死闘
※7月12日改訂
フルド公が暗殺され、広場に晒された次の日の王宮。
べオルガーヴィが俺の元に現れた。
護衛と思われる神官や騎士を大量に引き連れて登場だった。
護衛の面々は一応はこの国に正規の籍を持つ騎士や神官だ。
ただ、その数はゆうに200を超える。
こっちにはアレスにグレンという歴戦の騎士がいたが、その数は僅かに10人程度。
質の差を数で圧倒するつもりらしい。
多少は小賢しいとも感じたが、まだマシだとも言えた。
さすがに彼でも王宮にまで魔神の神官や暗殺者を護衛に引き連れて来るような恥知らずな真似はしなかったか。
「気持ちは固まったか?」
べオルガーヴィが下品な笑みを浮かべて、そう言った。
俺は無言で彼の話を聞く。
「俺の方が王にふさわしい」
その言葉に、俺は笑った。
「そうかもしれないな」
俺の淡々とした言葉に驚きを隠せない顔でベオルガーヴィは言った。
「なに!?」
何をそこまで驚くのか。望んだ結果ではないか。
俺は構わずに続けた。
「俺の望みは行方知らずの王家全ての解放だ」
「ちっ、貴様は王位に興味は無いのか?」
無い。それを今ここで言ったところでもはや無駄だろう。
「ここに法神の契約書がある。ここにある内容を認めて、サインするなら俺の王位継承権を破棄しよう」
◇◇◇◇◇
べオルガーヴィの部下がライオットが用意した契約書を受け取った。
俺、べオルガーヴィはその契約書を疑わしい顔で受け取るとその契約書に目を通した。
「・・・この契約は法の神の名の下に取り決められる聖なる契約である。其の効力の対象は甲、べオルガーヴィ・A・テスタンティスと乙、ライオット・D・テスタンティス、その時期はこの契約の前後一ヶ月とする。
この契約では下記の内容を取り決める。
一つ、甲はこの期間内において自らの関与で捕縛した現在時、存命である者全てを即時解放する。関与による捕縛がなければ、解放はなくても構わない。
一つ、甲はテスタンティス王となるに付随し、王位を神授する立場である神殿での祝福を受けることとなる。甲は直ちに闇の者との関係を反故にし、テスタンティス王としての聖祝に備える。
一つ、乙は以上、契約の成立をもって王位を棄権し、甲の王位を支持する。また、乙は甲へ支持のもと、貴族騎士団長グレンと聖団騎士団長アレスの支持を甲に依託する
この契約が成立した後、この契約を反故する者は全ての聖なる神殿での神任を失い、追放される」
俺の手は震えていた。
契約書は本物である。
つまり、いくつかの条件を飲めば、俺は王になる。
ついに。
これで、
俺は王になれる。
しかし。
「この即時解放というのはなんだ?俺は王家の人間など捕まえていないわけだし」
「そうであるならあって構わない項目だろ。まさか、兄様が本当に関与している訳ではないのでしょう?それでも、こちらからここを削る余地はまったくないな」
むっ、こちらとしては関与を認める訳には行かない。
痛いところを。
ここであえてこの項目にこだわってもボロが出るだけである。
「では闇の者と言うのは??」
「それこそあり得ない。あくまで神授による王位を受ける者の為に当然と求められるモラルの問題です。たとえ、あったとしても兄様は王になるのです。聖託に備えて闇の者とは全て、完璧に手を切るのは絶対条件です。これは本契約によるものだけでは無く、王に成るため条件でもあるのです」
それは。
そう言われてはぐうの音も出ない。
どうせ、闇の薄汚れた連中はこの場限りの関係だ。
いずれ縁を切る。
それはお互いに考えていることだろう。
彼らとはお互いが都合の良いように利用し合っているだけに過ぎない。
「お前たちが俺を支持するのだな?」
俺の念押しにライオットは頷いた。
「そうだ。全ての契約の履行すればな」
アレス、グレンも静かな顔で頷いた。
くく、ここで騎士団の全てが俺の味方になるならそれも悪くは無い。
そうなれば、あの者たちを恐れる必要もないだろう。
俺は頷いた。
「良いだろう、契約成立だ!」
俺は契約書に自らの名前をサインした。
◇◇◇◇◇
「おお、これはいけませんね」
私、蛇人スーマは王子を監視していた。
もちろん、監視をしていた相手はライオット。
だけでは無く、べオルガーヴィをも含んでいる。
