白い薔薇の在り処2
※※の後、若干エロいです。
というかエロい話ばかりですみません・・・。
《過去》
あの日。
初めて、べオルグ領に来た日に握った手の感触を今でも俺は覚えている。
6年前のある日、俺とミミはウォルドの奴隷宿舎を抜け出して、テスタンティス国べオルググラード領にまでやってきた。
べオルグ軍の屯田隊が耕した畑を俺たちは引き継いだ。
来る日も来る日も俺たちは畑の世話をした。
移民村では軍人の指導で孤児の俺たちの世話をとある中年の夫婦が見てくれることになった。
夫のべティは酒の支給があるとすぐに飲み干してしまうアル中だけど、決して悪いやつじゃない。仕事はまじめにするやつだ。
妻のカーラは肝っ玉が強く、俺たちにも良くしてくれる。
ミミはカーラに良く懐いた。
彼らと初めての家族になった。
それまで、俺たちに親が居たことはない。
最初は戸惑ったけど、意外に良いものだと思った。
時々、教導隊の人がやってきて、俺たちに文字を教えた。
軍人は時々やってきては俺たちに色んなことを教えてくれた。
俺はいつも彼らの背中を見て育った。
暫くして、カーラに子供ができた。
ベティはお酒を断って真面目になった。
生まれた子供は村で初めての子供でヨシュアと名付けられた。
「俺たちゃ、薄汚いウォルドの奴隷だったけどよう。こいつはテスタンティス国民として生まれてきたんだぜ」
そう呟くとベティは酒に焼けた赤い鼻を鳴らして泣いた。
「喜ばしいよなぁ。本当に・・・」
ベティたちに子供が出来た頃、俺たちに軍人さんが中央の孤児院に行かないかという話が来た。
フィリア教会がユノウス商会の支援を受けて、俺たちの様な子供に教育の機会を与えようという取り組みをしているのだと言う。
孤児院からは学校に通えるという話だった。
俺はその話を受けることに決めた。
俺は中央に行きたいと思っていた。
べオルグ軍に入りたいと思っていたのだ。
その為に少しでも勉強がしたいし、できるようになりたい。
ミミは少し悩んだ後で俺に付いてくると言った。
別れの日。
ベティは子供みたいな不満顔で言った。
「なんだよ。まさか、子供に遠慮したのかよ」
「ベティ父さん。そういうことじゃないんだ」
すると、傍らにいたカーラお母さんが笑顔で言った。
「なんだい。学校に通えるなら素晴らしいさ。お前、いつでも帰ってきなよ。ここがあんたたちの故郷だよ」
「ありがとう」
村のみんながお見送りをしてくれた。
俺はミミと一緒に笑顔で村を後にした。
◇◇◇◇◇
「なんで俺がこんな薄汚い奴らと一緒に勉強しなきゃいけないんだよ」
元ウォルドの貴族の少年がそう大きな声を上げた。
俺は眉間に皺を寄せながら、言葉を吐き捨てた。
「俺に言っているか?」
「あん?ちっ・・・」
ちっ、じゃない。俺は怒りの瞳でその正面に立った。
こいつの名前はグルド。最低の差別野郎だ。
周りにいる取り巻き生徒たちもゲラゲラと俺を見て笑っている。
べオルグ領府の一般学校に通っている学生の大多数はこういった没落貴族崩れだ。
彼等はウォルドの貴族は身分を剥奪されてもお金はそれなりに持っていた。
この学校で数に物を言わせて学校で我が物顔をしている。
こいつらの陰険なやり口はこの3年間で嫌と言うほど分かっている。
「おまえに言ってねぇし、なぁ、エスリル」
少女がびくりと体を震わせる。
俺は場所を移動して彼女とグルドの間に立った。
その位置から、またグルドを睨む。
「おいおい、お姫様を守るナイト気取りかよ」
「いい加減にしろよ。ウォルドなんて国はもう無いんだよ」
エスリルはクラスで一番の美少女である。
ただ、元の身分は俺と同じ奴隷だ。
そのせいで虐めの対象になっている。
「お前のさっきの言葉は彼女に言ってるのか?」
俺のその質問にグルドはより一層に醜い笑みを浮かべた。
「そうだ。だってこいつはよう・・・」
「やめて!」
沈痛な声を上げたエスリルに俺は困惑した。
どうしたんだ?
