王獣とエルフの試練 ※
※7月12日改訂
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
私は森の暗闇で一人、嘆いた。
「おかあさん」
呼んだところで私のお母さんは帰って来ない。
どうして。
どうしてこんな何もかも上手く行かないのかな?
私が悪いの?
それは、きっとそうなのだろう。
お母さんは私を救うために罪を犯した。
そのことで私は死なずに済んだけど、代わりに私は一人になった。
いや、諦めては駄目だ。
まだ、一つだけ方法は残っている。
私が諦めなければ。
お母さんはきっと帰ってくる。
だから、頑張ろう。諦めないで。
「がんばろう」
私は自分に言い聞かせた。
そうでなければ心折れそうであったから。
もっとも深き森、深森の嶺闇。
私は試練を受け、お母さんを救わなければならない。
◇◇◇◇◇
深き森エシェル。
その広さはちょっとした国が丸々一つ入るくらいにある。
誰も計ったことが無いけれど、地図上で見るにたぶん四国が丸々入るぐらいの大きさがあるだろう。
それがすべて森なのだ。
巨大な樹海。神秘の森の海。
「さすがにすごいな」
見渡す限りに森という風景に思わず感嘆の言葉がのどを突いて出た。
見るからに壮景だもんなぁ。
「入り口は一カ所しかない。こっちだ」
エレスの後を付いて僕は森に入る。
僕らが森に入り進むとすぐに複数の人の気配を感じた。
いや、人と言うよりエルフか。
「むっ」
エレスが僕を制止する。
その視線の先に数人の男が立っていた。
その中で真ん中に立っていた男が一歩、前に出た。
「同志エレスよ。どうして、その子供をつれて来たのだ」
「ミリアに会わせるためだ」
男の詰問にエレスはそうとだけ告げた。
エルフの男はその言葉に目を細めると言った。
「その子は罪の子。一族にとって許されない罪を背負っている」
「そうだな。しかし、お前たちはその罪も含めてミリアに背負わせたはずだ」
その言葉にエルフの男は首を傾げた。
「詭弁。だな」
「ただの事実だ」
「・・・なるほど、あの時、我々が裁判上で罪状にその分を加えるのを止めなかった理由はそれか」
「お前たちが誠実であるならこの子どもはもう罪が無い。この村に入れるはずだ」
「それは違うぞ。ミリアがすべての罪の償いを終えていない以上は罪は残っている」
「それはもうミリアが背負った罪だぞ?」
しばらく、悩むようにから男は言った。
「良いだろう。ただし、その子供がこの里に入るのを許すのは一回だけだ」
「それを決める権利があるのか?」
「我々が許す回数は一回だけだ。これでも相当な温情だ。ハーフエルフなどという許されざる血を里に入れるのは本来は認められないのだから」
そう告げると男とその周囲のエルフはさっと散って行った。
すぐに姿が森の中に消えていく。
「たく、頭でっかちどもが」
吐き捨てるようなエレスの台詞。
うーん。やはり歓迎はされてないようだ。
「今の男は?」
「エルエリ。この森の刑部だ。里の首長より罪人の扱いを一手に任されている」
ふーん。
なかなか状況が込み合っているなぁ。
僕やミリアの罪がどの程度なのか分からないがこの里も随分と鬱屈としている気がする。
◇◇◇◇◇
エルフの里の森奥深く。
囚われの森と呼ばれる一角にある木で出来た牢の中にミリアはいた。
牢番のエルフの魔法の合図で扉が開く。
僕らは牢の中に入った。
すると。
「ユノ!!」
がしっ。
と勢いよく抱きついて来たのはミリアだ。
「うわぁああああ、ユノがぁこんなに大きくなって嬉しいのに悲しいいぃいいい」
ミリアが僕に抱きつき感涙に浸っている。
主にどっちの理由で泣いてるのか不明だが。
「まったく」
その様子に呆れた顔のエレスがそう呟いた。
「もうどこにも行かないでぇええ」
「いや、あの、どこか行ってたのはお母さんの方でしょ」
僕の言葉に、はっ、としてミリアは止まった。
そして、プルプルと震えて呟いた。
「そうよ。私が、母親失格だわぁあああ、ごめんなさぁああいいいい」
「な、泣かないでお母さん」
もう、号泣である。
わんわんと泣くミリアを僕は撫でた。
勘弁して欲しい。こっちの身が持ちません。
そして、30分後。
「うう、ごめんね、こんなお母さんでごめんね」
「いや、別にいいですけど・・・」
ちょっとは落ち着いてきたかな?
