で剣を重ね合う。
どちらも不得手な方のはずだが、中々に堂には入った鋭い剣筋だ。
まぁ、何でも器用にこなすのがあの二人だ。
今更、この程度で驚くことでも無い。
「元気が良いな、あいつら」
呆れ顔のエレス教官が頭を掻いた。
私は教官に近づくと質問した。
「エレス先生はラフェスタの剣技をご存じなんですか?」
私の質問にエレス教官は頷いた。
「…師匠。いや、ユキアは舞の剣も使えたからな。舞の剣を真伝以外は使えると言っていたよ」
「真伝?」
「そうだ。舞人になるための剣舞だ。その舞を舞神に奉納することで舞人が生まれるらしい」
そうなんだ。
そういう儀式があるんだ。
「しかし、失伝している」
「え?どういうことですか?」
意外な言葉に私は思わず聞き返した。
「元々、神官の一族の口伝のみで伝えられていたらしいが、先の大戦で神官の一族は全員死んでその舞はあの一族から失われてしまった。ユキアもそれは見たことがないらしい」
「そう・・・なんですか」
それは。
きっとあの一族にとって大切なものだったのでは無いだろうか。
それが失われたことは、きっと残念なことで。
失ったものを取り戻すために未だに旅を続けるあの人たちには本当は必要な物のはずだ。
もしも、返せるなら返してあげたい。
私は小さく呟いた。
「ユノウスなら・・・分かりませんか?」
「どうだろうな。なんだあいつに聞いてみるのか?」
その言葉に私は小さく頷いた。
今まで、私は彼らの事を追ったりしたことは無かった。
自分でも驚くほどに無関心だった、と思う・・・。
いや、違う。
避けていたのだ、意図的に。
だって、私にとっての母やフィロとの思い出は大切なモノだけど、同時にとても辛いモノだ。
考えるだけで今でも胸が苦しくなる。
それでも出会えたのだから知りたいと思った。
今更だけれど、彼女たちの事を聞いてみたいと思った。
私の母たちの事を、故郷の事を。
今更、都合よくだけど知りたいと思った。
◇◇◇◇◇
ユノウスの話が聞けたのは次の日の放課後だった。
シアを一時的にシエラに預けると私はユノウスを訪ねた。
彼は会長室に居た。
彼はいつも忙しそうにしている。
ただ、私たちの前では忙しいような態度は余り取らない。
私が部屋に入ると彼は席を立って手を挙げて軽く会釈した。
「やぁ、アリシス」
「えーと、お仕事大変な感じ?」
「どうかな?こんなものは趣味みたいなものだしね」
彼はそういうと山となった書類を横に動かし、席を離れて紅茶を入れ出した。
「あ、お構い無く」
「良いよ。僕も飲むついでだ」
彼はやたら複雑な魔法式を使って茶葉を蒸すと紅茶を淹れた。
「どうぞ」
「どうも、今の魔法式って何?」
「紅茶を美味しく入れる魔法さ。その名も 黄金律」
えーっと、今の冗談かな?笑った方が良いのかな?
私が困惑していると彼は苦笑いを浮かべながら言った。
「気にするな」
「う、うん」
紅茶を一口、口の中に含む。
想像以上に芳醇な香りがすうっと鼻を抜けた。
美味しいけど、本当に凝り性だな・・・。
「用件を聞こうか」
「うん、えーと。ごめんね」
「何が?」
なんというか。彼に会う理由がこんなのばかりだから。
私はまず謝った。
便利な道具みたいにユノウスを扱っている気がする。
私は彼に昨日の昼のことを話す。
「失伝しているラフェスタの剣舞を知りたい?」
私の言葉にユノウスは困惑した様子だった。
「そうなの。知ってたらで良いんだけど」
すると、ユノウスは神妙な顔で呟いた。
「僕が学生時代に王立学院の蔵書を調べているときにとある文献の貸出履歴にある人物の名前があったんだ」
「え?」
彼は何を言っているのだろう?
困惑する私に彼は続けた。
「アイラ。君の母親だ。君の母親はどうやら神皇の舞いについて調べていたらしい」
「神皇の舞い?」
なんだろう。それは?
「ラフェスタの真伝の名前だよ。それを踊れるものが舞人になるらしい」
私は息を飲んだ。
舞人。
ユーロパの祝福をもった者。神処の導き手。
「知っているの?ユノウス」
「いや、済まない。オデンの知識も保有している僕もそれがどんなものなのかは知らないし、見たことは無いんだ」
そうなんだ。
オーディンやユノウスが知らないのならたぶん、誰にも分からないだろう。
「だが、君の母親は知っていたかもしれない」
「え?」
こういう言う言い方でも口にする以上はユノウスが間違えることはほとんど無い。
つまり、母はそれを知っていたということだ。
どうして?
母はどこかでそれを教わっていたの?
私には想像もつかない。
「よし、尋ねてみるか。王様に」
お兄ちゃんに?
どうして?
困惑する私の手をユノウスは引いた。
「ほら、行くぞ」
「う、うん」
◇◇◇◇◇
まさか、こんな時間に王さまを呼び付けるとは・・・。
ユノウスの非常識な行動に私は恐縮してしまった。
応接室に我が物顔で座るユノウスの横で私は居心地悪く座って居た。
思えば、もう随分と王宮に帰っていないなぁ。
ここがある意味で自分の家という感覚が本当に無くなった。
ライオット王は普段着で現れた。
何事かという顔のライオット王が溜息をついた。
「二人で来て結婚でも報告に来たかと思ったぞ」
「なんだ。そんな理由でもなきゃ会えないのか?」
そう嘯くユノウスにライオット王は苦笑した。
「俺は王だぞ。ユノウス」
「はは、その前にアリシスのお兄ちゃんだろ」
笑顔で誤魔化そうとしているユノウス。
そして、その言葉に意外そうな顔をしたライオット王はすぐに笑った。
「なるほど。俺はお兄ちゃんだったな。それでアリシスの用はなんだ?」
そう言って私の方を向いたライオット王に私は慌てて手を振った。
私の方は状況が読め居ないんです!
