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転生したった   作者: 空乃無志
新世界の物語
82/98

白い薔薇の在り処4

フリオ、エスリルの二人の話しはこれでお終いですが、アリシス編は次がラストエピソードの予定です。

過去アリシス

私は9歳になった。

必死に勉強した私は学院に首席でなんとか入学する事ができた。

本当になんとかだ。私の同級生にはとんでもない奴がいた。


ユノウス・ルベット。


入学式の日。

先生が壇上で簡単に私のことを紹介してくれるようだ。

その説明を受けていると一人の少年が前から歩いてきた。


思わず見入ってしまった程の美少年だ。

私はどうしたものか、困って視線を下に向けた。


「彼が君と今回の首席だ」


え?首席は私一人ではないの?

そんな説明を受けて来なかった私は困惑してしまった。


一瞬だけ視線を合せる。

まるで大粒の宝石みたいな青い瞳がこっちを一瞬だけ見て離れていた。


この人、同じ人間なの?

何か言わないと。


「わ、私はアリシス・エリオラ・テスタンティスよ!この国の姫なの、偉いのよ!」


「僕はユノウス。よろしくお願いします」


ただのユノウス?この学校は王立学院だ。

貴族で無い子供が通っている訳がない。


「どこの家なの?」


「家?そんなのどうでもいいだろう」


家がどうでも良い?

私はむっとして言い返した。


「良くないわよ!家は大事だわ」


「そうか。悪いね。僕は次男坊だし、貴族にはならないんだ。姫さまとは縁のない平民だよ」


そう言われて私は困惑した。


「それじゃ、貴方はいずれ家を出るの?」


「そうなるね」


「それでどうするの?」


「好きに生きるかな」


私は顔が真っ赤になった。


彼はとんでもない適当な性格の男の子に見えた。

何故だか分からないけど、もの凄く腹が立った。

私が必死になって守っているものをそんな物は大したものではないと言われている


私は目立たないといけないのに。もっと有益な有能な人間だと思われないと行けないの。


「そう。じゃ、私の邪魔をしないでくれる?」


「君の邪魔ってなんだい?」


「私が一番なの!」


「僕は何番でも良いんだけね」


彼は笑いながら去っていた。


なにそれ。

最初の印象はこんな感じで最悪だった。


それから授業が始まって彼の事がもっと嫌いになった。


ぜんぜん真面目に授業を受けないの。

授業中にノートを取ったところなんて見たことがない。

私はついて行くのもやっとで家に帰っても必死に勉強したのにでも全然ダメで。

必死で、頑張ってるのに。

私はこんなに必死なのに追いつけない。

不真面目なあいつがいつも一番になった。

どうして、神様。


私、もっとがんばらなきゃいけないの?こんなに頑張っているのに。

せめて彼がきちんと勉強していれば諦めもつくのに。


「もっと真面目にやってよ」


そう私が告げると彼は私を一瞥して言った。


「僕は真面目なつもりだけどね」


「嘘。ずっと別の事してるもん!」


「僕が勉強してない訳じゃないよ。もう学習したことなだけだよ」


そう言われて私はますますむっとした。

そんなのずるい。卑怯だよ。

自分はもっと前に進んでて、それでもうこんな勉強が必要ない奴が居る。

勝負にならないじゃない。


「君はどうしてそんなに僕に勝ちたいの?」


「私は王家の人間なの。絶対に負けちゃいけないの!」


「逆だろ。上の人間ならそこまで拘らなくても」


「有能な人間だと周りに思われないと私は私の居場所を追われるの」


「へー大変なんだね」


他人事の様に興味なさそうな彼がそう呟いた。

そりゃ、あんたからすれば他人事でしょうけど。


「大変なんだから!あんたが目障りなの!」


私は率直にそう言った。

私の言葉を受けた彼は苦笑しながら私を見た。


「それって自分に利用価値があるから、自分が其処に入れるってこと?」


「そうよ」


私の断言に彼はいよいよ本格的に苦笑しだした。

馬鹿にされてる気がして私はますます頬を紅潮させた。


「本当に有能な人間はね、他人に必要される人間じゃないよ」


「え?」


「本当に有能な人間は他人を必要とする人間だよ」


その言葉が意外に思えて私は聞き返した。


「あんたは他人なんかいらないって感じじゃない」


本当に何を言っているの?


「僕が?そうだね。僕は有能な人間じゃないからね」


もう何を言っているのよ。


「一人で完璧な人間なんて社会に必要ないよね」


「嫌味に聞こえるわ!」


「アリシス。そんな場所は自分から捨てるんだな」


え、何を言っているのよ。

私は戸惑って下を向いた。


「どういう意味よ」


「誰かに必要とされる人間になんてなれないよ。自分勝手にしか、人間はなれないんだ」


彼はどこか鋭い目線で私を見つめた。

何もかも見透かすような青い瞳に私は息が詰まった。


「……ゆ、有能な人間は他人を必要とするんでしょ?」


「そうだよ。他人を利用できる人間が有能だね。でも、それに巻かれるだけじゃ君は君じゃなくなっちゃうぞ」


どういう意味?

意味が分からなくて私は混乱した。


「私は」


「自分の在り処なんて自分で選んで決めるしかないんだ。誰かに用意されて決めてもらって意味なんてないんだ」


「意味が分からないわ」


「誰かに媚びて僕に喧嘩を売るなんて馬鹿馬鹿しいぜ。僕も迷惑しているんだ。アリシス。もっと自分になって生きろよ。そしたらその喧嘩、買ってやるよ」


「わ、私は別に喧嘩したい訳じゃないわ」


どうしてこんな話をしているのだろうか。

私はしょんぼりして席に座り込む。

何よ。あいつ、偉そうに・・・。



◇◇◇◇◇




あいつ、ムカつく。


あいつも私に大概むかついているのだろうけど。

私は不満気にその話をお兄さまにした。


するとお兄さまはどこかに遠くを見るような顔で呟いた。


「そう言えば昔、アイラが言っていたな」


お母さんが。


「俺に自分だけの自分になれとな」


私はその言葉にぽかんとしてしまった。


「お兄さま。自分自身ってなんですか?」


「さぁな。ただ俺はそうだな。好きに生きてる自分のことじゃないのかなと思ってる。少なくとも君のお母さんはそうだったよ」


好きに生きてそれで自分の居場所が守れるの?

そんな訳ないよ。あるはず無い。


頑張って努力しないと守れないんだ。


「俺もできていると言えないけど。そうだな。アイラは本当に太陽みたいに輝いていたよ」


そういって寂しそうな顔をお兄さまはした。

その顔に胸がきゅっと苦しくなった。


「お、お兄さまはお母さんのこと、好きだったの?」


「今も好きだよ。大切に思ってる」


それは。大切で、きっと特別なんだ。


ずるい。ずるいよね。


死んでも、それでも、お母さんには居場所がある。

私には無い物を母親はたくさん持ている。

私には無いものを持っている。

お兄さまの心にいまでもいるんだ。


そうだ。そうなんだ。

フィロを失った後の私には本当の居場所はまだないんだ。

誰からも本当の意味で求められてなんかいないんだ。


私は兄と別れたあとで一人涙した。


酷く寂しくなって震えた。


その身を抱きながら私は痛感した。


私はたった一人だ。



◇◇◇◇◇




次の日。

私は学校であいつに聞いてみた。


「ねぇ、どうやって頑張れば自分の居場所を見つけられるの?」


答えを期待した訳じゃないけど。

でも、なんだかんだと答えてくれる奴だから。

私は期待しないで一応、聞いてみたのだ。


「簡単だろ。地面に線を引いて自分の場所を作れば良い」


まるで子供のごっこ遊びみたいな答えが返ってきた。

そんなこと。


「馬鹿にしてるの?」


「大真面目さ。ラインを引けよ。そこから内側が僕のものだ。そこは絶対に守るし、譲らない」


そう言われて私はあいつを見た。


「私は線を引いてないの?」


「そうだ。ラインを引けば自分のテリトリーが明らかになるだろ。譲れないものがないなら、そんな人間はただ生きているだけだよ」


私の、私だけの守るものを私のラインの内側に持っていれば。

それが私らしさなのかな。


そんなことはきっと簡単なことじゃない。

でも。


頑張ろう。ずっと一人は嫌だから。

そして、いつか私のラインを超えて来てくれる人がいるなら。


守るんだ。私自身の為に。



◇◇◇◇◇




現在アリシス


次の日。

私はエスリルの両親とあった。

今まで想像していたものとは随分と違う両親だ。


優しそうで誠実な両親である。

私は速攻で本題に入った。


「エスリルの状況は分かっていますか?」


「はい」


どこまで分かっているのだろうか。

私は厳しい表情ではっきりと告げた。


「エスリルは夜の街に出て売春しています」


「そ、そんなんですか・・・私たちは家出してそれで何をしているのかまでは知らなかったです」


知らなかったの?