僕がほっとしているとエレスが口を開いた。
「さて、ところでユノウス。お前に一つお願いがあるんだが」
「え?何ですか?」
エレスは真剣な表情で言った。
「この森にはとあるルールがある。それを使えば、罪を無かったことに出来る」
へー、それは便利な制度があるもんだ。
「それは?」
「待って!エレス、まさか、ユノに森の試練を受けさせる気!?」
慌てた様子のミリアが言った言葉にエレスは頷いた。
「そうだ。心配するな。この子は駆け出しの冒険者だった頃の私やまだ外に憧れを抱いていた頃のお前よりきっと強い」
その言葉にミリアが戸惑った顔をした。
「え?え??」
「詳しい話を聞かせてください。師匠」
「ああ、本当はそんな気は無かったんだが、いや、少しは期待していたとは言え、ここまで強くなっているとは想定外だったのでな。今の君なら森の試練をクリアすることは決して難しくないだろう」
僕はその言葉に頷く。
「この森の奥には魔素が溜まる深き闇の森、深森の嶺闇と呼ばれる一帯がある。そこを越えて森人がいる神森の間に辿りつければ、その者の持つ罪とその者が願う罪を一つだけ赦されると言う決まりがあるんだ」
「なるほど」
「ただし、それが赦されるのは一回だけ。ミリアはこの森を出て冒険者になる赦しを得るために一度その試練を達成している。私はその試練に同行した。私たちがもう一度受け直すことは出来ない」
「では、僕一人でその試練を突破すれば良いのですね?」
「そうだ。頼めるか?」
「大丈夫かは受けて見ないと分かりません」
僕は腰を上げた。
「試験を受けます」
「ちょっと!私は認めません!危ないわ!」
「ミリア。君の為なんだ。心配するな。この子は普通じゃない」
うーん、自分の子を普通じゃないと言われて安心する親はいないだろうなぁ。
「大体、何もしなくたってあと7、8年もしたら出れるのよ?へ、平気よ。時々会いに来てくれるなら・・・」
全然平気そうには見えないが強がってミリアはそう言う。
と言うか8年ってかなり長いな。
エルフにとってはたったなのか?
「エルエリがこの子を里に入れるのは今回限りと言っていたよ。ミリア」
「あ、あいつ。後でぶっころす!!」
エルエリのことを聞いたミリアが吠えた。
「そ、それじゃ、8年間、ユノがここにいれば!」
「それはさすがに嫌です。何言ってるんですかお母さん」
「うう、うーうぅ」
目の中ぐるぐるさせたミリアが呻いている。
状態、混乱と言ったところだな。
気の毒な様子だがさすがに8年間もミリアに付き合う気はないし、というか試練を受ければ、オッケーなんだよね?
「お母様。これを見てください」
僕は魔法を唱えた。
手っ取り早く僕の魔法技術を見せた方が早い。
――― 五重力場
五重に発動した力場魔法にミリアが目を見開いた。
ミリアは専門家だからな。グランは見せない方が良いような気がする。
ミリアは僕の発動した魔法を見つめて驚いた。
「五重展開魔法式!?この練度で??え?どういうことよ??」
「これで分かったか。ミリア、この子が試練を受けるのがベストだ」
「え?え?で、でも危ないわよ」
「ミリア」
ミリアはうー、と呻いた後でようやく呟いた。
「危なくなったらすぐに逃げなさいよ」
「分かりました」
◇◇◇◇◇
僕は目的地となる森の入り口に立った。
深き森のさらに深淵の奥の奥。
一際暗く澱んだ樹海が目の前に広がっていた。
「ここですか」
確かに随分と魔素が濃い。
光を遮るように霧が深く、見通しも悪い。
ここだけまた別の森の様相だな。
どうしてこうなっているのか?
