お人好しの対価
※7月12日改訂
5度目のダンジョン実習。
僕たちは5階の攻略を開始していた。
「さすがにみんなの姿、見ないね」
若干、不安げなシエラの声。
「へーきよ、へーき」
対するアリシスは暢気そのものだ。
「だって、こっちには正真正銘の化け物が居るし、何があっても何とかなるでしょ」
と、僕を指さすアリシス。
誰が化け物だ!と言いたいところだが、最近は我ながら化け物じみて来たからなぁ。
その評価、甘んじてお受けしましょう。
「どういうことだ?アリシス?」
カリンの確認にアリシスはやや険がこもった視線を僕に向けて言った。
「さぁ?知らないわよ。私に説明しても分からないらしいし!」
お、根に持ってるんだ。
いや、まぁ、確かに「貴方はバカです」って人に言われたら、根に持って当然だよな。
でも、やっぱり理解できないだろうし、そもそも理解して貰おうともおもわないし。
今のところ、5階でも全く問題無く攻略は進んでいる。
問題は魔法を使った技が増えたせいで魔法回復の休憩が増えたぐらいか。
お陰で雑談が増える、増える。
うん、面倒。
疲労度ならヒールで回復可能だが、ヒールでは何故か精神力は回復しないからなぁ。
時間加速では精神力が回復しないのも変な話だと思うかもしれないが。
要するに加速できるのは肉体のみなのだ。
考えてみるに精神も一緒に加速するなら体感と言うか脳内時間は一緒になってしまうな。
時間が進まないだけで同じ時間を過ごしたのと一緒になってしまう。
そうなるとヒールのお手軽さは損なわれる訳だし。
いや、待てよ。精神加速。
使い方によっては・・・。
「ねぇ、何とか言ったらどうなの?」
しかし、精神のみを加速するとなると何を使う?
やはり、ヒールか?
サーチで「エス」を検索して。
「な、何よ!化け物呼ばわりしたから怒ってるの?」
可能か?
しかし、促成魔法的に脳そのものを加速できても精神加速は出来るか?
でも、僕はすでに魂へのアクションには成功している訳だし。
そういえば、最近、精神加速の例を目撃したような。
「ちょっと・・・無視は酷いじゃない・・・」
そうか!ベルセルク!
あの魔法に含まれた精神加速式をスペリオルの簡易魔法「フォーム」の様に抜き取って・・・。
その時、カリンが何故か僕のローブを引っ張った。
「済まん、貴公に無視され続けた姫殿が泣きそうだ」
「え?」
何が?
「な、泣いてないもん!」
「はぁ?」
??
そっぽを向くアリシスの姿に僕は首を捻った。
◇◇◇◇◇
そんなこんなで順調に5階を攻略した放課後。
僕は学校を出るとその足で(より正確にはテレポート)で商店街に向かう。
売り上げを確認し、いつも通りに従業員にヒールを掛けると、片づけの指示の後に班長会議を行うことにした。
集まった各班のリーダーを前にして、僕は質問をする。
「客足はどうだ?」
僕の言葉に一班班長のクレイが頷いた。
「悪くないと思う。最近は参拝客以外にも商店目当てで来る客も増えてる」
これは良い兆候だな。
客層も増えるだろうし。
「人手は足りてるか?」
「どこもぎりぎりだが当初よりは余裕が出てきた。ただ、今の回転率で列の解消は無理だ」
ファーストフードですら、回転率で困るとか売れすぎだな。
しかし、所詮は一時的なブームだ。
ここで必要以上に規模を大きくする必要はない。
「何分待ち?」
「最大で30分ぐらいだな」
ふーん。
そのぐらいなら良いか。
長蛇の列は販売機会の損失にも繋がるもののこっちには用意できる商品に限界がある。
「不人気商品はないか?」
「逆に人気過ぎるのがいくつかある。アイスクリームは仕入れをいくら増やしても全然間に合わない」
そんなに人気なのか?
