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転生したった   作者: 空乃無志
第二章 王立学院編
42/98

拒絶の黒

※7月12日改訂

「ここが貴方のお店ですか?」


「そうです」


普通の飲食店に見えます。

普通と違うのは異様に繁盛していることでしょうか。


こんなに盛況な飲食店と言うのも稀なのではないでしょうか。


商店街と言うものを見たことは何度かありましたがここまで小綺麗で整然とした商店の並びを見たことはありませんでした。


立ち並ぶお店はどこもここと同じ様な感じで、凄く流行っています。

そういえば、私の周りの世話をしてくれる女官たちの間で新気鋭の料理店が並ぶ商店街があると話題になっていましたっけ?


ここなのでしょうか。


「あ、オーナー」


「どうだ?クレイが出店に付きっきりだから苦労があるんじゃないか?」


「いえ、特には。客の出入りもいつもの半分位ですし」


「は、半分??こんなに繁盛してるのに?」


結構、人の列も見えます。


「誰です、そのお子さん?」


「知り合いの子供さんだ」


「へー、お嬢ちゃん。アイスクリームは食べられるかい?」


「アイスクリーム?」


何の単語でしょう?

私が胡散臭そうな顔をしていると彼が声を掛けて来ました。


「牛乳は飲めるのか?」


「肉も含めて全て食べられます」


うちはトップの女神フィリアを含めて随分と緩い戒律なのです。

緩すぎると言うのも私としては余り好ましくないですけど。


「好き嫌いが無いのは良いことだな。はい」


そう言って何かを渡して来ます。


好き嫌いでは無く戒律ですけどー。

まぁ、毒以外は大丈夫なはずです。


私は従業員の男の人から受け取ったアイスなる物を見つめました。

甘い香りがします。


「え?なんですか?これ?」


「うちの商品だよ」


白い冷たい固形物です。

変なものでは無いのでしょうか?


私は困った顔で受け取った物を見つめます。


「あのー」


「なんですか?ああ、毒味がいないから食えないのですか。食べなくて結構ですよ」


くっ、なんて男なのでしょう。

言ってることは間違いでもないので、なお、質が悪いのです。


しかし、せっかくの厚意を無駄にすることはできません。

私は思い切ってそれを口にしました。


「んー、んー!!」


おいしいです!

凄いです!感動です!


私が手を振って喜んでいるのを、彼が呆れ顔で見つめています。


えっ、とちょっとはしたなかったでしょうか。

私は少しだけ恥ずかしくなって、俯きました。


「そうだ。パティスリーのミッシェが例のアレをついに完成させましたよ!私もちょっと口にしましたがアレは凄いですね!」


パティスリー?なんでしょうか?


「あー、出来たの?へー」


「はい」


「じゃ、顔だけ見せに行くか」


彼が歩き出したのでついて行きます。

建物の二階に歩いていきます。


「あの、この上ですか?」


彼は頷きました。


「ええ、菓子工房があるんですよ」


「この建物一つ借りてるんですか?」


「この商店街は全部、僕の物です」


え?

どこからどこまで?


全部??


