表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したった   作者: 空乃無志
第二章 王立学院編
35/98

黄金週間狂騒歌

※7月12日改訂

王家ではあの後、色々といざこざがあったようだ。

はっきり言って、僕にはまったく関係ないことであるからどうでも良いけど。


僕はアリシスたちの拘束を解くと、さっさと帰ってしまった。

アリシスを助けるという当初の目的は無事に達成したし、大満足である。


次の日から普通に学校に通った。


数日後。

漸く学校にアリシスが戻ってきた。


若干憔悴した様子ではあるが元気そうだ。


僕としては特に興味も無いので無視を決め込んでいると無事を祝うクラスメイトたちを押しのけて真っ赤な顔のアリシスが叫んだ。


「あんた!なんてことしてしてくれたのよ!」


「心外だなぁ。僕は何もしてないけど?」


いや、まぁ、本当に何もしてないわけじゃ決してないけど。

あー、蛇人くんは元気にしてるかなー。


「どうやってお兄さまを助けたの??」


「秘密」


どうせ説明しても分からないだろうし。


「なんで彼処に居たの??」


「それぐらい兄さまに聞けよ。彼は元気?」


「元気よ!元気だけど・・・」


ふーん。術後の経過も順調な様だね。

実験は成功。善きかな、善きかな。


「とにかく、これから話をじっーくりと聞くから!!」


「でも、明日から5連休だよ。今日も授業は半限だし」


「え?」


困惑したアリシスはきょろきょろした後で、何故か頬を染めて言った。


「じゃ、じゃあ、休みに会って、は、話をしてあげても良いわよ」


なに言ってんだ、こいつ?

何で貴重な休日にこいつと会わなきゃいけないのだ?


