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転生したった   作者: 空乃無志
第二章 王立学院編
26/98

お茶会にクッキーはいかが?

※7月12日改訂

「君を茶会エンプティングに招待したい」


エストの言葉に僕は首を傾げた。


「どうしてですか?」


「単刀直入に言おう。君の才能がほしい」


なんだそれ?

何かしらのメリットがあってのことだとは思うけど。


「茶会ってのは戦争でもするんですか?」


僕の冗談にエストは頷いた。


「戦争はしていないが派閥闘争はある」


貴族の派閥闘争。

それ自体に興味は無いけど、場合によっては利用されても良いかもしれない。


「メリットは?」


「力のある派閥に入れば、将来の階位獲得やデュエルの選抜指定に有利だな。まぁ、君はどっちも興味無いだろうが」


確かに興味がない。

出世や名誉にまったく興味が無いわけでは無いけど。


「僕にとってのメリットは?」


「どこかの茶会に所属しておいた方が後々煩わしく無いだろう。君はどっちかというとトラブルメーカー気質だろ。それが最大のメリットだ」


「なるほど」


それはわかりやすい。茶会が僕にとって都合良く盾になるなら悪くはないが。


「君は図書委員だったな。うちは読書系の茶会だ。まぁ、本好きと君の話が合うかは分からないがうちには個人が直輸入した異国の稀少本がかなりの数ある」


「ほー」


意外に見ているな。

そこまで調べがついているとはどうやらこの件、相当本気らしい。


「君は勧誘を受けた事が無いようだが、直ぐに悠長に構えてられなくなるよ。君をデュエルの選手に推す声が挙がっている。そうなれば、争奪戦だ」


僕をデュエルに?

また面倒な。


でも、そういう事なら僕を担ごうとしているのが誰なのかちょっと想像がつくなぁ。

考えるに一番得をしそうなのは僕を勧誘した茶会だよね?


僕はかまをかけた。


「もし、そうなら、それは貴方が動いたのでは?」


「否定はしない」


さらっと言う。

隠そうともしないのか。


僕は思案した。

今のところ、参加しようと参加しまいとメリット、デメリットは半々と言った感じだ。


だったら、性分的に動いてみるか。


「良いでしょう。貴方の茶会に参加します。ただし、条件は2つ」


「聞こう」


「一つ、僕の妹も一緒に参加すること。二つ、あまり時間を拘束しないこと」


「心配しなくても茶会に毎日顔を出す必要なんてないよ。参加が必須なのは茶会の会長選の時ぐらいだ。妹の件も了承した」


二つ返事だな。

時間的拘束がまったく無いのはありがたい。


「分かりました。それでしたら」


「では、これからよろしく頼む、ユノくん」


「よろしくお願いします。エスト先輩」




◇◇◇◇◇





「おにいさま」


私の言葉にお兄様は一瞬だけ私に視線を向けてくれた。


「何だい。アリシス」


私はもじもじしながらそれを差し出した。


「わ、私、ク、クッキーを焼いたんです!どうぞ!!」


「そうか、ありがとう」


そう言って兄は黙々と私のクッキーを口に運ぶ。

私のクッキー、前は失敗しちゃったけど、今回は美味しいかな?


感想を聞きたいが兄さまは今、評議会の報告書に目を通していて忙しい。

邪魔をしてはいけない。


私はお兄様の様子を眺めながら、うっとりしていた。


働くお兄様、素敵です。


私のお兄様。

高等部一年、ライオット・ Dディオス ・テスタンティスはこの学院随一の天才なのだ。

そして、天下の王位継承権第3位にして、無敵の評議会長にして、最強の黄道十二星座階位の第一位、獅子王レオ


私の今居る茶会ロイヤル・スウィートの会長でもある。


まさにパーフェクト。

私の大大好きな憧れの人なのだ。


そんな、お兄様は私が首席になったときも「さすが自慢の妹だ」と褒めてくださった。完璧な上に優しいのだ。


そう、あのくそ野郎とは人間として天と地、月とすっぽんほども違いがあるわ。


いや、お兄様を見て、あのくそ野郎と比べるなんて不敬も良いところだわ。


あのくそ野郎。


この前のダンジョン実習では自分がちょっと出来るからとあんな風に!許さない!許さない!今度は絶対に!