「この森の中心にたどり着けば良い」
エレスのその言葉に僕は頷いた。
「まぁ、なんとかなりそうですね」
点在する強大な魔素の感じを考えても、正直、手頃な相手と言った印象だ。
折角だし、全部掃除して進もうかな。
「森には5柱の王獣がいる。それに会ったら逃げろよ?」
師匠が釘を指すと言うことは相当な相手なのだろう。
しかし、王獣か。
なんか味方っぽい名前だな。
「それ倒すのは不味いですか?」
「ん?いや、駄目では無いが。どうせ連中はお構いなしに襲ってくるだろうし。あー、でも、さすがに倒されると困るのでは?」
じゃ、ちょっと困らせてやるかな?
ちょっとした嫌がらせになるだろうし。
僕としては大切な母親を拘束された憂さがある。
エルフの森に好意なんて当然、抱いていない。
ちょうど、5個程、飛び抜けて強大な魔獣の気配がある。
目標。全員、ぶっつぶす。
「じゃ、ちょっとやってきます」
「ああ、行ってこい」
エレスの言葉に僕は笑って頷いた。
◇◇◇◇◇
魔素を帯びた霧が蠢く。
僕の特別製の目が相当な視界の悪さの中でも敵を捉える。
―― 探知
右、魔獣グリーボア HP120 左 魔獣ネールノート HP145。
その他、ニ体。
僕は確認と同時に魔法を唱える。
―― 二重力場散弾
二重の力場を無数の弾丸状に変えて飛ばす。
一撃で漏れなくすべての魔獣を絶命させた。
ただの露払いだ。
ふと僕の目が魔獣の反応とは明らかに違う何かを捉えた。
随分と弱弱しい。これはエルフの魔力?
僕は足を止める。
強大な魔獣に比べてとても見えにくいが。
いる。
「この森に入った僕以外のエルフがいるのか?」
それにしても気配が弱い。魔素の濃さは生体のレベルにも表れる。
こんな深くまで良く潜れたものだな。
感心してしまう程に微かな気配だ。
気になるな。
「ちょっと様子を見てみるか」
僕は足をそちらに向けた。
◇◇◇◇◇
「どうしよう・・・」
道が分からない。
必死になって探知魔法と隠形魔法を使い、なんとか敵を避け、無我夢中でここまでやってきた。
しかし、もうそろそろ魔力も尽きる。
一度帰ろうと思ったが道も分からなくなってしまった。
どうしよう。このままじゃ、私は。
「お母さん」
泣いたところでお母さんがここに来れるわけが無い。
私は。
死ぬのかな。
こんなところで意味も無く。
そのとき、視界の奥で木が揺れた。
「ひっ」
のそり、のそりと何かが近づいてくる。
明らかに人型ではない影の形。
異形の者。
「エ、エルフ。ミーツケタ」
魔獣。それも言語を解すレベルにまで成長した個体だ。
終わった。
終わっちゃったよ。
私、ここまでなんだ。
無理だったんだ。
私にはこの森を抜けるなんて無理だったんだよ。
分かってたけど、何もしないままで居られなかった。
「うぅ、お母さん」
ごめんね。
私のせいで罪を受けたのに、私はお母さんの全てと引き替えに命を助けられたのに、でも、ここで死ぬんだ。
ごめんね。
ごめんなさい。
ごめんなさい、お母さん。
「イタダキマース」
「はーい、どうぞ。お召し上がれ」
誰かの声が聞こえて。
爆音。
私の目の前で魔獣の顔面が弾け飛んだ。
え?
なに?
