森人と魔人
※7月12日改訂
僕らが奥地に辿りついた時には昼を過ぎていた。
「ここが神森」
ここに来てから何度目かの感嘆の声が漏れた。
「すごい場所だな」
「そうだね。初めて見たよ」
水晶でできた木々が見える。
その景色は幻想的でどこまでも美しい。
現実感が乏しいなぁ。
僕は木々を見て頷く。
「間違いなく魔素の結晶体だろうね。ふむ、2、3本ぐらいお土産で持って帰ろうかな?」
「神木をき、切っちゃ駄目だよ!そんなことしちゃ駄目ぇえ!!!」
「え、駄目なの?」
制約多いなぁ。
まぁ、良いけど。
切っちゃ駄目ならそこら辺の枝を貰っていこうかな。
「サーチ。コール。アンサモン」
水晶の枝を召還魔法の逆魔法で収納していく。
「ねぇ、何してるの??」
「え?珍しい素材の収集だけど」
ミーナが手を振った。
どうやら止めさせたいらしい。止めないけど。
「と、とにかくここの奥に森神の祠があってそこに居る森人にあって!其処に行かないと!!」
「その必要は無い」
誰かの声が聞こえて来た。
ここにいる人物と言うと、つまり。
「森人か」
「驚いたな。君がミリアの息子の、確かユノウス」
僕は男を正面に見つめていた。
身長は180センチメートルくらい。そこそこの長身に魔法使いにしては随分と修練を積んだ戦士の体つき。
そして、エルフ。顔はイケメンかな。細目がちだけど。
「ええ、そうです」
「見事、試練を突破したな。お前たちの望みは何だ?」
お前たち?
「僕の望みはミリアの罪を無しにすることですが。この娘は」
「私のお母さんの罪を赦してください!森人さま!!」
「それは、・・・ならない」
ほぅ、どういうことだ?
「理由を聞かせてくれますか?」
「理由はふたつ。君たちは二人でこの森を抜けた。故に君たちの他に罪が消える人間は一人」
つまり、選ぶならミーナか僕か、どちらかと言うことか。
やれやれ面倒だな。
ミーナの事情はなんだろう。
大変な物であれば、場合によっては僕は譲渡しても良い。
ミリアの罪もそう大したものではないし。
「なるほど、で、理由は一つですか?」
「いや。もうひとつある。そこの娘の母親は皇樹の新芽を摘んだ罪で牢に入れられている。その罪をこの試練で償うことはできない」
「なに?」
何だ?皇樹の新芽?
なんだそれは?
「わ、わたしは」
必死そうなミーナが何かを言い掛けてそれを森人が制した。
「ミーナよ。お前を救う為とは言え皇樹は新たな森の中心核となる重要なもの、森の守り手たるエルフが森を一つ滅ぼしたに等しい罪を犯したのだ。この森の奥に来ただけではその罪は赦されない」
「そ、そんな」
このままではミーナの願いは達成されない、と。
ミーナの愕然とした様子を僕は眺めていた。
「お前の母はいずれそう遠くない内に森と一つになる。それで罪は償われる」
「森と一つに?どういうことだ?」
僕の疑問に森人は淡々と答えた。
「死ぬということだ。この罪を受けた者には食事も水も与えられない」
餓死かよ。
随分と悲惨なやり方だな。
日に日に窶れていく母を見ていたのか。
それではミーナがあのように切羽詰まっても当然だな。
やれやれ、事情を話してくれれば、もう少し別の対応をしたものを。
「で、ミーナ。君の母親はまだ生きてるのか」
僕の確認にミーナは弱々しく頷いた。
「うん」
「生きているよ。だがそう長くは持つまい」
少し、むっとする。
人の生き死に関わることだぞ。
エルフはこういう事に無頓着なのかな。
僕は口調を変えて言った。
「おい、森人。あんた、こう言ったな。「その罪をこの試練では償えない」と言うからには何か他の手段があるのか?」
僕の言葉に森人は目を細めた。
「そうだ。方法はある」
「聞こうか」
さて、どんな事をさせられるやら。興味深いねぇ。
この時点で僕の腹は決まっていた。
「森の意志であるこの私に力を示し、認められることだ。それで罪は赦される」
「何だ。簡単じゃないか」
僕はにやりと笑って杖を構えた。
「じゃあ、やろうぜ。その試練」
その言葉に森人は戸惑った様子を見せた。
まさか、神に使える最強クラスの魔法使いである森人に二つ返事で挑んでくるとは思わなかったようだ。
「ミリアの息子よ。稚気はいかんぞ?」
「王獣を倒したのはこの僕だぞ?そっちこそ、あまり舐めるなよ?」
「王獣を?」
森人が眉を歪めた。
「確かに気配を一つ感じなくなったが。まさか、お前が・・・」
一応条件を確認しておくか。
「力を示すというのはなんだい?もし、あんたが死んだらどうなる?」
「それでもこの試練は有効だ。だが一つだけ忠告しておく。万が一に君が勝とうと赦される罪は一人だけだ。君か」
その娘か。と森人がミーナを指さす。
「そ、そんな」
困り果てた様子のミーナに僕は笑って言った。
「いいよ。あんたを倒してミーナの罪を赦して貰おう」
「何?良いのか?」
「こちとら、ハーフエルフでね。人間だし、エルフなんだよ。魔獣みたいなのは本当にどうでも良いけど、人やエルフが死ぬのは正直勘弁だわ」
誰かが悲しむのもほんと勘弁。
「随分と博愛主義だな」
「ただのわがままだよ。そして、差別家だよ」
そう、ただのエゴイストだ。
世界で全ての者が平等じゃないんだよ。
僕は僕の知る範囲で、僕の望むように好きにやっていきたいだけなのさ。
そして、選択ができない奴に決断はできないだろ。
「やろうぜ、森人。いい加減あんたらのあれだこれだの制約に飽き飽きしてるんだ」
「おもしろい」
森人が手を僕にのばした。
「すぐに実力の違いを教えてやろう」
「それはこっちの台詞だ」
◇◇◇◇◇
まず動いたのは森人だ。
僕の目が森人の発動する魔法式を捉える。
この魔法は。
―― 月三重力場
―― 五重力場
力場が拮抗し、空間が弾ける。
夜の月の女神ルナリースの魔法増幅魔法!?