後ろを振り返ると少女は俺を見て何かに怯えた様子で下を向いた。
グルドはその様子を眺めて、にやにやと下品な笑みを浮かべている。
分からない。
この二人には俺が知らない事情があるようだ。
本当に気にいらない。
「もう、授業が始まるぜ。問題があるとシスターに迷惑になるんじゃないのか?」
・・・。
こいつらも授業中や教師の前ではおとなしくしている。
俺は自分の席に戻った。
残念ながら、この程度のいざこざは日常的とも言えた。
◇◇◇◇◇
放課後。
俺は孤児院に帰る訳でもなく、町をぶらついていた。
一般生も参加可能なスクールミッションを確認したが、めぼしい依頼は無かった。
こういう日に限って学友との約束も何もない。
学校で実践戦闘術を教えて貰える日でもない。
暇だ。
ふと、とある路地裏に差し掛かった時、路地裏の奥から人の気配を感じた。
普段は人の気配の全くない路地裏。
まず誰も立ち寄らないデッドスペース。
俺はその路地裏で何度か虐めにあっている学友を助けている。
また連中がここで悪さをしているのかもしれない。
俺はそう考えて足を向けた。
すると女性の小さな悲鳴が聞こえた。
俺は駆けだした。
そして、そこで目撃した。
エスリルがグルドに襲われている。
俺は半裸で涙を流すエスリルと目が合った。
俺はその瞬間、頭が真っ白になった。
「てめぇ!!」
俺は怒りの形相でグルドに掴みかかった。
「な!なんだよ!待て!こいつは!」
「うるせぇ」
俺は拳を固めるとグルドの顔面を殴りつけた。
「ぐふぅ」
グルドの鼻が割れて真っ赤な血が噴き出す。
「やめて!!私は大丈夫だから!!」
「こんなこと!許すかよ!!」
俺は拳をさらに強く握った。
その拳を思いっきり叩きつけようとしたところで、後ろから止めに入られた。
教導隊だ。
しまった。これは捕まる。
不味い。シスターに迷惑をかけてしまう。
急速に冷えていく思考の中で俺はうなだれた。
「ご協力ありがとうございます」
な・・・。
その言葉に俺は目を白黒させた。
教導隊は俺には何も聞かずにグルドを制圧すると連れて行った。
「ま、待てよ!おい!!ちょっと話を聞いてくれ!!俺は違う!!」
「話は詰め所で聞こう」
「待ってくれ!やめろ!俺は偉いんだぞ!俺はなぁ」
暴れるグルドに対して、教導隊の男は無言で何かを近づける。
バチィと激しい音がした。
空気が燃えてわずかに煙が立ちこめる。
電気ショッカーだ。
グルドは変な顔で痙攣している。
そのまま、縛り上げられると引き猾られていく。
・・・ここの軍は本当に容赦がない。
どうやら事前の通報があったようだ。
こんな道中で女の子を襲えば、当然だと思えた。
教導隊の一人がエスリルに声をかけている。
毛布の様なものを巻かれると一緒に歩き出した。
「エスリル・・・」
「大丈夫だから気にしないで良いよ」
俺はエスリルの言葉に頭の中がぐるぐるした。
何を聞いていいのか。
どこまでやられたとか。本当に大丈夫?だとか。
聞いても良いものなのか?
彼女を前に言葉が出ない。
「ありがとう。私のために怒ってくれて」
そう呟いた少女は俺のあいつを殴った方の手を一回だけ握った。
その手が震えているのが分かった。
俺が顔を上げた時には、少女は俺から離れて、俯きながら連れられて行ってしまった。
◇◇◇◇◇
あの事件以来、3週間が経った。
それだけの時間が経ってもエスリルは学校に姿を見せなかった。
俺はあんな状況を目撃した後、今まで何も出来なかった。
そもそも、彼女の家も俺は知らない。3年間も同じクラスだったのに。
後悔、先に立たずだ。
声を掛けて仲良くなる機会ぐらいいくらでもあっただろうけど。
でも、あれだけの美少女相手だと気後れが出てしまう。
残念ながら、俺はそんなにフランクな性格じゃない。
悶々とした日々が続く。
もう彼女は学校は辞めてしまったのだろうか。
あんな事の後だ。仕方がないとも思う。
すると見知った奴の顔が俺の前に飛び込んで来た。
俺は思わずそいつに詰め寄った。
「待てよ!なんでお前が学校に来てるんだよ!?グルド」
「ち、フリオかよ」
俺が学校で出会ったのはエスリルでなく、とっくに放校になったと思っていたグルドだ。
グルドは俺の顔を見ると一瞬たじろんだが、すぐに卑屈な笑みを浮かべて言い返してきた。
「奴隷のお前にはどうでもいいだろ」
「ふざけるな!あんなことをしておいて!」
グルドは俺の怒気にまた気圧された。
視線が泳ぐ。
「犯罪なんて無かったからだよ。分かるだろ?何も無かったんだよ。そういう話し合いが付いたんだよ」
「なんだって?」
話し合いがついた?
