神竜肉塊
※7月12日改訂
季節は冬。
この時期の帝都の周辺は豪雪に覆われている。
帝都ヴィートノグ。人口は10万。
高さの違う巨大な7つの城壁を備えた城塞都市でもある。
今はいくつかは雪に埋まってる。
この白亜の石積は大雪が降ると雪に埋もれ、城壁を歩く通路になる。
道を知らぬ者がうっかり歩くと雪に埋もれる仕掛けがあるのだ。
難攻不落の城塞都市。
べオルグ軍が秘密裏に行った奴隷解放に伴い、その人口が4万にまで激減していたものの、未だにその威容に揺らぎはない。
もっとも、今となっては、伽藍堂の器だが。
人のいない都市の広場を除雪をし、ユノウスは作戦本部を設置した。
「雪のこの時期に作戦を断行して正解でしたね」
「確かに犠牲者が減ったからなぁ」
冬前に奴隷の救出を断行した理由はこの時期のウォルドの食料庫事情を考えたところ、餓死者の数が尋常じゃないと判明したからだが。
貴族、市民だけなら越冬可能だろと思ったのだが。
が。
「結果的に春は来なかったか」
ああ、遠き春。
僕はしみじみ呟く。
アレの餌とか最悪すぎる。
可哀想に。
エヴァンが報告書を見ながら呟いた。
「津波と両面作戦でしたね」
「本命はこっちだろうけどな」
本命が、まさかの自爆テロかよ。
僕は不機嫌に呟く。
派手な花火で衆目の関心を引き付け、裏でこっそり本命を成功させる。
誘導作戦。上手いやり方だ。
「高度探索機からの映像、届きます」
魔唱石で作ったモニターに敵の姿が映った。
その異様に僕は苦笑した。
何これ、こえぇ。
肉塊が蠢いてる。にゅろにょろ這いずってる。
足とかそういう器官は無いのかよ。
「コードネーム:神竜肉塊の存在強度が出ました。やはり、竜ほどの成長強度は無いようです」
新たな報告書にため息が出る。
「・・・レベル約1万か。4万人の人間を食って、ここまで成長するとは」
あと、人は組み込めるが周囲の構造物は吸収できないようだな。
捕食によるレベルアップ付きか。
竜としては相当劣化してるな。
大きさは全長100メートル。
後期ゴジラぐらいの大きさか。
・・・。
「・・・しかし、でかいなぁ」
「現在は隣の都市を目指して進行中です」
エヴァンの言葉に僕は首を傾げた。
人並みの知識はありそうだが、感覚器官は弱そう。
「進行速度に変化は?」
「無し。時速は5キロですね」
なんじゃ、そりゃ。
「遅っ。もう次の都市の避難は済んでるんだろ?」
「ええ、まぁ」
進行速度から見て次の都市まであと3日。
実のところ、あの一報から、ここまで10日ほどかかっている。
領地でない外国のことである。
貴族議会による調整が行われ、国からの正式要請を受けてベオルグ軍の投入となった。
まぁ、避難は勝手にやったけど。
「幸い、魔法や能力を使う知性はなさそうだな。ラグナも無い」
神核と竜殻をもった元改造人間といったところか。
プロパティ壊れてますわ。
「では、余裕ですか?」
「ところがそうでもない。この複合装甲のせいでな」
すると、第一次接触部隊を指揮していたユキアが本部に帰ってきた。
「おう、帰ったぜ」
「どうだった?」
「ぜんぜん駄目だな。竜の因子と神核を使った合成獣か。ハジャやラグナじゃなきゃ斬れないが、単純にラグナだけじゃ上手く斬れん。物理的にかなりの強度と準神唱の特性を持っている。数発殴ったがダメージが微妙なんで帰ってきた」
どうやら偵察だけで無く一戦交えてきたらしい。
さすが。エターナル勇者さま。
しかし、この肉塊、ますます手に負えないなぁ。
これが外核部分が少しでも竜よりでハジャやラグナの力を帯びれば、神核は破壊される。
ぎりぎりの劣化が多重装甲を可能にしているようだ。
そういう強度特性でデザインされた魔獣か。
正直、ちょっと面白い。
「あと、竜撃砲は利かなかったぜ。まぁ、あれは竜専用だが」
一応、神核破壊用に作った有線弾の神滅砲が一丁だけあるにはあるが。
ミーナは一応素養はあるらしいが、ハジャはまだ使えないからなぁ。
あれだけデカいと効果も微妙だろ。
これ、怪物狩人に出てきた、老なんたら竜と一緒だな。
装甲がおかしいけど。
「あ、そう言えば、僕、3日後がちょうど誕生日なんだよねー」
「そうなのか?」
「まだ10才になってなかったんですか?」
「おう」
我ながら意外だわ。思えば遠くに来たものだな。
うん。
「おれ、これ終わったら、ようじょハーレムと誕生日パーティするんだぁー」
どうよ、この死亡フラグ。
「死ねばいいんじゃないですか?」
ですよねー。
なんか、アリシスとかも料理つくるらしいよ。
ああ、死ぬな。確実に。
うん。
「おまえ、ミリアのところにも行ってやれよな。行かないと泣くぞ、あいつ」
「そっちで二次会かー。よーし、そっちで酒を飲もう」
「お、良いねぇ」
「はぁ、なんか、随分と話が逸れましたね」
なんつーか、よちよち歩きの肉団子たんとか。
大して怖くないんだよね。
すると、僕らのところに技術部のすっかり顔になったヨークソンがやってきた。
「よう、どうする?」
そうだなー。
「落とし穴、最強説に基づいて穴掘って埋めるか」
「そんな説がどこに?」
細かいこた良いんだよ。
埋めようぜ!埋めるの大好き!!
