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転生したった   作者: 空乃無志
第二章 王立学院編
60/98

愚王と軍神

※7月12日改訂

僕、ユノウスはウォルド攻略戦の進捗状況をエヴァンから確認した。


「どうだ。難民キャンプは?」


「正直、農奴はさすがですね。リーダーとして使えます。勧誘率が若干低いですけど」


僕はデータに目を落とした。

貴族の下働きの奴隷の勧誘率は抜群に良い。

ほぼ100%。次点は農奴だがこっちは環境が良いらしく70%程度だ。


「最低は性奴隷か」


30%。思ったよりはるかに低い。

人数も多くないが。


「ええ、まぁ、事実上の情婦ですから。案外、良い思いをしている者もいるみたいですよ」


エヴァンの言葉に僕は眉をゆがめた。


悲惨なの者も多いが美味しい思いをしている者もいる。

勧誘率の低さは同時に接触の難易度が高いことも意味している。


なかなか難しい。


「そろそろ物資も尽きるはずだろ」


次に音をあげるのはどこだろうかね。

ここからは国外退避を望む層がさらに増えて行くはずだ。


今度は自由市民層か。


悩ましい部分だ。


「奴隷は拘束されているから救出が必要になるが、市民は自由意志で行動できるからな」


「ええ、商人ギルドを通して、仕事の形でこっちに来て貰いましょう」


住み込み、3食付き、家族も可能。

ちょっと国外に行くけど、嘘はない。


法神契約を結ぶなら自由意志で選んで貰うしかない。

奴隷の拘束には法神契約は使えない。

確か、制約ギアスを用いるはずだ。


自らの意志で選ばないのであれば、当然、あの国に居て貰うことになる。


「奴隷は農地。市民は工場従業員。最初は顔を合わせない方がベストだな」


「締め上げもどこかのタイミングで切り上げないと本気で餓死者が出ますよ」


「だよな」


奴隷の救済は一回のチャレンジで事実上、引き上げている。

餌を撒いて、同日中に全ての地点で同時に回収を開始して、即時撤退。


軍が動いている事を気取られない為だ。

小出しにすると貴族の方の警戒が強くなるし回数が増えれば、発覚のリスクは増大する。


規制を張り続ける必要もない。


いつかのタイミングで規制を解除し、撤退する。

それは仕方のないことだ。


都市が維持できないラインまで弱体化できているか。

微妙だな。


「都市が破綻して、自由市民が難民化すれば、さらに回収出来ると思いますが」


「そこのコントロールは難しいよね」


奴隷が消え、都市機能が破綻すれば、難民は加速度的に増えるはずだ。

そうなったら、自由市民は自分で国境を越え始めるはずだが。


「うーん、結構めんどくさいな」


「確かに戦争するよりも面倒でしょうね。地味ですし」


こちらの意図はどんどん相手にバレるし、そうなると後半は難易度が格段に上がっていく。


情報の伝達速度はそう早くないはずだから、全体に効果を及ばすつもりなら一つの地域に固着するよりスピード感を持った方が良い。


「東部は切り上げて、次は中央だ」


「はい。分かりました」






◇◇◇◇◇






物資規制線がウォルド中部に移動して、一週間が過ぎた。

陸路の規制を担当する人外軍の愚王は商人を守る冒険者と戦っていた。


最後の一人。

男の冒険者の剣を避けると愚王は剣の腹で思いっきり冒険者を叩いた。


「うがぁ」


冒険者の最後の一人だった男が白目を剥きながら崩れ落ち、その様子に雇い主であろう商人が青白い顔で倒れ込んだ。


「ひぃい!!ど、どうか、命だけは!!」


愚王と呼ばれるゴブリンは眉を歪めるとゴブリンとは思えない表情で言った。


「さっさト行け。商品と気絶した冒険者たちを連れ帰るのだナ」


「あ、ありがとうございます!」


逃げる商人たちを横目に見ながら竜王は呟いた。


「いいのか?」


「ギィ、盗むのも殺すのも御法度ダ」


これまでさんざんとやってきたことではある。


(しかし、物を盗らない盗賊か。任務とは言え、奇妙なものだな)