どういう意味だよ。
「あいつの両親は俺の親父の経営している会社の従業員なんだよ。俺の親父は貴族から足抜けした後はその資金でユノウス商会の店を作ったんだ。そこであいつの両親を正規雇用してる訳だ」
こいつはもともと大貴族だ。
旧ウォルドに持っていた土地を利用する形で、ユノウス商会の傘下に加わり、主に食品販売業に携わっているそうだ。
こいつは糞野郎だが、こいつの両親は割とまっとうな人間だという話だ。
「もみ消したのかよ!」
「へ、親父は慰謝料を払うだの、俺をムショに入れるだの言ってたがねぇ。あの女の両親がそこまでして貰う必要は無いって引き下がったのさ!はは」
バカな。冗談じゃない。
エスリルの両親が引き下がったのかよ。
俺は親なんて大して知ってる訳じゃないけれども。
それでもはっきり分かる。子を守ってやれない奴は親じゃない。
ふと、グルドの付けている制服のリボンの色が違う事に気がついた。
クラスが違うのか。
「お前、クラスかわったのか」
「ちっ、何で俺ばかり!」
苛ついた口調のグルドは急に面白いことを思いついたという顔にかわった。
「良いか。つまり、俺はあの女とは合意のもとで最後までしたってことだよ。あー、気持ち良かったぜ。なぁ、おい、お前女抱いた事はあるか?ん?」
さいごまでしただと。
俺は今の今まで未遂だと思っていた。
ゆるせない。
「てめぇ」
「はは!なんだよ、お前、まだあんな女の事気にしてるのかよ!!馬鹿じゃねぇえの!!良いことを教えてやるよ!」
良いこと?
こいつとエスリルの間に何があるんだよ?
こいつがどうしてあそこまで強気な姿勢でエスリルに接するのか。
「何かあるのかよ。お前とエスリルに」
「くく」
あいつはとびきりの秘密の話をするような子供の顔で笑った。
たっぷりと勿体ぶった後でグルドは言った。
「くく、良いか、あいつは俺のおじいちゃんの飼ってた性奴隷だったんだよ。俺は見た事があるんだよ。あいつが毎晩・・・」
最悪だ。
「黙れよ!!」
俺は激しく吠えた。
「おうおう、殴るかよ!今度はてめぇが捕まるぜ!!ほら殴れよ!!クズが!!」
げらげらと笑うグルドの前で俺は拳を机に叩きつけた。
真っ赤な血が拳から流れる。
その大きな音にグルドは一歩後ずさった。
「な、なんだよ!馬鹿かよ!てめぇは」
「うるさいんだよ。お前はそんな事でエスリルを傷つけたのかよ・・・」
最低野郎ね。
なんでこんな奴がのうのうと学校に通えて、エスリルが居なくならなきゃならない。
「そういうや、あいつはお前にこの事を言うなっていってやがったな!ははは」
「エスリルが・・・」
「ち、くだらねぇ・・・親父からお前やエスリルと話すなって言われてるからよう。じゃーな」
あいつは言いたいことだけ言うと去っていた。
俺は血に染まった自分の拳を見た。
今からでも追いかけてあいつを殴るべきかどうか。
あんな奴を殴ったって意味は無い。
殺されたって考えを変えるつもりはないだろう。
そういう奴だ。
それでも守る相手がいるなら俺は殴っただろう。
たとえ、犯罪になっても躊躇しない。
でも、この場にあったのは所詮、自分の怒りだけだ。
自分の為だけに殴るのは、殴りたい気分だけでただ殴るのはルール違反だ。
俺が酷く怒りを覚えているのは何より、自分自身にだ。
エスリルがあんな事になっているのに気づかず