「?どういうことだ?」
「ライオット王。アリシスの母、アイラがラフェスタの秘伝、神皇の舞いを調べていたという事実を知っているか?」
その言葉にライオットは驚いたような顔をした。
「アイラがそれを調べていた?」
この反応から見るに初耳だったのだろう。
「そうだ。まぁ、おそらくだが」
ライオットは難しそうな顔で呟いた。
「ふむ、そういえば、いくつかの文献に本来は秘伝のはずの神皇の舞いを初代テスタンティス王の前で踊ったという記述があるな。ラフェスタの民とテスタンティス国は建国以来の付き合いらしいから、探せばそういう文献は多いんじゃないのか?」
「さすがによく勉強しているね。王立書庫の全書を一通り読んだ僕もいつくかの文献をあげられるよ」
全書を一通り…。さらっとトンデモナイ事を言い出したユノウスにライオット王は苦笑を浮かべた。
「お前の博識は分かったが、それで俺に今更聞くことがあるのか?」
「ある」
ユノウスの断言に王は目を細めた。
正直、何でも知っているようなユノウスに物を聞かれるという事は珍しいことだ。
彼から言わせれば、そういう態度は不満だろうけれど、私たちからすれば彼の知識の深淵の底の見え無さの方が余程、非常識なのだ。
だから、これはかなり珍しいことになるだろう。
「アイラが最後に踊ったものを見たね?」
ライオットは驚愕した顔で呟いた。
「何?」
ユノウスは続ける。
「神皇の舞いとは舞神ユーロパがこの世界に降り立った時に人に送った舞いだと言われている」
その言葉から一つの事実に思い至り、ライオットは目を見開いた。
「まさか・・・俺の見たアイラの最後の舞いが神皇の舞いなのか?」
「そうだ。その舞いを神の力に頼ることなく人が踊り、その舞いを舞神に奉納する事ができれば、祝福が得られるはずだ」
断言するユノウスにライオットは困惑した言葉を出した。
「確かにそれを俺は見た。しかし、アレを口に出して説明する事は困難だぞ」
「僕なら魔法でその記憶だけをコピーできるよ」
そう言われて、ライオットはユノウスの顔をまじまじと見た。
「それをアリシスに伝える。どうだい?君にとってそれは可能なことかい?」
私は慌てて制止した。
「待ってよ!それはさすがに駄目よ」
記憶は大切な物だ。
そう簡単に貰って良いものでもない。
まして、兄にとって母の記憶は……。
「アイリスは見たくないのかい?君のお母さんが最後に遺したものを?」
つっ。
私はユノウスのその言葉に声をなくした。
何も言えなくなる。
駄目だ、何か言わないと。
これじゃ、見たいと白状しているようなものだ・・・。
本心を言えば、私は…。
「僕は君たちの意志に任せるよ」
すると、ライオットがその口を開いた。
「いや、もし、それが事実なら、それはアイラがみんなに遺したかったものだ。アリシス。受け取ってやってくれ」
「お兄ちゃん」
「両名とも、良いんだな?」
二人が頷くとユノウスは魔法式を発現させた。
ユノウスの手が兄の方にすぅっと伸びる。
―――記憶探知
―――記憶複製
ユノウスの鮮やかな魔法式の展開に私は息を飲んだ。
「受け取るんだ。アリシス」
言葉と共にユノウスの手が私の方に伸びて。
そして、私は母の最後の姿を見た。
私はそれを心に刻んで刻みつけて頷いた。
「分かったよ。ありがとう、お兄ちゃん」
◇◇◇◇◇
王と別れた帰り道。
ユノウスが私の顔をのぞき込みながら呟いた。
「大丈夫?」
「あはは、うん。平気」
「そうは見えないが・・・」
そうなのかな。
そう見えるならそうなのだろう。
うん、やっぱり全然平気じゃないかも・・・・・・。
「僕に出来ることなら言ってくれ」
「今日は優しいね・・・」
甘えて良いのかな。
私はユノウスの腕を掴んだ。
彼の胸に顔を押し当てる。
「少しだけ」
「ああ」
私は目を伏せた。
ほんの少しだけ涙がにじむ。
頭の中は悲しい気持ちでいっぱいだった。
「やっぱり、母の最後を見るのはつらかったか?」
そうだけど。
でも、違った。
「違うの」
「違う?」
そう。
過去の映像を見て私が一番に辛く、哀しいと感じた事は違った。
一番強く感じた事は・・・。
「お兄ちゃんの気持ちがつらいの・・・」
「そうか」
兄の感情が悲しかった。
兄がどれだけ大事な物を喪ったのかが分かって。
悲しくなる。
「お兄ちゃん、本当に凄くお母さんのこと好きだったみたい」
「そうか」
きっと、その失った気持ちは私が今、抱えている気持ちと同じだから。
だから、想像すると想像しただけど心が張り裂けそうになる。
兄の心の慟哭を知った。
苦しくて、切無くて、こんなに辛いことなんて、きっと他に無い。
だから、私は悲しくなった。
「悲しいよね。つらいよね。一番大好きな人が居なくなるなんて」
「ああ、分かるよ。その気持ち」
え。
私は思わずユノウスの顔を見た。
私はその時見た。
そう呟くユノウスの瞳がどこか遠くを見ているのを。
兄と同じ顔をしている。
こんな顔をしているユノウスを私は初めて見た。
胸の鼓動が跳ねあがった。
どういうことなの??
そうか・・・そうだ。
ユノウスには過去が、前世がある。
そこで何があったのか私たちは何も知らない。
何か。あったのだ。
・・・なにがあったの・・・?
「・・・ユノウスも何かを失ったの?」
その言葉にユノウスは驚いた表情の後、わずかに顔を曇らせた。
少し間があって、彼は笑いながら言った。
「ああ、僕もまぁ、随分と昔に色々と失ったことがある。でも、それもいつかは過去になるんだ」
ほんとうに?
不意に不安になって私は尋ねた。
「僕らは何でも勝手に過去にして前を見るしかないんだ」
「ゆのうす・・・?」
「何もかもが解決するわけじゃないんだ。それでも時間は全てを過去にしてくれる。それで良いんだよ。僕も王もそれを分かっているさ。気に病むなよ。アリシス」
その言葉を呟くユノウスの姿が兄に重なり。
私は何も言えなくなってしまった。
◇◇◇◇◇
次の日。
私はシアのおばあちゃんにこの件を相談することにした。
おばあちゃんはこの話を聞いて酷く動揺した顔をした。
「神皇の舞い?」
「はい」
「それをアイラが命かけて復活したと・・・?」
「はい」
母の最後に踊ったあの踊りは間違いなく神皇の舞いだ。
私は兄の記憶からその踊りを見た。
今の私ならそれを彼らに伝える事が出来ると思う。
私のその言葉を聞いたおばあちゃんは一転して穏やかな顔になった。
小さく呟く。
「・・・ああ、そうかい」
おばあちゃんは私を見つめると言った。
「なぁ、そういうことなら、それを公演の最終日の最後に踊ってくれないかい」
え?
