ダンジョン実習
※7月12日改訂
入学して一ヶ月が過ぎた。
隣の席のあの野郎は小テストなどを含めて、相変わらず完璧だ。
むかつく。
「みなさん次からダンジョン実習を開始します」
私は息を呑んだ。
この学院のカリキュラムでもっとも重要な授業がこのダンジョン実習だと言っても過言ではない。
ダンジョンとは闇の使徒が作ると言われいる魔素をため込む巨大な壷だ。
過去の魔大戦では、魔素をため込み強力な魔獣を作り出すために魔教団が各地にダンジョンを作り、かつてはそこら中にダンジョンがあったらしい。
ダンジョンとは強大な魔獣を作り出す為の一種の蠱毒らしい。
地下は魔素溜まりやすく、それによって成長した魔獣同士が殺し合い、経験値を増やし、更に成長する。
伝説級と称される100年物のダンジョンにはLVにして500や600と言った半神化したダンジョンボスもいるらしい。
かつての魔の使徒はダンジョンに育ってない無数の雛の獣を入れて成長をさせ、使役したという。
ダンジョンはその存在自体が危険な一方で狙ったモンスターの発生がさせやすく、階層で難易度、レベルの管理がとてもしやすいのだ。
この王立学院では禁忌の魔法である秘術ダンジョンメイクを用いて、特別に許可されてダンジョンを作っている。
ダンジョン探索によって貴族の子弟を成長させる為だ。
貴族もまた教団の騎士同様に戦争になれば、
戦うための力が必要なのだ。
「それにダンジョンを攻略した経験のある貴族が平民に遅れを取るわけがないか」
練達な冒険者ならさておいて、並の冒険者や農民にはまず負けない力を得ることができる。
それは盤石の支配体制の為に必要だろう。
支配するためにもまた力は必要なのだ。
「それでは5人編成の小隊を作ってください」
その言葉に私は目を見開いた。
てっきり先生が班分けするのだと思っていたのだ。
自由に組むのか?わたしは周囲を見渡した。
そして困惑した。
・・・・・・誰と組もう。
◇◇◇◇◇
「へー、自分たちでチームを作るのか」
僕はそうぼやいた。
一見すると非効率的にも思えるかも知れないがその方が良いのだろう。
いくら引率の先生が居ると言ってもダンジョン内を不仲な者同士で足を引っ張り合えば危険だ。
お互いの信頼関係が一番大事。
もちろん、それぞれの得意分野はあるにしても。
さて、ここまで、一ヶ月の授業があった。
座学の他に魔法学の授業、剣術教練、実践的戦闘術。
それぞれの授業の出来からそれなりに相手の得意分野が見えている者もいるだろう。
お目当ての相手と組む者も居れば、友達同士で組む者もいる。
ここでの余り者は僕と隣の席の彼女か。
うーん。
僕は誰とも友達付き合いなんてしてないし、取っつきにくいと思われてるかも。
声を掛けづらいと言うのは分かる。
と言うより僕自身、声を掛けるなオーラを発してるだろうし。
休憩中も誰も相手にせずに黙々と読書してる。
となりの少女も気軽にお声かけするには位が高いし、そして僕以上にとっつきにくい性格だ。
さて、どうしたものかな。
誰とも組まなければ、余り者で組むことになるのだろうな。
僕は最悪、相手は誰でも良いのだけれど。
「あ、あのいっしょにダンジョンに入りませんか?」
「え?」
僕に声を掛けてきた者がいた。
たしか。
「シェイドさんにシエラさんですか」
「あ、はい、ご存じでしたか」
確か双子の兄妹だな。妹はヒーラ。兄はブレイド。
前衛に後衛か。
「誘っていただいて光栄です。もちろん、よろしくお願いします」
「いいんですか?」
「よかったぁ」
よかった?