「?悪いが予定は全て埋まっているんだ。120時間全て」


「え?120時間??」


うん。120時間。




◇◇◇◇◇





半限の授業が終わった午後。

僕は例の場所に来ていた。


昨日、商店街(仮)がついに完成した。


当初作成予定だった五棟は六棟に変わった。

まだ半分のスペースも使わない予定だがのちのち広げるのは大変だろうと言うことで、この数を最初から用意した。


凝り性がたたり、行程は遅れに遅れ、休日だけでは賄い切れずについに睡眠時間を削って完成させた力作である。


「何度見ても感涙」


「よくわからんがまぁ、確かにすごいものが出来たな」


僕の傍らのユシャンが呆れた顔でつぶやく。


「しかし、君が技術の粋を結集して作ったものが商業施設とはねぇ」


「え、だって大事でしょ。お金」


お金大事。大好き。


今日はすでに契約を交わしていた二人の商人にここで会うことになっている。


一人がゴート。

こいつは家畜に強い商人で肉や乳の手配を頼んでいる。


もう一人がフレッグ。

こいつは果実や野菜、小麦などの扱いが得意な商人。


いくらか商人のうちでそこそこの量の商品を扱っており、かつ、自分の店にも興味がある人間を選んだ。


その二人が僕に聞いていた通りのルートでここに来た。


「おいおい、これはすげぇな。ユノウスさん」


「そうですね。立地も悪くない」


なお、現在、僕は例のおっさんの姿でいる。


二人の感想に頷きながら僕は言った。


「どうです。この右の棟の一階と地下をゴートさん。こちらの左の棟の一階と地下をフレッグさんに貸す予定でいます」


「ああ、広さも十分だ。俺は予定通り借りる」


「私もです」


二人とも予想外の好立地に満足しているようだった。


「よかった。それでは例の食材の手配もお願いできますね」


二人には当面の間の食材調達を依頼していた。


「そうだな。最初の分を直ぐに運んでおこう」


「私も手配は済んでいます」


ありがたい。しばらくはこの二人の世話になるだろう。

その分、テナント料は面倒を見ている。


「地下室は氷を用意すれば、冷やすことも出来ます。あとでご覧になってください」


僕に対してゴートが質問をした。


「お前は軽食を始めるそうだが、まだ従業員は手配していないのか?」


「これからです。すでに商人ギルドを通して住み込みで働くものを含めて40人ほど確保しました」


「そんなに。いや、この広さならもっと必要だろうが・・・」


「ひとまず彼らをこの休日の五日間で徹底的に鍛え上げます」


僕は手始めに軽食屋、それも聖堂に向かう道すがら食べられるものをいくつか始めようと画策していたのだった。




◇◇◇◇◇





「おねえちゃん。明日は楽しみだね!」


妹の心踊った声に私は水を差した。


「そう?なんかこう、かなり胡散臭くない?」


私たち姉妹は5年前、実家の口減らしの為に二人で田舎から出てきた。


それからは商業ギルドに紹介された王都のパン屋に住み込みで働いていた。


それなりに真面目に働いて来たつもりだ。

ただこの期間中、お金の報酬などほとんどなかった。


けれど、そこそこおいしいご飯に住むところを得ることが出来て、それなりに幸せだったのだ。


だったのだが、そんな平穏無事な日々も延々とは続かなかった。


昨日、高齢の夫婦が営業していたパン屋ももう店じまいということになってしまった。


夫婦にとってパン屋も趣味的なもので儲けはほとんどないものだった。


雇い主だった夫婦は申し訳ないねぇ、と言っていた。

ここ1、2年ぐらいは二人が無理をして働いていたことも何となく分かっていた。


私たちに良くしてくれていたのだ。


本当は二人も雇うのは負担だったに違いない。


私がここに来た5年前は10才。妹はまだ9才だった。


そんな幼い子供を二人とも暖かく迎えてくれたのだ。

感謝しても、しきれない。


「ありがとうございます」


次の仕事を探さないといけない。

そんな時に今回のこの求人が舞い込んで来たのだ。



業務内容 軽食店店員


寮あり、住み込み可。

年齢は14才~30才まで。

男女問わず。

やる気があれば、前職、技能問わず。

法神契約あり。契約保証1ヶ月。


報酬は日当で500~600G。週5日出勤。

最初の5日間は研修で日当1000G。

ただし、この期間中は住み込みで特別研修を受けて貰います。



破格である。

私の知る中で日当で300Gを超える仕事は滅多にない。

しかも大抵は土木作業員で重労働と相場が決まっている。


今の時代、パン一個が10Gである。

一日生活するのに100Gあれば、十分と言われている。

安宿は50Gもあれば、足りるので住む場所が無い人間なら150Gもあれば十分である。


最後に老夫婦がくれた私たちの退職金の100Gも残り僅かになっていた。


私たちはこの仕事に飛びつく以外に無かった。





◇◇◇◇◇






「にいさまがおじさまに!」


何が面白いのか。

ユフィはさっきから笑い転げている。


妹が余りにぐずるので仕方なくこの仕事場に連れて来たのだが。


変身した僕の姿にさっきから失礼な程に笑っている。

本当に失礼な奴だ。


「怒るぞ、ユフィ」


「ごめんなさいです。つい」


ついじゃない。そんなに酷いか?この顔。


だとすれば、かなり傷つくが。

僕の変身顔。これは僕の前世の顔とまったく同じなのだが。


たしかに、まぁ、冴えない、頼りない、しゃきっとしないと良いところのないおっさん顔だが。


おかめやひょっとこみたいな顔では無いし、笑う程か?