「よう、ミッシェ。プリンできたって?」


彼が声を掛けたのはどこか愛嬌のある顔の女の子です。


「はい、マスター。出来ましたよ!試食用に一個、冷やしてあります」


「この方がパテスリーのミッシェさん?」


「お菓子職人のミッシェです。オーナーに雇われてまだ1週間ですけど」


パティスリーとは菓子職人の事でしたか。

まだ一週間なんですね。


その割には随分とフレンドリーです。


「菓子作りの腕に関しちゃ僕なんかよりよっぽど上だよ」


「いやいや、マスターのレシピとアイデアがあればこそですよ」


「試作品をいただこうか」


「はい、冷蔵庫からお持ちしますね」


そう言って奥から何かを運んできます。

白い容器の中に黄色いものが入った料理が出てきました。


見たこと無い料理。


彼は真っ黒なソースを掛けるとそれを口にします。


「うん、上出来だ」


「ありがとうございます」


私もやや緊張しながらそれを口にします。


はぅ。


なんですか。これは。

おいしすぎる。


あの白いアイスクリームが天使の口づけだとしたら

これはまさに悪魔のささやきです。


「貴族からの注文は?」


「上々ですよ。ただ、焼き菓子だけで無く。是非、屋敷に招待したいと言われますけど」


「はは、引き抜きは悩ましいな。実際うちより待遇の良いオファーはあるだろう?」


「いえ。私の夢は自分の店を作ってみんなにおいしいお菓子を食べて戴くことなので」


素晴らしい信念だと思います。

私は感動して拍手をしました。


ミッシェは照れた様子で頬を掻いている。


「そういえば、ルイエさんもマスターを探してましたよ」


「なに?」


彼の目が光りました。

明らかに彼のテンションが変わった気がします。


「ふふ、そうか。ついに出来たか」


「なんか嬉しそうですね」


「久しぶりだからな。よし、ごちそうさま。彼のところに行ってみるよ」


彼はそう言うと席を立ち、別の場所に歩き出しました。

嬉々と歩いている彼に違和感を覚えます。

ここまで何を喜んでいるのでしょう。


彼が同じ回の別の部屋に入ると、その部屋は何とも言えない濃い臭いが充満していました。


「来たか」


「おお、ルイエ!ついに出来たってな」


「一応、形にはなったぞ」


「さっそく戴こう」


彼が頷くと何かの作業をするために奥に入っていった。


「何が出るんですか?」


彼に尋ねたが答えず笑うだけでした。


そして、しばらくすると湯気を漂わせた器を二つ持ったルイエがこちらにやってきたのです。


「喰いな」


「戴こう」


強烈な味だ。


濃くて、熱くて。

そして、もの凄く美味しいです。


何なんですか。これは。


「これは何ですか?」


「ラーメンだ」


彼は黙々と食べている。

私も倣って食べ進める。


この上に乗った薄切れ肉が凄く美味しいです。

この上に乗った香味のアクセントが素晴らしいです。

この上に乗った刻んだタマネギが出汁と絡まって。


ほぅう。


「どうだ?」


「最高だ。出汁の取り方を含めて、理想にかなり近いよ」


「これは淡麗系とか言っていたか。恐ろしい完成度だな。例の豚骨やら牛骨のも出来たぞ」


「ほう」


「つけめんも形になってきた。店を開くなら後の問題は小麦の品質と量だな」


「例の案件がまとまれば、良質の小麦も大量に手には入るさ」


「例の件か」


「ん、ちょっと待て」


彼はそう言うと懐から何かを取り出します。

何かの魔法具の様ですが。


「そうか。分かった。今日は見学で半ドンだから行ける。ああ、そっちに向かおう」


「何だ、それは?」


不思議そうな顔で見るルイエに彼はそれを取り出し、振りました。


「遠くと連絡が取れる魔法機でな。とある人物と商談の話があるらしい。すまないが席を外すよ」


そんな便利な魔法具があるのですね。


「さすがに忙しいな。しかし、お前のような賢者を見たことがないが」


「俺は賢者じゃないぞ」


「それだけ賢ければ、賢者だろ。少なくともどんな物語の賢者よりお前は賢いさ」


彼は苦笑いを浮かべてその言葉を聞いていました。





◇◇◇◇◇






彼がまた別の場所に歩いて行きます。


「そろそろ帰った方が良いんじゃないんですか?」


確かに、そうかも知れません。

彼のオーラはただ黒いだけで彼自身が悪党と言うわけ無さそうですし。


そこはもう、認めました。

ええ、私が悪かったです。


しかし、なぜ黒いのか。

それはまだ解明されていないのです。


「次はどこに行かれるんですか?」


その言葉に彼は首を振ります。


「貴方も付いてくるならテレポーターを使いますか」


「なんですか、それ?」


彼がまた別の建物の今度は地下に向かって歩いていきます。


「ここに用ですか?」


「ある意味ね」


大きな扉が見えてきました。

人が数十人通れそうな。

重々しい扉が魔法でロックされています。


彼が開錠の魔法を唱えると扉が開きました。

中には巨大な魔法陣があり、中央に何かの装置が鎮座しています。


「これはなんですか?」


「テレポートポイントです。転移の補助をしてくれます。こっちです」


そういうと彼は私を魔法陣の中に入るように催促しました。


「転移魔法を使うのですか??どこに行くんです??」


「べオルグ地方の最大の地方都市べオルググラードの僕の執務室です」


そういうや、彼は転移魔法を使い、私と共に飛びました。




◇◇◇◇◇





どうやら転移に成功した様です。


ただし、全く同じ作りの部屋の為に本当に移動に成功したのか困惑しますけど。


べオルググラードの転送室にも重々しい扉と鍵が掛かっていました。

彼はそれを開けると直接つながった執務室に入っていきました。


彼の執務室はこじんまりとしていました。

調度品もそこまで高いものは無いような感じです。

彼は自分と私の変装を解くと先ほどの通信機を取り出し、話を始めました。


ここではこの格好で良いのでしょうか?


