ベオルグのバロン
※7月12日改訂
宮中は貴族たちの人混みでごった返していた。
彼らの話題は新たにバロンを得ることになった一人の子供に集中していた。
その子供は何でも先の内乱にあって、シルビア王妃にアリア王妃、その子供たちを助けたらしい。
当の本人たちがその子供の活躍を発信しているので間違いはないのだろうがやはりにわかに信じがたい事である。
噂には死んだライオット王子を生き返らせたという信じがたいような話も聞こえてくる。
噂は噂にしても、面妖なことである。
聞けば、王立学院の長い歴史の中でも最優秀な天才だとか。
今日の式典でライオットの次期王位決定(戴冠式ではなく)とその子供への男爵位の授与が行われることになっている。
異例尽くしの祭典に貴族たちは興味半分、困惑半分と言った面もちでそわそわしていた。
そんな中、男は一人、宮中の様子を眺め、ため息を吐いた。
「ルーフェスさま」
男、公爵位にあるルーフェスにとっては取り巻きの一人である子爵のブルームが声を掛けてきた。
「何だ、ブルーム卿?」
「いやいや、ご子息が異例の出世ですなぁ。おめでとうございます」
お世辞のつもりなのだろう。
確かに息子が異例の出世をしたのは事実だが。
それがルーフェスにとって好ましいことかどうかは微妙なところである。
悪くは無いが良いとも言えない。
「ありがとう」
「べオルグ地方とは大きな物を得ましたね」
「そうだな」
確かにべオルグはウォルドとの国境。
ある意味で国家の要所だ。
国境軍の指揮権を得ることも大きな意味を持つ。
ただし、それは公爵家の物では無く、男爵位たる息子の物なのだ。
一応、公爵である自分の下に男爵である息子が属することになっている。
対外的には。
真実は、息子であるユノウスの任地は王であるライオットに直結する。
王家に帰属にするということだ。
つまり、彼の父であるルーフェスはべオルグを傘下に納めた訳ではない。
そのことはライオット王子から一方的に告げられていた。
今のべオルグ情勢を考えれば、旨味など大したことは無いにしても。
王属直下となれば、立場上、ユノウスに物が言える人間は王だけと言うことだ。
通常の派閥構造は適用されない。
つまり、彼は公爵家とある意味において対等な立場にいるのだ。
息子の親離れ、独立と言うことであろうか。
彼としては下の息子をまったく重用してこなかっただけに嬉しい気持ちも悲しい気持ちも一切、湧いて来なかった。
ただ、一つ、感じるこの気持ちは悔しさか。
いや、虚しさか。
「あいつは出世するのだろうな」
叙勲を受ける息子を遠めにルーフェスはぽつりとそう呟いた。
◇◇◇◇◇
「汝、ユノウス・ルベットに男爵位を与える」
「慎んでお受けします」
ユノウスに対する式が終わり、疎らに拍手が響いた。
その様子にユノウスは目を細める。
祝って貰おうとも思っていないので別に良いが。
ユノウスは新たに従者となった者に指示を出した。
彼がおずおずとユノウスの用意した物を差し出す。
それを受け取るとユノウスは王の前にひざまづき、言った。
「王よ。これを是非、お納めください」
ユノウスは見事な装飾の鞘に収まった剣を王に差し出した。
その様子に周囲の貴族たちは驚きの顔をした。
ライオット王は特に気にした様子も無く鞘に収まった剣を手に取ると抜いた。
「ほう」
白い美しい刀身の剣だ。
一見して息を飲むほどに素晴らしい業物。
しかし、王が叙勲を行う式において、まさか王に対して礼の品を返すとは。
まるで対等な立場であるような誇示の仕方である。
ある意味においてこれほどの不敬というものもないだろう。
なにを考えているのだ、と困惑を深める貴族たちを横目に王は口を開いた。
「アルマグランツを持ってきてくれ」
王の言葉にさらに周囲がざわついた。
王剣アルマグランツはミスリルよりも上位に位置するオリハルコン製の剣である。
絶大な力を誇る神遺物級の魔剣である。
この国に3つしかない神遺物級の武具のひとつ。
その力は剣身から発せられる絶大な熱量で、切りつけた対象に単純12連魔法式に相当する超火力の「ボルト」を叩き込む閃熱の神剣である。
その魔力は小山を削るほどだと言われている。
王は手に持った白い剣を床に刺した。
まるでモッツァレラにナイフを突き立てた様に簡単に剣は床に突き刺さった。
同時に円状に床が凍結した。
「冷気の剣か」
強力な魔力を帯びた剣だ。並の品ではない。
ここで王は従者の持ってきた王剣を抜いた。
この剣もまた美しい。
黒い刀身に赤水晶と黄金の装飾が輝く。
何をするのか。周囲が息を飲む中、
王は無造作に剣を振り下ろした。
キーン。と金属同士のぶつかり合う甲高い音が響いた。
同時に白く冷たい霧が円状に広がった。
皆、視界を一瞬奪われて、狼狽えた。
強烈な魔力の相克。
何と言うことだろう。
誰かが「勿体ない」と呟いた。
それも仕方のない事だ。
アルマグランツはミスリル製の鎧ですら切り裂く。
その事実を知る誰もが砕ける白い剣をイメージした。
しかし。
「耐えただと?」
誰かの呟きに皆、息を飲んだ。
剣は二振りとも無事に残った。
それどころか。
「凍った!?」
斬った瞬間、驚くほどの冷気が走ったのは分かったが。
まさか、あのアルマグランツが凍りついたのだ。
皆、呆気にとられた。
アルマグランツの黒い刀身が半分ほど、凍り付き白く染まっている。
王剣がその魔力において負けた。
その事実に周囲のざわめきが次第に大きくなった。
王剣が象徴するものは王の力だ。それが破られたのだ。
ライオット王は剣を見据えると笑った。
「良い剣だ。銘を聞こう」
「不滅氷刃です」
その言葉に王は大きく頷く。
「ありがたく、使わせて貰う」
王が黒き剣を傍らに置くと白き剣を床より抜き、天に掲げた。
「見よ。大国は新たなる力を得た」
その姿と言葉に喝采が沸く。
神剣がまた一つ大国にもたらされた。
新たなる王と新たなる力。
この日、その二つを大国は手に入れたのだった。