うがぁああ!!


「どうした、アリシス?面白い顔だぞ」


「え?い、いえ。なんでも無いです」


うぅ。

変なところを見られてしまった。


「おはー、ライくん何やってんの?」


そんな声と共に入ってきたのは元評議会長で元王室茶会会長の高等部3年生、カタリーナ先輩だ。


「先輩。どうしたんですか?」


「なになに。美味しそうな物食べてるわね。お姉さんいただき♪」


「あっ」


そう言ってひょいとクッキーを口に運ぶ。


「あら、まずい」


え、嘘。


「先輩・・・」


「うーん。何これガチガチだし、甘くないし。あー、さてはまた女の子に貰ったの?きみぃ、モテモテだねぇー」


え。

また、おんなのこにもらった?

おにいさま?


「先輩。これは私の妹の手作りです」


その言葉に状況を察したらしい。


「え??あら!ごめんなさい!そう、アリシスちゃんが作ったの!お上手ね」


なにもかんがえられない。


私は顔を真っ赤にするとその場を駆けだした。


「ちょ!え!?」


「アリシス!」


お兄様の声が聞こえたが私は真っ赤な泣き顔を見られたくなくてそのまま後ろを振り返らずに部屋を出た。




◇◇◇◇◇




俺、ライオットは出て行った妹の姿を見て、ため息を吐いた。

やれやれ。

やっかい事が多い。


「ご、ごめんなさい!お姉さん、失敗しちゃった」


「はぁ・・・、先輩の尻拭いはいつものことですが」


この人が会長職について居た頃は型破りを絵に描いた会長に振り回されまくったものだ。

慣れとは恐ろしいもので、今ではこれぐらいで動じることはなくなった。


しかし、思わぬ形で妹の機嫌を損ねてしまったな。

関係修繕にはどうしたものか。


「本当。ごめんねー。君がいつも妹さんのこと気にしてるの知ってたのにー」


どうやら本気で謝っているらしい。

そういえば、副会長職についてから、この人の本気かどうかが分かるまで半年かかったなぁ。


ちなみにおかしな発言も含め、ほぼ100%本気だった。


「別に良いですよ。先輩」


「でも、でもー」


「往々にして大人という者は無自覚に子供を傷つけるものですから」


俺のその言葉に先輩は何故か苦笑いを浮かべた。


「いやぁ、そういう扱いの方がアリシスちゃんを傷つけそうだけど・・・」


「どうしてですか?」


どうしてって。微妙な顔で先輩が頭を抱えた。

何かあるのか?


そして、ふと、先輩はその微妙な顔で言った。


「でも大変ね。君好きなんでしょ、彼女の・・・」


「それはもう昔のことです。先輩」


俺はかなり強い口調で彼女の言葉を遮った。

この話をこの先輩にしたことは痛恨の誤りだった。


誰かに聞かせる類の話では無かったのだ。

心に秘めて置けば良かった。


「はぁ、お姉さん、君の目がちゃんと未来を向いてるか心配だわ」


俺の目が未来を?


