開幕式
※7月12日改訂
ついに、三校対抗戦の当日になった。
ノリはなんとなく甲子園だな。
このイベントも大きなお祭りとして人々は楽しんでいるようだ。
今頃、クレイの奴は忙しさで目が回っているだろうな。
ご愁傷様である。
僕の方は、と言うと選手控え室で暇そうにしていた。
いや、暇では無いんだけど。
僕が参加する予定なのはチームA・B、個人トーナメントのフォースとブレイド。
つまり、女子種目以外の全部だ。
・・・全部ってなんだよ。
考えて見たら、試合の終わるまでの二日間休み無しである。
まぁ、フォースは魔法ぶっぱするだけだし、ルール上、体力をさほど消耗するもので無いにしても。
ねぇ・・・。
「なぁ、ユノ、見てみろよ。彼がアルヴィス・ウォーだ」
こちらはブレイドと団体戦のチーム選抜戦以外には出る予定のウォードくん。
やや緊張した面もちで周囲に視線を送っている。
彼も大型新人として相当に期待されているようだった。
アルヴィス?
ウォードが示す方に目を向けると噂の彼と目があった。
デュエルの申し子。魔法の大天才。
イシュヴァリネ、創設以来の傑物。
噂の内容からすると意外に柔和な雰囲気の男だ。
金髪紺碧の瞳のさわやかイケメンである。
その彼が僕に近づいてくる。
「貴方が完全無欠のユノウス男爵だね」
おいおい、なんだよ。
僕は嫌そうに顔を歪めた。
「誰ですか?その恥ずかしい呼び名の主は?」
もう少しマシな渾名をつけてくれよ。
せめて同じ完全無欠なら、イルダナフとかさぁ。
「貴方を噂する声だとね。貴方は完璧な人間らしいね」
「違いますよ」
完璧な人間なんていない。
居たとしても僕の事では無いだろう。
僕自身はミスをしない人間と言う訳でもないし。
「僕も栄光あるイシュヴァリネの魔法使いの一員として、貴方たちに負ける訳には行かないが」
が?
何を含ませたのだろう。
「貴方に勝つのは大変そうだ」
ほぅ。
意外だな。
無駄なおごりが無いというのが、貴族と平民の違いなのかな。
それとも只のリップサービスか。
「僕としては戦わないに越したことはありませんね」
間違いは無いだろう。
こっちは特に拘ってないわけだし。
「貴方と当たるとしたら決勝ですね」
「そうですね」
それも只の事実だな。
僕が上がってくるとも限らない。
「楽しみにしていますよ」
僕は苦笑した。決勝に行くのは当然と言った口調である。
そこは自信家なんだな。
「僕より先にこのウォードと当たるでしょ」
「ん?ああ、そうだね」
「彼は強いですよ」
僕がそういうとウォードは恐縮した様子で頭を下げた。
「ロジャー・ロデスの息子さんだね」
そう言って、笑みを浮かべると。
「うん、すばらしい才能だ。でも貴方なら問題はないだろうね」
・・・。なんだ、こいつ。
底知れない余裕を感じる。
彼は笑顔のまま、彼の陣営の控え室に歩いて去っていく。
何者か分からないが。
注意した方が良いかも知れない。
◇◇◇◇◇
開幕式。
壇上に上がるのは正式王位継承者となったライオットだ。
会場は大入りでその数は3万人を超す。
これだけの動員をするだけのイベントなのだろう。
「今日ここに三校対抗戦の開催を宣言する。各自、各々の日頃の成果を存分に発揮して、優勝を目指してほしい。私も一選手として正々堂々と勝利を目指す所存だ。以上」
端的だ。簡単で短い開会宣言である。
うーん。普通偉い人が出てきて選手代表が開会宣言だろ。
選手代表が一番偉いって締まらないなぁ。
「まぁ、いいか。予定通りgoだ」
僕が通信機を使って指示を出す。
彼が終了を宣言すると同時に紙吹雪と号砲が響いた。
更に光の乱舞と音楽隊の壮大なオーケストラが始まった。
さらに踊り子たちが会場に出て整然とした踊りを踊る。
更に様々な巨大オブジェによる空中アート。
この催しは1時間程度の予定だ。
ついでに夜には花火も打ち上げる予定。
期間限定でコロシアムのライトアップもする予定。
ふふ、この会場演出のセッティングはうちのユノウス商会で仕切らせて貰いましたよ。
メイン会場の確保と交換条件でコレをやると決めた時はクレイが「死にます。ご勘弁を」と言ったが、当然、無視した。
ちなみにこれだけだと予算的に赤字。
まぁ、メイン押さえたし、そっちでたんまり儲けるから良いよね。
人集めも難航したがそれなりに形になったようだな。
そろそろか。
僕は手を掲げると幻視魔法。イニシエーションを唱えた。
グラン・フィナーレだ。
◇◇◇◇◇
イニシエーションで生まれた幻想的な女神や神々の乱舞に会場は大きなどよめきと拍手に包まれた。
観覧席では貴族たちもまた驚愕の顔で催しを見ている。
その中には異国の貴族や豪商の顔も混じっていた。
その一人、デュエルを世界に広めたと言っても過言ではないエルヴァン国のデュエル協会顧問のクリフト・バーン大公と国際デュエリスト協会会長のオスマン・オブリブス卿はお互いに満足げな顔でその開幕式を見ていた。
「いやはや、今年の三校対抗は凄いことになってるな」
「こんなに壮大な開幕式は今までなかっただろうな」
それはもちろん歴代のあらゆる世界戦を含めても、だ。
どちらかというとお堅いイメージのテスタンティスがこれほどの意匠を凝らしたイベントを用意するとは思っていなかっただけに