「大丈夫?」
私の顔をのぞき込むように子供が顔を出した。
まだ幼い子供だ。
それもハーフエルフ?
この子に助けられたの?私?
「き、君は??」
「僕はユノウス・ルベット。ミリアの息子なんだけど。君は?」
ミリア?
この森で最高の魔女の名前が出て私は驚いた。
その子供なら相当強いのかもしれない。
そうか。
ミリアは一年前くらいから、罪を償う為に牢に入っている。
その罪を赦させる為に、息子が試練に望んでいるんだわ。
「わ、私はミーナ・フェルフェ。この森のエルフです」
「ふーん、お姉さん、いくつ?」
「え、24歳だけど」
「んー?と言うことは人間で言うと12~13歳?さすがにこの森に挑戦するのは早いよね?」
「え?でも君はもっと若いでしょ?」
どう見ても7、8歳前後だ。私よりもさらに若い。
「ぷっ」
は、鼻で笑われた。
な、なんで?なんでよ??
「まぁ、良いけど危ないからさっさとおうちに帰りなよ」
哀れな子供でも見るような目で私を見た幼児が追い払う様に手を振った。
わ、私は犬じゃないんだぞ?
「む、無理よ。魔力だってもう尽きちゃったし」
「えー、一人じゃ帰れないのかよ。なんでそんな無鉄砲な事してるの?」
それは。
「わ、私は・・・」
確かに自暴自棄になってここまで来てしまった。
反論しようにも上手く言葉にできない。
「僕は森から出る気は無いし、あんまり時間をかける気も無いんだけどなぁ」
しょうがないかと生意気そうなその子供は言った。
「森の入り口まで連れて行ってあげる」
その言葉に私はかちんと来た。
「森の奥までつれてって!」
え?と意外そうな顔で子供が首を傾げた。
「何言ってるの?」
「私の目的地はそこなの!」
「いやいや、君じゃ無理だって」
「君なら行けるんでしょ!?私はそこに行くまで帰れないの!」
「えー?君が?奥まで??」
「そうよ!だから連れて行くならそこまでつれて行ってよ」
「・・・はぁ。ここでほっとくと死ぬよなぁ」
その言葉に私はぎょっとした。
その言う選択肢を彼が選んだら私はきっと助からない。
あああ、どうしてこんな生意気なことを。
相手は命の恩人なのに。
「たっく、ほんと次から次に面倒事が転がり込んでくるなぁ」
「な、何言ってる?」
子供は肩を竦めると言った。
「良いよ。ついてきなよ。けど、僕も一直線に森の奥を目指してる訳じゃないから時間は掛かるかもしれないね」
「そ、それで良いわよ」
「了解。じゃ、行こうか」
子供は私を見ずにさっさ歩いて行った。
◇◇◇◇◇
どうにも良くない気がする。
ひとまず、この子供がとんでもない奴なのはよーく分かった。
まず、どんな魔獣も一撃でしとめる。
その戦闘は呆気ないほどに一瞬でそら恐ろしいほどに一方的だ。
その上であえて、魔物が出そうな方に進んでいる気がする。
「き、君さっきからどこ目指してるの?」
「そろそろだね。君、隠形の魔法が使えるんだろ?そこに隠れてて」
え?どうして?
私は言われた通りに姿を隠す。
お、おいてかれないよね?だ、大丈夫かな?
少年はしばらく進むと目を細め、言った。
「来た」
子供が見つめる方向から何かがやってくる。
どしんどしんと大きな音と共にソレが現れた。
「ほぅ、ハーフエルフか」
巨大な魔獣が子供を一瞥し呟いた。
「あなたが王獣ですか」
お、王獣!??
この森の守護獣の??ちょっと待って??
そんなの勝てる訳が無いじゃない!?