私は困惑しながら窓の外を眺めて見ました。

窓からは町並みが一望できるようです。


「ここがべオルググラード?」


さほど大きな都市ではなさそうです。

こじんまりとした建物が並ぶ田舎の地方都市です。


ただいくつか建築中の大きな建物があるようです。


「何を作っているんですか?」


「あそこは新しい中央市場と学校ですね」


「市場?」


「そう。うちで扱う商品を売り買いするのに必要ですから」


そんなものを作っているのですか。


それに学校。そんな物まで作っているとは感心です。


「お待たせしました。ユノウスさま」


鋭い眼光の男が入ってきます。

ふつうの方とは違うオーラを纏っています。


鋭い刃の様な青です。


「ああ、エヴァン。まずは軍の報告を聞かせてくれ」


「そうですね。例の軍の再構築も終了しました。従来の兵士、騎士階級制度から軍階級制に移行し、小隊を編成。軍務以外の各任務にも就くことになります」


「ほう。で、騎士の抵抗は?」


彼のその言葉にエヴァンは頷きました。


「貴方の師匠に文字通り、ボロクソにやられて反撃する気力も無いようですなぁ。ひとまず給食小隊、屯田小隊、土木工作小隊、文字の読み書きが出来て教養のある者を教導隊に振り分けました。全体の二分の一に当たる1万人は各種警備任務に就き、8分の一に当たる2500人が休養、8分の一が各任務に就き、8分の一が武道訓練、8分の一が軍学訓練を受けます」