あの原始アイスクリーム。
夏に向けて、そろそろソフトクリームを開発しようと思ってたけど。
今は人気が過剰気味で不人気商品を跳ねるところまで行かないか。
「価格を上げた方が良くないか?」
クレイの提案に僕は首を振った。
「いや、これは据え置く」
当初の状態は脱して、今は十分に儲けが出ている。
この時代の民衆の支払い能力を考えれば、この価格水準を引き上げれば、客足が引く可能性が高い。
一見して需要と供給がアンバランスに思えるが、この世界には中間層がほとんどいない。
客層に厚みが無いのがこの世界の特徴だしね。
ここから儲けを増やすなら、原価を引き下げる努力をしないといけない。
「現場の士気は?」
「悪くないと思う。そりゃ、仕事は大概にきついが、オーナーのヒールでばっちり疲労が無くなるからなぁ。仕事終わりに元気いっぱいでみんな、遊んでる」
日銭をみんな夜遊び遣いか。
計画性の無い連中だな。
女の子はそんなこと無いようだが。
「色町遊びも程々にしな」
彼らは全員期間契約の従業員だ。
終身雇用が保証されてる訳ではなし、もう少し考えるべきだと思うが。
その後は業務連絡をして話を終えた。
会議なんて個人的にはくそつまらんが、経営者になるとする必要性を感じるものだな。
会議後、僕は一人の男に声を掛けた。
「クレイ、悪いが残ってくれ」
「どうしました?オーナー」
他の班長が退席したのを確認して僕は言った。
「提案だが、マネージャーをしないか?」
「マネージャー?」
聞き慣れない言葉に首を捻るクレイ。
「店長より上、現場指揮官をやらないか?と言っている。まぁ、希望しないなら別の奴に頼むが」
「報酬は?」
そこをまず聞いてくる当たりは好感が持てる。
悪くない反応だ。
「今が500Gに班長手当50Gだな。きっちり1000Gでどうだ?」
「どういう仕事だ?」
「普段、動けない俺の代わりに動いてくれ」
「動けないか。何か理由があるのか?」
学校があるし、面倒だから、とは言えないが。
まぁ、人に任せられる部分は人に任せるべきだろうということだ。
「色々とな、忙しいんだ」
「何故、俺なんだ?」
僕は笑った。
「まず、お前に目を付けていた。だから、一班班長に置いたんだ。お前の経歴、元商人だろ?面接でも聡いところがあったし、資質は十分にありそうだからな」
「そうでもないさ。身を崩したのは商才が無かったからだし」
「お前にこの仕事を紹介したのはゴートだろ?彼からお前が出来る奴だと聞いている」
「商売に関しては自信がない」
そんなことはないだろうが。
それでも問題はない。
「それを考えるのは俺だからな。それを上手くこなすのがお前」
その言葉にクレイは苦笑いを浮かべた。
「自信家だな。失敗を恐れないのか?」
それに関しては生前知識だからなぁ。
すでに成功した例を知っている訳で。
「膨大な失敗の中から希有な成功例の内、使える部分だけ拾ってる。トライエラーですらないので失敗のしようもないな」
最初から設問の答えを知っているようなものだ。
狡いと言われれば狡いだろうな。
「発想や知恵でなく、知識だと?その知識をどこで得た」
「秘密だ。商売の種だからな」
そう言って笑う僕に対して、クレイは目を細めて言った。
「ひとり、知り合いで優秀なのがいる。取り立てても良いか?」
「良いぞ。何が出来る?」
「学士だ。おそらく学は相当にある」
ほう、学士。
優秀な人材はウェルカムだな。
「面白い。使えるか試してみるか。それで?返事は?」
僕の言葉にクレイは頷いた。
「やるだけやってみよう」
商談成立だな。
僕は早速、切り出した。
「では、まずは人材の確保を頼む。料理人を確保してくれ。最低3人」
「条件は?」
「料理の才覚があること。若いこと。文字が読み書き出来ること」
その注文にクレイは難しい顔をした。
「中々いない気もするが」
「それから、今いる連中からお前の使いやすい優秀な人間を2人選んで、サブマネージャーに就けろ。使い方は任せる」
「俸給は?」
「そいつらは800Gまで。3人抜ける分の新しい人材も用意しろ」
「いいだろう」
とりあえず、こんなところか。
これで少しづつ、商会の方も安定していくだろう。
僕は満足して大きく頷いた。
◇◇◇◇◇
「クレイ・ローダース?」
商店街を開く一週間前。
ゴートが従業員の推薦話を持ってきた。
「そう。あいつは良い奴だぞ?しかも、元商人」
商人か。
僕が出来れば仕事をある程度依託できる腕の商人を探していると話していたのを覚えていたのだろう。
「良い奴が商人にはなれないだろ?」
僕の言葉にゴートは苦笑した。
「お前みたいに「良い性格してる奴」じゃないと確かに、な。逆にクレイはお人好しの典型だろうなぁ」
それでも、誠実な人間なら、便利ではあるわな。
僕は一つ、尋ねた。
「何をした?」
「昔、村をひとつ救った」
「おお、英雄だな」
素直に感心する。
人の為に何か出来るとは大した奴だな。
僕は基本、自分の為にしか働かないし、働く気もない。
「残念ながら、その村は滅んだがな」
「なに?」
「あいつは約束手形を切ってまで、とある村を飢餓から救ってな。溜め池作ったり、水田を作ったり、色々動いたそうだ。ただ、入れ込んだ分リターンも期待できる状況ではあったそうだよ。しかし、いざ収穫って時に村が幼竜におそわれた」
「竜か」
結構、いるんだな。竜。
この世界を滅ぼすとされている最強の魔獣。
いつかは見てみたい気もする。
「村は崩壊。あいつを慕っていた村民は離散し、ついでにあいつには借金が残った」
「へー、それはてきびしい」
不幸属性かよ。
野郎じゃ、萌えんなぁ。
「法神契約の不履行で商人資格も一時凍結中だった」
「だった?」
「地道に働いて大借金を返したんだよ。そういう意味ではやっぱり普通の奴じゃない」
借金を完済するだけでも十分立派だな。
この世界なら特に。
「へー、いくらだった?」
「利息合わせて50万G」
でかいな。
たとえば、うちで30日フルで働けば1万5000G。
1年で18万Gぐらいしか稼げない。
節制して返済に当てても、返せて年15万ぐらいか。
3年半はかかる。
給料払いが良すぎると言われているうちでこれだから、ちょっと大変過ぎるな。
「大金過ぎるだろ」
「返済に5年以上かかったがな。で、借金も返したし、また商人をするのかと聞いたらもうこりごりだとよ」
なるほど。
で、総合的に考えてみるに。
「良い人材じゃないか。今度、酒を奢らせてくれ」
僕は上機嫌でゴートにそう言った。
「あいつに良くしてやってくれ。あいつが商人を辞めるときに上手い販路を一部譲って貰ったんだ」
「買っただろ?いくらだ?」
「5万G」
大金じゃねぇか。
呆れ顔で僕はゴートを見た。
「おい、お前もお人好し過ぎるな」
「そんなことねぇよ!」