「少なくとも、今は評議会の決済を見るのに手一杯ですよ」


「あらー、そうみたいね」


俺が広げた資料に先輩が視線を落とす。


「あら?」


先輩はそのうちの一枚に興味を示した様だ。


「この子、新入学生?え?滅多に使われない先生推薦枠!?」


驚いたな。

この書類の山の中で一番興味深いそれをあの一瞬で見つけるあたりは相変わらずか。


「ええ、出てきましたね。完全無欠オールパーフェクト


「うわぁー、その呼び名ださいわー」


まったく反省していないな。

カリスマ性はあるもののこの人の失言属性は間違いなく管理者向きではない。


「彼をそう呼んでいるのは私ではなく教師ですよ。しかし、まだ入校して間もないこれだけ早い時期からこれほど注目されるとは本当に意外ですね」


相当なインパクトが無いとここまで騒がれないだろう。

問題児では無く超優等生らしいが。


「ルベットってあの田舎公爵でしょ?そりゃ一応、公爵家だけど」


確かにルベット家は五公家でも一番下。

まずないとは思うが場合によっては降格もあり得る微妙な立ち位置だ。


そのせいか、現ルベット家当主のルーフェスはかなり点数稼ぎにやっきになっているようだが・・・。


「失礼ですよ。先輩のような大公家から見れば、下でも格付けは上級貴族の筆頭格ですから」


いずれにせよ。この超新星が今年のデュエルをかきまわしてくれるなら面白いかもしれない。


「どう見てるの?」


先輩の言葉に俺は苦笑しながら言った。


「正直、扱いづらそうです。問題児より天才児の方がコントロールしづらく、往々にしてやっかいなものですから」


「なんで私の方を見てそういう事を言うかなぁ!君は!」


この反応にはさすがの俺も苦笑いを深めた。


「よく分かりましたね」


軽い冗談を返すと先輩は目を細めた笑った。


「まぁ、でも分かるわー。君の言うとおりよねー」


「なんで俺を見てしみじみ言うんですか?」


先輩は答えず、にやにやしている。


なるほど。

どうやら俺はこの先輩に思わぬ反撃を食らったようだった。


「ところで、あの男が学院の視察に来るそうよ」


先輩の口調ががらっと変わる。

本気の口調の先輩とはつまりそれだけやばいと言うことだ。


「知っています」


本当に次々とやっかい事が降ってくる。


「良いの?君の仇敵みたいなものでしょ?王位継承者第4位、ベオルガーヴィは」


「証拠がないですから」


俺の兄で王位継承権四位のベオルガーヴィが互いに次期王位を争う立場にあり、政敵で在ることは事実である。


彼が正妃の子である俺にやっかみや劣等感を抱いていることも知っている。


「俺は王位なんて興味が無いんですがね」


「そんなこと言っちゃって」


俺のもとに次の王位が転がり込んで来たのはたった1年前だ。


流行病にかかった王位継承第一位の兄が寝たきりになり、第二位の姉がかねてから希望通りにエルヴァン王国の王子と結婚した結果、気が付けば、俺が次期王位の筆頭になっていた。


この状況を面白く思っていないのが俺より4歳ほど歳上の兄ベオルガーヴィだ。


側室の二位として正妃に次ぐ継承権を持っているとはいえ、4歳年上の長子たる自分を差し置いて正室の次男坊が王になるかもしれないのだ。


その心中、さぞや俺を妬んでいるのだろう。


いや、もっと言えば俺がどうにかなれば、次は自分のところに王位が転がり込んでくるぐらいには思っているはずだ。


そろそろ、何か仕掛けてきてもおかしくない。


「気をつけなきゃだめよ。ライくん」


「ご忠告、肝に銘じておきますよ。先輩」




◇◇◇◇◇





うー、どうしてこんな事に。

教室の隅っこで私は頭を抱えていた。


優しいお兄様に迷惑をかけてしまった。


私ががっくりしていると良く聞いた声が聞こえて来た。


「何してるんですか?姫」


「な!?なんであんたが!?」


「いや、先輩から呼び出しを受けてたから」


今帰るところなのだろう。

彼は私に鞄を掲げて見せた。


「へー、どうせ問題児のあんたがまた面倒起こしたんでしょ?それで見かねた先輩に呼び出しされたってところね!?」


「まぁ、ある意味そうですね」


余裕な態度でそういった彼は鞄を背負うと歩き出した。


その態度がいちいちむかつく。


「ちょっと待ちなさいよ!」


「なんです、姫?」


その言い方もムカつく。


「姫言うな!私はアリシスだ!」


「はぁ?それで、アリシスさん。用件はそれだけですか?」


私はいらいらしながら自分の鞄を開いた。

残りのクッキーを取り出す。な、なにをしているんだろう、私。


「く、くえ」


「はぁ??」


やつはひとつ摘むと素直に口に入れた。


「うぉ、不味っ・・・」


「うっ」


な、涙が出てきた。なんで私は。


「え??はぁ?!なんで泣いてんだ?こいつ??」


だれがこいつだ!このやろう!!

その時、教室に一人の子供が駆け込んできた。


「にいさま!お話終わりましたか!?」


「あ、え・・・?お、おう、ユフィ終わったぞ」


何故かしどろもどろになっているユノを見たユフィがこの状況を見て首を傾げた。


「にいさま、なんでこの馬鹿、泣いてるんですか?」


妹が私を指さしてそうつぶやく。


「誰が馬鹿だ!!?」


くそ、みんなして私を馬鹿にして!!