「いやー、俺ら実技も成績悪いから、途方に暮れてて。ユノウスが付いてくれたら100人力でしょ」
100人力ね。さすがに貴族の子供は語彙が豊富だなぁ。
しかし、あんまり頼られて困るな。
あと二人か。折角だし、ちょっと人選をした方が良いかな。
余り組で有望そうなのは。
一人で壁にも背を掛けて遠巻きにみんなを見ている少女を見つけた。
「ねぇ、後二人は僕の方で選んで良いかな?」
「え、もちろん」「お願いします」
よし。僕は少女に声を掛けた。
「カリンさん一緒に組みませんか?」
「貴公とか?」
「ええ、お願いします」
「いいだろう。承知した」
あと、一人。さて。
「アリシス姫。どうでしょうご一緒に」
「!?な、なによ!え?え??」
余ってるうちで優秀なほうだと、やはりこの娘か。
性格は難があるけど、まぁそこそこ優秀だ。
チームを組めば多少は関係を改善できるかもしれないし、僕も楽を出来るし、まさに一石二鳥だな。
「わ、わたしは!別に、あんたなんかと、」
何か勢い込んで言っているが良くわからんな。
要はお断りよ!ってことだな。うん。
「そうですか、残念です」
じゃ、別の奴選ぶかな。
えーと。
「待ちなさい!条件があるわ!」
「え、そういうことなら無理には」
なにをふっかけようとしてるんだ、こいつ?
「私がチームリーダーをする条件なら入ってあげるわ!」
いや、あのね。
うん。まぁ、それぐらい別に良いんだけど。
僕は困った顔で周囲を見渡した。
「僕らは構いません」
「私は個人的にはリーダーはユノウスが適任だと思うが誘われた身だ。他の者の意見に従う」
まぁ、良いか。彼らが納得するなら。
僕は頷いた。
「良いでしょう、では、貴方がリーダーだ。アリシス姫」
「え・・・?ふ、ふふん。当然よ。おまえたちは私に付いてくればいいの!そうすれば最高の結果を残せるに違いないわ」
なんだこの自信は。
今までの授業を見た感じでは、この面子の中で唯一まともなのは古流武闘術の大家の娘であるカリンぐらいだ。
この少女だけが僕ですら感心する近接戦闘能力を有している。
後は50歩100歩で大差がない。
「では、チームリーダーはアリシス姫と言うことで僕は作戦参謀を担当させて貰います」
そうしれっと僕は宣言した。
「なっ」
何か言いたそうなアリシスを制す意味も込めて僕は手を差し出した。
「では、よろしくお願いしますね、みなさん」
◇◇◇◇◇
ダンジョン。
王立学院に置かれたそれは深さにして実に100階まである。
規模から見ると中規模なダンジョンと言えた。
規模は小さいほど管理がしやすく安全だがリスキーでも中規模なダンジョンを使うのは一定量の魔獣を安定供給できるからに他ならない。
しかし、ここは幾つかの細工がしてあるものの他は通常のダンジョンと全く変わらないのだ。危険な部分も多々ある。
ダンジョンは時間が経つとどんどんと凶悪化していく。
コントロールが出来なくなるとダンジョンは破棄され別の新しいダンジョンを作ることになる。
破棄の際には自壊魔法で仕込まれた中央の御柱が壊れることでダンジョン全体が連鎖的に崩壊し、中のモンスターを生き埋めにする構造になっている。
100層に生息しているだろうダンジョンボスもさすがに生き埋めになれば、そのうち滅びると言う仕組みだ。
今のダンジョンはすでに設置から10年が経っている。
実習で使える手頃な使える階層も減ってきており、そろそろ作り替えの時期だろう。
今は初等部で1~20階。中等部で10~30階。高等部で20~40階を使用している。
職員を含めて潜れる管理領域は75階までで、その下は現在では未把握域となっている。
定期的に75階までの掃除を行っているがもうそろそろ潰す時期だろう。
ダンジョンを管理する重要なダンジョンキーパーは職員の他に攻略成績の優秀な学生も一部任命を受けている。
任命を受けるのは高等部からで大学部までの中の優秀者88人で構成される生徒議会の星座付き役員だ。
彼らの役割の中にはダンジョンの監視の他に先生と協力し、初等部や中等部の授業のお目付け役をすることも含まれる。
◇◇◇◇◇
「今日はよろしくお願いしますね。エストくん」
先生の言葉に私は大きく頷いた。
「はい。よろしくお願いします」
私、エストが先輩から引き継いでキャンサー位に命名を受けたのはもう半年前になる。
私が所属する貴族茶会エンプティングの保有する十二星座位はキャンサーにリブラ。
88星座位だと更に5人。学院内の派閥規模としては中程度だろう。
上級生ともなると貴族間の派閥争いもいっそう加熱するものだ。
結局貴族も王族もどこにいようが徒勢を組んで力を誇示したいのが性なのだろう。
優秀な子供が居れば今のうちに勧誘しておけとエンプティングのリーダーにして黄道十二星座リブラ位にして副議長役にあるメルフィナから頼まれている。
高等生1年の彼女は名誉ある役職とは言え、多忙でこっちに参加することは滅多にない。
今日は初等部一年生にとっては初めてのダンジョン実習らしい。
1チームは5人で8チームの計40人。
引率には先生もしくは星座付きの上級生が付く。
「しかし、優秀な貴族ねぇ」
相手はたったの9歳の子供。
優秀かどうか育っていくのはこれからだろう。
現状で青田買いをするメリットも特にない。
「まぁ、メルフィナ先輩は大の子供好きだから」
そういえば、可愛い子を頼むわよと言われていた。
ショタかな?
