ライオットの密談
※7月12日改訂
「愛とは何でしょう?」
私の言葉に世話役の娘は困った顔をしました。
「アンネリーゼさま。その問いにわたくしなどでは、とても答えられません」
果たして、そうでしょうか。
目の前の娘はもうすぐ意中の男性との挙式を迎えると聞きます。
それは、つまり、愛とは何かを知っているのではないのでしょうか?
愛とは何か。
私はそれを誰より知る人間でなければならないはずなのです。
なぜなら、私は。
愛を讃える女神、フィリアの最高位継承者。
聖人継承位アンネリーゼを継ぐ者なのです。
その、正に愛の使者たるユリア・アンネリーゼ・ソフィリア自身が愛を良く分からないと言うのです。
それは由々しきことなのではないでしょうか?
「分かりません。何故、わたしがアンネリーゼなのでしょうか?」
「そのようなこと。神がお決めになったことです」
それはそのとおりなのでしょう。
私は知りたいのはその先です。
「何故、愛の女神に選ばれた使徒である私が愛を分からないのでしょう」
「それは・・・、その・・・」
私が子供なのだから分からないのでしょうか?
私はため息をひとつ吐きました。
「変なことを尋ねました。忘れてください」
私は立場上、教団の最高位に居ます。
私に愛の教義を訓育する様な豪快な女神信者は居ないのです。
「いまのままで良いのでしょうか」
誰に問うたとて答えは出ないのでしょう。
この答えは私が出さなければ行けないのですね。
だから、私、ユリアは一人ため息を吐きました。
◇◇◇◇◇
「良く来たな」
そう言って、僕を出迎えたのはライオットだった。
ここはロイヤルスウィートの部屋だ。
僕は周りを見渡してため息を吐いた。
さすが、王立学院の王家御用達のサロン。
軽く呆れるほどに豪華だな。
「用件は何ですか?」
「まぁ、ここで話すような内容でもないのだが」
そう言ってライオットは周囲の人間に目配せをした。
それだけで、周りに居た多くの人間が掃ける。
「良いんですか?貴方は未来の王様なんでしょ?」
護衛も居なくなったが。
「その口調で無理に話す必要もないぞ?」
いや、この口調が無理してるわけでもないんだけど。
「で、何?」
「前回の件で礼を言おうと思ってな。ありがとう」
なんか、素直にお礼を言われることに違和感が。
まぁ、良いか。
「別に大したことはしてないよ」
「そうか。ところで今回の働きに関して、謝礼を用意したのだが・・・」
おお、金でもくれるのか?
そういうことなら満更でもない。
期待感で内心にやにやした僕に彼は告げた。
「俺はお前を男爵に任ずることにした」
「はぁ?」
男爵って芋か?
違うな。えーと、貴族の階級?
男爵って言うと子爵の下か。
公爵から下ると、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順だよな。
その下に騎士階級があるのか。
いらんな。うん。
「悪いが貴族になって、下に付けって言われても」
「面白いことを言うな。お前も貴族だろ」
そうでした。
その言葉に、そういえばそうなるなぁと、思いつつ、反論を口にした。
「そうは言うがこっちは次男坊でね。家業を継ぐ予定はない」
「公爵も変わっているな。お前の様に優秀な人間をみすみす逃すか」
そうでも無いだろう。
僕が普通の意味で優秀と言うのは大きな間違いだろ。
僕が他人にとって都合の良い人間ではないのは言うまでもない。
「そんなものはいらないなぁ。金だけなら喜んで貰うけど?」
「俺は王だ。王が貴族に与える物は下賜だからな。お前にも身分は必要だ」
要は立場の問題か?
それで、男爵か。
つっても封建制における男爵なら忠誠と軍役が必要だろ。
そんな面倒なもの、金を貰ってもいらんわなぁ。うん。
あとひとつ。すこし引っかかる物言いに僕は眉を歪めた。
言葉が正しいなら、つまり。
「待て。いつ王になった?」
「戴冠式はまだだがな。王が引退して、王位を空座にはできまい。俺は王位選の決定で正式王位に就いた。と、言っても父が健在なので、2年間は父に親政をやって貰う予定だが」
「何で王様が学生してるんだよ!」
大問題だろ。バカか!