あんな奴を八つ当たりで殴ったってすっきりしない。
だから自分を殴った。
自分の拳を痛めつけた。
すっきりはしなかったが痛みは得られたし、はっきりとした。
「エスリルをさがそう」
頭を切り替えた。
俺の事はどうでも良い。エスリルが心配だ。
◇◇◇◇◇
毎日、町を彷徨いてエスリルを探した。
あいつは今、一人なんだ。
俺が会ってどうにかなるものでもないかもしれない。
それでも会って話をしたいと思った。
友達の手も借りた。
2週間後。
友達の一人から夜の町でエスリルに似た少女を見かけたという話を聞いた。
俺は夜の町の探索をし始めた。
そんなある日、いつもに比べてすこし派手な化粧をしたエスリルが見知らぬ男性と親しげに話して歩いているのを見つけた。
その様子に俺は酷く動揺した。鼓動の音がはっきりと聞こえる。
なんだ、良い人が出来ただけなのかよ・・・。
エスリルには釣り合ってなさそうな男だがそれでもあいつが好きならそれで良いじゃないか。
そういうことなら仕方ない。
もう必要ないかもしれないが話ぐらいはしたいと思った。
俺は二人の後を追った。
俺が後ろを追っていることなどまったく気づいていない男とエスリルは平屋の部屋に入っていく。
俺は中の様子が見れないかと裏手に回った。
何をしているのだろうと少し後悔する。
こんなことしないでも別れたところを見計らってからエスリルに会えば良い。
裏に回るとカーテンの隙間から中の様子が伺えた。
見る必要なんてない。
こんなことをしてはいけないんだ。
やめれなかった。やがて、二人の姿が見えた。
少女がすぐに服を脱いだ。
その肢体の白さに目が眩んだ。
興奮を覚えた。その姿に夢中になる。
漸く気づく。俺はこの少女が好きだったんだ。
駄目だ。見てはいけない。いけないことだ。
嗚呼、それでも目が離せない。自制がきかない。
裸の男と少女が重なった。
今、何が行われているか俺は良く知っている。
その行為に酷く興奮した。
そして、際限の無い自己嫌悪が溢れてきた。
結局、俺はそこで行われた全てを見届けた。
※※※※※※※※
事が全て終わるとエスリルと男は別れた。
俺は頃合いを見計らうとエスリルの前に出た。
少女は驚いた顔で俺を見た。言葉が出ない。
こうしていざ会ってみて、俺の意気地の無さに泣きそうになる。
何を言おうか迷っているとエスリルが困惑した顔で呟いた。
「・・・フリオ?」
「よう。元気か」
少女は大きく目を見開いた後で下を向き、俯いた。
「どうしたの?」
「心配して探してた・・・。なぁ、今の奴は恋人か?」
その確認が取れれば、すぐに去ろうと思った。
少女の顔が青白くなった。
「・・・つけてたの?」
「・・・」
俺は答えられずに黙った。
沈黙では肯定したのも同じだ。
「したところ見た?」
「・・・」
「ねぇ、私がグルドとどうなったか知ってるの?」
「・・・」
「私の小さい頃の話ももうバレてるんだ?」
「・・・」
それで聞きたいことは全部聞き終えたのだろう。
少女は泣きそうな顔で小さく呟いた。
「そっか、全部知ってるんだ」
「エスリル。俺は」
何を言おう。何か言おうと言葉を探す。
言うべき言葉が無いんじゃ、俺はなんでこんなところに突っ立てるんだよ。
逃げ出したい。
そんな俺にエスリルは冷めた口調で言った。
「さっきの人は私の客よ」
きゃく?
客?客ってなんだよ?