「とにかく、この5日間は僕は忙しいからおとなしくしてなさい」


「はーい」


まだ笑ってる。


まぁ、良いか。





◇◇◇◇◇






初日。

集合は早朝6時だった。


今回の店員の募集で集まった人間は40人にのぼるらしい。

それなりの人数が集まっている。


「すごいね。お姉ちゃん」


「うん、大きい建物だ」


こんなに大きな建物は教会なんかでしか見たことはない。

それが6個も並んでいた。


私たちの前に若干よれたローブ姿の男が現れた。

気弱とまでは行かないが人が良さそうで何となく覇気のない顔をした中年男性だ。


「おはようございます。俺が君たちの雇い主になる予定のユノウス・ルベットだ」


彼はそういうと笑って一つの建物を指差した。


「いろいろな境遇の者が居るだろうが、これからは仲間だ。まずはこの先にある寮設備にあるお風呂に全員で入って貰おう」


これは粋な計らいだと思った。

お風呂というものは庶民にとっては贅沢なものだ。


私たちの中には乞食とは行かないがそれなりに汚い身なりの人間もいる。


実のところ、私たちもここ数日、風呂も水浴びもしていない。


「服は作業員用のものを用意してある。ひげ剃りも下着もこちらで用意したので使ってほしい。さすがに散髪は遠慮願うがどうしてもと言うならする機会を提供しよう」


私たちは言われた通り、寮に入った。

一階がお風呂場と食堂、それに洗濯設備になっている様だ。


女性は25人。半数より多い。

そして若くて微妙に可愛い娘が多い気がする。


お風呂場に入って私たちは驚愕した。


広い。

こんな広い風呂にお湯をたっぷりと注ぐのはどれほどの贅沢なのだろう。


「お姉ちゃん。これ泳げるね」


「やめなさい。恥ずかしい」


石鹸も用意されている。

香料が入っているのか何だが良い香りがする。


私たちは体を念入りに洗う。

お風呂の時間は30分間と言われていた。

それなりに湯船を堪能すると私たちは服を確認した。


見たことのない下着。

パンティと言うらしいものと薄い生地のキャミソール。


「なんだがスカートが少し短いよ」


妹が恥ずかしそうにそう呟く。


確かに足がすうすうする。


やや短いスカートにフリルのたくさん付いた愛らしいエプロン服。

メイドの様で若干違う衣装だ。


次の集合場所は食堂だ。

男の方も執事服を若干いじったような格好をしている。


どちらも特注品だろう。

こんなものをわざわざ用意するなんて驚きだ。


それぞれ指定された席があるらしい。

私と妹は同じ机に着いた。


一つの机に5人だ。


私たちの机には私たちのほかに男性2人、女性が1人が席についている。


私たちがおとなしく座っているとよれたローブの頼りない顔のオーナーが私たちの前に立った。


「同じ卓に座った者たちが一応の班分けになる。さらにそれぞれの机に描いてある数字がその班の数字になるので確認してくれ。さて、今、全部で8班あるわけだが、確認出来たか?この5日間は出来る限りこのメンバーで協力してやってくれ。名前に印がある者がその班の班長だ」


そう言うと彼は手を上に伸ばした。


「ヒール・フィフス」


呪文だ。

私たちを魔法の光が包む。それで疲労感が消えた。


その現象に困惑する私たちに彼は話を続ける。


「今、入って貰った様にこの仕事に就く際は可能な限りお風呂に入ってから仕事に望んで貰う。これは接客に際して相手に不快感を与えない為に当然、必要なことだ」


彼は笑うと続けた。


「まずは挨拶の練習をしよう。俺に続いて大きな声で復唱するように

おはようございます。

こんにちわ。

こんばんわ。

いらっしゃいませ。

ありがとうございます。

ご注文はいかがでしょうか?

