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わたしの愉快な旦那さん 作者:yuma

本編

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金木犀の香りは危険をはらんでいる?

 ある大学のキャンパスで、もう何度目かになる模試を終えた私は、両親が車で迎えにくるのを待っていた。ケータイで連絡してみれば、こちらに来るまで少し時間がかかりそうだという。

「そんな……もう少し早くきてよ」
『ごめんねー。レジが混んでいたから。梢ももう高校生なんだし、辛抱強く待ってなさいよー』
「だって……」

 私は辺りを見回した。すでに友人たちも、模試の受験生もここにはおらず、スタッフたちが粛々と案内図の掲示を壁から引っぺがしている。内心、まだ帰らないのか、と思われていそうだ。私だって早く帰りたい。

 真っ青だった空も随分と様変わりし、もうほとんど夜である。秋風が寒い。

「お母さん、お願い。お父さんになるべく早く来てって言っといてよ」
『はいはい。父さん、梢が早く来てーと言っとるよ』

 運転席にいるらしいお父さんにお母さんがそう話しかけている。その間、私は不機嫌そうに唇を尖らせながら両親の車を待った。

 ふと金木犀が香ってきた。芳香の元は私の背後の植え込みにあった。少し色褪せかけていたけれど、薄オレンジの可愛らしい花がついている。

『あんたもあんまりわがまま言ったらあかんよ。こっちにもこっちの都合があるんやから。どんなに家の外ではいい子で通っててもなぁ……。一人っ子だからって甘やかしすぎたんやなぁ』

 うっ、と言葉に詰まる。自覚はあった。

「ほら、一人で待つの……寂しいじゃん。退屈なんやよ。何もすることもないし」
『あんたさ、それで将来どうやって生きてくの。社会に出たら一人なんやよ? この間も一人でオープンキャンパスに行けないからって母さんまで巻き込んで……』

 高校が自転車通学、かつ出不精な私は今までまともに一人で電車に乗ったことがなく、知らない場所に一人で行く勇気が持てなかったので、思いっきり母親に泣きついたのである。情けない高校生だと思うだろう、思い切り笑ってください。ごくごく一般家庭の出なのに自主的箱入り娘に育ってしまった私を。高校でも男子とまともに話さず、部活のメンバーは全員女子。まさに一人女子校を体現してしまっている。

『まぁ、すぐ行くからちょっと待っとりなさい。あと五分ぐらいやから』
「ほんとに早く来てよ……」


 そう言って、通話を切る。私はケータイの時計表示とにらめっこしながら待った。時折漂う香りを鼻に吸い込みながら、一分、二分、三分、四分、五分……十分、三十分……。

 一時間ぐらい経つと、私でもさすがに何かあったのだろうと察して不安になってきた。すでに何度か電話をかけ直しているにも関わらず、まったく繋がる気配がない。


 現在、おかけになった相手の通信機器の電源が入っていない、もしくは故障、もしくはネットワークの故障が発生していると思われます……。


 それからもう少しして、電話がかかってきた。両親が事故で運び込まれた先の病院からだった。


――私が早く来てって言ったからだ。


 心肺停止、蘇生できませんでした、お悔やみ申し上げます。病院の人の話を上の空で聞いていた。


――送り迎えなんてしてもらわなければよかったな。


 涙なんて出なかった。どうして泣けるというのだろう。泣ける場所なんてもうどこにもない。

 それよりも先にやらなくちゃいけないことがある。お通夜とか、葬式とか。進学も考え直さなくちゃ。これからどんどんお金が入り用になるし、あ、家のお金をどうやって管理しているのか、私知らない。それにこれから家はどうなるんだろう。売ったり、取り壊したりするのかな。

 そうだ、おじさんに聞いてみよう。近くに住んでいるから多少なりとも教えてくれるはず。

 ……しっかりしないと。これからは一人でどうにかしないといけないんだ。





 ……この時の私は、自分でもショックから逃避していることぐらいわかっていた。現実でやらなくちゃいけないことをこなすことでどうにか立ち直ろうとしていた。現に、私はすぐに日常生活に復帰したし、周りも私をそっとしておいてくれた。