「任務部隊の組織は随時やってくれ。あそこで中央市場を作っているのが土木工作小隊か?」


「はい」


彼は目を細めた。


「指示した、彼らのスカウトには成功したのか?」


「ええ、5人ほど契約に成功しました」


「そうか」


彼は満足げに頷きました。その様子に私は首を傾け、尋ねました。


「彼らって誰ですか?」


「土木作業のエキスパートですね。技術教導官としてリストアップした人間を土木工作部隊に招いたのです」


「彼女にはあまり説明しなくても良いよ。エヴァン」


エヴァンの丁寧な説明に彼が釘を刺す。

すると、彼は意外そうな顔で言いました。


「ですが、こちらの方はアンネリーゼさまですよね?」


「え?私を知ってるんですか?」


「ええ。国家の要人の顔ぐらいは覚えています」


「はぁ」


「どうして、とは問わないのだな」


「どうせ、要らん嫌疑でも掛けられているのでしょう。今代のアンネさまは幼いのに少々しっかりし過ぎて融通が聞かないと評判ですから」


その言葉に私は頬を紅潮させました。

いまのいままで、そんな評価は聞いたことがありませんでした。


というか悪口ですよね。


「わ、私は融通が聞かない人間なのでしょうか?」


「僕らに聞かないで下さい」


「まったくです」


こ、この人、最初は丁寧な良い人だと思いましたけれど、単にきっちりとしているだけで逆に何の容赦も無い人なのですね。


酷いです。


「おいおい、エヴァン。僕が言うのや、僕に言うのは良いとして、あんまり9歳の子供をいじめるなよ。ショックを受けているじゃないか」


「失礼しました。つい、ユノウスさま用の対応をしてしまいました」


エヴァンさんはさらっとそんな事を告げます。

一応の雇い主にこれだけずげずげと物を言うのもスゴいですけれど。


「ところで、なんでユノウスさんが言うのは良いのですか?」


「僕はお前と同じ9歳ですが」


それは。

正直、納得できない答えでした。


「ところで、例の件についてシロエ村の回答が来ました」


「そうか。で、どうだった?」


「お受けしたいと」


その言葉に彼は満足して頷いた。


「では、さっそく、契約を結びに行くか」


彼はエヴァンと私の手を取ると呪文を唱えた。

また転移魔法。


飛びすぎです。




◇◇◇◇◇





シロエ村は随分とのどかな田舎の村でした。


小さい木を組んだだけの家が立ち並んでいます。


村の代表者である村長は若衆を引き連れて彼とエヴァン、そしてついでに私と広場で対面しました。


「契約を受けたいと聞いたが?」


彼がそう話しかけたので村長は面くらった顔をしました。


「あの」


「僕がここの領主、ユノウス・ルベット・べオルグだ。こんななりだが間違いなく領主だよ」


「はぁ」


「ここに法神契約書がある。これにサインした時点から君たちと僕の関係は雇い主と契約農家になる」


「あのー、今までとどう違うんですか?」


今までだって領主と領民としての関係はありました。

それが一段強化されるようですが私から見ても契約の内容はよく分からないものです。


「簡単に言えば、僕は君たちに作る農産物を指定する。それを君たちは作り、僕はその対価に給料を与える。

サラリー農業だ。

豊作や不作は関係なく君たちの給料を安定的に保証しよう」


そこにかかれた額面は私にはピンとこなかったが農民のみなさんは目を輝かせている。


つまり、相当に良い額らしいです。


「あの、それって領主さまにメリットあるんですか?」


「うん。良いかい?農業というのは本来的に需要があって供給がある自由市場の原理に乗っ取って売買される。

故に不安定な市場によって価格は大きく変動し、安定した儲けが見込めないが故に商人は農村から作物を目一杯安く買い、高く売るべく努力する。

その分、商人の取り分、中抜きは相当なものさ。まぁ、彼らの運搬の手間賃もあるだろうけどね。そういう無駄は端折った方が良い。

僕は安定した供給を安定した需要に直接繋げる方法を採ることによって流通を根本的に変えるつもりなのさ」


彼は何を言っているのしょうか。

私はよく分からず首を捻りました。


村人も首を捻りました。


「すいません。わかりません」


「・・・」


彼はなんか無性にやるせない顔で天を仰ぎました。


「要するにすでに売る相手が決まっている物をみなさんには作ってもらいます。だから損が無いんです」


分かり易い。エヴァンの言葉に村長は頷きました。


「おお、そういうことか。つまり、今作っているタタル芋はもう作れないってことか?」


「おう。作るな、あんな無駄芋」


そんな言い方も無いでしょうに。

彼らにとってはこれまでの人生で作り続けてきた大切な農産物なのです。


ちなみにタタル芋は貧乏芋と言われるほど、さしておいしく無い芋です。


いっぱい採れるんですけどね・・・。


「・・・しょうがねぇさぁ」


「いや、まぁ、一部は残してもらいますが」


さらっとフォローをエヴァンさんが入れます。


「あのー。この契約書だと、借金の立て替えをしてくれるとありますが?」


「ああ、この村の借金はすべて僕が立て替えよう。僕への返済はこの額面の契約金を無利子で良い」


その言葉に村長は目を輝かせました。


「どうだ?悪い話では無いはずだが?」


「はい!ありがとうございます」


そういって村長は深く頭を下げました。


「では、早速、僕が数名の農業技能官を連れてこよう」


彼がそう宣言し、村長が法神契約書にサインを交わしたことでこの案件が成りました。





◇◇◇◇◇






彼らが去ったのを見てエヴァンが口を開いた。


「よろしいのですか?彼らの借金を立て替えるなどすれば、財政に新たな負担になりますが?」


「かまわないよ。新たに設けた利息制限法があるから過払い元本充当があるだろう?本来引き受ける額は契約上の額面より遙かに小さくなるさ」


「どう言うことですか?」


私の質問にエヴァンさんがすらすらと答えてくれます。


「年最大15%というのがこのテスタンティス国の金利法に指定されていた利息上限額なのです。

しかし、べオルグは地方法を利用して別名目の信用金利なるものを制定していました。

それが年最大15%。信用がある貴族は15%。信用が無い農民は30%と言った感じです。

これを廃し、年一律15%、更に過去の過払い金は元本充当するという法律が成立しました」


それは。

一種の徳政令なのでは?

私の乏しい政治知識ではあまり上手く判断は出来ませんが。


かなりの儲けを金貸し業者は失うはずです。


「まぁ、金貸し共は僕に賄賂を出さなかったのが運の尽きだね」


実に悪い笑顔で彼はそういいます。


「一応、私には話がありましたが」


エヴァンのその言葉に彼は眉を少し動かしました。


見込み違いも良いところなのでしょうね。

まぁ、彼らも、まさか本当にこの9歳の子供がこの地方の頂点に文字通り立っているなどとは想像していなかったのでしょうけれど。


「やれやれ、彼らは誰がトップか理解できてないようだな」


「しかし、過払い請求など農民の立場で実行は難しいですからね。うちで一括してやるというのも悪くないかも知れません」


ふと、私は気づきました。


「あれ?でも、契約書の額面は前の額なんですね?」


「そうだよ。うちも損はしたくないからね」


しれっとそう告げる彼に私は聞きました。


「詐欺ですよね?」


「そんなことないですよ。無金利ですからね。実際はとんとんです」


そうでしょうか?本当に?


「まぁ、全部払わせ終えるなら我々には儲けが出ますね。ですが、これはうちが支援をする工賃料を勘妙すれば、恐ろしく安い手間賃ですよ」


うーん。なにがどうなると安いのでしょうか?