待て。エスリルは家にも帰っていないの?


「家出ですか」


「はい、私たちが暴行の件を頼み込んでから家に寄らなくなりました」


事情を聴く。

私は苛々が募った。

性的な暴行被害を親が頼みこんで黙らせたと・・・。

そんなことをしたのか。最悪だ。


子供がそんな親の事をどう思うのか考えてほしい。


「どうしてそんなことをしたんですか?」


両親は下を向くと呟いた。


「私たちはずっと奴隷として生きてきました」


「それで?」


「漸く、人間らしい仕事に就けたんです。この仕事を失えば家族は路頭に迷うことになります」


彼らが感じるその恐怖は私が想像できるようなものではないのだろうけれど。


でも。


「貴方たちは娘より仕事を優先したんですか?」


私の言葉に彼等は叫んだ。


「仕事を守ることが家庭を守ることに繋がるんです!」


断言する強い言葉に私は違和感を感じた。

彼等は言葉を続けた。


「あ、あの子だって分かっているはずなんだ。だって私たちの今までの全てをあの子は知っているんだ!」


「だから、大丈夫だと?」


そんな理屈はちゃんちゃら可笑しい。

私は目をきつくさせた。


そんな私の様子を見てか、彼等は震えた様子で呟いた。


「先生は木の根っこを食べて生きたことがありますか」


その言葉に私は眉を歪めた。


「・・・ありません」


何の関係があるんだ。


「本当に辛いことはもう全部経験してきたんです。あ、あの位なんですか!私たちは耐えられます!」



本当にそのくらいに考えてそうだ。

今回の件もそういうこともあるとしか思っていないのかもしれない。


「・・・・・・。どんな辛い状況でも貴方達は家族だったんですよね」


そんなつらい人生だったなら、なおさら、あの子にとって家族が一番の心のより処だったはずだ。

それが信じられなくなったのだ。


「そうです。今だって」


「貴方たちの選択がその下駄を外したんです」


あの子の支えを奪ったのはこの人たちだ。


「それは違う・・・」


「違いませんよ。彼女がああなったときに貴方たちは家族であることより仕事を優先したんです」


彼女の両親は涙ながらに呟いた。


「自分たちはもう奴隷に戻りたくない、必死で仕事をしないといけないんです」


「そうですか・・・」


彼らの様子を観察して分かったことがある。

彼らは意識は今でも被害者のままなのだ。


言葉は悪いが今でも奴隷のままだ。


弱い人間であることがまるで習慣になっている。

同情を引く言葉も必死の主張もすべて自分の身を守るために使っている。


彼等は奪われることは仕方ないと思っている。

抵抗せずに殴られるままに許しを乞うことしかしないのだろう。

どんな理不尽にも耐えられる代わりにどんな理不尽にも無頓着だ。


ただ、それでも守りたい大切な物が一つあるようだ。

仕事だ。

その為なら仕方がないことなのだ。

彼女がああなることすらも。


縋りつくものを守るために必死に努力しないといけないか・・・。


ふと、昔の自分を思い出して自己嫌悪に陥いる。


責める言葉は心のうちに納めた。


「分かりました。そう言う事ならエスリルは私に任せてください」


「はぁ、あ、ありがとうございます!」


彼等は笑みを浮かべている。

その笑顔はエスリルを心配している訳ではないのだろう。

きっと私から逃れられてほっとしているだけなんだ。

悔しいけど、きっとこの人たちに私の言葉なんて届かないんだ。


悪いけど、この人たちには任せておけないと思った。

悩ましいな。本当に。


どれだけ光を浴びてもそれだけで人が変わる訳じゃない。

彼等は奴隷じゃ無くなって本当の家族でもなくなったんだ。


「アリシス。いいのじゃな?」


ずっと無言で横に居たオーディンがそう呟いた。


「はい、校長」


ごめんなさい。

私は小さく自分自身に謝った。

いま、私は言葉を尽くすことを諦めたと思う。

それを悔しく思っている私がいる。

私はある意味であの人たちを見捨てたのだ。


あの必死に可哀想な人間でいたい人たちを。

エスリルはあの人たちとはもう一緒にいない方がいいと思ってしまった。




◇◇◇◇◇




私は家族との面談を終えて気落ちして歩きだした。

ああ、安請け合いしたが私が支えになれるとは思えない。


彼女を救いだして自立を促す。

それだけで足りるのか分からないけど。


仕方ないか。

私は私がやりたいから勝手にやるだけだし。


沈痛な面持ちで帰路に就く。

すると職員室を出た私を待っている人が居た。


「よう」


意外な顔に私は首を傾げた。

フリオだ。


「なぁ、あいつの両親にあったのか?」


どうやら、それが気になっていたようだ。

私は頷いた。


「うん、そうだよ」


「なんだって?どう言ってるんだ?」


私は少しだけ意地悪に聞き返した。


「貴方に関係あるの?」


「先生!意地悪するなよ!」


私は彼に対して首を振った。


「聞いても気持ちのいい話じゃないわ。ねぇ、貴方はどうしたいの?」


「先生はあいつを助けるのか?」


「そうよ」


「なぁ、なんでそんなに必死なんだ?」


その言葉に私は思わず苦笑した。


「私のやりたいことだから」


「誰も頼んでない」


それはそうかもしれない。

でもつくづく思う。そんなことはどうでも良い。


「私は私の意思で私の居場所を守るわ」


そうよ。私だってユノウスの様に。

お母さんのように。

守るの。大切なものを。


「それすると給料が出るのかよ」


「仕事ならやらないわよ。私は守りたいものがあるの」


「なんだよそれ」


何って決まっているじゃない。


「私が大切に思ってる全てよ」


「それって俺たちも入ってるのかよ」


「当然でしょ」


私が愛しいと思う日常を守るの。

大切なクラスメートや同僚や生徒や、家族や、大切な人や。

この想いだって絶対に守るわ。


もう線引きは済んでいるの。私が大切に思っているものを守る。

それが私の戦いだから。


その為に戦うわ。その為に私はここで学んできた。


「変な奴」


「そうね」


私は彼を見つめて言った。


「フリオ。エスリルが好き?」


そう尋ねる。

その言葉に彼は泣きそうな顔で呟いた。


「好きだ・・・と思う」


自信無さ気な声だ。

私は彼の顔を覗き込みながら尋ねた。


「揺らいでるの?」


「怖いんだ。あいつのこと」


怖い?


「違うでしょ。あの子のことを選ぶ勇気が持てないのでしょ」


「・・・そうだよ。先生の言う通りだ。俺は迷ってるだけだ。あいつが好きだけど。好きだけで全部選ぶのは無謀過ぎる」


「ずいぶん聡いのね」


私は告げた。

勇気が足りないだけなら。


きっと人は踏み込める。

そんな壁は越えられるんだ。


「線を引きなさい。フリオ」


そう大切な物を決めるのだ。

残酷だけど、選択しないといけない。


「君の守りたいものは何?良く考えて、でも選んでなさい。間違えること無くね」


「俺は・・・」


まだ揺れている彼に私は言葉を重ねた。


「貴方は私の生徒だから偉そうに言わせてもらうけど」


一呼吸置いて言葉にした。


「あの子の居場所になりなさい。ここで諦めれば後悔するわよ」


彼は私の言葉に自信がなさそうに呟く。


「でも、あいつは俺のことなんて・・・」


関係ないでしょ。それこそあの子の気持ちなんて。


「良いじゃない。線の内側に引きこんで貴方のものにしちゃいなさいよ。あの子の全部」


その言葉には顔を真っ赤にして反論を口にした。


「そんなことであいつが幸せになるのかよ」


私は彼に告げた。


「それであの子が不幸になるかどうかなんて関係ないわよ」


「ちょっ関係ないのかよ!」


そんなの関係ないわ。


「そうでしょ、だって人が幸せになるか。不幸になるかなんてその人の勝手だもん」


「そうだろうけど」


あの子が幸せになるかはあの子次第だ。


「だから私は君があの子を幸せにしてくれると思うからそう決めて欲しいの。私の勝手な期待よ。私がしたいのはただの押しつけ。君が王子様になってあの子を助けてくれれば満足よ。上手く行かなくたって仕方ないけど。そしたら次を考えるわ」