「どうも今年から王家ではなく、民間の商会にイベント進行を任せたらしいぞ。このイベントを仕切っている商会とちょっと話をしてみようかな。できれば、今度うちでやるエルヴァン国際招待をやらせてみたいな」
クリフトの言葉にオスマンは驚いた顔をした。
エルヴァン国際招待は各国のプロリーグチャンピオンを招いて行う記念試合だ。
事実上の世界王者決定戦でもある。
ただし、年間王者はエルヴァン国際、オーベンハイム国際・ガリングシティ記念の三大S級大会の成績を考慮するのだが。
それを任せると言うのだ。並のことではない。
「国際S級戦じゃないですか。本気ですか?」
「ああ、最近、若干飽きがきているのでなー。記念すべき15回大会だしなぁ。変わったことがしたいと思っていたのだよ。予算はどれくらいで足りるかな?」
クリフト大公のキテレツ好きも有名だが、しかし、思い切ったことを考える。
S級チャンピオンシップは観客動員数なら世界最大のイベントだ。
たしか、3日間、16チームによる勝ち抜き戦のエルヴァン国際でも全15試合ですら動員数は50万人を越える。
まさに国家の一大イベントだ。
「しかし、ユノウス商会ですか。新気鋭の商会らしいが面白いのが出てきましたね」
「そうなんですか?私はそっちは全然気にしていませんでしたが」
オスマンは未来のデュエリストの勇姿を見に来たのだ。
お目当ては不世出の天才の呼び声名高いアルヴィス・ウォーだ。
若干12歳ながら18歳以下のカテゴリーで負けた事がない。
いや、もっと正確には言えば、たったの一度も負けたことはないのだ。
「おお、では、これなんてどうですか?おーい、すまない。こっちだ」
彼が誰かを呼びつける。
すると動きやすい姿をした少女がこちらにやってきた。
「お飲物のご注文ですか?」
「そうだ。炭酸グレープジュースを二つ。ついでにデリバリーも頼む」
「こちらになります。メニューをどうぞ」
紙にお品書きが書かれている。
「えーと、このポップコーン1個にホットドッグ2個、フライドポテト1個だ」
「はい、クリフト大公さまですね。かしこまりました。多少お時間をいただきます」
どうやら要人の顔を覚えているらしい。
随分と教育された売り子だな。
「オーダー、ポップ1ホット2フライ1でーす」
そそくさとどこかに歩いていく。
ほぅ。あれは通信魔法機か。
「あんな優れ物がこの国には配備されているのか?」
「どうやら商会の備品らしい。軍が欲しがるなぁ。ほれ」
「なんだ?この瓶の中の水は?発泡しているぞ?」
「ふふ、飲んで見ろ、美味いぞ」
言われて口に含む。
おお、これは。
「美味いな。これは凄い。これも例の商会の商品か?」
「ああ、私も驚いたがもっと美味いものがたくさんあるぞ。後日、ユノウス商会の銀座通りまで行ってみるか?」
「ぜひ、ご一緒させてください」
この後、運ばれてきた簡単な軽食も中々の美味しさだった。
◇◇◇◇◇
一日目終了。
トーナメントは順調に消化されていった。
初日は予選である。僕やウォードも順調に勝ち抜け。
強敵の多いフォースに比べるとブレイドは無風だな。
ちなみに、この世代の最強ブレイド使いは騎士学校所属の男子生徒らしい。
まぁ、もう関係ないか。
その彼はついさっき、僕が倒して予選落ちになったし。
決勝までアレ以上の剣士がいないなら大した事無いんじゃないの。
別に勝ったからと言って名誉以外の何もない大会だ。
ほどほどに頑張る。
トーナメント表を見ていると馴染みの声が僕を呼んだ。
「にいさま、ユフィも勝ちました!」
「ああ、ユフィ。おめでとう」
どうやら妹も予選を突破したらしい。
ちなみにこの妹はデュエルフォースでの実力でもウォードを凌ぐ。
女子の優勝候補のひとりだろうね。
すると、一人の少女がこちらに歩いてきた。
「あ、ユノウスくん。こんにちは」
「?ああ、えーと」
「ふふ、そういう冗談はやめてくださいね。殴りますよ?」
色々、問題のある聖人、アンネリーゼさまだ。
取り巻きがぎょっとした顔で僕を見ている。
愛の聖人が殴るとか随分と物騒な言葉を口にしたものだな。
周りが驚くのも当然だろう。
「誰です?私の兄さまに近づくなですよ!」
僕に近づいて来たユリアの行動をユフィが咎める。
確かに若干近づき過ぎだな。
しかし、言い方もあるだろう。相手が相手だし。
「おいおい、天下御免の聖人さまだよ。喧嘩売るのはやめなさい」
この妹も問題児だからなぁ。
つーか、問題の多い子供が僕の周りには異様に多い。
まぁ、一番の問題児は僕だろうけど。
「あら?喧嘩ですか?」
「だから!兄さまに近づくなです!」
なぜか寄ってくる聖人さまと引き離そうとするユフィの押し問答が始まった。
「そうだ。今日はこの後、ご予定はありましたか?」
「いっぱいあるな」
僕は僕で割と本気で忙しいんだよ。
色々と自分のことでね。
「一緒に周りのお店を見て回りませんか?」
敵状視察か。
たしかに他店舗の売り上げを見ておくのも悪くないが。
しかし、スカウティングならクレイにでも頼めば、良いわけで。
別に僕が動く必要ないよな。
しかも、この夕暮れ時に店なんてそろそろ閉まってるんじゃねぇ?