場合によっては両方殺して欲しいとお願いされている。
どうやら、その場合が早くも訪れたようだ。
二人を殺す為に立ち上がる。
何、あの程度の者たちなら200人居ようが300人居ようがお話にはならない。
全て殺すのに何も問題はない。
ただ一つの問題は。
「おお、人間とはまったく愚かだと思いませんか?」
そう言って彼はゆっくりと横を向いた。
にこりと笑う。
「貴方が盗賊ギルドを壊滅させた者ですね」
「へー、分かるんだ」
苦笑とともに一人の子供が前に出てきた。
まだ、若い。
否、幼い。
「まだ歳にして9才をいくらか超えたぐらいですね」
「・・・色々とすごいな。あんたが蛇人?」
その確認にわたしは笑った。
「はい、私が蛇人スーマです」
その言葉に子供は険を強めた。
「悪いがあんたみたいな死臭を漂わせてる奴を野放しには出来ないな」
「ふむ、私の愛の深さゆえの業深さに気づくとは」
この子供はただ者では無い。私はその確信を強めた。
「あい?何言ってんだ?」
「こういうことです」
私は滑るように前に出た。
子供はその動きにとっさに下がる。
早い。
――― 超騎士
連続で少なくとも6連の魔法式。
魔人クラスの魔法使いだと?
これは驚いた。
さらに少年の内部がめまぐるしく変化しているのが私の瞳には分かった。
魔素が収束し、その肉体が恐るべき強化を得る。
加速。
単純な速さでは子供に軍配が上がるようだ。
暗殺拳の超人たる蛇人の数段上の速さ。
一瞬の攻防。
速さで勝る彼の剣が私に向かって振り下ろされた。
私はかろうじて剣線上に右手を入れ込んだ。
すさまじい衝撃と共に。
私の腕が相手の剣を防いだ。
流れる様に半歩の踏み込み。
目の前にある子供の体に手を差し込む。
その手が心臓を射抜く極僅かな瞬間の差で子供が後ろに飛んだ。
指は浅く胸を指した程度だ。
私はその状況など気にも止めずに、さらに前に出る。
「つっ!」
―― 斬鉄
剣が魔力を帯びる。それが如何なるものか。
それは、どうでも良い。
右の腕が再度、剣を受ける。
ハジャの光が漏れて、何かの魔法式を無効化した。
子供は驚愕の顔で続く私の刺し手の一撃を避けた。
私の左の手が浅く子供の体を傷つける。
傷がさっきより浅くなった。
子供はこの一瞬の戦闘の間にすら、こちらの動きに慣れ、適応し始めている。
恐るべき成長。
私はその事実を賞賛しながら、さらに前に出た。
子供が杖と剣を放り、不自然に右手を前に突き出す。
――― 三重加速砲!!
私はその魔法式を手で無造作に掴み砕いた。
――― 魔式斬り
さらに連撃を子供に向ける。
それを避けながら、子供は逆手に構えていたもう一方をこちらに向ける。
――― 二連!!
位置とタイミング的に手で払っていたのでは間に合わない。
私はとっさに奥の手を出す。
体から湯気の様な白い霧が吹き出す。
―― 魔式滅壊
毒の霧に乗せたハジャが魔法式を無差別に破壊する技だ。
私のオリジナルの技に子供の魔法式が崩れ去る。
そのタイミングで私の三撃目が漸く子供の左肩をとらえた。
その瞬間、子供は両手を合わせると呪文を唱える。
その魔法式の起こり方に私は驚愕した。
―― 召還!!
「貴様!?」
左手の中の内燃式で私の魔式滅壊を超えて、何かを呼び出す。
内燃魔法で召還魔法を体の内側で使ったのだ。
当然、子供の手は内部から弾けて砕けた。
呼び出したのは長剣。
その剣を無事な方の右手で抜き振るう。
とっさにその一撃を右腕で受け止める。
さらに、受け止めたあとで一歩前に出。
私の思考がそこまで進んだところで、私の右腕は斬り飛ばされた。
バカな。
驚愕する私は前に出る動きにブレーキをかけて下がろうとする。
その一瞬の隙で子供の連撃が私のわき腹を凪いだ。
脇腹の傷は深く、内臓がいくつか斬られている。
私は血を吹き出しながら、さらに大きな距離を取った。
これは驚いた。
私は満面の笑みを浮かべた。
この者は愛しがいがありそうだ。
◇◇◇◇◇
僕は今の攻防に衝撃を覚えていた。
最後の攻防こそ相手にとって、多少の痛打になったものの。
ここまで全て相手に上を行かれている。
全身が滝のような汗をかいている。
僕でなければ、何十回殺された?