俺は呆然と呟いた。
「おまえ・・・なにをいっているんだ」
こいびとじゃないのかよ。じゃ、どうしてあんなことしたんだ。
「わかったでしょ。私はああいうことをしてお金を稼いでいるの」
「どうして・・・そんなことを・・・」
「一文無しで何も持たずに家を出たの。私はお金がほしかったからこういう事をすることになったの」
少女は淡々と呟く。
俺は心挫けそうになりながら、必死に声を絞り出す。
「わ、悪いことだって分かってるのか?」
「でも稼げるのよ。それにほかの仕事なんてこの町にはないの。ユノウス商会の仕事をすれば家に帰らされるもの」
「エスリルの両親は・・・なんて?」
「あの人たちは駄目だよ。今の仕事を守る事に必死なの。私を守ってくれなかったわ。だから、私は一人で生きていくの」
「そんなことしなくてもいいだろ・・・。いくらだって方法はあるだろ・・・」
「そうなんだ。でも私には思いつかなかったし、分かるでしょ。私ってこういうの得意なの」
「エスリル!」
「やめてよ。あんたが私みたいなドブネズミを気にしないでよ」
ドブネズミってなんだよ。
「アンタはもっときらきらしたところで生きていけるでしょ。私みたいなズべ公は駄目なの」
「待ってくれ!」
俺は慌てて少女の肩を掴んだ。
「やめて汚れるわ」
「汚れない!」
何を言えば彼女を止められるのか。
少女は何かに気づいた様子で俺の手を握った。
「また、誰かの為に殴った?」
「それは」
俺が俺を殴った傷だ。
彼女は包帯に巻かれた俺の手を愛おしそうに握ると言った。
「あんたはみんなのヒーローなんだから、したなんか見ないでよ」
「俺はヒーローなんかじゃない、エスリルはしたなんかじゃない」
どう言えば伝わるのか。
分からない。喉が酷く乾く。
「待ってくれ。頼む」
そう言って、引き留めたい一心で少女の身体を抱きしめる。
少女の香りが鼻腔の奥まで入ってきた。
どうして、こんなに良い香りがするのだろう。
たまらない。
思わず抱きしめてしまった身体の柔らかさに頭がくらくらする。
すると、何かに気づいた少女が驚いた顔をした。
やがて、笑みを浮かべる。
少女が変わった。
「・・・そっか、フリオも私としたいんだ」
その言葉に全身が総毛立つ。
な、なんだって??
そんな俺の反応を見て、エスリルの目の色がまた変わった気がする。
さっきまでとは全然様子が違う。
さっきまではこんな瞳はしていなかった。
鼻腔に届く香りにの甘く危険ものが混じった気がする。
さっきの男と居るときだってこんな感じじゃ無かったのに。
少女は俺にしなだれるようにして身体を預けると耳元に向かって吐息混じりの声を吹き掛けてきた。
「ねぇ、したら満足して帰ってくれるの?」
俺は頭の芯まで熱に冒されたみたいになった。
くらくらする。
「まってくれ、やめてくれ・・・」
懇願するような声になった。
少女は笑みを浮かべた。
「ほら、こっちよ」
少女は頬を紅潮させてそう囁いた。
言葉が妙に熱い。
駄目だ。
俺は。
何か。
言わないと。
少女の手に誘われて、さっきの平屋の中に俺は入った。
少女が後ろ手に玄関の戸を閉めた。
少女が俺を抱きしめる。
その抱擁は激しく求めるように強くて、縛り付けるようにきつくて、その熱さから僕は逃れられない。
まるで蜘蛛の糸に絡まったみたいだ。
少女は逃さないように抱きつきながらその熱い躰を器用に絡めて俺を誘った。
お互いの身体がどんどん微熱を帯びていくのが分かる。
熱病にかかったみたいに訳が分からなくなる。
少女の躰の発熱とは対照的に冷たい指先が俺の身体を撫でる様に伝ってゆっくりと下へと伸びていく。
やがて、たどり着いた其処で、少女はその具合を確かめて、蠱惑的な笑みを浮かべた。
俺は今更ながらに其処がどうなっているのかに気づいた。
「凄いよ。フリオ」
とびきりに熱い言葉が首筋を絡めた。
「まってくれ、ちがうんだ」
少女がさっき気がついたのはこれだったのか。
そんなつもりは無いんだ。
無かったんだ。赦して欲しい。
「駄目」
少女の唇が俺の口を塞いだ。
言葉が吐息の熱に溶けていく。
何も考えられなくなって・・・俺は・・・。
◇◇◇◇◇
気がつくと朝日が差していた。
何もかもが情けない。
少女によって、一晩中行われた行為の間だって俺は何も出来なかった。
「御免ね。本当は傷つけたくないし、こんな事したくなかったの」
少女は服を整えると俺に向かってそう呟いた。
「エスリル・・・」
「もう分かったでしょ。私はこういう女だから」
そう言って、彼女は立ち上がる。
俺はエスリルに手を伸ばした。
その手を掴んだ言った。
「好きだ。エスリル」
結局、そんな言葉しか出なかった。
少女は俺の手を乱暴に振り払うと言った。
「趣味じゃないの。さようなら」
そう言って、少女は去って行った。
俺はふりほどかれた手を見つめながら呟いた。