ご注文は以上でしょうか?・・・」


必死になって復唱する。

結構大変だ。


それをしばらく続けたのち、彼は言った。


「それまで。では、次に朝食をみんなで作る。場所を移動しよう」


そう言って食堂を出た私たちは第三棟に着いた。

大きな入り口が二つあって店が2店舗並んで出せる様になっている。


その内、一店舗目に彼は着くや言った。


「ここでは1班と5班が調理と接客をそれぞれ担当する。まずは1班と5班、前に」


1班と5班の10人が前に出る。


「俺の言う通りに材料を合わせてくれ」


彼の指導で料理を作っていく。

危なっかしい感じだが、何とか料理が完成した。


出来たのはそば粉や小麦粉を熱した鉄板の上で薄く伸ばして焼いたものだった。


「これがクレープと言う料理に、ガレットと言う料理だ」


出来たのは5人前だ。

具は香辛料に漬けて蒸し焼きにした鳥と卵を刻んだもの、ピリ辛のトマトチリソースに新鮮な野菜を巻いている。

あとよく分からない黄色い棒も入っている。


それをみんなで分けて食べる。


うん、初めて食べた味だけどすごく美味しい。

量はちょっとしかなかったけど。


「次にピッツァを焼く。奥に石窯があるので移動しよう」


ピッツァと呼ばれる料理を作るらしい。

生地の作り方からレッスンが始まる。


石窯での焼きにも細かい指示が出る。

出来上がったモノをまたみんなで分ける。


美味しい。


先ほども入っていた黄色いモノがとろけてすごく美味しい。


もっちりした生地にトマトソースと黄色いクリーミーな何かとけあって絶妙だ。


「この黄色いのは何ですか?」


「チーズだ。牛乳を加工して作る」


彼は1班と5班に向き合うと言った。


「あなた方には今日はここまで覚えて貰う。では、次に行こう」


次は同じ棟にある隣の店舗。

そこで2班と6班が呼ばれた。

私たちだ。


前に出て料理の指導を受ける。なんだか緊張する。


「ここではパンを焼いて挟む料理を出す予定だ」


彼は材料を前に言った。


「パンの焼き方は後日にして簡単なレシピの料理を教える」


作り方は意外に簡単だ。


屑肉を叩いてミンチにして、タマネギと香辛料を混ぜる。

これを固めたものを焼く。


またトマトやタマネギなどを細かく刻んだ屑肉と煮込んだソースを作る。


丸いパンを二つに切って、切った面を鉄板で焼く。


パンズにパティとレタスとトマトとたっぷりのミートソースを挟む。


これだけだ。


「では、食べて見よう」


一口食べてショックを受けた。


こんなに美味しいパンを私は今まで食べたことがなかった。


今まで食べて来たカチカチのパンとは何もかも違う。

何かの風味があってふんわり柔らかくて美味しい。


食べ慣れたおばあちゃんのパンよりずっと美味しいと感じてしまった。

そのことが何よりショックだった。


「美味しいです」


「そうか。これがハンバーガーだ。次の料理にかかるぞ」


あまり見たことのない野菜のジャガイモを切って油で揚げる。


「これもここで出す商品だ」


ポテトフライというらしい。

カリカリふわふわで美味しい。


素朴だがちょっとくせになる味わいだ。


「みんなのどが渇いただろう。これを飲め」


そう言って彼が差し出した飲み物を口にする。


「何これ??」


甘酸っぱい果汁のジュースにシュワシュワする空気の泡が入っている。


驚くべき甘露だ。


「炭酸飲料だ。これの作り方も後々説明する」





◇◇◇◇◇






午前中のうちに更に4班が料理を教わった。


3班・7班が蒸料理の肉まん。揚げパンの蜂蜜かけ。

4班・8班がお好み焼き。たこ焼き。


「各班には料理を作るだけで無く接客もやって貰う。更に調理の為の各材料の下拵えや準備もやって貰うぞ。下拵えは両方の班で行い、接客と調理を一つの班がやって、もう一方の班は別の裏方作業をやってもらう。それを交互に行う予定だ」


そこでまた彼はヒールを唱えた。

肉体の疲労は完全に消える。すごい魔法だ。


「さて、次に」


「あのー。休憩は」


確かにもうかれこれ6時間は動いている。

空腹も疲労も無いから気落ちはまったくないけど。


控えめなその言葉に彼は言った。


「悪いがこの5日間はトイレ以外の休憩無しだ。徹底的に詰め込む」


さらっとえげつないことを言う。


うわぁ。本気??