「だから、2年間は親政をしてもらうことになったのだよ。対外的な王位継承は2年後だ」
「訳分からん」
率直な僕の言葉に彼は笑った。
「そう、その訳分からん状況下に俺はある。まぁ、本当は親父が引退を撤回すると言い出してな。それに待ったを掛ける形で2年の猶予を与えたのだが」
猶予を与えたか。
今回の騒動で結果的に彼の権威は強化されたのだろう。
同時に脅迫に屈して、引退を宣言した王は力を失った、と。
さもあらんことである。
「4位が死んであんたが王位に就くのは確定的だったとは言え、随分な譲渡だな」
正直、王様も引退は脅されてしただけにちょっと気の毒だな。
「俺は隣国ウォルドを許す気はない」
その言葉に察しがいく。
彼が王位に固着する理由は、つまり。
「それで王位か。まさか戦争でも始める気か?」
「そうだ。俺はウォルドと戦争を始める気でいる」
やれやれ、勘弁して欲しい。
そもそも、そんな話を僕(9歳)にしないで欲しいものだ。
「隣国と接する領地は4位のべオルガーヴィとその母エリーゼのものだったが今回の件で没収になった。この国の5%ほどを占める広大な領地だが痩せていて旨味はほとんどない」
「それがどうしたの?」
「お前にやろう」
まて。
おい、待てや。
私怨でウォルドと喧嘩します。
↓
で、喧嘩の最前線はお前に譲るわ。
↓
頭おかしい!(←今ここ)
しかも、土地には旨味ねぇとか言ってるし。
「メリットが無いにも程があるわ」
「そうでもない。地位こそ男爵位だが、べオルグ地方には国境の地方軍2万がある。そこの地方長官を兼ねると言うことは実質的には辺境伯になると言うことだ」
実質、辺境伯って候爵級ってこと?
確かに考えようによっちゃ、異例の出世かもしれんけど、おかしいだろ。
そもそも、火中の栗を拾う訳だしメリットなさすぎる。
「そんな人事、誰が認める?」
「ふふ、俺が王位に就いたのち、ウォルドを叩くと決めたことはもうすでに周囲に伝えてある。つまり、今のべオルグ地方は貧乏くじだよ。誰も好んで引き受けようとはしないだろう。そこで今回の件で功労があったルベット家に下賜することになった。さらに言えば、その次男坊のユノウス・ルベットにな。つまり。これは誰の目からも明らかなトカゲのしっぽ切りと言うわけだ。お前の立場は端から見れば羨むものでも何でもない」
おいおい。
確かにそんな宣言した後でべオルグ地方が安全な訳ないな。
つまり、僕が行くわけ無いだろ!
「断る」
「ある程度の自治を認めると言ってもか?」
何?どういうこと?
「ここに法神契約書を用意した。
まず、地方軍はお前が使っても良い。
ただし、ウォルドの侵攻に関してはこの国を防衛する義務がある。
次に領地の税については自由に決めて良い。
元々、2万の地方軍を維持すれば儲けがとんとんになる程度の領地だからこの国に納める税金も無しで良い。
ただし、2万の規模は最低限残すこと。
地方軍長官の地位を保証する。
軍の規模や構成はこの地位に求められた裁量とする。
地方軍による兵役がこの地方への税のすべてだ。
万が一、お前が独力でウォルドを攻略した場合はウォルドをお前にやる。そのときは身分として大公位を与える保証をする。
荘園に対する自治領分は土地の財産権、裁判権、慣習の制定、税の取り立てなどだ。
この契約に付随して、報奨金を1000万G用意した」
1000万G!でけぇ。
それにしても、この契約の条項。
「僕がウォルドを攻めるわけないだろ」
「そういうこともあるだろう。何ともいえん」
しれっとそう嘯くライオット。
しっかし、本当にこれはメリットないな。
いや、あるけど、デメリットやばくない?
けど。
「ふふ、面白い。なかなか愉快な展開だな」
「ほう」
僕の踊った声音にライオットが目を細めた。
「良いだろう。引き受けてやるよ、貧乏くじ」
だって、面白そうだもん。
「ふむ、まぁ、お前が首を縦に振らなくても今回の土地の帰属がお前からお前の父親に動いただけだしな」
おい。
おい。
どのみち巻き込む気ばりばりじゃん。
それにうちのルーフェスくんはそんなに有能じゃないんだから、無理な仕事与えるのはやめてよね。
ほんと困る。
「まぁ、一応、便宜上の忠誠は誓いますよ。王様」
「意外だな。素直に下に付く玉とも思っていなかったが」
普通に今まで素直じゃなかっただろ。
別に今でも素直じゃないだろ。
意外でも何でもないんですが。
「ところでべオルガーヴィの縁者は?」
「側妃含め全て、父が処刑した。まぁ、俺がやっても良かったが」
うぇ。やめろよな、そういうの。
いくら今回の件で色々あったとは言え。
僕なら頭、くるくるぱぁにして放るぐらいだぞ。
いや、まぁ、どっちもどっちか。
こうして、僕は男爵位を手にし、テスタンティス一の危険な土地の領主になりましたとさ。
全然、めでたくないな。