僕も文献でしか見たことは無かったがルナの特徴は確か。
「生命力を魔法に変換する魔法」
「ほう、知っていたのか?」
森人は目を細めるとすぐに別の呪を口にする。
―― 月三重爆発
「ちっ」
―― 五重爆発
今度は爆発のエネルギーが合い打つ。
魔法の力はやはり拮抗しているな!
お互い、まだ小手調べとは言え、ルナの魔法式はやっかいだ。
ヒールを掛ければ、精神力の何倍もの生命力を急速に回復できる。
つまり、一時ダメージを負うと言うリスクに目をつぶれば、ルナは非常に効率の良い補助魔法なのだ。
その効力はつまり、持久戦に向く。
「ふふ、焦っているな」
自分の優位を感じたのか森人が笑う。
なるほど、確かに実力が拮抗しているなら、ルナの差分だけ向こうが有利だろう。
本当に拮抗しているならね。
「なかなかやるじゃん」
僕はポケットから玉を取り出す。
さて、ステージを一段あげるよ。
「五重展開式。グラン・クインテプル(ウォータ・ブレイク・フォース・ボルト・ファイア)!!」
――― 三重加速砲!!!
ワンアクションに省略発動した爆破・電磁・力場加速砲の一撃が森人に迫る。
「なっ!?」
――― 月四重爆発
収束する爆発。
その変化に僕は目を細めた。
爆発を収束させ、超熱量を以てして弾丸の威力を焼き殺したか。
確かに、あの加速でも玉が完全にプラズマ化してしまえば、容易に防げるだろうけど、ねぇ。
とっさに良い判断だな!おい!!
しかし、僕はその隙に一気に森人の元へと駆け上がる。
―― 召還!!
何も握っていなかった右手に剣を召還する。
こっちが剣まで使うとは予想していなかったのだろう。
森人が目を見開いた。
「ちっ、」
――― 月四重力場
――― ハジャ
光を放つ僕の剣が森人の魔法を切り裂く。
「お前!ハジャを!?」
「もらったぁああ!!!」
僕の返すハジャの一撃が森人の腕に叩き込まれる。これで。
え?
―――― 超獣
くっ。
―― 力場
なんだ。その魔法式は?
まるで彼自身の存在が書き換えられたような?
僕はとっさに空中に放った力場を蹴って、大きく距離を置いた。
危険な魔法だ。
「ほう、見えたのか。私の魔法が。それにグラン・スペルか」
「驚いたな。あんた何者だ?」
僕は少々皮肉ってそう言った。
目の前の存在はもはや、エルフでも人間でも無い。
「それは君に問おうか」
僕の正体にも感づき始めてる?
たった一撃でそれを察するとはさすが森人だな。
「僕の事は知ってるよね」
「ふふ、とぼけおって。それにしても我が奥義たる超獣魔法を出させるとはな!」
「それ凄いね。じゃ、僕もそろそろ本気でやろうかな!」
「ほざけ!!」
森人が大地を蹴る。凄まじい速度だ。師匠より早いな。
僕はぶっつけ本番の魔法式を構築する。
――― 魔月五重式輝力(グラン・ルナ・フォース・オーラ・クインテプル)
「何!?」
超加速。
人外の加速を得た僕の一撃を森人が受ける。
ちょっと手間取ったがルナの魔法式は解析が済んだ。
悪いが使わせて貰おう。
さて、このスペリオルだが。
「見たところ肉体そのものに魔素を吸収させ、魔獣化する魔法か。それにしても信じがたい強化だね」
「魔獣ではなく超獣だ!格が違う!!」
言うなれば強制的な一時レベルアップ魔法か。
僕の力場操作にほぼ互角。
こっちは適材適所で力場を操作してるのに全体強化でほぼ互角とは凄まじい。
こりゃレベルアップ値は500オーヴァーだろう。
とんでもないドーピング魔法だ。
しかし。
――― 斬鉄
僕の剣が魔力を帯びる。
その一撃を無造作に止めた森人の腕がちぎれ飛んだ。
「な」
分子間結合に作用するイメージで放たれたアンロックの刃がスペリオルの防御を無効化したのだ。
魔法の制御は知力によるもの。僕、知力は自信があるんだよねぇ。
グラン、ルナ、フォース、クインテプル。それだけの魔法制御を処理してもさらに並列で魔法を幾つか制御する余地が僕にはある。
見たところこの森人はスペリオルの制御で魔法制御域が手一杯だ。
差が出たねぇ!残念!!