うわぁあああ。


「いや、姫が寄越したクッキーを食べただけなんだけど・・・」


「そのクッキーですか?」


ユフィが私のクッキーを一つ口に入れる。

その顔が見る見る赤くなり。


「兄様に毒を盛るとは!このヤロー!!!」


「な!なんでよ!?」


ユフィが怒りの表情で私を揺さぶる。

や、やめてよ!痛い!!


「おい!やめろ、ユフィ」


さすがに慌てた様子のユノが妹を制止する。


「はぁ、はぁっ・・・。次、おかしな物を出して来たらコロス」


「そ、そこまで怒ることないでしょ!?!」


なんなのよ!

この妹!こわい!!


「なんでここまで不味いクッキーを作れるのです!?」


「そんなに不味く無いでしょ!」


「自分で食べたんですか!?まさか、ただ小麦粉を練ったらクッキーになるなんて考えてませんよね!?中が生焼けで外がぶつぶつに黒くておかしな具合ですけど、練った小麦粉を直接ファイアで焼いたんですかね!?まっ黒お焦げの外側を取ってるでしょ?だから黒いし、苦いんですね!?」


「な、なんで分かるのよ!」


わ、わたしだって頑張ったんだから。

少しぐらい不味くたって、良いじゃない。


みんな酷い・・・。酷いよう。


憤慨する妹を宥めながらユノが呆れた顔で言った。


「姫、これは料理とは言わないよ」


「うぅうう」


その止めの一言に。

私は号泣した。




◇◇◇◇◇





「と、言うわけでクッキーを作ります」


僕は内心、頭を抱えながらそう宣言した。

何が悲しくてお料理教室を開催することになったのか。


その元凶たる、姫ことアリシスはぶっすとした顔でふてくされている。


「にいさま、ユフィのクッキーを食べてくださいね!」


いや、自分で作ったのを食べるから良いよ。

とは、言えないか。悩ましい。


「まさか、さっそく茶会の設備を利用するとはね」


「すみません、エスト先輩」


エンプティングにはお菓子作りが出来る石窯オーブンがあることを教えてもらっていたのだ。


「良いわね。小さい子が集まってお菓子作りだなんて夢があるわ」


目をきらきらさせてそう呟いている人物がこの茶会の会長のメルフィナさんだろうか。


「材料まで用意してもらって申し訳ないです」


「いいよ。材料は足りているかい?」


「ええ」


先輩に集めてもらったのはかなり大量の牛乳と小麦粉、新鮮な卵、それに砂糖と塩だ。


「牛乳も使うのか?」


牛乳を使うクッキーは一般的では無いらしい。


「ええ、せっかくなんでサブレーを作ります」


「さぶれー?何それ」


「鳩とかヒヨコとか有名な奴ですね」


「はぁ?鳩肉入れるの?」


アリシスの言葉に苦笑いを浮かべる。


まぁ、この世界のクッキーは簡単なジャンブルクッキーぐらいしか無いみたいだしな。


「まずはこの小麦粉だけど。サーチ」


サーチで状態を確認するとタンパク質が多すぎるようだ。

たぶん強力粉かな。


「ディフュージョン」


魔法で余分なタンパク質を取り除く。

お菓子用の超薄力粉を作り出す。


「いま、さらっと上位魔法を使ったな」


「凄いわ。状態を調べてパン粉を薄力粉に変えたみたい」


うーん。外野がうるさいな。


「ねぇ、私、ディフュージョンなんて使えないわよ?」


「別に普通に薄力粉を用意すれば大丈夫だよ」


ほんと調子が狂う。

まぁ、良いか。こうなったらやけくそだ。


僕は牛乳をガラスの入れ物に入れる。


「フォース」


この時代の牛乳なら振れば、バターが出来るだろう。

脱脂乳は取り除く。


「それはバターか」


「バターを使うの?」


意外そうな声を上げる外野二人。


「バターなんて野蛮だわ!」


何故かアリシスに至っては憤慨している。


実に意外だが。

この世界ではバターを食用で使う文化はまだ余り無いらしい。


食用油の主流はオリーブオイルである。


まぁ、そういうこともあるわな。


僕はガラスから取り出したバターをさらに入れると木べラを掴んだ。


「アンロック」


