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わたしの愉快な旦那さん 作者:yuma

本編

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事態は思わぬ方向に動くものでして?

 おじさんに進路のことを切り出すタイミングがなかなか掴めない。

 掃除の手伝いの合間合間におじさんの様子を伺ったけれど、おじさんが休憩している時は私が忙しくしている時で、私が休憩している時はおじさんが忙しくしている時だった。農業をしている超朝型生活を送るおじさんとごく一般的な生活を送る私とでは生活サイクルがだいぶ違うことを痛感させられただけだった。そして気づけばおじさんはお酒を飲んでいた。今日はもうだめだと察した。

 夜、ゆず湯の入った湯船につかる。冷えた手足を温めながら、ぷかぷか浮かんだゆず二個を手に取った。ぎゅっと力を入れると簡単にへしゃげた。なんとなく、持ち上げてからどぼんと落としてみる。鈍い音で一旦沈むも、すぐに水面に戻り、あっちにゆらゆら、こっちにゆらゆら。

 一個を手にとって、もう一個の方向へそっと走らせれば、互いにぶつかって離れた。何かに似ている。ビリヤードか。実家の柚の木から収穫されたゆずはこぶし大の大きさだからダイナミックな動きをする。



 ……どうしたものか。

 年末は色々忙しいけれど、進路のことは早く話すべきだし、話さないままではすっきりと年越しを迎えられない。そうとなればチャンスは明日のみ。

 電話の時は頭ごなしに否定する感じではなかったから、話を聞いてもらうだけの余地はある。

 問題は……うちの家系には院卒業はおろか四大出の人がいないから、院といっても「何じゃそら」という認識しかないということ。おじさんと私の価値観が著しくずれている。


 ラスボスのおじさんに直接聞く前に、圭子おばさんに相談してみた。
 お風呂上がりの私に、台所に立つ圭子おばさんはこれまた庭で採れたいよかんを剥いてくれた。

「今年はよう大きな実が取れたでなあ」
「ありがとうございます」

 一個のいよかんを、おばさんと半分ずつに分けた。ダイニングテーブルに二人で腰かける。
 悠くんは自室でゲーム、おじさんはもう寝ている。……ほら、朝が早いから。

 いよかんはみかんよりも房が大きく、酸味が強い。かなりの食べ応えがあった。

「……明日、進学のことを聞こうと思っていて。今、おじさんはどういうつもりでいるか知りませんか?」

 かなり勇気を必要とした質問だったけれど、答えは間髪入れずに返ってきた。

「あの人は反対しいへんと思うよ? あの人、梢ちゃんのこと気に入っているからなあ。どうしても、と言えば、うちお金ないけれど、悠作も働いておる分、多少援助できるしなあ」
「……え?」

 寝耳に水だった。
 おじさんが私を気に入っている? ……みじんも感じられないのですが。

「ご近所さんにもたまに自慢しとるでなあ。うちの姪っ子は頭がいい。将来はきっと大物になるかもしれん、とかなんとか。まあ、あの人はひねくりからかした性格やで、心配が行き過ぎて口うるさくもなるんやろなあ。おかげで周りはだいぶ困るわけなんよ」

 本人に言うと面倒だから言わないけどなあ。
 おばさんは疲れた顔でぺりぺりといよかんの皮を剥いた。

 私はおばさんの説明をなんとか飲み込んだが――とりあえず進学に反対されないかもという希望が持てたのはいいことだけれども――これでおじさんへの評価が百八十度変わったわけもなく。

 ああ、なるほど、おじさんらしいなぁ。と、現実を神妙に受け止めた。

「――それに、私らは梢ちゃんが一人前になるまで、孝文たかふみさんとこから預かっとるからなあ。孝文さんは梢ちゃんが大学に行けるよう、ずっと貯金を積み立てとったやろ。進学させて、思う存分勉強させてあげるのも、預かった私らの責任やと思っとる。あの人もそのつもりやろで」

 孝文たかふみとはうちの父の名だった。
 私が今大学に行けているのも、両親が亡くなった時の保険金も大きいけれど、私のためにと貯めてくれた進学費用のおかげでもある。その一円の価値は私が思うよりもずっと重かったのに。