というか、この少女が僕にそんなことを提案する必要も無いわけで。
「おい、何が目的だ?」
「ただのデートのお誘いですよ?」
はぁ?でーと?
はぁ?
「でーと!?いい加減にするのです!この痴女!!」
「この方が妹さんですか?可愛い方ですね」
「てめぇ!なでんなです!このやろー!!」
何考えてるんだ、この幼女。
「何が目的だ」
「ユノウスさんとは仲良くしておこうと思いまして」
それでデートか。文字通り仲良くと言うわけか。
意味が分からない。
ただ仲良くするのが目的なら僕の答えはたった一つだな。
「僕の仲良くはビジネスライクでいいよ。聖人様」
「私はアイライクユーです。ユノウスさま」
ちょっと頬を赤めてそんなことを宣言する少女。
何を言っているんだ?このマセ餓鬼。
というか非常に良くないだろ。
非常に拙いだろ。この状況。
聖人の周囲の取り巻きが困惑した様子で見ている。
それも当然だろうなぁ。
ユフィも信じがたい顔で僕を見ている。
なんで僕を見るんだよ。
「僕と仲良くなって、プリンでも食いたいのか?まぁ、代金さえ払うなら送ってやるぞ」
「プリン!あの素晴らしい食べ物ですね!また一緒に食べたいですね」
「また?いっしょに??」
ユフィが顔を真っ赤にして僕に詰め寄ってきた。
「に、にいさま!!どういうことですか!どういうことですか!!!」
「落ち着け妹」
全然落ち着く様子がないユフィが顔を真っ赤にして僕を問いつめる。
「また別の女ですか!にいさま!!」
べつの女??
妹は一体、誰のことを差してるんだよ。
心当たりが皆無なんだが。
「別の女?ユノウスさん、誰か恋人がいらっしゃるんですか?ユノウスさん、どなたですか?どこにいますか?ちょっとお話があるんですけど」
「落ち着け聖人」
なんだ。こいつら。
こえー。恋愛脳こえー。
どうしてこうなった。
僕はいがみ合う少女たちを見て深いため息を吐いた。
◇◇◇◇◇
彼がテントを訪れたのは夕暮れに差し掛かったころだった。
「お疲れさん。で、いくら儲かったの?」
「一言目にそれですか・・・。ユノウスさま」
イベンターに会場の売り子管理に特設の売場管理。
まさに地獄の絵図の中でクレイたちは全員グロッキーになっていた。
特別報酬を出すことになっているとは言え信じがたい重労働であった。
イベント怖い。
物言えぬクレイを尻目に報告書を手に取って彼は呟いた。
「まぁまぁだな。売り切れが多くて、ちょっと機会損が出たのが気になるが」
「そうですね」
儲け自体は悪くない。
いや、すでに初日で100万G近くは稼いだ計算だ。
とくに貴族が湯水の様に金を流している。
「安心しろ。二日目には開幕式はない」
何が安心なのか。
たしかに大きな負担だった開幕式が終わって売り子に増員を掛けられるけれども。
「それに3日目からは僕の方の案件も終わって、こっちに回れる。そうなれば、疲れを蓄積する暇もなくなるさ」
そうなれば、元気100倍、地獄の労働も100倍である。
故に戦々恐々と言った面もちで話を聞く。
「分かっていますが、しかし」
「はい、グランヒール。じゃ、次の日の仕込みをよろしく」
「う、くっ・・・分かりました」
全員がゾンビの様に立ち上がった。
悪夢再び。
クレイは立ち上がると仕込みの為に歩き出した。
どうやら地獄はまだ始まりに過ぎないらしい。
「みんな死にそうな顔だが大丈夫だろ。たぶんコミケの方が地獄だぞ」
「なんですか?そういう名前の地獄でもあるんですか?」