私はその言葉に酷く動揺した。
「それはその・・・」
難しい注文だろう。
私の踊りの技術ではたぶん、不可能だ。
「元々、ラフェスタの公演は神に芸を奉納する儀式だったものだ。そこでそれを踊れば、お前は舞人になれるかもしれない」
「でも、私では・・・」
「出来不出来は良いさ。踊って欲しいのさ。それが一族の悲願の一つなんじゃよ。アイラやわしらの為にも踊ってくれんかね。アリシス」
そう言われて私は悩んだ。
出来るとは思えない、でも、それでも応えたと思った。
だから私は頷いて言った。
「分かりました。やってみます!」
◇◇◇◇◇
どうしよう。
たった一週間でライオット王から受け取った記憶の中にある神皇の舞いをマスターして、踊れるようにならないといけない。
幼少期の大昔はさておいて、今ではダンスなんて簡単なものでも踊れるかどうか・・・。
運動服に着替えて練習を開始した。
ひとまず出来そうなステップを踏んでみて、転び、お尻をつきながら、自分の無様さに途方にくれた。
ダンスのようなモノを練習しているとリルチェとシアがやってきた。
なんだか、二人は気が合うようでよく一緒に遊んでいる。
「おねえちゃん、おどるの?」
「そうなんだけど・・・」
苦戦中である。
するとシアが手を挙げて言った。
「シア、おどるのとくいだよ!おしえてあげる」
シアちゃんがそう言うと横のリルチェがむっとした様子で言った。
「シアに教えられるようなお姉さまではありません!!」
「えー、とくいだもん」
そういうことなら教わろうかな。
ここはこの少女の手を借りてでも踊れるようにならないと。
「お願いしても良い?」
「まずねー」
シアから踊りを教わる。
しかし、どうにも要領が得られない。
シアは必死に「こうで、こうなの!」と(彼女なりに)説明してくれるのだが・・・分からない。
「たん、たん、たーん!」
「たん、たん?」
「たぶん、こうですわ。お姉さま!」
「ちがうよー!こー!」
何故か一種に練習を始めたリルチェと一種に頭を抱えていた。
拙い。
このままじゃ、本当に良くない。どうしよう・・・。
すると。
「よう。ユノウスに頼まれて来てやったぜ」
そう言って一人の少女が練習場に入ってきた。
私はその顔を見て驚いた。
「ユキアさん?」
「よぅ、アリシス。舞剣は真伝以外いけるからな。私に任せな!」
良かったよ、頼もしい援軍だ。
◇◇◇◇◇
「おう。駄目だな、こりゃ。時間が足らん」
舞剣の型の基礎をいくつか教わったところでユキアがそう言って首を振った。
ですよね・・・。
「一週間でマスターなんて到底無理だな」
「はぁ・・・」
落ち込んだ私にユキアが苦笑いを浮かべながら提案した。
「ユノウスに頼んでスキルコピーでもするか?」
「ううん!自分で覚えるよ!」
しかし、私、踊りの才能はまったく大した事無いな。
魔法なら結構得意なのに・・・。
「ん?魔法??」
あ。
そうだ。魔法を使えば私にも踊れるかも!
内燃魔法式のマリオネットとオーヴァーナイトを起動する。
魔法による制御で動きを忠実に再現すれば・・・。
私は魔法の力を使ってユキアさんの動きを再現してみた。
「どう?」
「どうって・・・まぁ、一応、形にはなったな」
そう言ってから、ユキアは苦笑いを浮かべる。
「ただ、堅いというか機械的と言うか。そのままじゃ踊りとは言えないなぁ。そもそも神の力を借りずに独力で踊らないと駄目なんだろ?」
そ、そうだった。
魔法は駄目だった・・・。
まぁ、最悪本番はこれで誤魔化せるかもしれないけど・・・。
おばあちゃんの願いを叶えたとは到底言えないだろう。
こまったなぁ。
「まぁ、動きを覚えて慣れるのには良いかもな」
そういうとユキアは構えた。
「私が応用の型を踊る。それをマリオネットで自動追尾して踊るんだ。いくぞ」
◇◇◇◇◇
その日の夜。
私はシアと一緒にお風呂に入っていた。
「おねえちゃん、きゅうにうまくなった」
「そ、そう?ありがとう」
あ、あれは魔法だからなぁ。
「シアちゃん。頭洗ってあげるね」
「うん」
洗剤を掛けて髪を洗う。
「わー、しゅわしゅわなんで?」
「目に入ったら危ないから閉じてね」
「んー」
私はごしごしとシアの髪を洗う。
すると、シアの頭に大きな傷があることに気が付いた。
「シアちゃん。この頭の傷は?」
私の言葉にシアは直ぐに何の事か気づいたようだ。
笑いながらシアは言った。
「いのししまじゅうにやられたの!あのときはたいへんだったよ!」
なんて事無いように言うが相当に大きな傷だ。
そっか。
旅団ではこんな小さな子供でも死にそうな目に遭っているのだな。
私はシアに抱きついた。
「おねえちゃん?どうしたの??」
「ううん。なんでもないよ」
私の知らない世界がたくさんあるんだな。
私の知らない世界で今日も人が生きていて、死んでいる。
私はそれを知らなくて、知ろうとすら思わなくて、ただ酷く無関心で残酷で冷たい人間なのかもしれない。
だからって全てを知ることなんてできないし、救うことなんてできない。
子供なのかな。私は。
私はシアちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「おねえちゃん?」
「なんでもないよ」
せめて守りたいと思うモノを守ろう。
愛おしく大切に想えるモノをこの手で。
この想いのままに。
◇◇◇◇◇
練習4日目。
私は今日も学校の運動場で踊りを練習していた。
連日、ヒールを使いながらの猛練習だ。
授業が終わると一日中練習に明け暮れた。
そして、その甲斐あって、私は漸く基礎の動きをマスターした。
もっとも、その程度の成果と言う方が正しいのかもしれないけれど・・・。
「魔法無しでも多少は様になってきたようだな」
「ありがとうございます」
ユキアが目を細めた。
「次は、いよいよ。神舞いか」
「はい」
私は緊張しながら頷いた。
記憶の中の舞いをゆっくりと踊り始める。
よし。
基礎の動きをマスターしたお陰で見違えるほどに良くなっている。
「どうですか?」
「あー、んー」
ユキアは首を捻りながら呟いた。
「駄目じゃ無いがー。やっぱ経験値不足だな」
「そう・・・ですよね」
本番まであと2日。
さすがに完璧に踊るのは難しいだろう。
ラフェスタ一座の興行は既に始まっている。
私が参加する最終日まで時間が全くない。
「ひとまず、完璧に踊るのは無理にしても、次の機会もあるだろうしな。公演には出る気なんだろ?」
そうなってしまうだろうか。
神に認められるだろう達人級の舞となるとさすがに私には難しそうだ。
私はユキアさんの言葉に頷いた。
「はい、出るつもりです」
「じゃ、恥ずかしくないレベルに踊れる事を目標にするぞ」
「分かりました」
私たちが今後の方向を確認していると運動場に一人の青年が現れた。
ユノウスだ。
「よう、精が出るな」
「ユノウス、どうしたの?」
「これを作ってきた」
これ?