「そうだ。我こそはこの東の森を支配する魔獣の王、王雷獣レグスホーン」
「ふーん、大層な名前だね」
「我らはこの森に入った者を等しく滅ぼすのが役目だ。残念だったな、ハーフエルフ」
「はぁ・・・、問答無用か。そうだね。残念だ」
「死ね!!!」
言葉と同時に王獣が何かを仕掛けた。
王獣の巨大な一角に雷光が一瞬で集まり、森が。
雷光と
森と
王獣ごとまとめて弾け飛んだ。
一瞬の閃きの後で爆轟が続いて聞こえた。
耳がいたい。
それどころか衝撃波で飛ばされそう!!
な、なんなの???
何が起こったの??
私は必死に木にしがみついた。
暴力的な激風が収まると、声が聞こえた。
「終わったよ。三重加速砲で一発かー。大したことないなぁ」
「な、な」
おそらく王獣が倒された。それも一撃で。
あ、あり得ない。
「じゃ、次行こうか」
「次って何よ!?」
「え?次の王獣退治」
私は頭を抱えた。
◇◇◇◇◇
その晩。
私はユノと言う子供を説得していた。
「お、王獣は確かにエルフも喰っちゃうけど、森の安定に必要なのよ?」
「でも、別に倒したところで罪にはならないんだろ?」
「それはそうだけど!って倒せるわけ無いから罪が無いわけで!」
想定外だから無いのであって、赦される事ではないはずだ。
「じゃー、問題ないよね」
「あるでしょ!森の魔獣を王獣が倒してくれるから森の静穏は保たれてるのよ??」
なんでこんな子供の説得に私は当たっているのだろう。
森の奥に連れて行ってくれると聞いた時は大当たりを引いたと思ったがこんな罰ゲームが待っているとは・・・。
と、とにかく目の前の子供はめちゃくちゃにやばい奴なのだ。
「でも、あいつに殺されたエルフも居るんだろ?そもそも出会った瞬間に死ねとか言われたんですけど。森人のペットにしても行儀がなってないよね」
「それはそうだけど!」
というか。
ペットって王獣をペット扱い??
「で、でも駄目なの!駄目ー!!」
「うーん。具体的にどういう害があるの?」
「町の自警隊じゃ、そんなに強い魔獣には対処できないわ。そういう魔獣は王獣が食べてくれるの。王獣は契約で森を出ないから」
「なるほど、ネズミを狩る猫ちゃんか。ちぇ、ミリアに迷惑をかけてる分の駄賃に全部倒すつもりだったんだけどなぁ」
さらっとえげつないことを言う。
「ぎゃー!やめてぇええ」
どうやらこの子供は里の決定に相当に腹に据えかねているらしい。
その気持ちは私にも分かるでも。
「みんな死んじゃう!」
「分かったよ。僕だってそこまでの事態は本意じゃないし」
どこか呆れた様子のユノが呟いた。
「でも、そんなに弱いの?ここのエルフって。うーん、たかが魔獣を倒したぐらいでそこまでとは・・・」
「君の常識で考えないでよね!君からしたらあの程度の魔獣はへでもないんでしょうけれど。それこそ、倒したところでちょっとした嫌がらせ感覚なのかもしれないけれど!私たちには死活問題なのよ!みんな死ぬの!!」
私の必死の形相にユノ君は軽く引いた顔で言った。
「そ、そうか。ごめんね。これは僕が間違ってたかな、うん」
「分かってくれたのね!!」
良かった!
お母さん!私、頑張ったよ!
