王立学院
※7月12日改訂
あれから一年が立った。
僕は9歳になっていた。
同じく9歳になったユフィが僕の前でくるくると回る。
「にいさま、どうです?どうです?」
「なにが?」
素知らぬ顔でそう言った僕に不満げなユフィが呟いた。
「ぶぅ。ユフィ、可愛いです?」
どうやら、制服を見せに来たらしい。
「ん、普通」
「ぶぅぅ」
僕の言葉に拗ねた顔でユフィが唸る。
どうやら可愛いと言って欲しいらしい。
王立学院、初等部の制服姿のユフィ。
「にいさまと一緒に学校通えてうれしいです!」
「あー、僕はあんまり」
「ぶぅうう」
ユフィは子豚さんかな?
しかし、まぁ、つまり、そうなのだ。
僕も王立学院の初等部に通うことになったのだ。
何故だか。
◇◇◇◇◇
「ユフィが学校に通いたくないってぐずるんですよ。にいさまと一緒が良いって」
それで、何故、僕にその話を振るのだろう。
メーリンの要領を得ない話に僕は相槌を打つ訳でも無くただ聞いていた。
「僕は特に王立学院に通うつもりは無いですよ」
余り興味がないのも事実だ。
今のところ、貴族に媚び売ってもしょうがないし。
「貴方が頼めば、ルーフェスは認めると思うの」
何故?
僕の疑問は顔に出てたらしくすぐにメーリンは付け加えた。
「だって、貴方にはユフィの件で借りがあるでしょ?」
借りかぁ。
それって、どの程度、有効なカードなんだろう?
「それにしたって王立学院に通わせるのは嫌がるでしょう」
「私はいい加減、ユノくんの事を彼に認めさせたいのよ」
なるほど、そういう魂胆か。
何かしら、ぎゃふんと言わせたいと。
私情だなぁ。僕はそれに関しては気にしていない。
「ちょっと稚拙だと思いますよ。やり方としては」
「あら、ユノくん凄い言葉を使うのね。でもユノくんは悔しくないの?」
別に。
張り合っても仕方ないし。
ただ、公爵家か。
のちのちを考えると仲良くしておいて悪い事はない。
さて。
「僕にルーフェス公の首を縦に振らせる秘策があります」
「できるの?」
「ええ、ただし、条件があります。これからは僕が好きな時に屋敷の外出するのを許可してください。それとこれはひとつ貸しです。良いですね?」
「ええ、良いですよ」
公爵婦人は二つ返事だった。
「では、これで」
僕が席を外すとメーリンが呟いた。
「もう、ちょっと前は凄く可愛かったのに」
はは、それは申し訳ない。
◇◇◇◇◇
その夜。僕は公爵のもとを訪ねた。
「おじゃまします」
この時間に本邸に入るのも公爵の部屋に入るのも初めてだ。
緊張はないけど違和感はあるな。
「ユノウスか」
公爵が意外そうな顔で僕を見ている。
「何か用か?」
「王立学院に通わせてください」
「それはならん」
「ええ、僕がハーフエルフだからですね」
そう言って僕は自分の耳を指さした。
そして、漸くルーフェスはあることに気づいたようだ。
「お前、その耳」
「驚きました?外見的を変化させる魔法です」
スペリオルの汎用型魔法。
擬態魔法・フォーム。
その常駐式で僕の見た目をまったくの人間に変えたのだ。
完全な肉体変化なのでばれる心配はない。
「僕の事はユフィの双子の兄で良いじゃないですか。心配しなくても公式の場に出るときはハーフエルフである事は今後も隠します」
これは取引だ。
人、一人を隠しきると言うのも相当に難しいことだ。
僕が人間で無くハーフエルフだと言うことは、このままではいずればれるだろう。
僕がこれからは公爵家の人間として表に出るという制約を呑むかわりに便宜を図れと言うわけだ。
「それは」
「僕の存在をいつまでも隠せるものでも無いでしょ。僕もハーフエルフとして振る舞うのはいろいろ面倒ですし、よろしければ隠すつもりです。どうです?バレたり、バラされたりするよりこっちの方が賢いと思いません?」