「良いかもな。開発したコンクリートを流し込んで固めよう」
「そんな予算がどこに?」
確かにコンクリは量産とか目処が立ってないし、貴重だなぁ。
「無駄金使うの嫌だな。土で十分だろ」
土魔法最強説もあるしな。
「土は食えないみたいだが、掘れるか未知数だろ。まぁ、軍で穴掘って落とした。で、何かで蓋するか」
土ならタダだけど他のだと維持費かかんない?
そうなるとそれも面倒だな。
ちぇ、穴じゃ無理か。
「完全解消しましょうよ。学習能力が無いと断言できませんよ?」
「案外、躾たら良いペットになるかもな」
「これ以上変な物を飼うのはやめてください!!」
そもそも餌が人間とかあり得ないけど。
そうだなぁ。
よし。
「ちょっと手が掛かるが完全解消を狙ってみるか」
◇◇◇◇◇
作戦本部にある別のテント。
来賓テントの中は暖房器具が置かれ、作戦が逐一報告される。
ファリはそこで一人、涙を流しながら椅子に座っていた。
「僕が帝都を出なければ・・・」
変わり果てた帝都の姿はファリに重すぎた。
それでも、ここに同行するところがさすがだとも言えた。
同行員だったガルフマンや数名の騎士以外の部下も家族も何もかもを失った。
この作戦は、ウォルドの王女であるファリの要請によるものとして説明される事になっている。
すると、一人の男がテントに入ってきた。
「そうであっても、あれの腹に収まっただけですよ。意味があったとは思えませんね」
そう淡々と告げるのはテスタンティス国王子。
ライオット。
「ライオット殿」
「ウォルドの王族は貴方一人になりました」
その言葉にファリは震えた。
「・・・そうですね」
「ユノウスはこの国の処分は私の好きに任せると言って来ましたよ」
彼もこれまでにそれなりにコストを掛けているはずだが、こういうところでは執着しない部分がある。
この作戦に関しては、こちらからの要請なので費用が国持ちだが。
ウォルドなど、降りかかる火の粉でしかないのかもしれない。
「そうですか。ではお決めください」
「では、ウォルドをテスタンティスに併合します。貴方にはそれを飲んで貰います」
「わかりました。ウォルド帝国、王女ファリとしてウォルドのテスタンティス併合を望みます」
「では、書面は後ほど」
その言葉にファリはうなだれた。
「僕はどうなるのですか?」
「そうですね。ご希望通り、私の側室に入って貰います。色々考えましたが、それが妥当でしょう」
地方の豪族などの立場も守れる。
確かに、妥当なところだろう。
「わかりました」
彼女は無気力に呟く。
呆然とした様子のファリを見る。
こちらを見る瞳が揺らぐ。
何かに縋りたいような顔だ。
ウォルド併合の為の事実婚。
ただの側室とはいえ、妻に決まった女だ。
ライオットは遠慮をさせないために、その体を抱きしめた。
言葉を呟く。
「貴方のせいではありません」
「・・・ごめんなさい。ごめん、なさい・・・」
少女が号泣するのを見ながら、ライオットはその頭を撫でた。
優しく呟く。
「貴方は強い。ですが脆すぎる。少しだけお休みなさい」
「は・・・い・・・」
◇◇◇◇◇
ライオットがテントを出るとユノウスがやってきた。
「ひゅーひゅー」
「ユノウス、お前なぁ・・・」
俺はユノウスからの冷やかしにむっとした。
「良かったじゃん。ウォルドが滅んで」
「そうだな」
目的を遂げたのは事実だ。
ただ、望んでいた結果とは違う気がする。
「ついでに嫁ゲットかー。かぁやるねぇー、この色男」
「そうだな」
俺の言葉にユノウスが眉を歪めた。
つまらなそうに呟く。
「誰だ、お前。根暗か?」
その言葉を無視し、俺は言った。
「ユノウス、ウォルドを頼む」
「だが断る!」
「お前なぁ」
「冗談だよ。タダなら貰ってやる」
「タダな訳ないだろ」
「ちっ」
思いっきり舌打ちされた。
こいつは。
最初からこうだったが、俺が王だってことを忘れていないか?