「先生・・・」


「あの子が君を好きになって幸せになれるそれで完璧でしょ。難しく考えないの!」


「単純すぎない?」


そうかもしれないけど。

こういうことは本当はきっと簡単で単純なことなんだ。


「あんたがあの子をメロメロにするの!」


「そんなことできるのかよ・・・」


「頑張りなさい。あの子のヒーローになるんでしょ!?」


「待ってよ。自信無いから相談してるのに」


「泣きごと言わないでよ。ちゃんと男の子しないと嫌われちゃうわよ!」


「無茶な・・・」


がっくりと肩を落とした。

私はその肩を強く叩いた。

しっかりしなさいよ。


「で、どうするか決めた?」


私のその言葉に彼は顔を上げて頷いた。


「・・・ああ、俺があいつのヒーローになってやる」


その意気や良し。

私は笑った。


「炊き付けておいてあれだけど、失敗しても骨ぐらいは拾ってあげるわ」


「ひでぇ・・・」




◇◇◇◇◇




過去エスリル

奴隷時代の事は今思い出して憂鬱になる。

母エルアは毎日のように60歳ぐらいの御主人様に御奉仕していた。

ある日、その母に連れられて私は御主人様と会った。

震える母は何度も私に「ごめんなさい」と言っていた。

何のことか分からない私に御主人様が近付いてきた。


「ほう、なかなか可愛い娘さんだね」


御主人様は幼い私を面白がって、ときどき呼び付けては色々ないたずらをした。

思い出したくも無い経験だった。


それでも奴隷時代の私には家族があった。


母親は仕事から帰ると私に美味しいお菓子をくれた。

母は御主人様に見初められて愛妾になる前は本当に貧しい暮らしだったという。

母はいつも綺麗な服を着ていて、私は毎日お留守番であんまり会えないけど優しかった。

たとえ、私を売っても、それでも優しい母だった。


苦しい厳しい世界で家族を守るために体を売ってお金を稼いでくれていた。

不満なんて無かった。いたずらは嫌だったけど。

母親と同じお仕事だと思った。


父ネスリは鉱山労働奴隷だった。母が性奴隷になったときから結婚しているわけじゃ無くなったけど。

私たちは時々会って、お父さんは私を抱き上げて頬ずりしたの。


辛くても苦しくて私たちは家族だったの。


あの日。6年前のある日。

ウォルドは解放された。


私たちは奴隷じゃなくなった。

あの日、私たちは途方に暮れていたと思う。


母のご主人さまはあの時、戦争が始まったと言って地方の屋敷を離れて首都に出ていた。

そこで何者かに殺害されたらしい。


御主人様の死んだあとを継いだのは若い当主だった。

まだ30歳の当主はみんなを集めると言った。


「みんな、私や私の父には恨みもあるだろう。知っての通り、君たちは自由だ。もちろん、この屋敷を去ってもらって構わない。しかし、私はユノウス商会を相手に商売をしようと思う。興味があって、うちの社員になりたい者は残ってくれ」


母に連れられてその提案を聞いた私はぽかんとした。

聞けば、若当主は隣国に留学経験があり、今まではウォルド国の役人をしていたらしい。


眼光鋭く見つめるその人は明らかに違う風景を見つめていた。

きっと、きらきらした世界の住民なんだな。


外には奴隷が居ない世界があるんだ。

それが当然で当り前なら。

なんで私は奴隷として生まれたのだろうか。


その夜、母は父と話を始めた。

そして、若当主について行くことを決めたのだ。


若当主の事業はすぐに成功した。

両親はとても忙しくなって私はずっとひとりばっちになった。

寂しかったけど、買い与えられた本を読んで過ごした。

今から2年とちょっと前になるだろうか。


ウォルドに世界門が通った。

その日、両親は私に言った。


「エスリル。学校に通わないか?」


「学校?」


「そうだ。二人の給料が上がってきたし。エスリル一人なら学校に通わせる余裕が出てきたから」


私はそんなことよりもっと二人と居たいと思った。

でもお仕事だから仕方無いよね。


「分かった。学校で勉強頑張る」


「そうか、良かった。エスリルはきっと会社の役員になれるぞ」


「そうね!そうなったらきっと素敵よね!」


私が学校に通うと決めたら二人は喜んでくれた。


学校に通い始めたのは私だけでは無かった。


若当主の次男坊。


年齢は12歳。

私と年がほとんど変わらない彼の名前はグルド。


彼は学校で何度も私や私と同じような境遇の子供にちょっかいを掛けてきた。

いつも彼は私たちに酷い事を言うのだ。


私を奴隷だと言って、一緒にいると汚いって。

何度も何度も。


私は悲しくなって、怖くなっていつも彼を避けていた。

それでも私を探して彼は罵倒するのだ。

そんなとき、私をいつも守ってくれる人がいた。


「やめろよ」


「なんだよ!奴隷が奴隷を庇ってるぞ」


「黙れよ!奴隷なんてもう居ないんだよ。いつまでも化石みたいなことを言ってるんじゃないよ、野蛮人」


「なんだと!?」


彼の名前はフリオ。

細身だけど鍛えられた体をしていて、喧嘩がとても強くて、そしてみんなを守ってくれるヒーローだ。


本当にカッコイイと思った。

彼の事が私は好きで憧れ、彼がいるから学校に通うのも辛くなかった。


彼の眼はきらきらしていてきっと私なんか写してなかっただろうけど。

それでもよかった。


時々、話かけてくれてうれしかった。

それだけで、それだけで嬉しかったの。


クラスにはもう一人、私と同じように奴隷出身の子が居て、その子といつも彼の話をしていた。

いつも、彼が私のヒーローでスターで、だから楽しかった。


その光に目を向けているだけでドキドキ、キラキラ出来たから。

私も光に包まれてる気分だった。


恋に恋するようなそんな幸せな日々だった。


そんな日々が3年過ぎて。

そしてあの日が来た。


あの日。グルドは私を呼び付けた。

本当は行きたく無かったけど、グルドは両親のことで話があると言った。

私は逃げられずに人気のない路地に入って行った。

グルドは下世話な顔で言った。


「お前の両親ってうちの会社の社員だろ」


「それが関係あるの?」


グルドはにやにやした顔で私に言った。


「ねぇねぇ、俺に逆らっていいの?」


関係ないと思った。

私が逃げようとしたら彼は私の腕を掴んだ。


「ちょっと小耳に挟んだんだけど」


「何?」


「お前、フリオのこと、好きなの?」


な、なんでそんなことをグルドが知っているの?

私は混乱した。すると私の動揺した様子を眺めていたグルドが呟いた。


「俺、見たことがあるんだよね」


「なにを?」


「俺のおじいちゃんとお前がしているの」


私は目の前が真っ白になった。


「し、しらない」


「なぁなぁ、ああいうのって気持ち良いの?教えてよ」


「やめてよ!」


「フリオにいうぞ!」


そう脅された。

私は涙を流しながら首を振った。


「やめて!言わないで!」


彼が私をそんな目で見たら嫌だ。そんなの絶対にやだ。


「なら言う事を聞けよ!!」


私ははっとした。彼が何をしようとしているのか分かったのだ。

やだ!絶対にやだ!!


「やめて!!」


「黙れよ!!」


グルドが私を壁に押し付けた。

私は必死に抵抗した。でも、彼は信じられないような力で私を押しつけるのだ。

誰か。助けて。


私は叫んだ。その声にグルドが嬉しそうに奇声を上げた。




◇◇◇◇◇





「ちぇ、もう限界か」


漸くグルドの体が離れた。


私は泥と汗にまみれた身体を抱きながら涙を流した。

嗚咽が溢れだしてきた。


「へへ、また頼むよ」


こんなこと酷すぎる。


私は必死になって服をかき集めた。

わけがわからなくて必死になって服を着た。

そのとき、どろっと溢れた物を見て私は叫んだ。


「いやぁああぁ・・・」


「はは、たまんねぇなぁ!!おい!!」


グルドが私の様子に嗜虐的な笑みを浮かべる。


「何やってるんだよ!!てめぇ!!」


その声が聞こえてきたときに私は頭の中は真っ白になった。

どうして?