柔らくしたバターをワーキングして滑らかにする。


「これで材料はそろったね」


僕の言葉にアリシスは本当に意外そうな顔で呟いた。


「え?バターを本気で使うの?」


「そうだよ」


僕の常識的にはバター無しの焼き菓子なんてあり得ない。


僕は材料を三等分するとそれぞれアリシスとユフィの前に置いた。


「そんなのお兄様の口に入れるんてあり得ないわ!それこそ毒じゃない!!」


うーん、本当、めんどくさい娘だな。

このまま、大人になったら嫁の貰い手はまずないだろうな。うん。


その様子に苛々したらしいユフィが毒づいた。


「黙れ、うんこクッキー製造マシーン」


ユフィがさらっとえげつない毒を吐く。


ああ、妹よ。

どこでそんな言葉を教わったんだい?


「だ、誰がよ!?な、なにがうんこクッキーよ!?」


「黙れと言っているのです!」


「くぅうう!!」


もういいや。好きにさせよう。


「では、材料を混ぜたいと思います。まず、このバターに砂糖を混ぜます」


事務的な口調でそう僕は説明した。

さっさと作って帰りたい。


「はい、にいさま」


「ほんき?」


僕は無言でボウルをかき混ぜる。

その様子を見たアリシスは諦めたのか同じ手順を行った。


「で、これを燃やすの?」


おい。

お前の料理プロセスは混ぜる・即燃やすかよ!?


さすがに唖然とするが必死に笑顔を作った。


2人の混ぜ具合を確認するとそろそろ良さそうだ。


「いえ、折角、卵があるので卵黄を混ぜましょう」


「はーい」


「そう、で燃やすのね?」


まだだよ。

おかしいなぁ、どうしてこうなった。


チンパンジー相手に料理を教えてる気分だ。


「これに薄力粉を混ぜます」


「混ぜるー」


「ふぅ、面倒ね」


こいつには料理をさせない方が良いな。

絶対向いてない。


「これで生地が出来たので延ばします」


「はーい」


生地を延ばして適当な形に形成する。


「これを石窯オーブンで焼けば、完成」


「ねぇ、本当にこれでクッキーになるの?バターを使うなんて初耳だけど?」


「出来れば分かるよ」


しかし、クッキー、それもバター比が1対1のサブレータイプとなるとこの世界に来てからは初めて食べるな。


非常に楽しみだ。


魔法でオーブンの状態を調節して焼き上げる。

こうして、サブレーが完成した。


「わぁ、良い匂い!にいさま!素敵です!!」


「ほんと!どうして!?」


さすがに美味しそうな匂いを前に子供二人が笑顔になった。


取り出したクッキーを皿に盛る。


「ねぇ、どうして鳩?」


僕が作ったクッキーの形にケチをつけてくるアリシス。


「様式美だよ」


まったく、この意味が分からんないとか、ありえない。


「にいさま、食べて良い?」


「ちょっと待って。コールド」


僕はあえて熱々のクッキーの粗熱をとってしまう。


「冷めちゃった」


「サブレタイプはこっちの方が良いんだよ。さぁ、食べようか。先輩たちもどうですか?」


「では、御相伴に預かろう」


「はいはい、じゃ、お茶用意するね♪」




◇◇◇◇◇





「嘘!無茶苦茶美味いぃ!」


「凄いな。このサクサク感!!」


「美味しいわぁ♪」


「さすが、にいさま!」


さすが女子。凄い喰つきだ。


しかし、この反応を見る感じじゃこのクッキーも例の店で売ってみる価値ありそうだな。


この反応、参考になる。


「姫、あんまり食い過ぎない方が良いですよ」


「な、なによ!太るっていうの!?」


そんな事に気してるのか?

おこちゃまのくせに。


「いや、お兄さんに持って行くんでしょ?」


「あっ」


あ、じゃないだろ。

すでに半分以上食べてるようだ。まぁ、いっぱい作ったし、残り半分でも十分な量だろう。


「これは参ったな。バター入りのクッキーか。絶品じゃないか。今度うちのシェフにも頼んでみよう」


「そうね♪凄いわ、勧誘して良かったわぁ」


うーん、この二人にレシピを見せたのは失敗かな?

