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わたしの愉快な旦那さん 作者:yuma

本編

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約束をもう一度?

 おじさんが落ち着いたところで、二三の世間話が挟まれたが、おおむね特に問題なく過ぎた。
 さすがにおじさんが菱川さんにお酒を勧めだした時はどうしようかと思ったが、「いえ、これからまた運転して帰るので」と至極もっともな理由のおかげで事なきを得た。おじさんは不満そうだったが、「まだ次があるわな」と一人で納得した様子。

 そんなやりとりからもわかる通り、菱川さんはおじさんにとても気に入られたようだった。一体どこがおじさんの琴線に触れたか知らないけれど、おじさんから繰り出される赤裸々な質問にも理路整然と、押しつけがましくなく答える菱川さんはおじさんにとってストレスフリーな存在だったことは間違いない。

 そのうち口癖が「うちの悠作も公人くんのようになればなぁ」に変わる日も近いかも。

 ……結論。おじさんとおばさんが家で採れた野菜を貢ぎだした。キャベツやら玉ねぎやら、白菜やらをビニール袋に詰めては菱川さんの車に載せていく。

「公人くん。これ、うちで生っていたゆずやから、湯船に入れてゆず風呂にでもしや。身体の芯からぽっかぽっかになれるでなぁ」
「ありがとうございます。結構大きい実ですね。さっそく今夜お風呂に入れてみますよ」

 それは帰省終わりの私に対しても繰り広げられる光景だった。
 さらには、おじさんと菱川さんの様子を眺めた私の手にも野菜とゆず、いよかんが入ったビニール袋が。
 ……私、これから菱川さんの車に乗せてもらって下宿先に戻るんだけれど、荷物全部載るのかな。

 うわあ、と顔を引きつらせた私の肩が叩かれる。話し合いの中、どこぞへ退去していた悠くんだった。

「こずえちゃんも帰るんか?」
「うん。明日の午後からバイトが入っているしね。悠くんも仕事頑張ってね」
「ああ、ありがとうな」

 そこへ荷物を積み込み終わった菱川さんもやってきた。私の手にある荷物を受け取りながら、悠くんに向かって、こんにちは、と先制パンチをかました。……なぜ先制パンチだと感じたかというと、なんとなーく、にこやかな表情の菱川さんの目が笑っていないように見えたからだ。

「梢さんとお付き合いさせてもらっている菱川公人と言います。よろしくお願いします」
「……梢ちゃんのいとこの悠作です。よろしく……」

 明らかに気圧された形で、握手に応じる悠くん。
 あの、悠くん。菱川さんの方が年下なんだけれど、明らかにへっぴり腰になっているのはどうなんだろう。

 それとも内心では「おおぅ、シティーボーイだぜ、やべえ、俺負けてるじゃんよ!」と恐慌状態になっているのかもしれない。気持ちはわかるけど、いとことしてはもうちょっと頑張って欲しい。






 車は無事に実家を出発した。
 おじさんとおばさん、悠くんが三人揃って見送ってくれるのはかなり珍しい光景だ。
 ちなみにその横ぐらいには、ずっと吠えっぱなしだったモモもいたりして。

 本日、モモは忠実な番犬だった。菱川さんが来た途端に背中の毛を逆立てて吠え始め、話し合いの途中で休憩を挟みつつ、玄関前に出てきた途端にまた吠え始めた。

 最初は近づこうとした菱川さんも、あまりに強い警戒心に苦笑い。
 菱川さんの魅力はモモには通じなかったようだ。今度は、モモさんに認めてもらうためにここにこなくちゃいけないかもね、と言っていた。

 車はゆっくりと走り始めたが、そのまますぐに帰るわけではなかった。
 私が軽くナビゲートしてたどり着いたのは山が覆い被さんばかりのところにある霊園だった。

 菱川さんが「ご両親にも挨拶をしたい」と言ってくれたのだ。

 二人で墓石に手を合わせる。今までは一人で墓前に立つことが多かったのに、今は菱川さんと一緒なので変な感じがした。去年の今頃には考えられなかったことだ。

――お父さん、お母さん。夏以来ですね。

――今日は菱川さんも一緒です。

――菱川さんは、私の彼氏というか……とにかく、大事な人です。

――とりあえず私は元気にしています……。

 一通り言いたいことを言って、顔を上げれば菱川さんはまだ手を合わせている。顔を上げたところで尋ねてみた。

「どんなことを話していたんですか?」
「うん? まぁ、要約すればお嬢さんを大事にします、かな?」

 じゃあ行こうか、と前に手を引かれて霊園を出る。そのまま車に乗り込み、今度こそ帰り路についた。

 霊園を出た時にはすでに夕方だった。高速を走っても着くのは夜。助手席に座った私は緊張が抜けた反動か、頭がぼうっとしてきた。

「眠い?」
「少しだけ」
「疲れているんだよ。色々張り詰めていたんだろうし、無理ないよ」

 そこでくすりと笑われた。

「えっと、何か……?」
「話し合いの最後立ち上がる時に足が痺れたと言ってよろめいていたことを思い出して」
「あ、あれは……正座に慣れていなかったので」

 これでもう帰ります、となって、ずっと正座だった私は立ち上がろうとした。
 が、足の感覚がおぼつかなくなり、立ち上がりかけの中途半端な姿勢で助けを求めたのは、菱川さんの腕。こともあろうか、私はとっさに菱川さんの腕を掴み、菱川さんも私を支えようとした結果、半ば私が抱きついた格好となってしまった次第。あれは恥ずかしかった。