「ふられた」
違うだろ、と思ったが、今の俺はその事実だけでもう限界だった。
俺は床にへばって、嗚咽を漏らした。
どこで間違えた。
俺は大切な物を失った。
あの少女をこんなに大切に想っていたなんて今更気づいて。
失った・・・。
◇◇◇◇◇
難儀な事になっているな。
僕は分厚いファイルを見つめて頭を抱えた。
「白薔薇会か」
「はい、どうやらべオルググラードに根を張っているようです」
やれやれ、組織が巨大化した弊害だろう。
僕の元にこういう報告が上がってくるまで時間がかかる様になった気がする。
「優先順位がおかしいだろ。次からはSにしろ」
「そうですか?規模も内容もBで妥当ですよ」
エヴァンがそう言いきる。
まぁ、基準は人それぞれだな。よし。
「Sだ」
「分かりました。では、即対処すると言うことですね」
「なんだよ。文句あるのか?」
エヴァンは淡々と呟く。
「少し泳がせて魔団の動きを探るのも一つの手では?」
「焦るのも分かるが今回の件にネザードが絡んでるとは思えないな」
「そうでなくても何か大きい物と繋がっている可能性もあります」
「悪いけど、この手の事に関しては僕は容赦しない」
しかし、エヴァンの気持ちも分からないでもない。
6年前のあの一件以来、ネザードの姿、形、何も見えてこない。
神の瞳の増強も奴を追いつめる為だったのだが。
ここまで、僕らはネザードのしっぽを全く掴めないでいた。
その一方で魔団の動きが異様に活性化してきている。
「しかし、ユノウス閣下。最近上がってくる情報が多すぎませんか?」
「魔団の動きがそれだけ激しいのだろう」
「いえ、情報の選別がいまいちに思えます」
エヴァン・・・。
「閣下はいちいち些事に関わりすぎでは?」
「僕が出来ていないとでも?」
「七津国との戦争問題の方が優先順位は上です」
魔団に組みする邪神たち。
それを信仰する七津国と近隣国との間で緊張が高まって既に半年が過ぎた。
周りで魔団が活性化し始めたのもこの動きに連動している。
文字通り七つの国からなる七津国は魔団の総本山であるの霊地グリムグランの守りの要。
霊地の傘であり、霊地を守る結界の要所である。
霊地グリムグランを攻略出来れば、魔団の勢力は大幅に削がれる。
そして、ネザードが逃げ込んでいる候補としてはここか、封印大陸ぐらいしか残って居ないのだ。
「領には優秀な人材が揃って来ています。任せても良いのでは?」
「なるほど、僕の人間が其処まで出来てたら今頃は楽だろうね」
些事を気にしないということは、要するに多少の犠牲を気にしないということだ。
太っ腹なことだよ。本当に。
「ここが正念場です。魔団を解体した後は好きに過ごせば良いじゃないですか。ここまでの魔団の動きは所詮、最後の悪足掻きですよ」
エヴァンの念押しの意味は分からないでも無い。
しかし。
「最後の悪足掻きねぇ」
けれど、窮鼠猫を噛むとも言う。
油断は禁物だ。
その時、僕の通信機が鳴った。
「ロキか。何?ミルカがアリシスに・・・?」
今回の件について概要を聞く。
参ったなぁ。アリシスが今回の件に首を突っ込んでるらしい。
「・・・不安だ」
アリシスは乙女というか、少女というか、とにかく天然色過ぎる。
不安だ。こういう事は苦手だろう。
アリシスなんてたぶん未だに子供がコウノトリが運んでくるなんて信じてて可笑しくないくらいに少女なんだぞ。
もちろん、偏見だ。
「特Sにアップだ」
「・・・あのですね。アリシスを信じて見たら良いじゃないですか」
なるほどね。
「ああ、僕も人を信じてみようと思う」
僕は書類の山をエヴァンに押しつけた。
「というわけでよろしくー」
「・・・」
◇◇◇◇◇
私は夜の町を歩いていた。
いつも歩いている町の様子が全然違う。
普段とは違う見慣れない町の様子にすこし緊張する。
ミルカの情報を元にエスリルを探す。
見つけた。ちょっと驚いた。
しばらく見ない内にびっくりするぐらい大人びた印象だ。
見た目の変化の大きな原因は化粧の仕方だろうけど、それにしても擦れた気がする。
「エスリル」
私の呼びかけに少女は目を見開いた。
「アリシス先生」
「ごめんなさい。話を聞いたの」
私はそう告げた。
一瞬困ったような顔をした後で少女は呟いた。
「そう」
私は少女の呼びかけた。
「帰ろう」
その言葉に少女は不思議そうに首を傾げた。
「どこに?」
「貴方の居るべき場所よ」
そういうと彼女は苦笑いを浮かべて言った。
「無いよ。私の帰る場所なんてないの」
そう言って少女は空虚な笑みを浮かべる。
「きっとあるわ。探すのよ」
「もう良いじゃない。先生みたいな人間には関係ないでしょ」
関係無い訳無い。
「こんなこといつまでも続かない」
「良いの。しばらくはお仕事いっぱいして、それで次の国に移りすむの」
どういうつもりなのだろう。
どこに行きたいのだろう?