まぁ、良い。それはあくまでもののついでだ。
私は私の役割をきっちりと果たすのが使命だ。
それが最優先事項である。
◇◇◇◇◇
私は上機嫌だった。
ダンジョン実習では私がチームリーダーなのだ。
生意気なくそ男も一緒だが、こいつは地味な作戦参謀だし、このチームで結果を残せば、つまり、その成果は私のものと言っても良い。
少なくとも周りの評価はそうなる。
寄せ集めとは言え、面子だけは悪くない。
そこそこの成果はきたいできるはずだ。
「引率のエストです。みなさんよろしく」
引率者の挨拶に私は頷いた。
どうやら私たちには先生では無く上級生が付くらしい。
「黄道位の先輩ですか。こちらこそよろしくお願いします」
さらと、そう言って歓迎の位を示す。
黄道位!?
つまり、この女性の先輩はこの学院の最エリートの一人ということだ。
私もいずれは黄道十二階位になれればと密かに思っている。
それには黄道位を持つ者から世襲を受けるのが一番だ。
「わ、私はこのチームリーダーのアリシスです、よろしくお願いします」
「ええ、聞いています。王位継承者に同行できるとは大変な名誉な事です。アリシス姫」
「そ、そうよね。当然よね。そう思うでしょ、みなさん?」
「そ、そうですよね!」
「うん、まぁ」
「仕えるべき主の血族、そう思うのが普通か」
とメンバーが口々に賛同する。
そうよ、私は王家の血筋。偉いのよ!
一人興味なさそうに周囲を見渡していたあの男がつぶやいた。
「話もないですし、さっそく進みますか」
◇◇◇◇◇
「それでは後衛を僕とシエラ。中衛をアリシス。前衛をカリンとシェイドで行きましょう」
ユノウスと名乗った少年がそういって役割分担を決めた。
「なんであんたの命令を受けなきゃいけないのよ!?」
「僕がコマンダーだよ。リーダー。良いかい。攻撃魔法を得意とする君が中衛をし、回復魔法を得意とするシエラが前衛の体力維持。シェイドが壁役をしてカリンがダメージディーラーをする。そして僕が後衛から補助魔法で全体の押し上げ。これが妥当な布陣だ」
「そんなの分からないわよ!もっと良い方法だってあるかもしれないじゃない」
アリシスのその言葉にユノウスは頷いた。
「戦闘の役割だからね。バリエーションはあるだろう。でも今日のところはそれで良いじゃないか。君のポジションはフリー、攻撃の華形だよ。僕はせいぜい地味に君たちを支える。コマンダーは地味だし、全体に常に気を配らないといけないんだ。面倒で損な役割だけど、君はしたいのかい?」
「う・・・。じゃあ、そうじゃそれで良いわ」
しかし、ユノウスのその布陣に異を唱えた者がいる。
カリンだ。
「ユノウス。私はダメージより敵を引きつけて牽制する役の方が得意だ」
「カリン、シェイドは壁役が向いている。悪いが君の能力より全体のバランスを考えた」
なるほど。
とカリンがすぐに引き下がる。
「なぁ、俺って壁役向いているか?」
「前衛の重要な仕事だ。君は向いていると思うよ」
「そっか。じゃ良いかな」
「私は回復役ですか?」
「君はヒールが使えたろ?」
「はい」
どうやら纏まったようだ。
ユノウスはなかなかのリーダーっぷりだな。
アリシスがリーダーを名乗っていたが実際のリーダーは彼だな。
「居たぞ。モンスターだ」
ユノウスの言葉で全員が緊張した面もちで前を見る。
LV2 ゼリーボール。
魔素が固まって生まれた魔法生物だな。
低層に良くいる魔獣だ。
それが3体。ちょっと多いか?