ただ、人が感謝していることの以上、私がひっくり返してもしょうがないのかもしれません。


私が一人悩んでいると不安げな顔のエヴァンが重ねて尋ねました。


「しかし、あの法律。金貸商人に恨まれますよ?」


「そうでもないさ。彼らはセコく農民から小金を末永く巻き上げようという魂胆だろうが、返済が上手く行っていた訳ではない。

僕がちゃっちゃか返してしまっても損はないだろう?」


「そうかもしれませんね。実のところ、借金が多すぎて増える一方で、破綻しておじゃんになるのを待つばかりという農家も多いようですし。

べオルグ地方では農民の夜逃げはかなり一般的なようですね。時限爆弾のような借金を抱えている農民もたくさん居て、借金の焦げ付きリスクは常にあるみたいですから。

ある程度、きちんと返されるならそれでも良いかも知れないという商人はたくさん居るでしょう」


自由民の土地の保有は認められていますが、あくまで領主に契約に基づき借りていると立場なのです。


ややこしいですが貴族が農民に貸し与えている物をいくら借金があっても商人が貴族に成り代わって土地の保有を主張する権利はないのです。


領主から借り与えられている土地が担保にならない以上、信用が無い農民に金利が余計につくのは仕方のないことかもしれません。


ちなみに貴族がお金で土地の権利を売るのは良くあるそうです。


実のところ、べオルグ地方も前領主はいくらか売っていたそうですがその権利も前領主の首が飛んだのと一緒におじゃんになったそうです。


あくまで前領主と商人との契約ですから、次の領主にまでそれをあまり強く主張すると「前領主のお仲間ですね。じゃ、死ね」と成るわけです。


一緒に成敗される間抜けな商人も往々にして一定数はいるそうですが。


そう考えると商人もリスク多い仕事ですよね。大変です。


「僕としては金貸しなんかとは仲良くは出来ないしね。貴重な労働力である領民を食い物にされては適わない。ここいらが手の引き所なのさ」


「理解してくれれば、ありがたいのですが」


誰もが打算で動くわけではないのです。

それが分かっているからか、彼は笑って言いました。


「そのうちに手は打つさ。心配するな」


彼は手を振ると何かの魔法を唱えました。


「サモン」


召還魔法。

何を呼び出したのでしょうか。


私は現れた物を見て目を見開きました。


私の目の前に突如建物が現れたのです。


「な、なんですか??これ??」


「部下に作らせたコンテナハウスですよ」


なんでこんな巨大な箱型住居をほいほい呼び出せるんですか。


私は呆れてしまいました。


「箱自体に結界魔法、中には大量転送用のテレポートポイントが付いています。ポイントはここに置いてあった簡易じゃない正式な奴です」


更に5個ほどコンテナショップを召還しました。



「これは?」


「駐在軍用の宿泊設備。これで一個5人10人」


ぽかーん、と私はしてしまいました。


「駐在軍?」


「契約の一環です。村の警備に8人。屯田隊を1人。教導隊を1人。これを持ち回りで置きます」


「教導隊?」


「村の人間に文字や簡単な勉学を教える予定です」


凄いです。素直に感心します。


「それは良いことですね!」


学を修めることは人として生活の向上に繋がります。

大賛成です。


「優秀な人間は今後、新設予定の学校に通わせる予定なんですよ」


「そうなんですか?なんでそんなことをするんですか」


「優秀な人材を発掘する為ですよ」





◇◇◇◇◇






彼はテレポートポイントの往復で兵を村に送り込みました。

その数、1000人。


凄い人数です。

ちなみに彼は一回に100人近く転移させていました。


正規型テレポートポイント凄いです。


「ふはは!我がコンテナは100人乗っても大丈夫!」


「意味が分かりません」


何が彼をそう言わせるのでしょうか。


いずれにせよ。


農業技能を訓練された兵士が1000人、村に集まりました。

村人も困惑気味です。

彼は兵士と村人の集団の前に手を掲げました。


「グランヒール」


回復魔法です。

村人は困惑、兵士たちは直立不動です。


「お前等!指示通り!全力で畑を作れ!!」


「「「イエッス・サー!!」」」


ええ??と言った困惑顔で村人が軍人さんを見ます。


しかし、軍のみなさんは真剣そのものの目です。

ちょっと、怖い目をしています。


「まずは土を深く掘れ!!アンロック!!」


「「「アンロック!掘れっ!!」」」


復唱してます。

意味が分かりませんがものすごい気合いです。


各人が手に持ったスコップで堀りを開始します。

がんがん土が掘れていきます。