まぁ、こっちも気が楽ではあるが。
「お前には最終的に大公位に就いて貰う。ひとまず、今回の功績で地方辺境伯に格上げだ」
「・・・お前、そんな事を独断で決めて大丈夫か?」
「俺も王になる以上、テスタンティスの事を第一に考えて生きていくつもりだ。お前は貴族の警戒心が低い内に成り上がっておけ。お前は辺境貴族だから、今のところ、中央の貴族の連中に必要以上に目を付けられていないが、今後は違うだろう。無用なゴタゴタを引き起こすなよ」
「商会があるし、無用な心配だぞ」
「そうか」
ユノウス商会が中央で、国外で貴族相手にかなり上手く立ち回っているのは知ってる。
確かに商会を通していくらでも交渉が可能であることを考えれば、俺なんかより余程、上手く立ち回れるのだろう。
「お前の領地が属国として育てば、ウォルドのような国が宗主国テスタンティスに刃向かう事もなくなるだろう」
「随分と信頼してるねぇ」
俺は苦笑した。
「お前が戦争嫌いの人殺し嫌いの甘ちゃんだって分かってるからな」
「非生産的行動が嫌いなだけですよ」
ふと、思い出して言った。
「お前は転生者だったな」
「聖団から聞いたのか?そうだよ」
俺はやや強い口調で言った。
「アリシスを頼むぞ。お前からすれば、まだタダの子供だろうが」
「・・・分かってるよ」
さらに念を押す。
「アリシスをちゃんと幸せにしろ。それが条件だ」
「お前、シスコンすぎるだろ・・・・・・」
「大事な妹だからな。当然だろ」
或いは、ウォルド領などより余程大事なものだ。
それをすでにこの子供には託している。
「わかったよ。・・・・・・よし、これからはボクもへいかのこと、おにいたんって呼ぶね!」
「やめろ、反吐が出る!」
考えて見るとこいつが義理の弟か?
あり得ないな。
「おにいたん♪」
「黙れ!俺はブラコンではない!!」
寒気がする。なんて残念な奴なんだ!
ああ、頭が痛い。
「まぁ、冗談は置いといて、ちょっと準備してくるわ」
「方針が決まったのか?」
「ああ、まぁ、なんとかなるって」
「そうか。これからお前はどうするつもりだ?」
「ふ、ユキアたんとちょっと秘密訓練してくる」
「・・・お前、そのキャラで行くのか」
「なんだよ!僕ちんはストレスでイかれちまうんだー!ひゃほー」
・・・。
駄目だ。こいつ。
◇◇◇◇◇
2日後。
「スキルコピーさせてくれれば、一瞬だったのに」
「駄目に決まってるだろ。女から記憶を奪おうとするんじゃねぇ!」
ちえ。
ラーニング最強説だと言うのに。
「しっかし、たった二日でマスターしやがって」
「精神と時の部屋使ったからな」
実際は結構、練習したんだぞ。
「来ました!コードネーム:神竜肉塊」
奴が来た。
「おぉおおぉおぉおおぉっぉおお」
うわ、でけぇ。
内蔵がそのまま這いずってるような、超グロ系。
こりゃ、ぴっちぴっちの産地直葬だな。
キマイラとか名付けたけど。
こいつ、名状しがたきバール神の方のだったか。
よし、これからはニャル汚と呼ぼう。
4万人分の肉団子であるニャル汚がこっちにゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。
「罠に接触します」
「がぁああ?・・・あぅ?」
落とし穴にニャル汚が落ちた。
大きさは30メートルしか無い。
全長100メートルの肉塊だから3分の1しかない。
それでも一時的な足止めになるだろう。
「がぁああ?ああ?ああぅあ?」
ニャル汚はぷるぷる震えている。
「なんか困ってないか?」
「・・・え?抜け出せないの??」
ニャル汚は前後に揺れたり、肉塊をクネらせて、しばらくぐにゅぐにゅさせていたが、どうやら本気で穴から出られないらしい。
なんというジョークモンスター。
なんというスペランカー。
「るーううぅるるーーるーーうぅうううーーー」
うわぁ、・・・泣き出した。
もう帰っていいかな?