それは私でも見たことがあるものだった。
黒くて四角い箱上の物。
ユノウスが持ってきた物はユノウス商会で販売している音を録音できる魔法器だ。
そんなものを何に使うのか?
それは市販品だけど彼は作ってきたと言った。
何か特別な別物なのか?
ユノウスはそれを起動した。
どこか哀愁を感じさせる音楽が流れる。
ああ、作ってきたのは曲か!
でも、この曲……。
私はそれを聞いて思わず目を見開いた。
「この音楽の節…」
「文献から拾ってきた音譜から再現した神皇の舞の音楽だ」
ユノウスはそう言って笑う。
私はこの曲の節を聞いたことがある。
「フィロの」
「ん?」
「フィロの口ずさんでいた唄に似ている・・・」
「そうか」
本番はこの曲に合わせて踊るのか。
きゅとこみ上げてくる想いに胸がなんだか苦しくなった。
「合わせて踊ってみるか」
ユキアの提案に私はちょっと戸惑った。
「は、はい」
ユノウスが曲を流した。
私は曲に合わせて手を動かす。
驚くほど踊りと曲は合った。
たった一回の合わせで驚くほどにぴったりと舞いの動きと曲の節が合う。
リズムが分かる。
早すぎて踊りにくいところや遅すぎたところなどが修正される。
踊りにくさが減って凄く動きやすい。
同時に躰と気持ちが曲と舞の動きに乗ってきた。
耳の奥にフィロが唄ったあの唄が聞こえて来る気がする。
心と体が一つになって、妙な高揚感と苦しさでいっぱいになった。
曲が終わって、舞いが終わった。
私は肩で息をしながら二人を見た。
ユキアは少し驚いた顔で呟いた。
「悪くないな」
「ああ、気持ちが乗ってる感じがする」
そうかな。
なるほど。気持ちが乗った分だけ「踊り」になったのだ。
踊りは自己表現だから。
私のまねごとの踊りもどきじゃない。
本当の踊りに近づいた。
「ただ、問題かもな」
ユノウスが私の踊りを見てそう言った。
「問題?」
彼は私を見つめると呟いた。
「アリシス。笑いな」
「え?」
困惑する私を見て彼は心配そうな顔で言った。
「そんな顔で踊っちゃ駄目だろ」
◇◇◇◇◇
「聞いてください!お姉さま!シアってば文字が読めないんですよ!」
晩ご飯の支度をしているとリルチェがそう報告をしてきた。
慣れてきた二人は最近は良くこんな感じで喧嘩を始めている。
「おねちゃん!りるちがいじめるー!」
そう言って私に抱きつくシアを引き剥がしにかかるリルチェ。
「なんで文字が分からないの?」
「もじはなくてへいきーなの!」
へー。そうなのか・・・。
「もぅシアってば、本当に野生児なんだから!」
「やせーじ?なに、それー?」
「川をまっぱで泳いだりするんですわ」
「そんなのふつうだもん!」
「違います。ふつうは水着を着まーす」
「そんなの!りるちがへんなんだぁ!」
お互いに随分と文化が違うようだ。
私は微笑ましい光景に笑みを浮かべた。
すると、リルチェが手に持った絵本を掲げて言った。
「子供っぽいシアに文字を教える為に絵本を読んであげます」
「ほんとう??わーい」
「ちゃんも文字を覚えるんです!」
「えー?もじはむずかしいからいいよー」
「だーめ!」
あはは、なんだか妹の面倒を見るお姉さんみたいだ。
私は作り終えた料理を子供たちの前で広げた。
「じゃーん、今日は唐揚げだよー」
「わぁ、わぁ!いいにおい!」
「お姉さまの唐揚げは絶品ですよ!」
あはは。最近は料理で失敗することもなくなってきた。
簡単な揚げ物ぐらいならまず失敗しない。たぶん。
無邪気な子供たちを見ていると疲れが吹き飛ぶ気がする。
うん、明日からまたがんばろう!
きっと、それがシアちゃんの為にもなるだろうから。
◇◇◇◇◇
楽しく踊る。
それがなかなか難しい。
あの曲と、踊りと、それに纏わる想いと。
私にはその全てが重すぎる。
ついに、公演の最終日が明日となった。
その日、私はシアのおばあちゃんに呼ばれていた。
彼女は煌びやかな踊り子の衣装を私に差し出した。
「その衣装はアイラのさね」
彼女がそう呟いたので私は驚いた。
母の?
すると、おばあちゃんはこう切り出した。
「アイラはワシの子さ」
突然のその告白に私は酷く混乱した。
「え・・・?ええ!?」
つ、つまり。
シアのおばあちゃんが私のおばあちゃん?