凄いスピード。


「休むな!掘り進め!!」


「「「イエッスサー!!」」」


もの凄い気合いです。

見る見る間に穴が出来てきます。


彼は掘れて集まった土に向かうと触って言いました。


「べオルグ地方は寒冷地が多いからなぁ。火山灰質も多いし、一般的には枯れてる評価か」


「そうなりますね。どうしますか?」


「そうだな。ここは火山が近くて水捌けがいいからなあ。気候も穏やかで雨量も良好と」


彼は頷いた。


「ここの気候で作ってもらうのは予定通り、これだ」


サモン。

またも召還魔法で何かを呼び出しました。


「太い根っこ?」


彼は笑います。


「ふふ、これは甜菜だ」


「テンサイ?」


何でしょう。頭良いんですか?


「砂糖の原料になるものだ」


「え、砂糖はサトウキビで作るんじゃないんですか?」


「ここにある甜菜は僕がヒールとフォームを使って変異させた根部を肥大させたものだよ。これを育ててもらう。と言っても種付けの時期的にはちょっと遅いか」


「今年は従来のタタル芋畑を中心に育ててもらいますか?」


「いや、ヒールとライトで強制促成して、時期のズレを合わせる」


彼はそういって大量の甜菜とやらの種を出しました。


「よし!ヒール」


彼は断続的に兵士にヒールを掛けます。

それでさらに軍人さんの掘る速度が加速します。


なんというか、もの凄い全力で掘ってるんですけど、普通、こういう作業は持久労働ですよね?

そりゃ、この全力全開な感じで掘り進めたら早いでしょうけど。


「お前たちは夜まで掛けて、心土破砕と心土肥培耕を行え。これによって地中の根の張り方が変わるからな」


「「「イエッス・サー!」」」


夜まで。余裕で死ねますね。


彼は掘った土に近づくと頷いた。


「村人はこっちに来い」


「は、はい」


「グラン・リフレッシュ」


「サモン」


殺菌魔法を大量の土に掛けます。

更に彼は召還魔法で何かを呼び出しました。

袋に入ったそれを農民に示し、言います。


「これを土に混ぜろ。肥料だ」


「え、は、はい」


彼はそれを村人に指示すると掘った穴に近づきます。

土の中に降りて土中に何かを仕掛けて廻ります。


「何をしているんですか?」


「結界魔法と微少魔唱マテリアルによる虫殺しさ。これをしっかり使えば、連作障害に効果がある」


施工が終わるとヒールを掛けて廻り、土を戻す指示を村人に出します。


何というか凄い現場です。

作業は夜まで続きました。


最後に全員で種を植えると彼は畑に入念に魔法を掛けて回ります。


ヒール、ライト、ウォータ。

成長促成。


それで収穫時期を調整しているのでしょう。


「肥料に関しては用意した資料がこれだ。文字を読めるものは?」


「村長である私がすこしなら」


「可能な限り簡単に書いたつもりだ。各種病害の対処法もある。すこしずつで良い。読んでくれ」


「は、はい。えーと、何から何までありがとうございます」


「この村に適切な量は開拓出来たはずだ。人が増えれば、畑の量を増やす予定だ」


たった一日でどれだけの畑を作ったのでしょうか。

私は新たに出来た畑の量に呆れてしまいました。


更にこの畑の廻りには害虫除け、獣除けの魔唱結界が張られています。


たった数時間でここまで出来るものなんですね。


「では!撤収!!」


「「「撤収!!!」」」


1000人の軍人さんはおうちに帰って行きます。


「さて、ここが収穫期を迎えれば、多少は砂糖が安くなるな」


にんまり顔の彼に私は呆れて言いました。


「そんな悪い笑みで良いことをしないでください」


「慈善事業じゃないですから」





◇◇◇◇◇






私たちが執務室に帰ると夕食が準備されていました。

なんだか素敵な刺激臭がします。


「もういい加減帰ったらどうですか?アンネリーゼさま」


彼の言葉に私は首を振りました。


「今日は泊まります」


「待ってください。さすがに教団が大変な事になりますよね?」


「大丈夫ですよ」


たぶん。


「根拠はどこにあるんですか?」


「大丈夫です」


まぁ、問題は問題でしょうけど。

それでも私にはこの男の事を確かめる必要があると思うのです。


重要なことなのです。


「たく、はぁ、しょうがないな・・・」


「食事の準備が出来たそうです」


「私もいただきます」


運ばれて来た料理も絶品でした。


不思議な料理ですがもの凄い美味です。

個人的には昼食べたらーめんなる物より好きです。


これを作っているのは軍人さんの給食班らしいです。

きっと凄腕なんですね。


それにしても美味しいです。


この白い粒はなんでしょうか?