ニ撃目。僕の剣が森人の逆手を飛ばす。
「ぐっ!」
三撃目は首筋。その一撃を僕は寸前で止めた。
「これでもまだ文句があるかい?」
「お見事」
◇◇◇◇◇
「す、凄い。勝っちゃった」
私は余りのことに酷く混乱していた。
森人はこの森、最強の戦士のはずである。
その強さは頭一つどころか。3つ4つ抜けている。
それをあの子供は倒した。
それがどれほどのことか。私には想像も付かない。
本当に凄い。
信じられない。
すると戦いを終えた二人がこっちに歩いてきた。
「ミーナ、悪いが手を取ってくれ」
森人がそんな要求をしてきた。
千切れた森人の手を集め、私はおそるおそる差し出した。
「ど、どうするのですか?」
「くっつける」
私の目の前で森人が手をつなげた。
え?嘘??
「へー、スペリオルってそんな使い方も出来るんだ。超再生効果付き?すげぇ魔法だなぁ」
「ふふ、森人の奥義だからな。もっともすぐ君にも出来るようになる」
な、何が起こっているの??
全く理解できない私とそんな会話で物事を進めてしまう二人。
「え?どういう意味?」
「おめでとう。私を倒したお前に森神が祝福を授けるそうだ」
「え?はぁ???」
森人の言葉にユノが困惑している。
つまり、ユノ君が森人に??
「何を驚いている?この最終試練を突破したものには森神ガーフィの祝福が与えられ、それに伴って一つ如何なる罪であろうと赦されるのだ」
「え?はぁ・・・。言っておくけど、僕は森人のお仕事なんてする気はないよ?」
「構わんよ。今は私がいる」
「待て、もし、僕が君を倒していたらどうなった?」
「そのときは森人としての仕事を引き継いで貰うしかなかったなぁ」
「なんだよ、それ」
ユノ君がその言葉に愕然とする。
「す、凄いユノくん!森人さまになったの??」
私は思わずそう言ってユノくんに駆け寄った。
「え?別に祝福を受けただけだろ」
「でも凄い!」
本当に凄い!どうしてこんな事が出来るんだろう。
私は彼を純粋に尊敬していた。
それがエルフにとってどういう意味かは知らなかったけど。
感動し、憧憬を抱いた。
「ミーナ」
「な、なに?」
「森の神ガーフィの祝福を受けた者として君の母の罪を赦そう」
その言葉に。
言い様の感情が湧きだしてきた。
ああ、どうしよう。
私はその言葉に思わず涙してしまった。
「あ、ありがとう」
お母さんが帰ってくる。
また二人で暮らせるんだ。
よかった。本当に良かった。
◇◇◇◇◇
「なんだよ。泣くなよ」
そんなつもりで言ったんじゃないのになぁ。
泣き出したミーナを前に僕は途方に暮れていた。
「ふっ、おもしろい子供たちだ」
何がだよ。
こいつ絶対性格悪いだろ!?
しかし、まさかこんなに簡単に新しい祝福を得るとは。
「なぁ、森人とかってこんなに簡単になれるものなのか?」
「エルフの血が流れている者にしかなれん。お前は偶然に資格を持っていただけだ」
「なるほどねぇ」
いちおうエルフの血を継いでるしな。うん。
「どうやら別の祝福も持っているようだが、まぁ、気にするな。神が祝福を与えるのはある意味においてただの気まぐれであり、あるいは切実な事情故だ」
「どう言うことだよ」
気まぐれは良いとして切実な事情?
「神の試練には様々なものがある。その中には神自身が危機に瀕し助けを求めることもある。そう言ったことに関わっていけば、否応無しに祝福を複数持つ者も出てくる。特にフリーランスの凄腕戦士というのは引っ張りだこだぞ」
はぁ?よく分からない神様事情だな。
貰えるなら貰っておくけど。
こう、ぽんぽんとくっついてくると逆に怖い。
しっぺ返しがあるかもしれない。
「神には怨敵がいる。お前もいずれそれを狩る者として神の試練を受けるかもな」
「神の敵?」
「神を喰らい滅するもの。竜だ」