思わず私たちはお互いの顔を見合わせた。


大変なことになった。

ただ、一方でこれならなんとかなりそうだと言う気分でもあった。

というか、別に全然きつく無い。


「それじゃ、次に作業棟に向かう。そこでアイスクリームと炭酸ジュースの仕込みを教える」





◇◇◇◇◇






アイスクリームは絶品だった。


「美味しすぎるよ!!何これ!!」


そりゃ、今まで散々美味しいもののオンパレードだったけど。

こんな美味しいものがこの世にあるなんて。


私と妹は夢中になって食べてしまった。


「これがアイスクリーム製造機だ。これに生乳と砂糖を入れてかき混ぜて作る」


いくつかの大きな金属製のドラムが並んでいる。


「こっちが通常の炭酸ジュース製造機。隣はフローズンジュース製造機」


炭酸ジュースの材料は果実の絞り汁と砂糖に水だけだ。


あの炭酸はこの器の中に付けてある魔唱マテリアル(何かはよく分からない)によって周囲の空気から炭酸の元を集めて、それを分散させて出来るらしい。


更に容器内の液体を冷やす効果の魔唱マテリアルがついているらしい。

これはフローズンやアイスクリームにもついているらしい。


「ここでまとめて作ったこれを各ジュースサーバーや保冷機に分けて運ぶ。裏方の作業分担表も作ってあるぞ」


すごい技術だな。

感心していると、さっきから妹がそわそわしているのが分かった。


なんだろう?さっきのアイスのおかわりでも欲しかったのかな?


「どうしたの?」


「ねぇ、お姉ちゃん。あの子可愛い」


午前中からずっとオーナーの後ろを付いて歩いている子供。

最初の紹介でオーナーの妹と話していた子だ。


血の繋がりを疑うほどにオーナーとはまったく似ていない相当に愛らしい幼女だ。


うまうま言いながらアイスをぱくぱくと食べている。


その様子は確かに思わず笑みがこぼれるほど愛らしい。


「頭撫でていいかなぁ」


「やめなさい」


「撫でたいなぁ」


駄目だ。

妹の目が完全にあの子供をロックオンしている。


こっちも子供みたいに目をキラキラさせている。


「ちょっとだけ!」


そういうと妹はアイスを頬張る子供に近づいていく。


「こんにちは」


「?」


不思議そうに顔を上げた子供の頭を挨拶と同時に撫で始める。


早い。


「な、なんですか?」


そりゃ、突然、知らない人間に頭を撫でられたらそうなるよね。


「君、可愛いね♪」


「はぁ??」


子供の目が完全に変質者を見る目だ。

その発言はアウトすぎる。


「気安く撫でるなです!ばばあ!」


「わー、きゃー」


めげないな。

さっきから振り払おうと抵抗する子供から巧みに頭を撫で続けている。


さすが妹。

近所の猫をストレスで禿げさせた程の撫で魔神ぶりは健在だ。


「くぅう!人を愛玩家畜のように!痛恨の極みなのです!!」


ゴス。


「きゃあ」


妹のスネが思いっきり蹴られる。

うわ、痛そう。


その隙に子供はオーナーの足下に隠れてしまった。


ふぅふぅ、とスネを労りながらぴょこぴょことこっちに歩いてくる。

まぁ、平気そうだけど、私は一応、尋ねた。


「大丈夫?」


「うん!次は抱っこに挑戦するよ!」


「やめなさい!」


懲りない妹だった。





◇◇◇◇◇






初日の後半はそれぞれの班が教わったレシピの確認と実際にいくつか作ってみる練習に当てられた。


どれも非常に美味しい割にレシピ自体は意外に簡単だ。

ただ一つ一つ手間がかかるところもある。


特に味の決め手となるソースは作るのが大変。


夕食は無かったが実のところ試食でおなかはもうパンパンだ。


最後にまた食堂に全員が集められた。


「では、今日の日当を支給する」


私は中身を確認した。

本当に1000G紙幣が入っている!


