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わたしの愉快な旦那さん 作者:yuma

本編

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突然ですがお願いがありまして……?

 突然「彼氏を連れてこい」だなんて。

――年末の忙しい時、しかも大晦日の午後に言うことじゃない気がする。年末年始は菱川さんも余裕がないだろうに、できるだけ早く連れてこい、すぐ連れてこいと急かすおじさんを、私とおばさんは懸命に止めた。

――おじさん、あちらにだって正月に予定があるんだろうし、今すぐと言われても絶対無理だって。
――あんたはもうちょっとこらえなあかん。全部あんたの都合通りにいくわけないんやからさ。

 必死に頼んだせいか、おじさんは折れた。大晦日の午後に呼びつけるという非礼きわまりない真似は阻止できた。

 電話をかけるためにそそくさとリビングを後にして、自室でスマホを開く。ワンコールの後、もしもし、と菱川さんの声が聞こえてきた。

「あ。お忙しいのにすみません。梢です」
『うん、こんにちは。僕の方は実家の大掃除も終わったから大丈夫だよ。梢さんは実家の方に戻っているんだったよね。どうしたの』
「はい、そうなんですが……」

 それだけで終わればよかったんだけれどな。
 付き合っている人がいる、また機会があれば連れてくることもあるかもしれないね、ぐらいのつもりでした。おじさんの反応がわからなすぎて、慎重に進めようとした結果がこれだ。

 ごめんなさい、菱川さん。

「あの、お願いがありまして……」
『急にかしこまったね』

 あ、電話向こうの菱川さんが笑った。

「その、おじさんに菱川さんのことを言ったら、こっちに連れてこい、と……年末年始なので時間が取りにくくなっているのはわかっていますが、できれば近いうちにこちらに来てもらえないでしょうか」

 自分でお願いしておきながら何だけれど、無茶ぶりしてるよね……。ものすごく申し訳ない気持ちでいっぱいです。

「もちろん無理にとは言いません。菱川さんの都合もあるでしょうし……」
『いや行くよ。さすがに1日と2日は親戚回りしなくちゃいけないけれど、3日は時間作れると思う。一度ご挨拶しておかなくちゃいけないと思っていたからちょうどいいよ。……それでいいかな?』

 頼もしい言葉に安堵した。よかったぁ……。

「十分ですよ。菱川さん、ありがとうございます」
『いいえ? これぐらいなら何でもないよ。車で行くから住所教えてくれる?』
「あ、わかりました。あとでメッセージで送ります」
『ありがとう』
「あの、前もって言っておきますが、たぶん菱川さんのご実家と比べれば、うちの家はそこまで立派なものではないので、あんまり期待しないでくださいね。あと、ちょっと田舎ですし」
『そうなの?』
「そうなんです!」

 実際に見たことはないけれど、菱川さんのご実家のレベルは、大学近くの緩やかな斜面に多くあるような、いかにも『建築士がお金に糸目を付けずに設計した一軒家』だと思っている。庭や車庫も完備されて、ペットのゴールデンレトリーバーとフリスビーを投げて遊べる……みたいな! 

 それに比べれば農家をやっている以上、それなりには土地はあるけれど、家は築三十年以上経過してそれなりに補修も経てきているうちの実家は貧相なのかもしれない。今のうちに期待のハードルは下げておくべき。

「それと、うちのおじさんは表面上はともかくそこまで悪い人ではないので、広い心を持って……ええと、菱川さんに対してそこまできつい態度は取らない気もしますが」

 おじさん、外面はいいから。

 こうして話しているうちに、「どうしよう、どうしよう」と連呼したくなるほど落ち着かなくなってきた。

 菱川さんとおじさんが会う。それだけのことで。……あれ、私って板挟み? こう、菱川さんを持ち上げつつ、おじさんの機嫌を伺いつつ気を張って、この『会見』をつつがなく終わらせるようと奮闘する仲介者?

 あ、今から胃が……。

 いや、待って。菱川さんは一般的に見て、年配者の受けはいいはず。爽やかで礼儀正しいし、嫌みたらしさなんて一欠片もない。そうだ、私が不安がってちゃ駄目だ。菱川さんが初めて来る場所なんだし、とにかく私の方がしっかりするべきだし、菱川さんを信じなくちゃいけない。

『梢さんは心配性だね。とりあえずは僕に任せてみてよ。これでも男だし、初対面の人には好印象だってよく言われる方だから。そんなに深刻なことでもないし、のんびり正月の1日と2日を過ごしておいで』
「そ、そうですよね……。のんびりと、はい」
『……ね、梢さん』

 ふと電話向こうの声色が変わる。

「……はい」
『年末という区切りだから言うけれど。……梢さんはいつも余裕がないように思うよ。誰もそこまで求めていないのに色々と抱え込もうとしている感じ――ってわかるかな』

 私は我が身を振り返ってみた。……そうなのかな。私自身はむしろいつも何かしらしていないと、その日の夜に『今日は何もできなかった……』とひっそり落ち込むタイプで、バイトをやめていた夏休みも暇すぎてほぼ毎日大学図書館に入り浸り、えらい量の本を読破してしまった……。あ、そういうところ?

『よく言うけれど、何事もメリハリって大事だと思うよ? 勉強する時は勉強して、遊ぶ時には何も考えずに遊ぶ。余計な仕事だと思えば、要領よく手抜きすることだって必要だし、より効率的に動くために非効率の無駄をいちいち省いていたら、その時間こそが非効率になることだってある。結局何もしないでいた方が効率的だってことになるんだよ。僕はね、梢さんにもっと色々なことを楽しんで欲しい。それで、梢さんにとって、疲れた時の癒やしが僕であればいいな……って思っているよ』

 ……私は黙って耳を傾け、唇を一旦引き締めてから口を開く。

「……メリハリのことは、理解しました。でも……でも私は……恐いんです」
『うん? 何が恐いの』
「菱川さんは優しいから、今以上に頼り切ってしまいそうじゃないですか。私は菱川さんに会ってからたくさんのものをもらいましたが、それだけに見合うものをあげられていませんし……」
『……そう?』

 電話向こうで首を傾げていそうな声。

『僕だって梢さんにたくさんもらっているよ? 自分でも驚くぐらいに梢さんにああしてあげたい、こうしてあげたいと考えているし……正直、梢さんと付き合うまではそこまで恋愛関係に重きを置いていなかったし、どこか自分でも枯れている自覚があったんだけれどね。それでも、変わったよ。大事だから、ちゃんとしたいとも思ってる。もっと頼り切ったって全然構わないよ? 僕の方が年上なんだから、それぐらいの度量はあるつもり。それでも不安だというのなら』

 不自然な間が空く。

「菱川さん?」
『ん? まぁ、そうだね。また直接会った時に話そうか。電話越しだと顔が見られないからね』
「え、はい。わかりました。近くまで来たら連絡してくださいね。私、道路まで出て行きますから」
『わかった。おじさんには正午過ぎぐらいに伺います、楽しみにしています、と伝えておいてくれる?』

 菱川さん、あのおじさんに対して平然と「楽しみにしています」と言えるとは。
 猛者だ。悠くんだと絶対こんな芸当はできないな……。

 妙に感心しながら、よいお年を、なんて言いつつ電話を切って、おじさんにそのまま伝える。

 おじさんは赤ら顔で耳の裏あたりを掻きながら、「ほおん?」と含みのある表情を浮かべた。

「よっぽど調子のええやっちゃやな。なー、こずえ?」

 ノ、ノーコメントで……。







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