 おばさんに言われてやっと気づいた。

 バイトに学生生活を浸食されるほど時間を費やすべきじゃなかった。その学生生活こそ、両親や、おじさん、おばさんたちの応援で守られていたのに、それを自分で無駄にしようとしていたんだ。

 進学したくても進学できない子がいる中、私は恵まれていた。

 そうだったんですね。

 自分の声が思ったより小さく響く。

 あのバイトをやめて、私の生活は変わった。
 勉強時間も増えただろうし、自分の興味関心がいっそう広がった気もする。まじめに授業も参加したし、レポートや試験も頑張った。単位も落とさなかった。
 だからまだ大丈夫だ。私はまだ三年生。学費の元を取るつもりで色々なことに取り組めるはず。決意を新たにする。

「おばさん、ありがとうございます。明日、おじさんに言ってみます」

 そうやね、とおばさんが微笑んだ。







 私は以前、菱川さんにアドバイスを受けた通りに、前もっておじさんに話したいことを整理して臨んだ。勉強したいことや、学費のこと、将来の展望……とか。将来の展望と言っても、まだ具体的になりたいものがあるわけではないから、いくらでも変更可能なものだけれど。

 おじさんの掃除が一段落し、酒を飲む直前にどうにかおじさんを捕まえられた。
 私の話の途中から、おじさんはリビングの大きなソファーに腕組みをして聞いていた。

 その脇には一人用ソファーの上に丸まり、癒やしを提供しているモモの姿もある。たまに耳をぴくぴくさせてこっちを見ている。

「……うん、まあ」

 おじさんは長い沈黙ののち、口を開く。口調はひどく重々しい。

「正直言って、おまはんの勉強したいことなどはちっともようわからん。何を勉強したいのか、わしには理解できん。聞いててもわからんかった」

 難しいことはようわからん、わしはあほやったでなあ、と上機嫌でもなければ不機嫌でもなさそうな表情で言う。

「やけど、おまはんは昔からええ子やったから、さして間違ったことをいうわけでもないやろ。圭子もおまはんの意志を尊重したい言っとったし…………まあ、ええやろ。好きにしい」
「あ、ありがとうござます!」

 ほっとした私は笑みを浮かべた。
 よかった。とりあえずこれで進学の許可は出たことだし、あとは試験に向けて苦手な英語とかをどうにかすれば……。

 するとそこへ悠くんが入ってきた。なぜかジャージのズボンの片足分がずりあがっていた。
 朝も見ていなかったし、今の今まで寝ていたのかもしれない。

「おぅ、何しとるんや」
「今、進学の相談をしていたところで……」
「ふうん」

 頬をぼりぼり掻いた悠くんは、今日も今日とて小汚い。立ち止まっていないで、早く顔でも洗いにいけばいいのに。

 なのに悠くんは、昨日邪険にされた仕返しなのか何なのか、私がこの滞在中に別の折を見て話そうとした話題を先んじて言ってしまった。

「そういや、梢ちゃん、あの彼氏っぽい電話の人と上手くいっとるのけ?」

 ひくっと頬が引きつる私。どうして今それをいうんだろうね!
 タイミングってあるじゃない、一体どういう思考回路を……って、おじさん似か。

 ああ、以前盆踊り大会で会った時に「自分で言うから」ってちゃんと念押ししておくべきだった……。
 まさか、今持ち出すなんて思わないじゃない……。

 おじさんの眼光が鋭くなったのをひしひしと感じながら、私はしぶしぶ答えた。

「ええと、おじさん。実は話そうと思っていたんだけれど、今付き合っている人がいて……」
「ほう。どんなやつや?」
「菱川さんと言って、雑貨(?)屋の店長をしている社会人です……」

 進学の話をするときよりも、身体が縮こまった。
 ……恥ずかしい。気まずい。逃避したい。


 おじさんは、よしと膝を打った。眼は爛々に輝いている。そうして決定的な一言。

「こずえ。その彼氏、家に連れてきなさい」

 拒否権は、なかった。














 
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