振り返るとフリオが居た。

こんなことをしているのを見られた。

一番見られたくない相手に!そんなのってないよ!神様!


彼がグルドに殴りかかった。




◇◇◇◇◇





あの後のことはよく覚えていない。

私は気がつくとべオルグ軍の教導隊の女性に私は介護を受けていた。


「証拠にするので精液を採取しても良いですか?」


そう言われて私はぼんやりとした思考で震えた。


「・・・どうぞ」


「ごめんなさいね」


彼女は下に何かを近づける。

その後、私のおなかのあたりに手を当てるといくつかの魔法を使った。


「あの」


「リフレッシュで精子を滅却しました」


私はぽかんとした。


「ごめんなさいね」


「い、いえ」


妊娠の心配がなくなってそれだけはほっとした。

少しだけ気持ちが落ち着いてきた気がする。


「あ、あいつはどうなるんですか」


「罪に問われれば刑務所に入るわ」


そうなんだ。よかった。

あんな奴、誰か殺してくれれば良いのに。

私は顔だって会わせたくない。居なくなって欲しい。


「エスリル!」


両親が私のところに駆けつけてきた。

その声にまた、涙がこみ上げてきた。


「大丈夫かい!」


「おとうさん、おかあさん」


私は二人に泣きついた。

私はわんわんと泣いた。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。




◇◇◇◇◇




信じられないような言葉を聞いた。


「お母さん。なんて?」


「今回の件で社長の息子を訴えるのを止めようと思うの」


「どうして・・・?」


私は震えた。意味がわからない。

だってあいつはあんなことをしたんだ。私を脅して、あんなことを。


父は済まなそうに私に話した。


「父さんや母さんは彼の会社の社員なんだ。会社を去れとは言われなかったがいれなくなってしまう。訴えなければ、罪には問われないらしいし」


私より仕事が優先なの?

そ、そんな。酷いよ。


「わたしはいや。いや!」


「分かってくれ!私たち家族の大事な問題なんだ!」


「大事な問題って、私の事は大事じゃないの!?」


「良いじゃないか!たった一回ぐらい!」


そう言われて。

私は両親の顔を見た。


その必死な表情を見て私は眼を伏せた。


そんな顔。

私をどう言いくるめようかと必死で考えている顔を見て、悟った。


この人たちは私より大切なモノが出来たんだなって。


「もう、いいよ。すきにして」


絞り出した声は自分が思った以上に感情の色が無かった。


「ありがとう!」


こんなことで感謝されるなんて。

最悪の気分だった・・・。




◇◇◇◇◇




グルドの罪は許された。

グルドの両親はそれでもかなり問題にして、学校にグルドのクラス替えを申し込んだらしい。

これで私とグルドが授業で会う事は無くなったらしい。


そんなこと関係ない。私があの学校にまた通えると思っているのだろうか。

あいつがいるのに。


私は毎日、学校に通った振りをした。


母親は前にもまして、お小遣いを多く持たせるようになった。

それがどういうつもりなのか聞く気にもなれず黙って受け取った。

私はそのお金で適当に時間を潰して、ぼーっとして過ごした。

人気のない場所を探しては一日を過ごしたのだ。


どうしたらいいのかな。

私はもう、誰にも要らない子だ。

私はどうしてこんなに惨めなんだろう。


生まれて来なければ良かったのに。


そんな日が何日か、続いて。

またあのグルドが私の前に現れた。


そいつはいきなり怒っていた。


「はは!!漸く見つけたぞ!くそアマ!!」


私は周囲を見渡す。

まったく人気の無い公園。

きっと、ここまでつけられたんだ。


失敗したと思った。

ここはお気に入りの公園だったけど。問題が一つある。

本当に全然、人が寄り付かない公園なのだ。


「い、いや!!」


私は逃げようとして抵抗した。

あいつは私を後ろから抑え込むと私に圧し掛かって叫んだ。


「おめぇのせいで俺の人生は台無しだ!!ゴミ女!!」


「やめ、んぐぅ!!」


私は必死に叫ぼうと声を張ろうとした。

するとあいつは私の口に布を押しこんだ。

そのまま、手や足首を紐で縛りあげてくる。


公園の木々の影まで引き擦られていく。


「ひひ」


「んん!!」


今度は誰も助けてくれなかった。

私はあいつの好きなように弄ばれて放置された。


一人になって、紐がほどけたのは夜になってだ。


「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ」


もうどうしたらいいのか。分からないよ。

私は叫んで泣いて吐いた。


誰も助けてくれない。

私なんてゴミなんだ・・・。




◇◇◇◇◇




数日間。私は町をさまよった。

さて財布の中身が完全に無くなって、どうしようか迷い出したそんな時だった。

私は奇妙な男と出会った。


「お嬢さん。どうしたのかな」


奇妙な、道化師の姿の男。

私はその顔を見てぽつりと呟いた。


「別に、何もしていない」


「そうか、ふむふむ、どうかね。うちで仕事をしないかい?」


仕事・・・。働く気力なんてない。

けれど、どんな仕事だろう。


「どんな仕事?」


「ふふ、それはね」


男から聞かされた内容はつまり、娼婦の仕事だった。

驚くべき額の報酬が得られるらしい。

両親が働いてるのなんか馬鹿馬鹿しくなるぐらいの儲け。

もう家には帰らないと決めていた。

一人で生きていくならそれも良いかもと思った。

私はどうせ塵溜の娘だ。

私は自棄になった気分で頷いた。




◇◇◇◇◇





初めての客は緊張した。

全て終わった後で私は取り返しのつかない事をしてしまったと思った。

でも、もう良いの。私はお金を受け取った。

これでしばらくは持つ。




◇◇◇◇◇





大分慣れてきたと思う。

なんとも思わなくなってきた。

お客さんだって最初は反吐がでる気分だったけど今は平気になった。

お金を落としてくれるなら誰でも良いと思った。

私は銀行にお金を貯め始めた。

別の町に住もうと思った。一人で生きていくのだもん。

お金は大事だ。




◇◇◇◇◇





その日。

私がいつものように客の相手をしていたら、私の前に彼が現れた。

信じられない。


フリオだ。

彼は私の心配をしていた。

こんなところまで来てくれるなんてお人好しすぎると思う。


私はこんなになってしまったのに凄くうれしくなっていた。

すこしだけ浮かれているような気分になった。

こんな気分になっているのはどれくらいぶりだろう。


でも。ダメだ。

フリオは私なんかと関わっちゃ駄目なんだ。


私は彼を引き離そうとした。

それなのに彼は私を抱きしめてきた。

どうしてこんなことになったのだろう。

私はくらくらした。


その時に気づいた。フリオのそれが大きくなっていることに。

脳に電撃が走ったみたいに私は衝撃を覚えた。


フリオが、私を求めてるとそう思った。


同時に私は生まれて初めてしてみたいと思った。

フリオとしたらどうなるんだろう。

気持ち良いのかな。


フリオとの事で頭がいっぱいになった。

理性的な部分が全部飛んでしまった。


自暴自棄な自分のどこかが、悪魔のように私に囁くのだ。

どうせ全て終わりなら。彼を汚してしまえって。


私は夢中で彼と混じりあった。

何度も何度も。


闇夜に浮かぶ月が地平に溶けて、明日の産声が聞こえるまで。


私は雌の欲望に支配されて必死に彼を求めた。


そして、すべてが終わって、朝を迎えると同時に激しい後悔の念が湧きあがって溢れてきた。


私はあの最低なグルドと同じ事をしてしまった。

そう思った。


次の日の朝、私はフリオに別れを告げた。

随分と一方的だった。


私は最低の人間だ。自己嫌悪でつぶれてしまいそうだった。


そんな私に彼は好きと言ってくれた。

嬉しかった。

私も好きって返したかったけど、違うと思った。


私はフリオに相応しい人間ではないから。

こんなことをしてしまって。


ごめんなさい。


次の日。私は一日中、涙を流して震えていた。





◇◇◇◇◇





《現在》


私はゆっくりと目を開いた。


今日は道化師の屋敷に来ていた。

ここで客を取ることも時々だがある。


わざわざ地下に作られたここはべオルググラードではまず見かけないそういう目的の為の作られた場所だ。

趣向を凝らした作りになっている。

私は今日の客をベッドの上で待っていた。


奥の扉が開いた。

私は気だるげに起き上がると客を迎えに行った。

そして、呆然とした。


「よぅ、探したぜ」


私は目の前が真っ暗になった。


目の前にはあのグルドが立っていた。




◇◇◇◇◇




現在アリシス


私はフリオと協力してエスリルを説得することにした。


「どうする?」


「直接会いましょう。フリオ、エスリルのお客さんになって」


そう言ったら彼は嫌そうな顔で呟いた。


「まじかよ」


「ええ、貴方がエスリルを指定して呼び出すのが手っ取り早いわ」


フリオと共にフラム生花店を目指す。


「で、どうするの?俺金無いけど・・・」


「これで足りるはずよ」


私は自分の財布から1万G金貨を三枚取り出した。


うぅ、必要経費だから!大丈夫!!