「ああ、そうさ。シアもおまえもワシの孫さね」
シアちゃんと私が親族だったなんて。
そ、そうか。
そうだよね。
親戚が居ておかしくないよね。
まさか、おばあちゃんが本当におばあちゃんだったとは。
「あの子はワシより先に死んでしまったねぇ、まぁ、それも運命さな」
そうだ。私はそのことを彼女に告げたのだ。
自分の娘の死を唐突に告げたのだ。
今更ながら、酷く残酷な事をしたと私は思った。
それなのにあの時、彼女は笑った。
今も笑っている。
「最後にもうひとつ、頼みたい事があるさ」
「頼みですか・・・?」
「わしの記憶を貰ってくれんかい?」
私はその言葉の意味に戸惑った。
人の記憶を受け取る魔法があることを知っているのも意外だし、なによりどうして私に自分の記憶を渡そうと思ったのだろう・・・?
「どこでそんな話を…」
「お前さんの彼氏だろ。あの男の子がワシの処に来て、提案したんだ」
思いがけない言葉に私は困惑する。
えーっと?かれし?
だ、誰?
…まさか、ユノウス?
「彼が・・・何を?」
「お前にわしの娘、お前の母の記憶を分けてやってくれとなぁ。そういうことじゃ。人がええ子じゃのう」
どうしてユノウスがそんな提案をしたのだろう?
私は困惑の色をますます深くした。
「それにわしの踊りの経験ならきっと少しは役に立つよ」
「で、ですが…」
「あの子が神皇を求めたんはわしのせいじゃ」
母が神皇の舞を探していた理由はおばあちゃんにあると言うことなの?
「え?」
「ワシが探しとったと。ずっと。あの舞は」
「どういうことですか?」
「あの子はなんも言わんと。でもね。あの子はわしらの為に旅団を出たんよ。きっと」
どういうこと?
「わしとわしの親友の夢じゃったけ。かみまい踊るんわね」
口を閉ざす私の前でおばあちゃんは言った。
「受け取ってくれんね。わしらの想いを。頼んます」
「でも…」
「頼みます」
そう言っておばあちゃんは頭を下げた。
私は小さくなったその姿に胸が苦しくなった。
その言葉に込められた万感の想いを感じて、私は何も言えなくなってしまった。
どうしてなのか。
記憶を受け取れば全て分かってしまうのだろう。
私は小さく頷いた。
「分かりました」
私は記憶を読むための魔法式を発動させた。
そして。私は…。
◇◇◇◇◇
≪おばあちゃん=リフェルの記憶≫
昔の話だ。
わしはとんだ跳ね返り娘でいつも不満ばかりを口にしていた。
何もかもが不満で不服だった。
夢を見ていた訳ではない。
逆だ。ラフェスタの人間がいつまで夢みたいなことを言っているのか。
それが不満だった。
当時の団長にわしは良く言ったものだ。
「こんな阿呆みたいな旅をいつまで続けるんだ」
「リフェル!」
「国はもう無いんだ。腰を落ち着かせて町を作るべきだ。こんな旅団じゃ子供を増やすこともできやしない」
わしの言葉に団長は苦い顔をしていた。
まともに取り合ってはくれなかったが説教のような言葉も無かった。
きっと、わしと同じ漠然とした不安を団のみんなが抱えていた。
それでもいままでこうやってきてもうそういう生き方しか知らないのだ。
呪いの様に旅を続けて朽ちて死に果てるしかないのだ。
◇◇◇◇◇
ちょと頭を冷やせと言われて、わしは旅団のテントから若干離れた場所にあった大きな岩の上で胡坐をかいていた。
今日は罰として飯抜きだ。
すると、わしの状況をどこかで聞いたのか幼馴染の少女が歩いてきた。
「リフェル。また団長を困らせたの?」
「なーに、いつものことさ」
少女の名前はセララ。
団の華役。
旅団の興行で一番最初に舞を披露する一番華の踊り子だ。
「また悩んでいるの?」
「そうさ。ずっと考えてる」
「私はリフェルみたいに考えるのは苦手だなー」
「セララはわしとは違う。一座一番の踊り子だからね」
「リフェルは我がままを言っているんじゃないのは分かるよ」
彼女はそう呟いた。
「リフェルはみんなの為に言ってるんだもんね」
わしは無言でセララの言いだしたことを聞いていた。
「でも、きっとみんなまだ駄目なんだと思う」
「駄目ってなんじゃ?」
「私たちはリフェルみたいに強くないんだ」
そんなことを言われて私は困惑した。
別にわしもそんなに強い訳ではない。
「リフェル。私ね。夢があるの」
「夢?」
「うん、知ってる?ラフェスタの踊りには舞人に成る為の儀式、真伝と呼ばれる踊りがあるって」
当時のあの少女は遠くを見ながらわしに言った。
「みんなが道に迷っているなら導きたい。私、舞人になりたいの」
◇◇◇◇◇
今となっては踊りなんて興味はない。
踊りなんて、発情した雌の求愛活動だ。
人が踊ることなんて七曜鳥が七色の羽を広げるのと同じことだ。
かの有名な情欲の町でわしは娼婦どもの踊りを見た。
酒場の異様な雰囲気の中で少女たちはほとんど全裸に近い姿に僅かな布きれを付けて踊っていた。
怪しげな光源に映し出された少女たちは雄達に見せつけるように腰を激しく揺らし、己が肉体を見せつけるように踊っていた。
扇情的で、妖艶で。
男どものギラつく目に晒されてより一層、艶やかになる。
わしはそのことに酷くショックを受けたのを覚えている。
旅団の踊りはそういう物ではない。
芸として一本筋が入っている。
分かってはいるが。
結局、結論は其処に行きつく。
そう思った。
わしは剣舞の天才と呼ばれていた。
旅団には二つの舞がある。奉舞と剣舞だ。
その二つは本質において一緒であり、結果として違う。
わしの剣舞は惑わしによって人の命を絶つ舞いだ。
わしは旅団の護衛の一族だった。
だから舞いとは道具であって手段であって、それ自体が理想でも目標でも無かった。
わしはセララ程、踊りに対して、舞に対して、純粋でも真摯でも無かった。
そのことを理解したから、いつしか、わしは剣舞以外の踊りを踊らなくなった。
そんなある日。
あの日は良く雨が降っていた。
わしらは山路を旅していた。
そんな中で山が崩れた。旅団の一部が飲まれてわしらは慌てた。
幸い、死者は出なかったがセララが大怪我を負った。
その報を受けた私は大慌てでセララのテントに向かった。
「セララ!無事なのか!?」
わしがテントに入ると旅団の施術師が処置をちょうど終えたところだった。
「リフェル…。わたし…」
わしはセララの姿を見て愕然とした。
少女の片足が半分無くなっていた。
彼女はうつろな瞳で呟いた。
「どうしよう。もう踊れなくなちゃったよ」
◇◇◇◇◇
「セララが踊れなくなった以上、新たな一番華を選ばないとな」
団長のその言葉にわしは反吐が出るような気分になった。
わしは一族の集会を抜けるとセララのテントに向かった。
セララはベッドの上にいた。
「あ、リフェル」
「セララ、寝てなくて大丈夫なのかい?」
「うん、もう平気だよ」
「そうかい」
「早く直して、杖をついて歩く練習をしないとね」
その言葉にわしは唖然とした。
「旅団についていくのかい?」
「何よ。リフェルまで私を捨てていくの?」
「え、そういう訳じゃ」
待て…わしまで捨てる?