何より妖魔として、怪奇か。


ドラゴニュートの竜王が目を細めていると愚王が呟いた。


「ミロ。テキだ」


竜王がそちらを向く。

遠くに目を凝らすと米粒の様な軍勢が見えた。


「あれは?騎士団か」


数にして100名程度だな。


今までで一番多い。


「ワレラを討伐に来たのだろう」


「逃げるか?」


騎士団と言えば相当な手練れだろう。

人を殺すことが出来ない以上、あまり手練れと戦うのは面白くない。


その言葉に愚王は悩ましい顔をした。


「判断に迷うナ。相手は馬ダ。逃げられそうカ?」


確かに明らかに足が速い。良い馬だ。

軍馬と言う物だ。


「難しいか」


「一旦は戦うしかナイ」


愚王の言葉に竜王も頷いた。


「馬は殺して良いだろう。足を止めたら一斉に狙え」


部下の弓兵に竜王が指示を出す。

軍勢はそのままの勢いで突っ込んでくる。


突進。突撃槍ランスを構えて突いてくる。


「ワタシについてこい」


そう言って愚王が巧みに軍勢の横に廻る。

その動きに全員がついて行く。


ここにいる人外軍は15体。

全て高い練度を誇る屈強な戦士だ。


馬が急旋回をするのは難しい。


「足を止めたな!撃て!」


すさまじい勢いで矢が飛ぶ。

相手の騎士たちも応戦し、矢を放つが個々の練度レベルで差がありすぎた。


瞬く間に馬という馬が絶命していく。


「うぉおおおお!!!」


矢の雨を抜けて、気勢と共に一人の娘が飛び出してきた。

輝く剣を構える女騎士。


(この娘は)


「強いぞ!」


瞬く間に一人の戦士が斬られた。

まだ息はあるがいつまで保つか。


部下に指示を出し、後方に下げる。


「ワタシと竜王を残してサガレ」


「わかった」


仲間を回収した戦士が下がる。

その様子を見る余裕も無く。愚王は騎士と剣をぶつけた。


「ちっ!貴様!」


「恐ろしい戦士だナ」


騎士も愚王も一端下がる。

そこに従者の騎士が近づいてきた。


「ファリさま、飛び込むのが早すぎます」


「ガルフマン、遅いぞ」


(さて、どうしたものか)


騎士たちはかなりの手練れだ。


このまま、斬り合えば両者に犠牲が出る戦いになるだろう。


愚王は思う。

この軍は邪神さまのもの、不毛な消耗はできれば避けたいと思った。


「おい、騎士の娘ヨ」


「なんだ!賊!」


愚王は一歩進み出ると言った。


「ぎぃ、大将とお見受けしタ。ワタシは貴公との一騎打ちを望ム」


「なんだと!?」


女騎士が驚いた顔でこちらを見ている。


(さぁ、どうでるか)


「たかが、ゴブリン風情と決闘とはな!良いだろう!!」


(ほぅ、応じるか)


愚王は、目を細めた。


(ふむ。厄介な娘だ)


強い言葉ほどには強気でもないし、言うほどにこちらを侮ってもいない。


その上で、この戦い受けた。

愚王は警戒を強めながら言った。


「ギィ、ワタシが負けたらこの道からワタシたちは去ろウ」


「その必要はない」


「ほぅ」


「僕が勝てば、全員の首を頂く」


決闘を前に愚王が竜王と目配せした。

竜王は頷いた。


愚王が負けるようであれば、女騎士に勝てる戦士はこの場にいない。

散り散りに逃げる。


「一応、名乗ろうか。ウォルドの軍神ファリ・G・ウォルド」


「邪神軍が王、愚王ファナティックロワだ」


人外軍とは名乗らない。

愚王としては正式に名乗りを上げたい気分だが、主たる邪神さまに迷惑を掛けるわけにもいかない。


愚王のその言葉に女騎士は眉を歪める。


「邪神軍だと?テスタンティスの軍ではないのか?」


「ギィ、ニンゲンとは関係のない話。ワレラは邪神に仕えるモノヨ」


(嘘か、本当か、微妙なところだが、さて、どう勘違いしてくれるか)