「うげぇ、腹の底に来るひでぇ鳴き声だな」
汚いGアンが綺麗に思えるほどの歌声だ。
S○N値大変。噂の正気値もへっちゃうよ。
「や、やべぇ、吐きそう」
「お前のはタダのアル中だろ?おっぱいさすってやろうか?」
「前後ろ逆だ。くそ、さっさと黙らせるぞ」
つっこみに切れがないな。
本気で吐きそうだな、こいつ。
二人で駆け出す。
加速。
「いくぞ!」
「ああ!」
ユキアが空高く舞う。
その両手から太陽光に煌めく無数の線が広がる。
無数の鋼糸。
それを横目に僕も又、同時に糸を放つ。
「がぁ??」
無数の糸に囲まれて、ニャル汚が混乱する。
「いくぞ」
「了解」
――― 大破邪結界・双演・神滅!!!
特別製の糸が神滅の力を帯びる。
神滅鋼糸。
「ぐぅあおあああああああぅおおおおお」
わぉ、ニャル汚のボンレスハムだ!
はは、最悪すぎるぜ!!
きもすぎて上手く表現できねぇ。
「そっちは大丈夫か、ユキア!」
「※※※、※※」
・・・。
いや、見なかったことにしよう。
大丈夫、ロリ美少女は毒以外吐かないよ。
僕、知ってるんだから。
僕は通信機で指示を出した。
「全軍突撃」
◇◇◇◇◇
「よっしゃー!!費用は全部、テスタンティス国持ちだ!全力射撃!撃てぇ!!」
ヨークソンの声にべオルグ軍が叫んだ。
「イエスッサー!!」
この日までに揃えた火薬銃が閃火を無数に煌めかせた。
「いけるか!?」
双眼鏡で様子を確認する。
銃撃で肉が削れているのが分かる。
「よし!!神滅結界作戦、成功だな」
鋼糸結界による準神唱特性の破棄と物理攻撃での滅多打ち。
上手く言っている。
「大砲部隊出ろ」
遠慮はいらん。がんがんやったれ!!
遠距離からぼこったれ!!
◇◇◇◇◇
「ギィ。いくぞ。邪神さまの命令ダ」
ワタシ、愚王は部下に声を掛けた。
「了解」
応じて、新型の全身鎧を隙間無く身を纏った一団が歩き出した。
その数は12。
人外軍。
べオルグ軍、コードネーム:イリーガルアーミー。
――魔唱式強化鎧
―――生命と精神の練騎士
使い手の精神力と生命力を喰らう強力な魔鎧。
人外軍正式装備だ。
超加速。
肉塊に大剣を突き立てる。
肉が裂けた。
「この鎧があれば、あの小娘に遅れを取らなかっただろうに」
竜王の不満げな顔にワタシは笑った。
「ギィ、あの時はモンスター偽装作戦だった。軍装備が使えないのは当然だ」
嵐の様に剣撃を刻む。
斬、斬、斬斬!!
「斬り開け!!」
◇◇◇◇◇
30分後。
猛攻をひたすら受けて、ついにニャル汚の神核が露出した。
「よし!きたぁ!!」
僕は駆け出す。
黒剣ラグナロクを構える。
さらば、ニャル汚。
短い間だったが楽しかったぜ。
「ぐぁあがぁああああああああああ」
「うるせぇ!死に晒せやぁあ!!」
まじで気持ち悪いんだよ!!くそったれ!!
――― 神滅刹閃
僕は黒の神滅剣を神唱結晶に突き立てた。
ぱりん。
と小さな乾いた音を立てて、神核が砕けた。
「ニャル汚、討ち取ったりぃいい!!!」
ビクトリー!
僕は剣を天に掲げる。
「うぉおおおおおおおおお!!!!」
べオルグ軍の勝利の雄叫びが白銀の水平線に木霊した。