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わたしの愉快な旦那さん 作者:yuma

本編

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それはどきどきのクリスマスだった? 後編

 それから帰り道に私の御用達である庶民派スーパー「ひらなみ」でお買い物。菱川さんが持っていたケーキは生ものなので早くすばやく済ませて、自宅に到着。鍵を開けて玄関の扉を開け放つ。

「少し狭いですが、どうぞ」
「おじゃまします」

 菱川さんが一歩敷居をまたぎ、靴を脱いだ。興味深そうに少しだけ周りを見渡していた。

 自分の日常空間に菱川さんがいることに、妙に感動する。

「きれいにしてあるね」
「掃除しましたから。……緑茶入れましょうか?」
「ありがとう」
「そこに座布団を出してあるので座っていてください」
「うん」

 さして広くもないワンルームは折りたたみベッドを隅に片付けてある程度スペースを確保し、中央にはこたつと座布団をセットしてある。どちらも引っ越しの時問答無用でもたされたものだけれども冬場は意外と重宝している。

「こたつのスイッチ入れても大丈夫?」

 どうぞ、と言っている傍らでポットのお湯を沸かす手はずを整え、お茶葉を出しておく。待っている間に買ってきた食材を少し仕分けして、適当なものを冷蔵庫に放り込んだ。それからあるものを持って菱川さんのところに戻る。

 ありがとう、と菱川さんが受け取ったのはみずみずしいみかんだ。

「これ、実家でとれたみかんなんですよ。毎年たくさんとれるので子供のころからいつもこのみかんを食べていたんです」

 実家に隣接する家庭菜園にはみかんの木があって、毎年本当にたくさん実が採れたから、毎回おすそわけされていたのだ。昔と今で変わったことはいっぱいあるけれど、このみかんの味は変わらない。


「ではいただきます」

 菱川さんがそう言いつつ、器用にみかんの皮をむいているのを横目に、自分の分も皮をむく。菱川さんは薄皮まるごと食べる派ということが判明した。ぽいぽいと口に放り込んでいく横で、私はちまちまと房の一個一個の薄皮を取ってから食べる。薄皮の隅に果肉が残らないように取るのが難しいんだ。

「美味しいね、これ」
「そう言っていただけると嬉しいです」

 言いつつまたもちまちまと薄皮除去作業を進めていく。
 おもむろに菱川さんは私が半分にしておいたみかんの塊をとり、私の1.5倍スピードでむき終えると、

「はい、口開けて」

 と前触れなく言うものだから、集中していた私は何の疑問も持たずに半分唇を開ければ、そこにみかんの果肉と菱川さんの指先が差し入れられた。……ん。今、とんでもないことをされたような気が。

 慌てて菱川さんを見れば、笑みを唇をのせて楽しそうに次のみかんの薄皮をむいている。

 いつも優しい笑みの菱川さん。でも今日は普段と少し違っているように見えた。いつもがバターだとしたら、今は蜂蜜。家の中ということもあってか、甘さのブレーキングが壊れてしまってる? あ、そうか。今は他人の目がないから。

 そう思うとただでさえ気にしないようにしていた緊張が体中を走って行く。他人を自分のテリトリーに入れるというのはこういう感じなのか。

 そわそわしながらテレビを付けて、DVDを再生する。お湯も沸いたので湯飲みに緑茶を入れた。私の差し出した湯飲みをお礼を言いつつ受け取った菱川さんは少し息を吹きかけてから啜っている。「ひらなみ」で買ったお菓子もスタンバイしておいた。

 肝心の映画は美術ミステリーだけあって、海外のたくさんの美術品と壮麗な建築物が出てくるので非常に目の保養になった。ああいうヨーロッパの町並みを歩くのは憧れる。在学中に一度ぐらい海外に行ってもいいかも。

 以前はものすごく遠く感じていた海外旅行だったけれど、年に何度か海外に出かける菱川さんとおつきあいするようになってから、ちょっとだけ近くなった気がする。

 いや、しかし……主人公の教授が渋い男前だ。なんで外国人の顔はあんなに彫りが深いんだろ。

 ひたすら映画に没頭していると、テーブルの上に乗せていた右手をきゅっと掴まれる。横を見れば案外菱川さんは私のすぐ近くまで寄っていた。……さっきまではもうちょっと離れていたような?

 菱川さんはふっと笑って、

「これ以上は何もしないよ。癒やしが欲しいだけだよ」
「な、なるほど……」

 納得したようなしていないような。どきどきしているけれどもいい機会なので、自分から菱川さんの肩ぐらいに頭をもたせかけてみたりして……つまりは、相当私も浮かれていました。あとで羞恥でのたうちまわりそうだけど、後悔はない。


 映画が終了すると時刻は夕方にさしかかっていた。外はとっくに暗くなっている。私はテレビ前から立ち上がって、夕食の準備に取りかかることにした。

 実は実家で作った米と野菜とを使った主食のご飯と汁物の豚汁は朝早くに出来ていたので、鍋に火を通すだけだ。

 これから完成させるのはメインディッシュ。前もって聞いておいた菱川さんの好物だ。

「僕にも手伝えることはある?」

 菱川さんの言葉に首を振った。

「今日は菱川さんはお客様ですから。大丈夫です、ちゃんと練習してきましたから!」

 高校時代、予習と復習を欠かさなかった。もちろん料理の予習もばっちりである。自慢げな顔で鼻息荒くしたくなるというもの。もうレシピなしでも完璧な出来なのだ。

 私は宣言通りに玉ねぎと鶏肉を切ったり、マカロニをゆでて、フライパンにバターやら切っておいた鶏肉、玉ねぎ、エビ、小麦粉、牛乳、マギーブイヨン、ゆでたマカロニ、ブロッコリーなどを順序よく投入しておく。すべてに火を通し終えたら、二皿分のグラタン皿に中身を移し替え、とろけるチーズをたっぷりのせる。最後に一つずつレンジのオーブン機能で焼き上げれば、グラタンの完成だ。