まずは子供たちの戦闘の様子を見るか。
戦闘が始まる。
その様子に私は目を細めた。
なるほど、的確だな。
まず前衛。
ここは残念ながら力の差がはっきりしている。
優秀な戦士であるカリンはこの相手に明らかに力を持て余している。
あの俊敏性なら確かに牽制をしながら、敵を引きつける役ははまり役だろうが、この面子では攻撃に徹した方が無駄がない。
対してシェイドの方はどこか鈍くさい。
これといった才能も無いが素直でまっすぐだ。現状、壁役が適任というのも頷ける。
両者には才能の差は感じる。
彼を今後に向けて愚直な壁役として育てるのはかなり合理的だろうし、本人もその方が延びるはずだ。
中衛の攻撃的魔法職であるアリシスはそこそこの魔法攻撃力がある。
ある程度状況を見る力もあるようだし、矜持も高い。
連携を考えて積極的にするタイプでは無さそうだし、好き放題にさせた方が伸び伸びと活躍するだろう。
それをフォローする役のうちシエラはシェイドと同じようにやはりそこまで才能に恵まれたタイプでは無さそうだ。
ほぼ唯一のヒールで繋ぐの手一杯だがそれに専念させるのが一番活躍できるだろう。
そして、全員のフォローをする役のユノウスは完璧だ。
それぞれに的確に必要な補助を配し、このパーティと呼ぶにはまだまだなチームを見事にコントロールしている。
しかし、このユノウスくんは発想がずいぶんと大人だな。
合理的すぎるかもしれない。
瞬時に刻まれたゼリーボール、3体を見て感心する。
このチームはすぐに強くなる。
◇◇◇◇◇
ダンジョン実習は丸1日かけて行われる。
私たちのチームは1時間で階段のあるフロアに着いた。
これまでに倒した魔獣の数は30体。上々の成果だ。
この実習にはブックと呼ばれる物が配られている。
冒険者の持つ冒険の書の簡易版で倒したモンスターの数をパーティー単位で記すことができるアイテム。
戦果の書と呼ばれているものだ。
これに記されたチームの成績が実習の成績に影響を及ぼすのだ。
さて、ここまでの戦闘で私たちのLvも上がっていた。
私のレベルは1から2つ上がって3になった。
いままで戦闘の経験が無かったのでまだこんなものだ。
おそらく他の仲間もLVが上がっているはずだ。
「さぁ、下に降りましょう」
「そうだね。賛成だ」
私たちは下の魔獣にも特に苦もなく戦闘を進めた。
今度は30分もしないで階段を発見した。
調子が良い上に運も味方している。
「降りましょう」
私の言葉にしかし、ユノウスがノーと言った。
「いや。今日はここまでにすべきだ。アリシスリーダー」
むぅ、どういうつもりだ。
「なによ。ユノウス、どうして反論するの?リーダーの言うことなのよ?」
「理由は2つ。ひとつ、階層を降りる毎に魔素が強くなる。僕が見たところ、次の層ではこのメンバーでは負けないにしても苦戦するだろう。もうひとつの理由は降りるメリットがないことだ。今日はまだ初日だし、この層まで降りて来ているチームは今のところ無いようだ。つまり、この階のモンスターはほぼ独占している。この状況ならこの階を進めていく方が敵を倒しやすく、戦果も多くなる」
私は考えた。言うことは理解できた。
パーティの戦果が成績に影響するのだ。
敵のLVがそのままポイント加算される形式なのだ。
つまり、LV5の敵を一体倒すのに10分かかるようなら、LV3を10分間でニ体倒した方が点数が高いのである。
確かにこいつの言うことにも一理ある。
でも。
「リーダーは私よ」
「そうだね。決断は君に任せる」
む。認めたくない。こいつの案を採用したくない。
しかし。
「いいわ。この階層で魔獣を倒しましょう」
冷静に考えれば、ここに残るのが正しいだろう。
多少の無茶が利かないメンバーもいるようだし。
私の決定にシェイドとシエラがほっとしているのが見えた。
更に30分がたった頃にユノウスが布陣の変更を言い出した。
「ここからは前衛を三人にする。カリンが牽制、シェイドとシエラは2人で攻撃手。中衛は変わらずにアリシス。後衛は僕一人だ」
「何でよ。今のままで十分でしょ?」
「後衛や壁役は経験値が入らないんだよ。シエラやシェイドを育てる為にも必要な処置だ。シェイドとシエラが攻撃に回るなら、カリンを牽制に回せる」
そうなのか?