つまり、場合によってはこっちからバラすぞ、と。
さらっとした僕の軽い脅しに公爵は眉を一瞬動かした。
「本当に変化しているのか?」
「さわって見ますか?」
ルーフェスがおそるおそる、耳に触れる。
「これは」
「人間の耳でしょ?」
その結果に満足したのだろう。
彼は大きく頷いた。
「ふむ、良いだろう。お前が通いたいのなら好きにしろ」
「ありがとうございます」
おお、意外とすんなりと行ったな。
「しかし、お前も公爵家でいるつもりなら、あまり父を脅すような真似は控えなさい」
「肝に免じておきます」
ちっ、やっぱり食えない野郎だな。
まったく。
◇◇◇◇◇
「ということで、王立学院に通うことになりました」
森の修練場。
そこで僕は師匠であるエレスとミリアにそう報告した。
僕はこの一年間、エルフの里に頻繁にエレスとミリアの訓練を受けに来ていた。
「そうか、まぁ、いまのお前に適う奴なんてそうはいないさ」
「あのー、別に喧嘩しに行くわけでは」
「ユノ。ユノが学校に通うならママも学校に通うわ」
「通えません」
ユフィのべったりは大分落ち着いて来たがミリアのべったりは直らない。
母がいつまでも美少女なので本当に困ります。
「これから、どうするつもりだ?」
「学院に通いながら、楽しく生きていけるように色々動いて見ようと思います」
生きるための地盤固めだ。
「そうか。応援しているよ」
「ゆのー、ゆのー、ママも応援するーからねー」
「ありがとう」
僕は二人の応援に感謝を述べて頭を下げた。
◇◇◇◇◇
王立学院アカデミア。
大国テスタンティスでもっとも伝統ある学院である。
今、そこに所属する教師たちは一つの問題に頭を悩ませていた。
学院は各部3年生で初等部、中等部、高等部に分かれている。
9歳で入学し、18歳で卒業するのだ。
その学部ごとに入学時試験・中間試験、学年末試験があり、この試験の首席となった者は学院で発表される事になっている。
それに異変が起きたのだ。
この学院には階級加点なるものが公然と存在している。
そのため有力貴族の子供には相当な点数の上積みがされるのだ。
公正かつ公平で居たい教師としては頭が悩ましいが、フェアじゃなくてもそれがまかり通る世の中なのだ。
仕方がない。
そう言うものなのだ。
皆もそれが分かっているから特に首席がどうとか気にする者は少ない。
本当に一部を除いて。
今回、初等部には王族の娘、つまり姫が入学することに決まっていた。
第十二継承権。
まず、女王になる者ではないがそれでも王立学院に入る王家の者だ。
王家への加点は凄まじい。そして少女の成績は平均的でそう悪くはない。
本来であれば、文句無しに首席に決まっていたであろう。
しかし。
「全教科満点だと?」
「それどころか。魔法技能試験でも体力技能試験でも減点無しです」
「つまり、オールパーフェクトか」
二位以下を大きく突き放したとんでもない成績の貴族の子供が入学してきたのだ。
しかも、公爵家次男というおまけ付きだ。
加点は王家や大公家に次ぐ高さ。文句無しの歴代最高得点だ。
「これほどの優秀者を二位には置けない」
学長の言葉に周囲は色めきだった。
「彼を首席ですか?しかし」
彼らの懸念は分かっていた。学長は深いため息を吐いた。
「王家を落とせないか」
悩ましい。本当に。
王家にとっては首席を逃せばその身に泥を塗られたようなものだ。
そんな事は誰にも出来ない。
しかし、これほどの成績を残した人間を二位に置いて、何が学院だ、何が学びやだ。
ここは不条理を学ぶ場所か?
彼は決断した。
「首席は二人だ」
妥協点。
「な、なるほど、分かりました」
こうして、ユノウス・ルベットとアリシス・E・テスタンティスは肩を並べて首席入校を果たすこととなったのだった。