 グラタンを焼いている間に、ご飯と豚汁、漬け物などをテーブルの上に盛り付ける。

 ちなみに菱川さんは私の一連の作業を少々不安そうに見守っていた。きっと世話焼き体質だから手を出したくてたまらなかったんだろうなぁ。それとも、私の手つきがそんなに心許なげだったとか? そっちもあり得そう。基本、万事そつがなさそうな人だから。

 まあ、結局口出しすることなく、できあがったグラタンを見たときに顔がほころんでいたので、安心はしたのだろう。私から見ても渾身の出来になっていると思う。努力の価値はプライスレス。

「美味しそうだな……うん」

 誰に確認することなく、うん、と頷いている菱川さんの顔が一瞬、子どものようにあどけないものになる。以前に菱川さんに作って欲しい料理を聞くと「グラタン、かな」と気恥ずかしげに告げた時にも見た。

 本当に、新たな発見だった。一体誰なんだろう、この可愛い人は。

 菱川さんは私のことを「可愛い」とか言うけれど、自分だって相当に可愛い人だというのを忘れちゃいけないんじゃないかな。

 普段は大人で私をリードする側にいるのに、こんな不意打ちがあるなんて最近になって初めて知ったものだ。長くつきあっていかなければわからなかった面だ。それだけ距離が近づいている……そうだといいなぁ。

「いただきます」
「いただきます」

 二人揃って手を合わせてから食べる。私の方は作り慣れた料理なので、菱川さんの反応が気になるばかりだ。

「美味しいよ、すごく。練習してきてくれたんだよね。ありがとう。とても嬉しいよ」

 その言葉にほっと胸をなで下ろした。私の箸とスプーンも進んでいく。

「よかったです。今回の豚汁に入っている野菜とか、グラタンの玉ねぎや白米は、全部実家で取れたものなんです。……菱川さんにも食べてもらいたくて頑張りました」

 頑張りました、と言った途端になぜか目からこぼれ落ちそうになるものが。自分でも意味不明だったけれどどうにかこらえた。けれど、菱川さんがしみじみと、

「そっか。梢さんは今の実家が好きなんだね」

 それだけで心を突かれたようで、妙に納得しつつもぼろっと涙がこぼれた。あれ、だめだ。情緒不安定になっているよ。幸せすぎて、とか。やっぱり私の泣き所は意味不明なんじゃないだろうか。

 ああ、でも……私はなんだかんだとあの実家が好きだったのかぁ。
 好きだという感情だけでとうてい収まるものではないけれど、特別な場所だったのか。

 菱川さんが鼻がセレブになるティッシュをすかさず出してくれた。初めて会った時も持っていましたよね、それ。すごく懐かしいです。今家にもあるんですよ。つらつらどうでもいいことを考えつつも、ちーんと鼻をかんだ。そこにはもう遠慮ないんで。いつまでも鼻ぐずぐずやっている方がみっともない感じがするし。

 落ち着いたところでケーキを食べる。菱川さんのケーキも気になっていたので互いに一口ずつ交換しても食べた。菱川さんのモンブランは非常に美味しかったです。美味しいケーキのために、あーん、という苦行も乗り越えた。大丈夫、さっきのみかんで似たようなことをやったからね!

 それから食器の片付けをし、テレビを見ながらまったりしていたら、時計はあっという間に十時を指そうとしていた。時間が経つのは早すぎる。

 座っていた菱川さんがもぞもぞと帰り支度を始めようとしているのは淋しい。
 ずっとここにいればいいのに……なんて思うけれど、私はまだ言葉でいうほど覚悟が出来ていないから口をつぐむしかない。

 玄関で靴を履いた菱川さんが私の方を振り返る。

「今日は楽しかったよ。ありがとう」
「いえ、私の方こそ、ありがとうございました」

 自分から両腕を伸ばして、ぎゅうっと菱川さんに抱きついた。菱川さんもすぐに私の背中に腕を回す。
 私の肩の上で息をしている菱川さんが笑った。

「そんなに可愛く引き止められちゃうと帰りたくなくなっちゃうなぁ。……それともキスでもしてくれる? そうすれば僕も解禁できるんだけれど」
「う……」

 確かに今の状態は、菱川さんにとって蛇の生殺しなのかもしれない。切羽詰まった私はどうしようもなくなって、一旦身体を離して、もう一度顔を近づけた。菱川さんの顔は見ないようにしながら。

 リップ音さえもしなかった。送ったのは頬へのキスだ。

「唇は……もうちょっとだけ待っててください」

 菱川さんは驚いたように頬を押さえたけれど、やがて目尻を下げる。戯れのように手を重ねられた。

「わかったよ。待ってるから」

 次に会うのはもう年明けかな、よいお年をーー。

 菱川さんはゆでだこのようになった私を残して帰って行った。パタン、と扉が閉まる音で現実が戻ってきた。

ーー今日もすさまじく色々やらかした気がする。

 やったことはもう覆せない。どうにももてあました感情を発散させるべく、ベッドの近くに飾ってあったテディベアのボブくん(以前菱川さんがくれたやつ)を抱きつぶすことに決めた。









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