生まれて初めての大金に緊張が走る。


「これから1時間は班ミーティングをしてもらう。それぞれの自己紹介などに加えて特徴や長所、性格を掴むように」


私たちは班で向き合う。ちょっとした緊張が走る。

班長に命じられていた男の人が頭を掻きながら言った。


「じゃ、名前でも俺はコスナー・フット」


「私はエリカ・タームです」


「妹のリリア・タームです」


「俺はフー・ニールだ」


「私はキャリー・ユナイトです」


意外だが、班員全員の名前を確認したのは今が初めてだった。


「さて、じゃ、この中で文字が読める奴」


その問いに手を挙げたのは私と妹、それに質問者のコスナーだった。


「お、二人は読めるのか。実は各料理のレシピや接客対応のマニュアルを紙に書いた物を渡されているんだ。最初のうち確認することも多いだろうし、サポートを頼む」


ちょっとかっこいいなぁと思っていた班長のコスナーさんの司会でミーティングでそれなりに盛り上がった。


楽しいなぁ。良い班でよかったよ。


その後はまたお風呂に入って、ようやく割り当ての自室に荷物を運び込んだ。

1人部屋でベッドと収納、机がある。

そう広くは無いが生まれて初めての個室に胸が躍った。


備え付けの布団は信じ難いほどにふわふわしている。

羽毛布団というものらしい。


初日の睡眠時間は6時間。

一人になると不安を感じる。


こうなると色々考えてしまう。

慣れない布団と共にふわふわした気分で夜を過ごした。




◇◇◇◇◇





「あのね。昨日は一日中心臓がどきどきしてたの」


妹がうきうきしてそう話している。

確かに何だか凄いことに巻き込まれている。


二日目は更にレシピが増えた。

私たちはソーセージと言う肉加工品を使ったホットドッグにアメリカンドッグ。


バーガーのレパートリーで照り焼きチキンバーガーにロースかつバーガーを習った。


店舗に陳列されるお土産品についても教わった。

第1班、5班のチームはサブレクッキーやフォーチュンクッキー、果実ジャムなどをお土産においてある。

私たち、第2班、6班はハム、ソーセージにチーズ、バター、ポテトチップスがお土産に並ぶ。

第3班、7班は饅頭に干し柿、干しマンゴーなどの乾物果物。

第4班、8班は煎餅というお菓子にお餅などが置かれる。


これらはバックに回ったときにその都度、作ることになる。


「このクッキー凄いね」


「うーん、なんでこんなに違いが出るのかしら」


サクサクのクッキーを口にしながら、困惑する。


なんというか。

曲がりなりにも商売的なものをしてただけに思ってしまう。


一つ一つ、商品として完成度が高すぎる。


ほんとうに何者なのだろう。あのオーナー。


「こんなに食べたら直ぐに豚さんだね!」


「やめなさい」


縁起が悪すぎる。




◇◇◇◇◇





「どうだ。上手く行きそうか?」


ユシャン先生の確認に僕は笑った。


「今のところは」


とりあえず、詰め込みでも料理が作れる段階には持って行けそうだ。


バックで作る加工品まで一から教え込むのは難しそうだな。

さわりぐらいは教えるにしても。


当面は僕が醤油やハム、ソーセージ、餡なんかの精製をするのはしょうがないだろう。


「儲けが出そうか?」


「砂糖が高いのがねー」


僕が魔法で抽出するのにも限界があるし。


見たところ、ここ一体に流通するのはビートで作った砂糖のようだ。

安価な砂糖の確保は急務だな。


果実は意外に安いのでジュースはなんとでもなる。


問題はアイスクリームか。


「アイスクリームはみんな、評価高いぞ」


「でも、風味が」


バニラがないのだ。あきらめてはいないがまだ見つかっていない。

欲しい物は多い。


カカオ、コーヒー豆。

そして、何より胡椒。


「販路を広げつつ、安価な素材確保の開拓が必要だな」


やろうやろうと思ったことだ。

今後も目標も出来たな。




◇◇◇◇◇





3日目はバックの仕事をメインで教わった。


私たちはメインでミートソースやミートペティを作る。

さらに乳牛からチーズを作って、出来たチーズを切る。

ジャガイモの皮を剥いて、細く切る。

マヨネーズソーズや照り焼きソースも作る。


ソーセージの加工やハムの作り方も習った。


さらにパン作り。


パンのもとを作って発酵させて石窯で焼き上げる。

温度が一定になるように魔唱マテリアルで作った発酵用の器にパンの種を入れてしっかり発酵させるのだ。


私は発酵パンを初めて作った。

こんなパンがあるなんて。


4日目は接客とローテーションでの実際の勤務の流れを学び、5日目は次の日の開店に向けた下準備に一日中追われた。


こうして、5日間はものすごい密度で過ぎて行った。

それもそのはずだ。

なんせ5日間で90時間ぐらい労働しているのだ。

無茶苦茶なことを達成した。


「終わった!」


「本番は明日からだけどね」


いよいよ、明日はオープンだ。

緊張する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