「どこに行くの?」
「ここじゃないならどこでも良いよ」
自棄っぱちだな。私は少女の頬をひっぱたいた。
「自分の境遇に酔わないでよ。普通に気持ち悪いから」
「先生、何で殴るのよ」
「貴方に起こった事の辛さなんて私には分からないわ。ただつらいことがあってそれで逃げ出したくなる気持ちぐらいは分かるわよ。でもね、いくら逃げても無駄よ。逃げた先には逃げ道しか無いわ。貴方が居たいと思う場所は前に進まなきゃ辿りつけないの」
「あっは。先生は先生らしいね」
・・・本当に不味いな。
今ので少しぐらい怒ってくれれば、本音も聞きやすいと思ったのに。
死人とでも話してるみたいだ。
「良いよ。逃げ道で。きっと私にはお似合いだから」
本当に自棄っぱちだな。
「死に場所でも探す気なの?」
「それも良いかも」
良くない。全然良くないよ。
「どんな人にだって大切な物や人はあるでしょ。貴方にだってあるでしょ。其処を見つけて居場所にしなきゃ駄目だよ」
「先生はきらきらした場所にいるよね。羨ましいかも」
「なら」
「私には眩しすぎるよ」
少女は目を伏せ呟いた。
「御免ね。私、もう一番大切なものを汚してきたの。きっと、もう手に入らないと思っていたのに。手を伸ばしたら届くところにまで来ちゃったから、食べちゃった。グルドの事、責められないわね」
え?何を言っているの?
「どういう意味?」
「私はね。自分が嫌い。嫌いよ」
「エスリル」
「自分がどれだけ薄汚いか自覚して、嫌悪してるの。先生分かる?私がどれだけ気持ち悪い生き物か。ずっと躰を男に売って媚びて生きてきたの」
女の私がぞっとする様な蠱惑な笑みを浮かべるエスリル。
「先生のことも嫌いじゃないけど、好きになったら汚しちゃうかも」
「エスリル」
「ごめんね。私、もう貴方の生徒じゃないの。ばいばい」
「待って!貴方が自分を嫌いでも貴方を大切に想う人は居るのよ、捨て鉢なるのは無しよ!」
彼女は首を振って、歩き去った。
その後ろ姿に、私はそれ以上何も言えなかった。
駄目だ。
あの子に必要な居場所を今の私は何一つ見つけてあげられない。
自分が嫌いなあの子には自分で作る居場所なんてないんだろう。
両親に見捨てられた事か、或いはもっと大切な何かを失ったことで少女は自棄になっているのだと思う。
大切な人・・・。今更、私では無理だろうし・・・。
もっと彼女のことを良く知る必要がある。
そして、大切な誰かを見つけて思い留めさせる。
思うに食べちゃったとか汚したとかがヒントかな。
何の事だろう。
「・・・難易度高いなぁ」
うん、がんばろう。私はまた歩き出した。
私がしたくてする事だもん。私は私の居場所を守るために戦うの。
覚悟してよね。
私の勝手で貴方を助けるわよ、エスリル。