 ただ、私は今になっても、秋になり金木犀が花を咲かせるころになると、事故のことを思い出す。そのたびにあれからどれだけ私は変わったのだろう、振り返る。

 最近までは多少なりとも変わったのではと思っていたけれど……そんなこともなかったのかもしれない。菱川さんと話していると、昔の子どもじみた私が顔を出すのだ。思いっきりわがまま言って、甘やかされたいとわめいている。でも冷静な私が待って、と声を上げる。その繰り返しだ。

 私は菱川さんにどこまで踏み込んでも許されるのか、まだ知らない。怒られたこともないのだ。


「梢さんっ!」

 ぐい、と手を引っ張られ、そのすぐ前を車が派手に通過した。頰に風がびしびしと当たり、私は痛いほどに私の手をつかむ菱川さんを見上げた。ぞわわっと鳥肌が立つ。

 あまりにもぼうっとし過ぎていて、横断歩道が渡れなくなっていたことにも気づかなかったなんて。菱川さんに引っ張ってもらわなかったらどうなっていたことか。

「あ、ありがとうございます……」
「いいえ、どういたしまして。……でも、もうこんなことはなしということでいいね?」

 菱川さんはそのまま真顔で迫ってきた。……怖い。もしかしなくても、菱川さんはめちゃくちゃ怒っていらっしゃるのではないでしょうか。

「そ、そうで……」
「今度また同じことやったら問答無用でキスするから。待ってあげない。わかった?」
「了解いたしました……」

 何度もこくこく頷くと、菱川さんの顔が離れた。周囲の風景も戻ってくる。あ、そんなに人通りのある交差点じゃなくってよかった……。公衆の面前でのキスには私は反対です。こう、ファーストキスにはもう少しロマンチックな方が……。あ、夢見過ぎ?

もう一度おなじことがあれば、キスどころじゃないんじゃ、とは冗談でも口にできなかった。内容はどうであれ、菱川さんはものすごく真剣だったのだ。

 私は自分の手首を見た。厳密に言えば、菱川さんに握られた手首を。……あ、確か、去年車に引かれそうになったのもこの交差点だった気がする。デジャブ。ここ結構車が多いし、気をつけないと。

「……あぁ、本当に焦った」

 信号を待ちながら、菱川さんが前髪をかきあげ、独り言のように零す。なんだか申し訳なかった。私はどうしてもこの時期になるとぼうっとしているとよく言われてしまうようで。さすがに去年と同じことをもう一度繰り返すとは思わなかった。

「あれは冗談じゃなく、命にかかわっていたよ……」
「……人ってあっけなく死んでしまいますから」

 父方も母方も祖父母はすでに他界しているし、両親も事故で他界している。母は私と同じで一人っ子で、父の兄弟はおじさんだけ。おばさんもいたらしいけど、早逝したと聞いている……私は、結構身内の縁が薄いのだ。私自身、いつどうなるかわからないなあ、とぼんやり思うこともある。

 菱川さんの手が私の手首から手のひらへと移動して、しっかりと握られた。

「あんまりそういうこと言わないでほしいな。不安になるよ」

 びゅんびゅんと車が行きかう交差点の街灯の下で、心配そのものの顔を浮かべる菱川さん。ごめんなさい、と私は素直に謝った。

「梢さんはしばらく絶対、僕と出かけるときはずっと手をつなぐこと。あと、何か気になることがあったら絶対話すこと。この二つ、約束してくれる?」

 私が承諾した後に浮かべた菱川さんの笑顔はやっぱり聖母マリア様だったけれども……やっぱりちょっとだけ怖かった。なるべくこの穏やかな人を怒らせないようにしようと誓った三木梢二十一歳の秋。


 ……あ。気になることと言ったら進路相談。さっそく菱川さんに言わなくちゃいけない案件だった。





 さらに後日。神社の厄祓いにつれていかれることが決定。菱川さんの心配ももっともなのでおとなしく受けることにした。ちょびっとの信仰心だけど、効果あるといいな。

ちょっとこの話への反応が怖いです……お手柔らかに

実は夏休みの間に梢さんはしれっと二十一になりました。
本人が忘れているうちに過ぎました。
次話はもう少し明るい話になりそうです
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