毒、それも即死級の猛毒。
それを纏った両腕の一撃を僕は何度受けた?
自問にそら恐ろしくなる。
妖精式の自動回復で、ぎりぎり死ぬ前に分解できているがそれがなきゃ、とっくに死んでた。
そして、あのハジャ。
まさか、奴の体を滑らかに覆っている毒が武器になり、ハジャを帯びるとは。
何も持たないように見える全身で自在にハジャを発動できる。
それだけではない。
あの毒を外に吹き出す技。
あれは一時的に周囲の空間の魔素を毒の霧に宿したハジャで破壊する。
まるでスカンクのように体中から即死の猛毒を噴きだし、さらにその毒の霧にはハジャをも乗せられる。
究極の魔法使い殺し。
これが蛇人の完成された暗殺者なのか。
何より、拳の技量。
全てにおいて格が違う。
破格というレベルの苛烈さ。
強い。
今までで間違いなく最強の敵だ。
切り札とも言うべき剣を構えて、僕は冷や汗をかき続けた。
そして、あの肉体強度はなんだ?
ミスリルでは切り裂けなかった。
ミスリルの剣ではもはや力不足と分かり、チタンにアンロック、ロックとアシストなどの魔唱・無唱マテリアルの粒子や構造体を重ねてつくったオリジナルの魔剣クラウソラスを出さざるを得なかった。
魔唱マテリアルの構造物はハジャでは破壊出来ない。
「すこし、私の体について説明しようか」
「どういうつもりだ」
わざわざ説明する理由がない。
何か意図があるのか。
「私、蛇人の体は特別製でね。あらゆる毒を作り出し、操る。即死の毒、体を硬化させる毒、精神を強化する毒、肉体の限界を超える毒、肉体を再生する毒、神経を鋭敏にする毒、思考を加速させる毒」
「それで?」
「さらにこの瞳は特別製でね。物の体温を直接見ることが出来る。もはや全てにおいて人間の限界を優に超える力は持っているのが私だ。さらに全身から毒を吐き出すこともでき、それら全ての武器にハジャを乗せることが出来る」
それは驚異だろう。
「何が言いたい」
「個人的には純然たる戦闘能力において、最強の存在である戦人に匹敵する実力を備えているつもりだったのだがね。君は何者だ?」
「さてね」
「ふむ、出来ればこれから愛する相手のことも知っておきたかったのだが」
残念だ。
そう呟くと彼はゆっくりと前に出る。
僕も剣を構えて前に出る。
僕の手はスペリオルによる超再生で回復済みだ。
相手も脇腹の傷や失った腕を感じさせない動き。
僕の剣が先んじて届く。
その剣を肩から受けながら、彼は俺の剣を片手で握った。
ホールドしてどうなる?
次撃への動きに注意を向ける。
「残念です。終わりですよ」
その言葉と同時に。
激しい衝撃が僕の体を走った。
体が爆発する様な痛みで自分の胸を見る。
そこには腕が生えていた。
奴の切り捨てられた右腕。
それが僕の心臓を完全に破壊している。
全身から力が抜ける。
――― 四肢繰
スーマが厳かに告げる。
おそらく。内燃魔法による操作魔法。
自らの肉体内部に特殊な魔法式を忍ばせ、機能を失った肉体を強制的に動かすのだろう。
おそらく、僕のオーラに似た。
しかし、より緻密な動きを再現する魔法だ。
オーラが出力重視ならこれは精度重視だな。
これが彼の絶技を支えているのだろう。
パワーアシストのオーラ。スキルアシストのマリオネット。
どうやら、今はそれを僕の注意の外で遠隔に動かし、ロケットパンチの様に使ったようだが。
面白い。
相手がか細く笑った。
刹那の隙。
僕は崩れ落ちるふりをしながら、内燃魔法を使う。
―― 転移
僕の体が消え。
彼の真後ろに飛んだ。
「なに!?」
彼の動きが防御を取るより早く、僕の剣が彼の左手を斬り。
振り返るより早くその右足を斬り。
さらに崩れるところを左足を斬った。
―― 召還
四肢の全てを斬り撃たれ、崩れ落ちる蛇人の背中にむかって、僕は右手に呼び出したとある武器を突き立てた。
「・きっさ・まぁ!!」
「残念だったね。心臓を砕いたぐらいで勝った気か?」
殺したと思ったのだろう。
わずか一瞬とは言えど、隙を見せたな。
この僕相手にあってはならない余裕を見せたわけだ。
それは致命的というんだよ!