セララにそんな話をした人間がいるというのか?
「団長に次に大きな町についたら其処で団から外れないかって言われちゃった。でもね、私は旅団に付いて行くよ」
「あいつ…」
「私には夢があるから」
そんなこと。もう、無理だろう。
「ねぇ、リフェル。わがまま言って良い?」
「なんだよ」
「次の一番華はリフェルがやってよ」
意外な言葉にわしは眼を見開いた。
「なにを言っている。わしはそんなによう踊れないよ」
「踊らないだけじゃない。私は知ってるよ。リフェルは踊りの天才だって」
そんなことを。
「私の代わりに踊ってほしいの。私の夢を叶えてよ」
少女の言葉でわしは困惑した。
「わしは」
「ごめん。冗談…忘れて」
そう言って少女は下を向いた。
その瞳に涙が見えた。
わしはリフェルの苦しい表情に心を決めた。
「分かった。わしがセララの足になるよ」
「え?」
「決めったんじゃ。わしは泣く子に弱いけえのう」
何よ、それ。とセララが呟く。
わしは笑った。
◇◇◇◇◇
それから、わしは旅団の踊り子になった。
半年もすると一番華の踊り子になった。
セララは杖や馬に乗って旅団について来ていた。
彼女は興行で大きい町に着くと一番華で稼いで溜めていた貯金を崩しては本を買い集めて勉強をしだした。
いつしか、セララは旅団の人たちの教師になった。
様々な風習を改めて、文字を与えて。
地学を納めて、地図を読んで、天候を読んで。
いつしか旅団に欠かせない存在となった。
彼女は様々な街でラフェスタとローメンブールの事を調べていた。
真伝、神皇の舞いを探して。
それは遅々として進まず、彼女はいつも悔しそうな顔で言っていた。
「悔しいなぁ。踊りさえ見つかれば、リフェルなら簡単に踊れるだろうに」
結局、真伝は見つからなかった。
いつしか時が過ぎて。
わしもセララも結婚をして、子供を授かった。
わしの旦那さんは酷い変わり者で旅団の男じゃなかったよ。
突然、わしのおかっけを始めて、気がついたら旅団に入っていた男。
男に興味が無いと公言していたわしを結局、何年にも渡って付け回し口説き続けて遂に落としたわけだ。
本当の変わりもんだったよ。
セララはいつも彼女の世話をしてくれていた旅団の若い男とくっついた。
お互いに子供は二人ずつ。
わしは姉のアイラとその妹のシイラ。
セララの子は姉のフィロとその弟のオズル。
中でもわしの子のアイラは本当の天才だった。
あの子らを主に育てたのはセララだね。
わしは踊りや護衛の任が大変で中々一緒に居られなかった。
だからか、いつしかあの子も真伝を探すと口にし出した。
「私がママやセララおばさんの代わりにそれを見つけてきてあげるね!」
あの子は良くそう言っていた。
踊り子を始めるとあっと言う間に一番華になった。
それは見事な舞い手で各地の興行でも話題になった。
そんな頃にわしの旦那がこんなことを言い出した。
自分は実はテスタンティスの貴族なんだとか。
それが本当らしくて、旦那はどうもテスタンティスのどこかの貴族の三男坊らしい。
だからアイラには貴族の血が流れているらしい。
それがどうも旦那の家の者からバレたらしい。
だからなんなのだろうか?