平気!一か月分の給料だけど!!


「だ、大丈夫?先生・・・」


「へ、へいきよ!」


フリオがお金を持って花屋に近づく。

私は物影に隠れて様子を眺める。


「白薔薇をくれ」


花屋の店主は意外そうな顔でフリオを見た。


「銘柄を聞こうか」


「エスリル」


「はは、そいつは売り切れだ。一番人気だからよう、入荷待ちだぜ」


その言葉を聞いて、フリオが思いっきり暗い顔をする。

まぁ、気になっても仕方ないか。


「そういえば、今日の客もお前さんぐらいの客だったな」


その言葉にはフリオは目を見開いた。

どうしたの?フリオ??

誰か心当たりがあるのだろうか?


「!そいつの名前は!?」


店主は急に喰いついてきたフリオに困惑しながら首を振った。


「いや、知らんし。知ってても言えんな」


フリオはとっさに呟いた。


「潰れたガマガエル」


その言葉に店主は破顔した。

どうやら当たりらしい。

しかし、潰れたガマガエル??


「そいつだ!はは、知り合いかよ」


誰?いや、えーと・・・。


まさか、グルド??彼がエスリルを指名した??

フリオは急に顔を強張らせると吠えた。


「居場所を教えてくれ、そのくそ野郎は俺の金を盗んだコソ泥野郎だ。ぶっ殺してやる」


その様子に店主は慌てた様子で呟いた。


「ま、待てよ。しらねぇよ」


フリオは懐から金貨を3枚出した。


「報酬を出すから教えてくれ、どこに奴はいる?」


店主はそれも見てにやりと笑った。


「お、おお!3万Gか。良いぜ、あいつらは今、道化師先生の館にいるはずだ。おっと俺が教えたって言うなよ!」


フリオは頷くとさらに尋ねた。


「どこにある?」


店主はにやにやと笑うと呟いた。


「神様の目の届かない場所さ」






◇◇◇◇◇







『地下水道ですか』


「そうよ、そこに連中のアジトがあるみたい」


べオルググラードの上下水道はかなり整備されている。


『なるほど、確かに地下水道の一部は神の瞳の視覚圏外になりますね。盲点でした』


「たぶんそこにダンジョンクリエート魔法で巣を作っているのよ」


その私の言葉にミルカが呟いた。


『・・・興味深いです』


「今からそこにエスリルを探しに行く」


『危険です!アリシス』


「平気よ。エスリルをグルドから引き離したら帰ってくるわ」


グルドが何をしでかすのか分からない。

エスリルを保護しないと。


『・・・こっちからも応援を要請してみるから』


「ありがとう、もう行くね」


よし。報告終了。

私は通信を切ると歩きだした。


「先生」


「行くわよ、フリオ」


「ああ」




◇◇◇◇◇




私たちは教えられた地下水道を進んでいた。


「どう、先生?」


不安げなフリオの声、私は神経を魔法式に集中していたので気にならなかったが、地下水路というのも随分と不気味なものである。

匂いも結構きつい。


「待って」


私の識魔に反応があった。


「ここね」


「ここ?」


地下水道の何の変哲もない場所。

フリオは困惑しているようだ。


私は壁を確かめながら頷いた。


「空間にゆがみがあるみたい」


私は組み込まれた空間干渉魔法式を読み取る。

自慢じゃないが魔法解析ならユフィに匹敵するレベルの技術がある。


「潜在空間の一部を繋げるわ」


「お、おう」


まずは空間を開かずに接続する。


接続完了。

各種探知を開始する。


―――集音ソナー

―――質量探知マス・サーチ

―――透視クリアサイト


内部の情報を地図に仕立てる。

そう言えば、こういうのはユノウスが得意だったなぁ。


「オッケ。この先は通路よ。空間を開くわよ」


「おう」


―――喰歪穴ワームホール


歪みの魔法式に干渉して入口を作る。


「なぁ、中に入ったらばれない」


「大丈夫。地図を作ったから」


私は魔法式を弄って視覚出来るようにした位置情報を開いた。


―――探知サーチ


私は半透明の地図を空間に浮かべた点を指して呟いた。


「この点が人の動きね」


「すげぇ・・・、魔法ってこんなことも出来るのかよ」


だって魔法だもん。


「構造的に見て、ここは地下神殿みたいね」


「地下神殿・・・何をやっているんだ?」


「さぁ?よし、大丈夫ね。入るわよ」


穴の先は通路に繋がっていた。

妙に高級感のある作りである。


私たちはエスリルの反応を目指して薄暗い廊下を掛けた。


ここだ。


「入りましょう」


「分かった」


私たちは分厚い扉を思いっきり開いた。

中では男女が揉み合っていた。


エスリルとグルドだ。


「な、なんだよ!?どこから入ってきた!?ここは秘密の・・・」


「てめぇええ!!!」


猛烈な勢いでフリオが突進する。

フリオの拳がグルドの顔面を捉えた。


「ぐぇ」


「くそ!!この野郎!!」


「やめなさい、フリオ。大丈夫、エスリル?」


私はエスリルに近づく。

少女は服を千切られ、体に無数の痣が見えた。


顔にも痣があり、鼻からは出血も見られた。


「せ、せんせい・・・わたし・・・」


「グルドにやられたの?」


「わ、わたし・・・」


彼女を私は抱きしめる。


「そいつはおれの女だ!!飼い主から逃げて他の雄に尻振ってやがったんだぞ!とうぜ・・・」


「黙れ!!ゲス!!」


フリオがグルドの股間を思いっきり蹴り上げる。


―――探知サーチ


私はサーチを唱えて、少女の体の状態を確認する。

私、医療学はC評価なのよね・・・。


まるっきしの素人じゃないけど、鼻血はちょっと不安になる。

詳しくは後でユフィに見てもらおう。


「エスリル。指を見て」


「え、うん・・・」


目の前で指を動かす。

反応は大丈夫か。若干反応が鈍いのが気がかりだ。

もし、パンチドランカーになっていたらどうしよう。


脳の炎症肥大が起こるほどの衝撃を受けてるとは思えないけど。

私は体に向けて回復魔法を唱える。


―――促成ヒール


「先生、ありがとう」


「良いのよ。フリオ、帰るわよ」


「おう。グルドはどうする?」


さすがにこんな状況になってまで擁護する気にはなれない。

私は淡々と呟いた。


「グルド、自分で帰れるわね?あと今回の件は報告しますから」


「は、学校の教師なんて怖くねぇし!」


本当に?