食事中に少し行儀が悪いですが私は彼に尋ねました。


「何という料理ですか?」


「カレーライスです」


「かれー?」


なんですか?それ?


「いやー、これだけの香辛料を入手するのには苦労しましたよ。労力には見合ったのでは?」


「ああ、さすが、エヴァンだ。この調子でカカオも探して来てくれ」


「これも作ってるんですか?」


私の言葉に彼は頷きました。


「ええ。新たな商品作物として、屯田兵本体で唐辛子やニンニクを開発中です。まぁ、肝心なターメリックがここでは作れないのですが」


よく分かりませんがこのカリーには唐辛子にニンニク、ターメリックが必要らしいです。


「試験植物は本当に上手く生産出来るかは分かりませんけどね。早めに始めるのは良いのではないでしょうか」


「ターメリックは南の国に買い付けに出向いた方が良さそうだな。他国での法神契約は多少リスキーだが」


「他にはどんなものを開発中なんですか?」


私がそう尋ねると彼は苦笑しました。


「そんなことにまで興味があるのですか?聖人さまは?」


「興味はありますよ」


「サモン」


呪文を唱えると彼はいくつかの作物をテーブルの上に広げました。


「これは寒冷地用の春播き小麦です。これもまだ一般市場には出ていないものですね」


「春播き小麦?」


普通の小麦ですよね?


聞いたことの無い品種です。

何でしょう?


「春に播いて夏の終わりには収穫できる品種ですよ。これであれば、寒冷地の多いべオルグでもかなりの地域で収穫可能です」


何となく分かりました。


それは凄いです。

これは凄い小麦なのですね。


「こっちは?」


「シストセンチュウを殺菌したじゃが芋です。地中結界魔法を使って連作障害を無くせば、まさに万能の食材になります」


シストセンチュウってなんですか?

連作障害が出ないってどういう意味でしょうか?