何が言いたいのか分からずにわしは眉を歪めて本題に入れと言った。
話はこうだ。彼の国の王がアイラを妻としたいと言っているらしい。
わしはぽかんとした。こういう事態は初めてだった。
今まで、貴族の娘が旅団に居たことは無い。
貴族の求婚ぐらいはあっても王家から求婚されるなど無いことだった。
わしらは団長を交えて相談を始めた。
「大国のテスタンティスに睨まれたら旅団が続くか。お礼もあるなら彼女を出すしかない」
旅団の連中はそう言う意見が大半だった。
「…あの子の気持ち次第だ。それは譲らん」
それでもわしがそう告げると皆はあの子の返事を待ってくれることになった。
わしはアイラにそれを告げた。
彼女は最初ぽかんとした様子だった。
しばらく、悩んだ様だが、あの子は遂に決めた。
「うん、行ってくるよ」
結局、あの子は旅団の為に生贄になったのだ。
更にセララの娘のフィロまで付いて出ていくことになった。
あの子が去った日のことを今でもはっきり覚えている。
その夜。セララがわしのテントにやってきた。
「ごめんなさい」
「なにがじゃ」
「ふたつあるの。フィロがね。貴方の娘を炊きつけたかもしれない」
「そんなこと、ええがな。アイラは自分で決める子じゃけん」
「それにあの子がね…」
「ん?」
「テスタンティスには真伝があるかもって」
…。
「あの子はそれが理由で嫁いだか…?」
「分からない。でも、もしかすると見つけてあげられるかもって…」
そうか。まぁ、あの子はそういう子だった。
「夢が叶うとよかね」
「リフェル・・・」
「あん子の夢がきっとセララと同じなだけよ。きっぃと」
わしはテントを出て夜空を見上げた。
わしらは揃って娘を手放した。
ふいに寂しい気持がこみ上げてきたが、ぐっとこらえた。
「今日の星は綺麗かね」
なんで今日はこうもキラキラしてるのかね。
わしの瞳に映る星はまるで何かの水に反射して無数に煌いているようだったよ。
◇◇◇◇◇
その後も色々あった。
セララはあれから数年の後に他界した。
流行り病に倒れて、とある町で養生した後にあっけなく死んだ。
わしはそれを別の町で伝え聞いた。
セララの娘とわしの息子が結婚したのもその頃か。
結局、結婚式にセララを呼べずに二人は泣いていた。
二人が授かった子供の名前がシア。
齢だけにもう踊り子を引退したわしはセララ後を継いで、教師のまねごとをして過ごしていた。
そして、あれから、あの子が発ってから14年が過ぎて。
そして、今。
わしはもう一人の孫に出会ったわけだったのさ。
まるで、アイラの生き写しみたいな少女でさ。
お前みたいに優秀そうな良い子だったよ。
そして、また神舞いさぁねぇ。
呪われてるのかね。まったく。
いやいや、それでも嬉しかったさ。
ああ、セララ。
お前に良い土産が出来そうだ。
アイラ。
お前にも教えてあげないとね。
お前の子がどれだけ素晴らしい子に育ったかをね。
≪リフィルの回想、終≫
◇◇◇◇◇
興行の最終日。
曲が始まった。
私はまず、手を広げた。
光が私に降り注いで、身体を濡らした。
ゆっくりと舐めるように体を動かす。
そこからふいに加速した。
流れるような滑らかな動きで踊り始める。
今日になって、私は踊る気持ちが変わった。
せめて、彼女たちの想いのままに踊ろうと思った。
楽しいかは分からないでも、彼女たちの夢の為に踊ろう。
希望に満ちていて、光溢れる。
そんなものを夢見て、追い求めたはずだから。
曲が最高潮を迎えると私の踊りも激しくなった。
私の体も激しさを増していく。
記憶から読み取ったリフィルさんやお母さんの技が私の中にある。
だから、彼らの想いやこの踊りはきっと神様にだって届くはずだ。
届け。
神にだって。
天にだって。
母やみんなに。
私の想いを踊りに変えて届けてほしい。
手を宙に伸ばす。
届け。
曲が終わって私は踊りを止めた。
肩で息をし、汗をかいた体を抱いて座り込んだ。
空を見上げて一人、想う。
生んでくれてありがとう。お母さん。
私は何か返せましたか?
いま、私の想いは届きましたか?
ありがとう。
私は前を向く。
降り注ぐ光の方に向かい、私は笑顔を返した。
涙に濡れた瞳に光が煌めいて、私には無数の星の様に写った。
この光の先にみんながいる。わたしは一人じゃないよ。
ここには光が満ちていて。
それが嬉しかった。
◇◇◇◇◇
私が踊りを終えて舞台裏に戻ると最初に声を掛けてきたのは兄、ライオット王だった。
「あ…、お兄ちゃん」
「良い舞いだったな。ありがとう」
兄はそうとだけ告げると帰っていった。
どうして兄がそれを告げたのか分からずに私はしばらく困惑していた。
私が楽屋になっているテントに入るとみんながいた。
なんか妙に派手な飾り付けがされている。
どういう訳か凄い御馳走があったりして。
旅団の打ち上げかな?と思っていると。
すると、せーのとミルカが口で合図した。
「「「アリシス!誕生日おめでとう!」」」
大合唱に気押されて私は眼をぱちくりさせた。
あ…。
忘れてました…。
◇◇◇◇◇
またあの舞いを見る事になるとはなぁ…。
あれは俺にとって一番辛い思い出だった。
その舞いの意味が随分と変わったものだ。
あれでアイラが救われたのなら幸いだ。
俺も一緒に救われた気分だった。
「ぱぱ泣いてるの?」
「気にするな」
俺の子供のミランダがズボンをぐいぐいと引っ張る。
俺は苦笑した。
「もう、君は浮気性なんだから」
「そう言う事じゃないって」
ライオットは妻と子供の手を握った。
全てを失った気がしたあの日から。
こうして新しく得た物があって。
失っただけでなく繋がった物があって。
まったく、良いものだな。
「どうしましたか?王?」
小さい男の子を抱いたファリが現れた。
「ファリ、聞いてよ」
まったく。俺は溜息を吐いて感傷を吐きだした。
「そんな事実は無いぞ!」
笑って家族の方に向かう。
ありがとう。
さようなら、アイラ。
◇◇◇◇◇
巨大な篝火が起こる。
「新しい旅のお祝いだぁ、みんな踊るさね」
ラフェスタの旅の終わりは篝火ときまっている。
興行で使った木材を集めて焼くのだ。
旅に多くの荷物は持っていけないからここで燃やしてしまうのだ。
火を囲って、御馳走を食べ、酒を飲んで、踊り、歌い。
そして、次の旅に出る。
私は自分の誕生日会を終えるとみんなと一緒にそっちにも参加することにした。
「リフェルおばあちゃん」
「どうだい。舞人になれたかい?」
それは最初に確認していた。
だから、私は大きく頷いた。
「はい、そうみたいです。なんか実感はないんですが…」
我ながらあの踊りで良かったのか疑問が残る感じなのだが。
母やリフェルさんには到底及ばない出来だったし・・・。
「そうかい。ならみんなの夢が叶ったねぇ」
母やセララさんやリフェルおばあちゃんの夢が叶ったのだ。
それは良かったと思う。
「あの、私、旅団に入った方が良いんですか?」
「なんでね。舞人だからかい?気にすることなかよ」
「でも」
母は舞いを届けたかったはずだ。
「私、舞いをみんなに伝えたいです」
「そうね。じゃ、いつでもよかけんね、教えるのを頼んでみようかね」
「はい」
すると、一人の男の人がおばあちゃんを尋ねてきた。
「リフェル団長、ここにいましたか」
「おう、オズル。楽しい酒は進んでいるかい?」
お、オズルさんだ!
つまり、セララさんの息子のフィロの弟で…。
「ああ、アリシスさん。踊りは見ましたよ。いやー、君はお義姉さんにそっくりだね」
「え、あ」
「シアを預かってくれてありがとう。どうにも興行中は忙しくてね」
すると、続けて一人の女性が現れた。
この人はシイラさんだ。
「わ、本当にアイラ姉さんにそっくり」
みんなしてそういう。
そ、そんなに似てるかな?