「ユノウス会長に報告するんですよ?」


「・・・あ、あん?あんた、何言ってるんだ?」


いや、何って彼はうちの学校のトップでしょう・・・。

さすがのグルドにも彼に目を付けられる意味ぐらいは分かるようだ。


「処分は彼に任せるわ」


私の言葉にグルドは吠えた。


「くそ!ちくしょう!!俺は悪くない!!」


そう言って毒づくが動く気配はない。


どうやらフリオにやられたところが痛むらしくグルドは動かない。

私たちは彼を置いて歩き出した。


部屋を出ると落ち込んだ様子のエスリルがぽつりと呟いた。


「先生、私、罰が当たったんだ」


私は彼女のその言葉に尋ねた。


「何の罰が当たったの?」


「わたし、いけないことをしたの」


「そうね。貴方はいけないことをしたわ」


「わたし、もうどうやって生きて行けばいいか分からないよ」


私は溜息をついた。

この調子なら体は大丈夫そうね。


私はフリオにエスリルを押し付ける。


「貴方は今までどうやって生きてきたのよ。エスリル?」


やや厳しめに言葉をぶつける。


「今まで?」


「一人で生きてきたわけじゃないでしょう。貴方、哀しいとか、虚しいとか、違うんでしょう。寂しいだけなんでしょう?人恋しいだけじゃないの?」


私の言葉にエスリルは眼を見開いた。


「貴方、誰かと一緒に居たいだけよ。一人が嫌なんでしょう。一人で生きて居たくないんでしょう。寂しくて死にたくなるぐらいなら、わがままになって誰かを選びなさい」


「わたし・・・」


「良い子のままじゃ駄目よ!何を遠慮してるの!」


彼女は私の言葉にしょんぼりした様子で下を向く。

変なところで遠慮しているからこんなことになったんだ。

原因はエスリルにもある。


この子は弱い、弱すぎる。


その様子にフリオがエスリルの肩を抱いた。


「・・・なぁ、エスリル。一人が嫌なら俺が一緒に居るけど駄目か」


一瞬拒否をするような反応をしたエスリルは結局、そのままフリオに抱きつかれた状態になった。

少女は涙を流しながら震えだした。


「・・・本気なの?私、こんな人間だよ?」


「こんなって・・・あのさ。・・・べつに俺も奴隷だったし、別に気にしないんだけど」


「そう……なの?」


すると、フリオはその言葉に首を振る。


「いや、嘘。めちゃくちゃ気になる。お前が誰かに抱かれてるとか最悪過ぎる。お前の客とか見つけたら、へこむし、殴りたいし、ムカつくし、なんでこんなことしてんだよってむちゃくちゃ不満があるわ」


「そう・・・だよね」


「お前が好きだから!納得なんかできるかよ!」


フリオはエスリルの肩を握る手に力を入れながら叫んだ。


「むちゃくちゃ納得いかないよ!だけど!もう良いよ。良いからさ!俺が許すからお前も許せよ!何もかも!!」


フリオがおでこをエスリルにくっつける。

少女の瞳が揺れている。


「フリオ・・・わたし・・・」


「エスリル!守るから一緒に行こう!!」


少女は絞り出すようにして一言だけ口にした。

小さな声。


「うん」


よし。


本当に良かった。これで上手く行くと良いけど。


しかし。

なんというか、私のお邪魔虫感が半端ないな・・・。

居づらいなぁ。


「帰ろう」


「うん」


二人の様子を眺めながら私は笑った。


「それじゃ、帰ろうか」




◇◇◇◇◇





グルドはしばらく、動けずに震えていた。

漸く痛みが納まって歩きはじめたときには部屋の中にも外にも連中の姿は見えなくなっていた。


くそ、今から追ってもまず間に合わないだろう。


グルドは痛む部分を擦り、ドタバタと走りながらこの屋敷の主の元に走って行った。


目的の部屋にはすぐについた。


豪奢な造りの扉を開く。

奥に座った道化師の男がこちらを向いた。


「どうされました?お客様」


「おい!お前!!お前の客が逃げたぞ!!」


グルドの厳しい口調に道化師の男は不思議そうに首を傾げた。


「おやおや、それはどういうことでしょうか?」


「しらん!あいつを捕まえて俺の前に連れてこい!!料金は倍出す!!」


グルドのその要求に男は笑った。


「おやおや、それはそれは」


何かに感心した様子で道化師は愉快そうにそう呟いた。


「我々はそういう組織ではありませんので」


馬鹿にしているような態度にいよいよグルドは怒りを爆発させた。


「ふざけるなぁ!!言う事を聞けぇ!!俺は客だぞぉ!!」


声を張り上げて叫ぶ。


「うるさい蛙だな」


男の手が滑るようにグルドの首に伸びた。

グルドは自分が持ち上げられるまでそれに気がつかなかった。


締めあげられ。

持ち上げられる。


「ぐふぅ!?や、め」


男のどこにこんな力があったのだ。

グルドは必死に手を解こうともがいた。


「誤解があるようですね。私どもは客などとっておりません。ああ、あの娘たちは客を取っているようですが」


「な、や、やめろ」


グルドは必死にその手を払おうとした。

しかし、まったく解けない。


「我らが目的は一つ。白薔薇の芽を開かせること。お前たちも娘もその為の贄に過ぎない」


「ま、ま・・・て」


「家畜が調子に乗るとついつい摘みたくなる」


首を掴む手に力が込められた。


「まって、くれ・・・!おれはだいきぞくだ・・・かねなら・・・」


その懇願の声と表情を眺めて道化師は嗤った。

実にいい笑みだ。


「我が神の贄となれ」


ぐちゃ。


そんな音が鳴ると、グルドの頭がぼとり、と落ちた。

道化師は無表情で首の無い残りのそれを放り捨てた。


どういう理由でなのか、今頃になって血が死体から溢れて出てきて床を濡らす。


やれやれ、どうでもいい事で気分を害してしまった。

しかし。


グルドの言っていたことは一考の余地がある。

娼婦が一人逃げた?