愚王は剣を構えた。

それにファリが無言で応じるように剣を構える。


一瞬の対峙。


瞬間。弾けるようにファリが飛び出した。


(はやい)


速さだけでなく、重さも驚嘆すべきものであった。


たったの一撃で力量の差を感じる。


その差。

技量スキルで負けるとは思わないが練度レベルで二周りは違う。


その差。


(100や200の違いでは無いな)


さすがはウォルド最強の騎士と言ったところ。


かろうじて武器や防具の性能はこちらが上であろう。

それとて準神遺物級と見える宝具をそろえたこの騎士の物とはさほど差はない。


騎士の剣が大地を裂き、天を分かつ。

それほどの剛剣。


振るわれる度に命が削れて行くようだ。


「ふん!ゴブリン風情がここまでやるとは面白い!!」


騎士が輝く剣を天に掲げた。

奇妙な動作。


その意味に気づき、愚王は下がった。


(これは!いけない!!)


「本気でやってやろう!!」


まさか。


「来い!!戦神ゴレン」


神剣の真なる力の解放。

自らの祝福と神剣を通して、直接神と繋がり、力を受け取る神級魔法と対をなす最強の武技。





――― 神力顕参ディーオ・フォルツァ





「くぅう!!」


剣の暴風が来た。


剣撃の密度が、強度が、速度が、暴虐的に跳ね上がる。


絶望的に極まる。


一撃一撃に愚王の体が傷を受けた。


全く歯が立たない。


おそらく、全ステータスに1000程度の超強化バフ


これが戦人の真なる力の顕現。


その圧倒的な力差に愚王は笑った。


(まったくこれだから、面白イ!!)


正の剣ならば、負ける。

ならば、邪の剣にて勝つのみ。


「む!?」


覚悟を決めた愚王の剣が変わった。その質に妖が宿る。


信じがたい速度で剣が走った。


ファリはそれを思わず避ける。

そして、気づく。


「まさか、偽剣だと!?」


無唱式による嘘の剣の虚像。

実体を持たない、されど本物の殺意の乗った虚幻の刃。


「なめるな!!」


愚王の剣が走る。


あり得ない速さ、あり得る速さ。


速く、遅く、薄く、厚く、強く、抉る、叩く

突、打、斬、薙、旋、連、追・・・。


無限の斬撃。

虚実一体。


ただの嘘に。その中に僅かに宿る実在に。

最強の騎士が翻弄される。


「その嘘つきが!」


最速の剣が来た。


( これは嘘だ。


 僕よりも速い!!)


明らかに速すぎる剣閃を無視して剣を振るう。

その剣に肉が裂けた。


「馬鹿な!?」


にぃ。愚王は薄く笑う。


「ギィ、飲まれたナ」


(違う)

(こいつは)

(此処に来て、斬られたというイメージを直接ぶつけてきただけだ!!)