 ごめんなさい、すみません、と顔を盛大に真っ赤にさせて繰り返す私と、大丈夫大丈夫と優しく抱き留める菱川さんの組み合わせは、ただひたすらにバカップル……いやもう何も考えるまい。色即是空だ。

「僕としては役得だったかな」
「もう勘弁してください!」

 そんなやりとりをしていたというのに、いつの間にかうとうとし始めた私。
 車内では安眠を促しそうなクラシック音楽が流れ、ふっと意識が遠くなっていく。

 だが一瞬のうちに覚醒した。

 どこかの指先に冷たい感触を感じる。

 目を開けた私は、車外の景色からすでに下宿先についたことに気づき、続いて自分の手を見た。

 左手の薬指に、でかいダイヤが嵌まっていた。正確には、ダイヤのついた指輪?



 ……んんっ?

 薄暗い車内の中で左手をかざしてみる。頼りない街灯でもわかる。指輪だった。まごう事なき指輪だった。な、なんで!?

「ひ、ひひひひひ菱川さんっ!」
「うん」

 私の一連の反応を眺めていた菱川さんはとても愉快そうな笑みを乗せて、とても嬉しそうに頷いてみせた。テンパった私は思わず菱川さんに向かって左手を突き出した。

「気がついたら指輪が、嵌まってました!」
「そうだね。サイズぴったりでよかったよ」

 ……何か会話がずれているような気がしないでもない。

 菱川さんは私の左手を取り、指輪に手を滑らせた。

「……気持ちは形では表せないけれど、形だけでも安心させることができるなら、それに越したことはないでしょ?」
「あの、じゃあ、これは」
「とりあえずは婚約指輪、かな?」
「で、でも、これすごく高そう……」

 ダイヤ部分が大きすぎて、うっかり落としそうで怖すぎます!
 しかし菱川さんはこともなげに首を傾げている。

「だったらこれはお守りみたいに仕舞っておいてもいいよ。代わりに普段遣いできそうなペアリングでも買いに行くのもいいかもね」
「私が指輪をはめるのは決定なんでしょうか……?」
「僕としてはその方が嬉しいな」

 気づけば、はめます、と即答していた。
 その瞬間、左手の薬指に指輪をはめることが確定した。

「それと」

 ぐっと運転席にあった菱川さんの顔が近づく。

「そろそろ僕のこと、下の名前で呼んでくれる? この間、親父から僕のことを『公人さん』と呼んでいたと聞いたんだけれど、僕の方は初めてなんだ」

 思い出した。確かにお父さんと菱川さんは同じ名字だからわかりにくいと思って、「公人さん」と言った。それ、巡り巡って本人まで届いちゃっていたんだね……。

 私は意を決して、「公人さん」と呼びかける。

「うん。いい響きだよ」

 菱川さんは満足そうだ。私の方まで嬉しくなってきた。
 左手の指輪をいじって、もう一度街灯に照らし出せば、きらきらと光っているように見えた。

 すごく綺麗。

 別に宝石の所有欲があるわけではないけれど、菱川さんがくれたということもあってか、胸にじんわりと来るものがある。

「あの、菱川さん。……ありがとうございます。大事にします」
「どういたしまして」

 そういった菱川さんが運転席に腰を戻そうとしたのを、私はとっさに引き止めた。……正確には、目の前にあった菱川さんのネクタイを引っ張って。目を丸くした相手に、私は普段は絶対に言えない言葉を囁いた。

「目を、つぶってください」

 そう言うやいなや、私はさっと自分の唇を菱川さんのそれに重ねた。感触なんて考える間もなく……なんというか感謝の気持ちを行動で示さなくちゃ、と夢中だった。

 口を離して、

「遅くなってすみません。これで『解禁』……ですよね」

 菱川さんは美術館に行った時の約束通り十分に待ってもらったから、と私はGOサインを出した。
 自分からキスをしなくちゃ終わらない……この機会を逃しちゃいけないと思った。

 けれどもそれは。
 肉食獣の前に肉を置いたのと等しく。
 私が菱川さんを誘惑するのと同じようなもの。

 案の定、菱川さんは眼鏡を外しながら微笑む。

「『解禁』……だね。ではさっそく」


 そうして私は逆襲を受けました。
 予想していなかったと思えば嘘になるけれど……うん。菱川さんはとても情熱的な人です。


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