ふむ。


「やれやれ、どこかの馬鹿が侵入したようだな」


なるほど。

言われてみれば、魔素の流れがおかしい。


魔法の反応は無いようだが。

偽装式か。


道化師が敷設した空間魔法であるこの屋敷の内部であれば、転移魔法でどこにでも飛べる。

ぎりぎり出る前に違和感の発生源まで飛べそうだ。


「この馬鹿の知らせに少しは感謝せねば、なぁ。ふふ、ありがとう」


物言わぬ死体に礼を述べると男は魔法式を編んだ。

魔法が発動して男の姿がかき消えた。





◇◇◇◇◇






もうすぐ、この屋敷から出ることが出来る。

そんなときになって、私は気配を感じて後ろを向いた。


「やれやれ、これはどういうことでしょうねぇ。」


私は声の主を睨みつけた。


「おやおや、お嬢さんは昨日お会いしましたね」


道化師の男。

へらへらと笑っているがその言葉が本当なら厄介だ。

私がここまで使ってきた魔法はすべて擬態式を使ってきた。


識魔を使っても直接見なければ魔法式に気づくことはできないだろう。

魔法式に気づいた訳でないなら。


周囲のマナの消耗度から違和感を認知したということだ。


識魔は一般に公開されていない魔法だ。

内燃魔法式は見て盗むなんて真似はできない。


識魔と同じ能力があって、ここまでの魔法認識技術がある存在。

こいつ、魔人だったのか。


私は男に警戒しながらフリオに指示を出す。


「そうだったかしら。フリオ、エスリルを連れて逃げなさい」


「おやおや、困りますね。お客さんを置いて帰られては困りますよ。エスリル」


呼びかけられたエスリルはつらそうな顔で呟いた。


「道化師さん。私、この仕事やめる。もう続けられない。ごめんなさい」


「いけませんねぇ」


一歩前に出た男の前に私は立ち塞がった。


「そう言う訳だから、彼女は連れて帰ります」


「ふむ、貴方は誰ですかね」


「私は彼女の先生よ」


「ほうほう、なるほど。なかなか勉強熱心な先生なのですね」


何の嫌味かしら。


「ここの事はもう彼に報告済みよ。残念だったわね。魔人さん」


「ふむ。私が魔人と見抜くとは・・・面白い」


彼は私のその言葉に今までの柔和な笑みは何だったとのかという酷く軽薄な嗤いを浮かべた。


「やれやれ、折角、収入源として育ってきたというのに」


そう言って彼は嗤った。


瞬間。魔法式が爆発するように空間を広がった。


私も防御の魔法式を展開する。


「フリオ!駆けなさい!!」


「分かった!!!」



――― 魔月大爆殺グランエクスプローションノヴァ


――― 三因結界バリア


お互いの魔法式がぶつかり爆ぜる。


私はその隙に指に嵌めたリングに唇をつけた。

指定された行動手順で魔導兵器マジックアイテムのロックを解除し、起動させる。


   『起動認証、終了。内燃魔法式”妖精の囁き”とのリンクを確認。アリシスのストレージを常時解放します』


指輪型の召喚環サモンリングを起動する。

と同時に、私の脳内に展開した内燃魔法式”妖精の囁き”と私の魂の内部領域が常時接続された。



―― 自在取得マルチウェポン


自在取得。

召喚補助魔法式並びにその魔法式を用いた魔法兵器のことをそう呼ぶ。

ソウルストレージと脳内詠唱補助式を結ぶことによって思考選択で自在にソウルストレージ内のアイテムを召喚する事ができる。

ソウルストレージの中に内包されている物量だけの兵器をその手に所持しているに等しい。


私はこれで手の平に自在に私のストレージ内の兵器を召喚できる状態になった。


「はは!やりますね。小娘が!!」


男が魔法式を発動する。

遅い。


私は手に6個の小さな球体を呼び出した。


――瞬間起動式フラッシュファイキラシバハオライジン



6個の魔法が瞬間的に起動した。


「なに!??」


とっさに防御の魔法式を唱える魔人。

遅い。

ハオ、魔法式崩壊が男の魔法式を破壊する。


男の全身が無数の魔法光が走る。

私の手が次の球体を跳ばした。

同時に球体が光のラインで繋がる。



―――瞬間短縮フラッシュ連結ライン5式・磁気圏結界オーロラシャフト



「くそ!なめるな!!」


こっちの高速魔法に反応して魔人の魔法式が生み出される。


この魔法式。


神級魔法か。この一瞬で神級を撃ち込んでくる力量。油断できない!


魔法式の効果で魔素が激しく乱れる。

この感じは魔法破壊魔法の一種か!


―――神級魔法式・狂乱嵐テンペスト


対する私は無数の玉を両手から雨のようにばらまく。

球が繋がり、紡ぐ光芒が描くラインは2連。


――瞬間短縮フラッシュ連結ライン12式、灼熱ソレイユ・リオン

―――瞬間短縮フラッシュ連結ライン8式・完全崩壊グランブレイク


準神級二連撃。

テンペストの魔素破壊領域を閃光が焼き尽くす。

すぐさま、物質分解魔法が全てを蹂躙し追撃する。


私の魔法がその威力で神級を打ち破った。


「きさま!神級を正面から突破するだと!?」


「お終いよ」


―――瞬間短縮フラッシュ連結ライン8式・空間風結エアリアルコフィン

――――瞬間短縮フラッシュ連結ライン16式・物質崩壊エネルギーチェンジ


物質崩壊の光を空間結界魔法が封じ込める。


天地を崩壊させるほどの滅却の焔が魔人を包む。


「ごめんなさいね。私はユノウスと違ってこう言う時に容赦しないから!」


私は油断なく手に無数の小さな球体を構えると呟いた。


さっきから私が自在取得をしている魔法兵器。


べオルグ軍採用魔法補助兵器、魔球マジックボム

魔式銃の魔法転写プリントブリッド技術の応用で手のひらから接続魔法で魔法式を瞬間的に読み込ませることが可能になっている。

弾丸自体が高純度魔素を内包しており、それを元に魔法を起動する。


この補助アイテムを使用する利点は二つ。

起動詠唱の省略。

精神力消耗の回避。


アリシスの転写技術は軍でもずば抜けて速い。

さらに独自の連結魔法式によって高度魔法まで起動できるようになった。


結果としてソウル自己領域ストレージ内にある弾が切れるまで超魔法を無制限で連発できるようになった。


アリシスがこの攻撃方法を主として使っている理由はユフィやユリアの存在が大きい。


精密精緻の極みたるユフィの魔法ほどの技術も極大魔法の極みたるユリアの魔法能力にも残念ながらアリシスの魔法技術は及ばない。


点のユフィ、面のユリア。

ならば、私が目指すのは波だ。


速さと連続性の追求。

猛烈なる波状攻撃。


烈火滅却。

いまや少女はたった一人でべオルグ軍の完全武装一個師団に匹敵する爆撃能力を有するとまで言われている。



変わった反応が無いわね。

魔人の姿は炎にまみれて視認できない。


勝った?本当に?


魔人の神級魔法すらも圧倒しておきながら、それでも少女は気を緩めなかった。

化物は世界にどれだけでもいるのだ。


その時、少女の識魔が違和感を訴えた。


「嘘」


純エネルギーの奔流が収束していく。

これは・・・魔法じゃない!!


烈光が消えて、男の姿が現れた。

全身が酷く焼けているが人の姿をまだ保っている。


「こ、こむすめがぁあああ!!!」


絶叫のような声を男が上げる。


内側から暴力的な魔力が沸き上がっている。

男の全身から湯気が上がり、その両目が赤く充血する。


なんなのこの反応は!?



―――竜骸靭ドラグーン



「ふぅううぉおお!!小娘がぁ!わ、私は魔人の四位ぃ、道化師のファーヴだぞ!?ザコ扱いしてるんじゃないっい!!」


別に雑魚扱いしてないけど。

この反応は一体何なの?


「こ、殺す!!!」


男が凄まじい速度でこちらに向かってきた。


――瞬間起動式フラッシュテンバク


私はとっさに転移魔法と呪縛魔法を同時発動する。


「無駄ぁ!!」


魔法式が男の腕のひと振りに破壊される。

魔式斬り!?

それでも一瞬だが動きが束縛される。


十分だ。


その瞬間の刹那にすべりこませるだけだ。


既に布石として打って置いた魔球を含め、100を超える魔球を一斉励起させる。


強烈な魔法式が私の識魔を白く染め上げる。

超絶なる魔法構築式の極み。



遅延発動トラップ・神式・地・ 奈落ヘルゲート

――遅延発動トラップ・神式・前・ 炎滅レヴァンテイン  

―――遅延発動トラップ・神式・後・ 滅槍グングニル

――――――瞬間連結フラッシュ・神式・天・ 天尽ミュルニル 



超エネルギーの乱流が激しくぶつかり合って空間が激しく歪み、軋む。

先ほどの魔法をも超える規模の破壊が空間に溢れる。


神級魔法とは本来その祝福者にしか許されない魔法となっている。

祈りの形に直接接続する能力をもつ者しか使用できない。


それを破る場合膨大な対価が必要になる。

しかし、ユノウスが開発したエゴ情報に干渉する内燃魔法式『接続チャネリング』によって疑似的に一時的な経路パスを繋ぐことができるようになった。

接続、この魔法は以前からユノウスが使用していた認識拡張を一般魔法化ローカライズしたものだ。


私は疑似神級魔法によるユノウスの使役する神将の魔法を呼び出した。


    四方四神の陣。


神級四連撃だが。さて。


効くか?


しかし。


「ぐぁあああ!!」


苦しむ男の声が響いて、私は思わず眉を歪めた。


「効いてない?」


いや、効いてはいる。

けど、まだ姿形を保っている。


これでも消去しきれないのか。

割りと本気で今のが私の最大火力なんだけど・・・。


さすがに困惑する。


「ぐぁあ!ぐあぁ!!き、さ、ま!」


あれほどの魔法がどういう理由でか男に効かなかった。


こういう存在は一つしか知らない。


つまり……。


こいつ・・・竜か。

そういえば、ウォルドとの戦いの最後に竜と神の特性を合わせ持った生物が出てきたという話を聞いたことがある。


「くくぅ、やってくれたな!!ならばぁ、これを使うまでだ」


なにを?

男は懐から取り出した何かを口に含んだ。


その瞬間、識魔が信じられないほどの魔力を感知した。

男の存在強度レベルが跳ね上がった??


「何を喰らったの?」


「ふふふ。私たちがただの小遣い稼ぎでこんなことをしているとでも思ったのか?これは礼祭なのだ」


「礼祭?」


「我が神、淫の邪神ファダリーのな。人を淫行させ、その行為に耽させることによって呪いを生む。礼祭によって力の源が生まれる」


どういうこと?


「貴方が食べたそれってまさか、神唱石?」


「そうだ。これほど育てるのにどれほど苦労したか!!」


信仰体の一部を核にして祈りや呪いを魔法式で集めて神唱石を作る。

聖団でも秘伝とよばれる特殊な魔法だ。

神遺物を作る儀式。


しかし。


「それを食べるってどういうことよ。罰当たりでしょうに」


「私は竜の力を得た人間。竜人だ」


竜人?

やはり竜の力を持っているのか。


「私に魔法は効かない。すべての魔法を喰らう事が出来るからな!!」


魔法を喰らう。そんな力があるのか?