直接攻撃を与えないと経験値量の分配もされないらしい。
たしかに今のままではカリンと私が経験値を独占しているようなものだ。
だけど。
「回復役が居なくなるわ」
私の指摘に彼は肩を竦めた。
「壁役と違ってスピードやセンスで引きつける牽制手はダメージを蓄積しない。回復が忙しくはならないよ。それなら僕一人で十分フォロー可能だ」
そういうことでパーティ全体の強化に繋がるなら仕方ないか。
「分かったわよ」
ムカつくなぁ
こいつはいちいち正しい。
だから、余計にムカつくのだ。
布陣を変えると攻略スピードは少し落ちた。
ただ、しばらくすると攻撃手が多い分だけこの布陣の方が早く敵を倒せるようになってきた。
よしよし、戦果は上々だ。
◇◇◇◇◇
「中々だな」
私は感心して、このお子さまチームを見ていた。
彼らが3階に降りようか相談している時には止めようと思った。
しかし、彼らは自分たちの判断でそれをやめた。
子供特有の無謀さも無い。
思ったより良いチームだ。
それにしてもユノウス・ルベット。
彼の動きは突出して良い。
布陣はほぼ完璧で2種類の布陣をうまく使い分けて効率良くチームを導いている。正直、私が色々アドバイスしたところでここまでうまく運用出来なかっただろう。
コマンダーとしての役割を的確に完璧にこなしている。
更に誰に言われる訳でも無くマッピングをしている。
もちろん、各フロアのマップは存在するがそれらは指導役以外には非公開だし、上級生が下級生に譲渡することも禁止している。
それは下手に急いで下の階に進まないようにする為の処置である。
しかし、この布陣には唯一、一つだけ欠点がある。
私はそれとなく彼に聞いてみた。
「ユノウスくん」
「何ですか?エスト先輩」
「この布陣だと君は常に攻撃に参加しない。君は経験値をまったく得られないだろう?」
「問題ありませんよ。僕はこの程度の経験値は不要です」
不要か。
つまり彼はすでに彼らから見れば相当に高いレベルに達しているのだろう。
この冷静さ、すでにかなり戦闘を経験していると見て良いか。
そのときだった。
ダンジョンの通路の角を抜けて、魔獣が顔を出した。
その数、6体。
LV5 バッドマウス
多い。
多いがそれ以上にその中央にいるモンスターが厄介だった。
LV25 バッドマウス・リーダー
拙い。イレギュラーモンスターだ。
時々、自分の階層から気まぐれで上の階層に上がってくる魔獣がいる。
そういう魔獣に速やかに対処する為にエストたちや先生と言った護衛役が付いているのだ。
敵は10層近くの魔獣だ。
私は瞬時に魔法を構えて。
―― 力場
単発魔法式。攻撃性の魔法を唱えたのはユノウスだった。
素晴らしい反射速度と魔法式だ。が無理だ。
単発式では到底倒せる相手では無い。
彼の放った力場の弾丸がイレギュラーモンスターの魔核を一撃で打ち抜いた。
フォース・ショット。
消滅する魔獣の姿を見て、私は衝撃を覚えた。
あり得ないことがここでは二つ。
一つ、単発魔法式でこれほどの威力を発するということ。
二つ、魔核をあの一瞬で完全に見切ったということ。
どういうことだ。
「な!なんで倒したのよ!?あんた後衛でしょ!?」
ユノウスが一撃でしとめたのを目の当たりにしてアイシスが文句を言う。
ナチュラルな高魔力タイプの彼女にはあの敵がちょっと強力だと言うことがつまり分かったのだろう。
一瞬だけ、緊張で身を堅くしたのが見えた。
「まぁ、そういうこともある。ねぇ、エスト先輩」
「え、ああ、そうだな」
「何よ!?それ!??」
ユノウスは笑うと前を示した。
「それより、ほら、残りのモンスターを任せた」
残り5体。
多少厳しいが今のこのチームには問題が無いはずだ。
「むー!」
不服そうな顔の彼女も自分のポジションに戻っていた。
さて。
私はこっそりとサーチの魔法を唱えた。
ユノウスくんに向けて。
私の予想では彼のレベルはLV50オーヴァー。
私に匹敵するか、それ以上の・・・。
「どうしました。エスト先輩?モンスターはあっちですよ?」
「・・・。貴方は」
ハジャの光に私のサーチ魔法式をかき消したのを見て愕然とした。
これは魔式斬りか。
この子供は一体!?
私は目を細めた。
なるほど、どうやら本当に掘り出し物を見つけたようだ