まぁ、良いか。別に。


「あ、あの」


何故か口ごもってるアリシス。


「何?おにいさんに謝りに行くんだろ?」


「な、何でもないわよ!じゃあね!ばいばい!」


そう言ってアリシスはエンプティングの借りている個別教室から出て行った。


忙しないなぁ。




◇◇◇◇◇





そろそろ帰るか。

今日の分の報告書も大体終わった。


「すやすや」


俺の目の前では気持ちよさそうにユーリカが寝ている。

彼女は冷やかし兼お手伝いと言ったところかな。


こう見えて前会長は実務能力も高かった。


何より人を使うのが上手いからな。

その部分で俺は一歩この人に及ばない。


俺がそんなことを考えていると会長室のドアが開いた。


「お、お兄様」


ちょっと前に泣いて飛び出して行った妹が立っていた。


「アリシス、まだ帰っていなかったのかい」


「あ、あのクッキー焼き直しました!食べてください!!」


「クッキーを?」


まいったな。

正直、妹のクッキーはあまり美味しいとは言えない。


料理は下手だろう。

それでも一生懸命作ってくれるのはうれしいのだが。


「こ、これなんです」


「これが?」


見た目には良く焼けている。漂ってくる香りも豊かで甘い。

ちょっと妹が作ったとは信じがたいクッキーだ。


「いただき♪」


「あ」


「先輩」


一瞬、躊躇した俺の前でいつの間にか起きた先輩がクッキーを口にしていた。


俺の躊躇を気取らせない為に動いたのかな。

さっきの詫びのつもりかもしれないな。


「んん、美味しい!??どういうことなの!?信じられない!?!」


先輩の顔がぱあと明るくなった。


この感じ。


どうやらお世辞の類ではないようだな。

もともと腹芸は苦手な先輩だしな。


俺も一口食べてみる。


「ほぅ、これは美味いな」


サクサクとした食感で通常のクッキーより軽い。

クッキーが美味しいと感じたのは初めてかもしれない。


「ほ、本当ですか?」


「ああ、この食感、初めてだ。興味深い」


「よかったぁ」


驚いたなあの妹がこんなクッキーを作ってくるなんて。

俺は妹の頭を撫でた。


「お、お兄様」


人間、頑張れば、やれば出来るものなんだな。

可能性か。


俺はこの頑張り屋の妹が誇らしいと思った。


「お前にはいつも感心させられるよ。アリシス」


「そ、そんなお兄様」


妹は嬉しそうに俯いている。

せめて、この妹の前では無様ではない兄で居よう。


俺はそう決意した。


「ほんと、おいしい・・・」


さて。

妹のクッキーを黙々と食べている困った人が一人居るな。


「先輩、食い過ぎです。太りますよ」


「ぎゃあああ!?ライくん!私も女の子ですよ!?」


「淑女が私への差し入れを勝手に食べないでください」


やれやれ、俺は苦笑いを浮かべて肩を竦めた。




◇◇◇◇◇





「なんだよ!このクッキー!?」


「なにってサブレだろ」


「俺も呼べよ!こんな美味いもん作るなら!」


レオの叫びに僕は苦笑した。


相変わらずの食いしん坊ハンターだな。

レオは学年が違うし、友達も多いので放課後にあうこともまず無い。

今では家で少し話すぐらいだ。


「レオうざー」


「なんだと!?ユフィ!?」


家にお土産に焼いたサブレを持って帰ったところ大好評だった。


案の定、レオが一人、ぎゃーぎゃー騒いでいるが。


「くそ納得いかねぇ」


「へーんだ、ユフィたちは茶会に入ったからレオとはもう遊ばないもーん」


「待てよ!?茶会って、あの茶会?」


どの茶会だか知らないが、茶会は茶会だな。


「そうだけど」


「え?俺は?」


「え?」


「俺は茶会なんて誘われた事無いんだが?」


え?


いやいや、嘘だろ。

仮にも公爵家の長男が茶会から誘われない訳ないだろ?


一応公爵家の世継ぎだよな、お前・・・。


「俺も入れてくれよ!」


「そんな権限、僕に在るわけ無いだろ!」


僕はそう言ってごまかす。

レオの勘定なんか入れてなかったし。


「まじかよ」


いや、俺も驚いてるんですが。


・・・。まぁ、自力で頑張れよ。うん。

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