そんなにはたぶん似て無いよね?
「ぱぱーままー」
そういってシアが二人に抱きついた。
「おかえりー」
「お帰りはおまえだぞー、シア」
「ただいまー」
あははと三人は笑いあった。
私もなんだが自然と笑顔になる。
「とかいはすごいよ!あのね、おにくがね!ふわふわでじゅわーで、それとかこんがりでかりかりでー」
「そうかーシアは肉の話ばかりだな」
「うん、ともだちもできたよ!あのね、りるちっていうの!」
はは、リルチェとは随分仲良くなったみたいだ。
すると、話題になっていた近くにリルチェが現れた。
「あ、りるちだ」
その言葉にシアがいる事に気が付いたのかリルチェはシアの方を見るとびくっとした様子で顔を背けた。
「りるち、りるち!」
シアが親から離れてリルチェに向かって歩いて行くと彼女は走り出した。
「まってよ!りるち」
おかしな態度だな。
そういえば、さっきの誕生日会でもリルチェはシアとあんまり話していなかった。
私も気になって追ってみる。
シアの方が足が速いらしく過ぎに追いついた。
「なんですの?」
「なんで?なんで?」
「何がですか?」
「えーだってーりるちがへん!」
リルチェはむっとした様子で言った。
「変なのは貴方です!」
「どうして?」
「だって、お別れなんですよ?」
「へぇ?」
シアは首を捻った。
「シア、りるちとあそべないの?」
「明日から別の町に旅に出るんでしょ?」
「そ、そうだよ。りるちもくる?」
「いきません」
「お、おねえちゃんたちは?」
「いきません」
「えー、えー」
シアは足をばたばたさせた。
「やだー!」
「知りません」
シアはうーうー唸っていた。
しばらくすると遂に泣きだした。
「シア!どうして泣くんですか」
「だってぇ!りるちとあえないのはさびしいもん!」
なんでそんなに、とシアは呆れ顔になった。
「また会いに来れば良いんじゃないですか?」
「え?」
シアはリルチェの言葉に頷いた。
「そっか、そうだよね!またくるよ!」
「またっていつですか?」
「え?んーと・・・」
良く分からないらしく首をひねるシア。
「んーと、またくるよ?」
「じゃ、期待しないで置きます」
えー。と不満げなシアがリルチェの顔を覗き込んだ。
「りるち。おこってる?」
「怒ってないです」
リルチェはすると小さく呟いた。
「・・・やくそくですよ?」
「うん!」
その時、遠くで音楽が聞こえてきた。
どうやら踊りが始まったらしい。
「りるち、おどろうよ」
「うん」
二人が炎の方に向かって歩いて行く。
なんか、良いなぁ。
私も人たちの輪に戻った。
その中にユノウスの姿が見えた。
よし、私も。
私はユノウスの方に歩きだした。
「よう、どうした。踊ってこないのか?」
「誘いにきたの」
「僕じゃ、舞人の相手は不足だろう」
「私は不器用です。エスコートしてください」
彼は苦笑いを浮かべると私の手を取った。
「踊りは苦手なんだ」
「あはは、実は私も」
こりゃ、舞人失格だな。
炎に照らされる空を見上げる。
人は出会って、手を取り合って、輪を作るけど。
いつかはその手を離してしまう。
そして、また新しい手を結びに行くんだ。
すこし悲しいけど。
きっと、そんなに悪いことじゃないよね。
また新しい出会いを祝って。
この善き日に。
◇◇◇◇◇
シアは大切そうにそれを抱えていた。
握り拳ぐらいの不思議な球体だ
地味な色で別段に綺麗と言うわけでは無いがシアはそれを大切そうに抱えていた。
「シア。それなんだよ」
旅団で一番年の近い男の子がそう言って声を掛けてきた。
シアは嬉しそうに答えた。
「おねえちゃんにもらったの!」
シアをその石を少年に向かって掲げた。
「変な石?」
シアは首を振った。
「てれぽーすとーんだって!」
「てれぽーとーん?」
「ちがうもん、てれぽーんとーん!」
あれ?とシアは首を傾げた。
今のは自分も間違えたかもしれない。
「へー、そんなの何に使うの?」
あのね、あのね。
とシアは満面の笑顔で言った。
「おねえさんとはいつでもあえるの!」
◇◇◇◇◇
《現在》
「おねぇちゃん!出来たよ」
「もう先生って呼んでよ、シア」
「へへ、オレの方が丸多いぜ!勝った!!」
テストの結果を自慢し合う子供たち。
私は時々テレポートストーンを使って、旅団を訪れては教師のボランティアをしている。
時々、リルチェも遊びに来ている。
二人は今も仲良しだ。
「ねぇ、おねえちゃん。ユノウスさんとはもうできたの?」
「や、やめて!」
何を言い出すの!
「えーだっておねえちゃんがーユノウスさんを好きだってりるちがー」
そういう話はやめてほしい。
リルチェも何を教えているのだ、まったく!
「先生!今度は踊り教えてー」
「もう、ちょっと待ってよ、みんな」
学校の子供に比べて旅団の子供は圧倒的に活発だ。
いつも振り回されるけど、それも楽しい。
「こらー、あんまし、せんせぇ、困らすな」
「あ、リフェル団長」
おばあちゃんが私たちの様子を見にきたらしい。
「いつも済まんね」
「いいですよ。慣れっこです」
「あの子らはあーじゃし、大変じゃなかね?」
「平気ですよ、私は教師ですから。そんな子供に道に説いて導くのが仕事です」
私は晴れやかな気持ちでそう言った。
街道を抜ける風が心地よい。
もうすぐ春がやってくる。
◇◇◇◇◇
人生という名前の旅路は続く。
ラフェスタの花は根を持たない。
それでも一時の宿を張り、出会いをして、思いを残して、次に向かいて、旅の納めに、旅の支度に、火を灯す。
古い旅を納めて、新しい旅を始める。
でも旅路は続いても、また巡るのだ。
道は繋がっていて、人の思いも繋がっている。
時に迷ってあらがって。
そして、それでもきっと巡るのだ。
道の端に花はまた咲いて。
人を導く。
やがて、そのはなびらは旅路の風に舞うのだ。
はらはらと。