僕は若干もたつく身体を確めた。
今の僕は機能を失った心臓の替わりに全身を走るオーラが血液を運んでいる状態だ。
僕は自らの心臓に杭の様に刺さっている彼の右腕を抜き外した。
オーラが傷口に作用して出血を抑える。
「化、け物め・」
「あんたに言われたくないな」
心臓はスペリオルによる超再生を待つしかない。
正直、危なかった。
一応で用意していた緊急延命魔法式。
この大道芸がここまでうまく機能するとは思っていなかった。
普段は試しようが無い魔法だけに。
本来なら殺されていたのは僕の方だったわけだ。
いやぁ、恐ろしい。うんうん。
まぁ、何にせよ。勝ったのは僕だけどね。
「な・にをし・た・・・」
「苦しそうだな。蛇人」
虫の息と行った風体の蛇人に僕は苦笑した。
彼の背骨に差し込まれたのは魔唱マテリアルによる電場釘だ。
魔唱マテリアル。
ついに物質化に成功した魔素結晶。
存在の証明以外に一つ魔法式を内在し、一定の魔法を発動させ続けるのが魔唱マテリアル。それが無いのが無唱マテリアルとなる。
魔唱マテリアルは魔法を発動させながら自らの魔素を使って小さくなっていく。そのスピードは極めて緩やかだが永久に使えるものではない。
それでも僕が作れる米粒大の魔唱マテリアルですら単純魔法なら10年以上使える。
さて、僕の使ったボルトの魔法式を内在した魔唱マテリアルを埋め込まれた電磁釘。
これを脊髄に打ち込まれた生物は神経伝達が無茶苦茶になる。
神経が混乱するとハジャは発動しない。
見たところマリオネットも無茶苦茶な神経信号で機能不全を起こしているようだ。
――― 魔解結界
僕は即座に魔素を弾く結界を作って彼の体を覆った。
この中では常に魔素が枯渇するため、魔法は使えない。
魔法を破壊するハジャとは違い、これは魔法を使わせなくする魔法である。
「な・にをする」
「お仕置きだよ。蛇人。僕は君と違って人は殺さない主義なんだ」
結界内の魔素が完全に抜けきった。
これで内燃魔法すらも使えなくなる。
僕は彼の斬り飛ばされた右腕を彼の右腕の傷口に合わせた。
「あとでくっつけてやるよ。がその前に」
僕は別の制御魔法が込められた魔唱マテリアルの針を体に差し込んだ。
その数、12個。
「な、にを」
「これはお前を無効化する処置だ」
魔解魔法の維持魔法式を僕は書き換える。
結界の効果が一変した。
魔素を飛ばしていた効果が針を中心に共振し、彼の内部の魔素を吐き出し始めた。
「なにぉををを!???」
ーー 経験損失
要するにこいつの内側にたまった魔素による強化を失わせる特殊魔法だ。
見たところざっと500オーヴァーという尋常じゃないレベルを有しているみたいだし、さくっとLV1に戻って貰いましょうか。
「あああああ」
さらに僕の手が彼の頭を掴んだ。
―― 記憶探索
僕はまず相手の記憶を探る。こいつが人の道を踏み外したのはいつ頃だろうかねぇ。
「ふーん、最初の殺人は5才か。このころはまだそう言うことが嫌だったみたいだね」
つか、お前はどんだけ人殺してるんだよ。
一万人近いぞ。こりゃ。
「な、な・にをみ・ている」
僕は笑った。
「じゃー、5才児に戻ってみようか?」
「な、なに・を」
―― 記憶消去
「やめ、ろ」
僕は彼の5才以降の脳内情報を、彼の過去を全て消去した。
と言うわけで、殺人鬼スーマくんはまた人生やり直しなさい。
南無。