斬られた事すらも嘘。


ならば、

次の、この凡庸な一撃こそ、こいつの本当の剣だ。


ファリが身を捻り、その一撃を際どいところで避ける。


反撃の道筋。ファリは反撃の一撃を加えるべく加速した。


その動きに合わせるように愚王は左手で別の得物を抜き放っていた。

真贋を見抜いたその瞬間、故の隙。


完全なる虚を突く一撃。


今度こそ避けようが無い。

実体を見抜いたからこそ、その誘いにはまったのだ。





―――  神滅閃ラグナレイブ





既に力の在処は見えていた。

戦神と戦人を繋ぐ、その細い糸に剣を滑り込ませ。


 断ち切る。


自らを覆う力が霧散し、神剣が砕ける。

その様子に呆然とする戦人の姿に愚王は漸く勝機を見た。




― 剣閃が無限の如く、舞うが散る。





―――  無限刃イルシオン羅刹鬼モンストルオ





無限収束一刀。


愚王の剣が幻刃を纏いながら戦人の鳩尾に決まった。


一撃の威力より、無限の斬撃にあたかも斬られたかの様に錯覚する事による精神破壊メンタルブレイクを狙った剣撃だ。


斬られたと言う事実のみを虚幻の刃で無限に倍加・付与したのだ。


単純な体力を考えるとただ斬るだけでは勝てまい。

到底、削り切れない。


青白い顔で崩れ落ちる少女の姿を見て、愚王は剣を納めた。


精神の随を叩き斬った。

当分、立てまい。


「ファリさま!!」


「ギィ、帰るがいイ」


ファリが怒りに満ちた顔で言った。


「ころせ」


「ギィ、オマエほどの戦士がこの戦いを汚す気カ?」


その時、後方に騎士たちが剣を構えた。

愚王は騎士たちを睨む。


無唱式。


無数の悪鬼、鬼神を背に従え、吼える。

轟砲。


「疾く去レ!!シレ者共がァ!!」


「ひぃ」


気迫に押され、騎士たちが崩れた。

散り散りに逃げる。


動けぬ様子のファリもガルフマンに連れられて去っていった。

騎士たちの姿が見えなくなる。


それを見届けた頃に竜王は愚王に声を掛けた。


「動けるか?愚王?」


「済まぬ。立っているのがやっとダ」


愚王はその場に倒れ込むとぐったりとした様子で滝の様な汗を掻いた。


「見事なものだな」


「なんとか騙し通せたカ」


あれだけの密度の無唱式を繰り出せば精神力が一瞬で底をつく。


愚王は剣を振るう気力すら残らぬほどに消耗していた。


ただ斬り合っていたのでは戦人が負けを認めるほどのダメージを与えるのは不可能であっただろう。


実際、愚王は何度も斬られたが戦人に剣を当てられたのはたった一回だけだ。


「その身に鬼神を飼うか。恐ろしいモノだな、愚王」


「その神を喰らう竜を飼うオマエが言う事カ」


竜王は愚王が立てぬ様子なので肩を貸した。


「一旦、帰るか」


指揮官がこの様子ではな。

苦笑し、竜王は歩き出した。






◇◇◇◇◇






王都に向かう馬車。

道中、幸運にも馬車を借りる事が出来た。


その幸運に感謝しつつ、ガルフマンは呟いた。


「王女よ」


王女ファリは泣いていた。

その姿に先ほどまでの軍神の面影は無い。


「ガルフマン。僕は弱いのか。なぜこんなに弱いのだ、教えてくれ・・・」


この娘より強い者はこの国にはいない。


「貴方はこの国の誰よりお強い方です」


「だが負けた!たかがゴブリンに!」


あれはゴブリンなのか?

ウォルド最強を倒すゴブリンなどガルフマンの理解の範疇を越えている。


あれはただの化け物だ。そうとしか言い様が無い。


「アレが可笑しいのです」


ファリは震えると言った。


「そんなことは言い訳にならない!僕の正義が間違っているのか?」


「王女よ。正しい正義などありません。この世にあるのは、力のある正義と力のない正義だけです」


ありきたりな正論。

それでもファリは俯いた。


「僕の正義は無力なのか」


「そう・・・・・・でしょうね」


「くそ!!くそ!!」


王女は嗚咽を漏らし続けた。


その様子にガルフマンは目を細めた。

思えば、少女にとって敗北らしい敗北はこれが初めてかもしれない。


これでこのお方が成長してくださるなら、この敗北、安いものかもしれない。


この国に一筋でも光を見いだすなら。


このお方しか残っていないだろう。


しかし。


(決まったな)


この国の命運が。


もう破滅はさけられまい。


暗い面持ちでガルフマンは道の続く先を見据えた。


どうなっていくのか。


先は深い闇に覆われていて。


終わりの見えぬ道に見えた。

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