まぁ、たぶん。凄いんですね。


「これは?」


「ふふ!これぞ僕が最大の心血を注いだ最高傑作!!ジャポニカ米ユノニシキ!」


「?なんですか?」


「米だ!米!!」


分かりません。困惑する私にエヴァンが助け船を出します。


「今、口にしているこの白い粒がその米です」


ほう。この甘みの強い白いふわふわがそうなのですね。


「なるほど、何が凄いか分かりませんが、これはとても美味しいですよ」


「そんなフォローいらない・・・」


「本当に美味しいです」


「あっそ」


「というわけで、おかわりをください」


「・・・」


私の要請にエヴァンさんが新しいご飯とカレーを注いでくれました。

感謝です。


「今日の件で3件目。ロードマップの制覇も順調ですね」


「ああ」


「ロードマップ?」


「もういいでしょ、聖人さま。何でも聞くのはやめなさい」


「だって気になります」


「・・・」


なんだか、彼は苦悶の顔で頭を抱えています。


「僕が作ったべオルグロードマップですよ」


彼はそう言ってとある紙を広げました。

どうやら少しは気分が回復したようですね。


「この温暖ラインがトマトや米など。ここが甜菜と小麦。ここがジャガイモ。ここでは酪農です」


「随分と入念に気候を調べてるんですね」


「当然です。多少苦労しましたが」


「あ、カレーが飛びました」


「貴方ねぇ!!?」


そんな私たちの様子にエヴァンが苦笑いを浮かべながら見ています。


食事を終えて、私は一番の疑問を口にしました。


「ユノウスさん、どうしてこんなに知識が豊富なんですか?」


彼はそう問われて一瞬迷った顔をした後に言いました。


「ググってるからですよ」


「ググってる?」


「魄の源流。コレクティブ・アンコンシャスは知っていますか?」


「え?」


なんでしょう。知りません。


「サーチやヘルプと言った情報魔法の核でもある。そこには全ての生物の知的経験が全て収納されている」


そんな話、聞いたことがありません。

私が困惑していると彼は続けました。


「ようは無限に引き出しの付いた知識の収納棚ですよ。そこから欲しい知識を無限に取れる」


「そんな事が可能なのですか?」


「知の無限の混沌より知識を得るにはキーワードが必要ですから。僕にはとある事情から広い見聞があるので。その知識を得る為の鍵を人よりたくさん持っているのです」


それが彼の知識の正体ですか。

確かにそれはずるいかもしれません。


チートです。ルール違反です。


「それがググってるですか?」


「そうです。別に僕は頭が良いんじゃない。知識として色々と知ってるんです。どっちがより厄介か分かりますか?」


「ええ、まぁ」


「そう言うわけですから、僕を敵に回すのは得策じゃないですよ」


なるほど、フィリアが警告する訳です。


「良く分かりました。というか、私たちもう友達ですよね」


「待ってください!いつ、誰と誰が友達になったんですか?他人行儀な丁寧語で近づくなオーラ出してますよね?」


「私とユノウスさんがですよ。ユノウスさんだって私と友達になった方が得ですよね?」


彼は微妙な顔で首を振りました。


「納得できない」


「まるで私の様な事を言うのですね」


「それこそ、貴方が言わないでくれ」


ユノウスさんの口調が砕けてきた。

面倒になってきたみたいですね。

構いません。

私はさらに疑問に思っていることを口にしました。


「なんで、みんなに感謝されてるのに貴方のオーラは黒いんですか?」


「僕が感謝されてる?僕はボランティアなんてしてないけど」


確かにそうかも知れませんが。

でも自分も得をして相手も得をする。

それはある意味において最高なのでは?


「僕がやってることは只のギブアンドテイクだ」


「でも、結果的にたくさんの人が助かりますよね?」


「そうでもないです。取捨選択はしている。拾い集めるモノもあれば、捨てるモノもある」


「貴方は何を捨てたのですか?」


「必要ないもの」


ばっさりです。

彼が不要と考えて無視したものは何でしょうか。

それを想像すると恐ろしくなります。


これですね。彼が黒い理由は。


彼はおそらく自分が選択しないものに対する未来に否定的なのです。

これだけの知識と行動力を動員すれば、大抵のものは蹂躙出来てしまいます。


それを為せば、たぶん不幸な人間も出てくるのです。

富を得る者のすぐ傍には富を失う人も同じだけいるのです。


彼は自己中で、かつ自己主張が強烈すぎるのです。

否応なしに巻き込む自覚があって、確信犯的だからこそ、あそこまで黒いのでしょう。


「一つお聞きしてもいいですか?」


「もう随分と色々答えたつもりだが」


その質問を口にするのには勇気が要りました。

緊張で少し震えます。


「愛とは何ですか?」


「労力の無駄使いだな」


そう来ましたか。


「即答なんですね」


ちょっとがっかりです。

何を期待した訳でもありませんが。


「恋愛なんてかなり不毛だからねー。そういうのは遠慮したい」


「本気ですか?」


「変な話だが自分にとって相手が特別な人間なら、それは感覚的に自分のモノだろ。そういうモノは捨てられないし、こだわるし、手間暇掛けるだろ。そこに誰彼構わず入れるのは億劫だから、極力要らないと言っているんだ。僕は母親や妹や大切な人たちは全力で守るさ。そこに誰彼と加え続けるのは負債が溜まって行くようなものだろ。いずれは破綻する」


なるほど。

家族とそれ以外は明確に区別すると。


「それでも知人や友人は作るのですよね」


「要求レベルの問題だな。結局、身内は面倒だろ。僕は狭量なんで大切な人間なんて増やす気が無いんだよ。守りたくなるから。今あるだけを守っていくさ。それだけだ」


ああ、何となく分かってしまいました。


黒とは拒絶の色です。


黒は彼に合っています。


彼は他人を簡単には受け入れません。

他の色を受け入れる余地が無い完璧な色。


それと同時に。

彼は取り入れた者の色を染める側の人間なんですね。

決して染まらない色の人間です。


そして、黒は囲う色でもあります。

黒ほどいろんな色を内包している色もありません。


黒は、闇は抱擁の色でもあります。


確かに彼は黒ですね。


彼は彼の世界を明確に決めて大事に守る人なのです。


「分かりました」


「おう、分かったか」


違います。

私が分かったのは私が為すべきことです。


これは神の与えた試練なのでしょう。

彼に愛を教え、彼を人を愛す者にすることです。


彼の黒さを、世の中の為に導くことが私の使命なのです。


(私、そんなこと一言もいってないよー?)


フィリアは黙るのです。

それこそ、人の世の為にアンネリーゼがすべきことなのです。


私は一人決意し、頷きました。


「やはり、今日のところは帰ります」


私がそう告げると彼はほっとした様子で言いました。


「そうか。良かったよ」


「ええ、また来ます」


「いや、来なくていいよ」


断られても来ますよ。


「いえいえ、私とユノウスさんはお友達ですので」


彼が凄く嫌そうな顔をするのを見て。


私はにっこりと笑いました。

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