「でも、経験値的には美味しい相手なんだよねー。いっそこの森の魔獣全部まとめて倒そうかな。森ごとクリーンアップすれば、王獣もしばらくはいらなくなるし、つまり、居なくてもオーケーということで」
「な、何を惜しんでいるの?何を企んでいるの?駄目だからね!駄目ぇ!」
「冗談だよ、冗談」
けらけらと目の前で子供が笑う。
冗談って・・・。
うん、きっと、これって私、からかわれてる。
「じゃ、明日には予定を変更して森の奥に行くことにしようか」
「ほ、ほんと?」
良かった。私は緊張が緩んでその場に座り込んだ。
すると。
ぐぅぅ、とお腹が音を立てた。
「えっ」
「なんだ?お腹空いたの?」
「そ、それは」
ユノは呆れた顔で私をちらりと見ると首を振った。
「じゃあ、食事にしようか。サモン」
そう言って魔法で何かを召還した。
木の筐だ。
ユノが筐の中を開くとパンといくつかの調味料と鍋とフライパンと包丁とまな板と食器が幾つか入っていた。
「君は食べられない物はある?」
「私たちは基本的にお肉は食べないわ」
「え、そうなの?ふーん。じゃ、野菜やキノコかぁ」
ユノはそう呟くと周りを見渡した。
「10分待ってて」
そう言って闇に消えて行った。
◇◇◇◇◇
10分後。
ユノ君は両手に大量の野菜や果実やキノコを持ってきた。
「た、食べれるの??」
「うん、大丈夫だよ」
いや、ちょっとまて、これは毒キノコの。
「心配しなくても、有害な毒素は全部、リフレッシュで抜いてある。この辺りのものは毒抜きしないと食えないものばかりみたいだね」
毒抜きした?本当に?どうやって??
信じていいのかしら。
「ねぇ、明らかに季節の物じゃない果実があるんだけど」
「ヒールで生やしたんだよ」
ヒールってそんな使い方できるの?
彼はそう言ってちゃっちゃと料理を始める。
枯れ枝を集めて火をつけて鍋をセットして。
「料理得意なの?」
「ぜーんぜん。まぁ、サーチで成分分析しながら作ってるから問題は無いはずだよ?一種の分子ガストロノミーだね」
「な、何語?」
よく分からないが彼は調味料をぱぱと加えてスープを作っている。
「フォース、ヒール」
またヒール。何のために?
「塩み、甘み、旨み、苦み、渋み、おっけーい、煮込み時間も問題なし。ステータス的には完璧だな」
「なにが?完璧なの?」
さぁ、と首をひねった子供がソレを皿に盛る。
うぅ、これイチゲキコロリでしょ?
それが私のお皿にどーんと乗っている。
猛毒キノコを前にして箸が止まる。
においは良い。美味しそうなにおいだ。
色味も悪くない、けど、けど・・・。
「食べないなら捨てるけど」
にやにやしながら子供が私を見てる。
絶対嫌がらせだよね。これって。
うう・・・。
私は思いきってソレを頬張った。
「お、美味しい!??」
「そう、よかった」
こ、こんな美味しいものがこの世にあるの?
信じられない。
「心配しなくても動物性の旨み成分は化合魔法で作ったものだから肉には当たらないよ」
「え、あ、うん。すごいのね。君」
「まぁ、このぐらい普通でしょ」
絶対普通じゃない。
いや、もうどんだけすごいのだろう。
「・・・ねぇ、外の世界ってこんなにすごいの?」
「え?さぁ?僕はそう言うことには疎いからねぇ」
「そ、そうなんだ」
でも、森の外ってすごいんだろうなぁ。
きっと、色々な物があって輝いていて。
そして。
◇◇◇◇◇
「ん?おなかいっぱいになったら寝るのか」
ミーナが眠り込んでいるのを見て僕は呆れて少し笑った。
僕の場合、ヒールを掛けているので睡眠は特に必要ないのだが。
「さぁて、僕もどうしたものかな」
ミリアを助けて、その後はどうしようか。
公爵家にはもう正直居づらい。
ユフィには悪いがルーフェスが僕を表に出したくない様子だし、ならミリア、エレスと一緒に冒険者になるか。
あるいは誰かしらの伝手頼りにイシュヴァリネに入学するかだな。
世界を冒険する。
魔法を極める。
僕のしたい事ってなんだろう。
分からないが、今のところ、公爵家にこのまま残るという選択肢は無い。
しかし、どうするのが正しいのかはよく分からない。
「うーん、もう少し様子を見るかな」
のんびりとやっていけば良い。
ミリアが帰還すればルーフェスにも変化があるかもしれない。
まぁ、無いとは思うけど。