なるほど、だから魔法の効きが悪いのか。


「その割には結構効いてたみたいだけど」


おそらく一度に食える魔法量に限界があるんだ。

魔法吸収量の許容を超えて魔法を使い続ければダメージを与えられるかもしれない。


「ぐはははは!!だが私は神を喰らい、その力を高めた!!もはや、貴様など敵ではない!!」


厄介なことだ。

私は手を相手に向けた。


「戯言に付き合う気はないわ」


「ならば、しね」


男の姿がぶれた。と同時に私の目の前に大きな口が近づく。


ぐしゃと妙に軽い音がして、私の半身が男の口の中に消えた。


ぐちゅぐちゅ。

ごくん。


私の半身を喰った男がその中身を咀嚼しながら喉を鳴らす。

同時に男の体が爆ぜる。


私自身に擬態させた爆裂魔法が起動したのだ。


「ぐぎぃぎぃぃいいい、がぁああああ!!」


私はやや離れたところに転移し身を隠していた。


「き、きさまぁああ!!」


「何よ。もう」


私は壮大に溜息をついた。

厄介な状況は続いている。

識魔で見たところ、この男、レベル換算で2000は超えている。


その上で魔法が効かないとか、本当に厄介すぎる。


「もう粗方の魔法式の敷設は終わったわよ」


「きさまぁ!!ころす!」


喋っている間にトラップの布石は完了したけど、充分かは分からない。

手持ちの魔法が尽きる前に仕留められると良いけど。


さっきからの男の様子でいくつか気になったことがある。

確かめておこう。


「さっきから魔法を使わないわね。使えないの?」


私の挑発に男が吠えた。


「馬鹿め!!」


私の目に魔法式が写る。

識魔の解析によって威力や方向を精度を瞬時に理解する。



―――竜咆哮ドラゴンブレス



超高温の熱源が周囲を蹂躙する。

私は仕込んでおいた魔法式の一つをただ起動させるだけだ。


―――遠隔起動式・連結24式・凍結地獄コーキュトス


全ての熱源を奪う魔法式が生まれて周囲を蹂躙する。

男の動きが止まった。

その全身が凍り付く。


なるほど。

やはり、魔法を使うためには魔法を喰う力をオフにしないといけないようだ。

魔法の効きが良い。


つまり、全身で魔法を喰らう能力をオンにしていると魔法を使えない。


「眠りなさい」



―――瞬間連結・連結12式・封因結界



凍りに続いて竜をも封じる魔法結界が男の周囲を覆う。

これなら効くはずだ。


しかし、その瞬間の変化を私の瞳がとらえた。

魔法式が乱れる?


どういう事!?


「ぐははは!!私には封因魔法は効かん!!!」


あっさりとその結界魔法が砕けた。


さすがに予想外だ。

想定していなかった事態だけに私は大きく目を見開いた。


「嘘?」


どういうことなの?

竜すらも封じることができる世界最強の魔法が破られた?


そんな事が出来る訳が・・・。


でも、本当にそう言う事が起こりうるのだとしたら・・・。

・・・正直、打つ手が無い。じり貧だ。


「くく、ははは!!全ての魔法を食らって殺してやる!!」


「冗談じゃないわ」


なんなの!この化け物。

でも、悪いけど。

私、負けてあげないから!!


私は男を睨みつけた。次は・・・。


「なるほど。どうやら起動式阻害魔法みたいだな」


「え?」


私は横を向いた。

其処に居たのは彼だった。


「ちょっ、ユノウス・・・!?もう、いつも突然なのね!」


ユノウス・ルベット。

世界最強の魔法使いが其処に立っていた。

彼は苦笑した。


「そう言うなよ。ミルカの連絡を受けてここまで来るのに時間を食った。せめてこのダンジョンにかかった結界がなければ、直接転移も出来たんだがな」


どうやら、急いで駆けつけてくれたらしい。


私はさすがに気が抜けてしまった。

ヒーローが来たのなら私の出番も終わりかな。


良かった。

さすがに今回は大変だったし、ほっとする。


「きさまは!!ユノウスか!!くく、良い機会だ貴様も喰ってやるぅ!!」


「ねぇ、ユノウス。あれ、なんなの?」


私の問いにユノウスは淡々とした口調で答えた。


「ネザードの研究していた竜化強化計画デザイナーズ・ドラグーンの一つ。竜人だ。計画は名前以外、完全に抹消されていたんで、謎に包まれていたんだけどね。最近、ガオルドとかいう竜化強化を受けた魔人の死体が研究室に持ち込まれたところだ。まさか、魔団の連中、完全な竜人化に成功していたとはね・・・」


そういうモノなのか。

しかし、さすがだな。


やっぱり、ユノウスは知っていた。


「無視するな!!」


叫びながら魔人が突進してきた。

ユノウスは眼を細めると手を男に差し向けた。


―――自在取得マルチウェポン


流れるような動きでユノウスはそれを開いた。


――― 突然インスタントなるデス


刹那の閃光が生まれて、

消えた。


光が納まると男の半身は消滅していた。


「悪いが竜は僕の敵だよ」


ユノウスはそう言って手を振った。


「一撃か、さすがね」


神級に何度も耐えた相手を呆れるほど、あっさりとしとめてしまった。


ユノウスの魔法式。というか魔法発動の技術テクニック

超魔法を直接召喚するというとんでもない反則技だ。


ユノウスはすでに発動を終えた魔法効果そのものを直接呼び出せるのだ。


既に発動状態に達した瞬間の魔法を時間凍結してストレージ内に封印してあるのだ。

魔法式に組み込まれた条件式によってユノウスがストレージ内から解放すると同時に瞬間発動する。


どんな魔法にも魔法式が魔素を喰らって魔法になるための一瞬のラグがある。

ユノウスの完了式インスタントにはそれすら存在しない。


マルチウェポンを発動させた手を向けるというシングルアクションのみで起動できる。

世界最速最強の魔法術。


反則級の魂の自己領域を持つユノウスだけに許された切りジョーカーの一つ。


「えーと、今のって、ラグナを呼ぶ神唱召喚魔法式とアルティネの複合魔法よね?」


ほんの一瞬だったが浮かび上がった魔法式を私は解析していた。

たぶん間違いはないはずだ。


「ああ、そうだよ」


ユノウスが肯定した。


とんでもない魔法だな。背筋がぞっとする。

どっちも創神級と呼ばれる最高峰魔法だ。

残念ながら私には単発であっても使えない。


「ねぇ、殺して良かったの?」


魔人は間違いなく絶命している。

ユノウスはこう言う事はあまりしたがらないのだ。


「え、だってもうあんなの人間じゃなくてトカゲだろ」


いやいや、トカゲって・・・。

まぁ、ユノウスの基準なんて良く分かんないし、これで良いかな。

うん。


私はユノウスを見つめて笑った。


「助けてくれてありがとう」


「どういたしまして」




◇◇◇◇◇






後日譚フリオ


その日の朝。

俺は扉の前に立った。


何度も帰ってきたこの孤児院の扉の向こう側に俺は今日旅立つ。

また来ることはあっても、帰ってくるないのだ。

それは少し寂しいことだった。


「本当にもう行くのですか?」


「はい、お世話になりました。シスター。妹をよろしくお願いします」


フィリア教のシスターに僕は頭を下げた。


「にぃにぃ!」


俺の妹のミミがシスターの横から出てきた。


「頑張って!」


「おう!」


俺はそう言って軽く手を上げた。

扉を開いて朝日の溢れる外へ一歩足を踏み出した。


俺はべオルグ軍に入隊することを決めた。


特別に単身寮ではなく、家族寮を用意して貰えた。

俺はそこで今日から新しい生活を始めるのだ。


俺の心は晴れ晴れとしていた。

自分は誰かを守りたい。助けたい。


その為の第一歩に選んだ道だ。

そして、今ではもう守りたい誰かじゃ、なくなった。

大切な人がたくさんいる。


ミミや、カーラ、ベティ、その息子、シスター、孤児院の仲間たち。


大切なみんなを守りたい。

気がつけば、何も無かった俺にも大切なものは溢れていていた。


そして、何より。


「フリオ」


光の向こう側に少女が居た。


何より、彼女を守るって決めた。


「いこう、エスリル」


「うん!」


少女の手を握る。

歩幅を合わせてまた歩き出す。


新しい場所に向かって。

俺たちは歩き始めた。

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