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わたしの愉快な旦那さん 作者:yuma

本編

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進路相談は○○とともに?

 スーパーや購買でかぼちゃプリンが並んでいるのを見ると、そろそろハロウィンだなあと思いつつ、一個だけ買って帰る。いわゆる自分へのちょっとしたご褒美というやつで、煮物のかぼちゃなどはあまり好きではないくせにかぼちゃプリンは好きで食べる。生トマトが駄目でもケチャップなら大丈夫というのと同じで、結局は加工の仕方が大事なのかもしれない。たとえ元の素材が同じなのだとしても。

 私は下膨れ顔がチャーミングなおじさんを前にして、前々から感じていた疑問をぶつけてみた。

「日本史と日本文学の違いとは何でしょうか」
「あー、それはなあ……君はどう思う?」

 天井すれすれの高さにある本棚にはあふれかえらんばかりの本が並ぶ。元々は広かったはずの机には、古写本やら版本などの古書が積みあがっていた。誰もが思い描きそうな、「ザ・研究者」の部屋だ。そして実際その通りで、目の前に座るおじさんはただのおじさんではない。れっきとした大学教授である。

「なんというか……その……研究手法は少し違うような……」

 しどろもどろになりながらも答える。

「ぱっと思いつくのは、日本史は歴史を扱い、日本文学は文学を扱いますが、日本史だと歴史書を中心に、日本文学だと物語や和歌、俳諧などの作品を取り上げるところでしょうか。……けれどもどちらもテクストを『読む』ことが大事ですし、文学をやっていても歴史書をまったく開かないというわけでもなく……。あと他の人たちの研究内容を聞いていくと、文学から歴史へとアプローチするようなものもありますし……」

 こんなことを言い終えると、先生は腕を組み、うーん、と唸った。

「まあ、間違ってないわな。文学の方でも歴史とのグレーゾーンみたいなやつはあるしな。いわゆる『歴史物語』、栄花物語や大鏡とかは、歴史学的には創作部分も多いから価値は低いけれども、一応歴史を扱ってるものもある。まあ、でも、結局のところ、どこまでが歴史学でどこまでが文学かって言われると……俺にもわからん!」

 海野先生は関西人らしいイントネーションであっけらかんと言い放った。片や、えーって顔をする私。

「言い訳するようだけれどもな? 専攻分けというやつは未分化な部分がいつも残っているもんや。この大学の専門でいうと、日本文学、日本史、日本美術なんかはわりと似たような学問領域で、時に重なったり、いくつもの領域にまたがって研究していたりする。しかし、結局のところ、俺からしたらあんまり細かに専門を分けるのもナンセンスな話で、例えば、文学が専門としたら、文学しか見ないっていうのは、自分の視野を狭めることで、研究者としてはよくないことなんだわな」

 ええか、しみじみと理解しろや、と先生は告げた。

「来年ここの大学院が再編成されるっていうのも、この弊害を少しでもなくしていくつもの専門領域に跨って自由に学べるようにするため。広い視点から物事を眺める姿勢が大切ってことだわ。ここは日本文学だから一応何か形のあるテクストから離れすぎなければ大丈夫やろ」

 なるほど、それはわかる。うんうん、と頷いていると、

「まぁ、でも俺んとこに直接相談くるってことは君は院進学を考えているんやな? それで、日本史か日本文学か迷ってると言ってもなあ……。君の場合、専門変える必要はないなぁ。君の専門としたい時代というのは、今日本史で専門としている先生がいないし。ここの大学院進むなら、一択で日本文学だわ。君なら何とかなるやろ。頑張りや」

 あとは院生から聞いてくれとばかりに、話が切られてしまった。どうやらこれから会議らしい。……突き放された気分だ。思いつきで突撃したから仕方がないけれど。

 象牙の塔から出て、一般社会へと舞い戻った。他の学部生やら院生を見るとなんだかほっとした。先生たちと話をした時は疲れる。

「あ、おかえりー」

 ひらひらと手を振って出迎えたのは神坂さんであった。その手にはかぼちゃプリンが。

 とりあえず、私はかぼちゃプリンを買うことにした。今すぐ。




 かぼちゃプリンを買って戻る途中で、学生フリーペーパーをもらった。近隣にある大学の学生たちで作る学生情報雑誌なのだけれども、読んでみると割と暇つぶしになるし、面白い。今回の特集は運動不足解消をテーマにしているらしく、空きコマ時間内でできるキャンパスの散歩コースを紹介している。他にもカフェやらレストランのクーポンもついているのだが……残念ながらそういうおしゃれスポットに一人で参戦する勇気がなかったりする。美味しそうな料理の写真を見て、美味しそうだなあと思うだけで満足してしまうのだ。

「あ、『息』最新号出ていたんだ。ちょっと見せてもらってもいい?」

 研究室に戻ってくれば、神坂さんが食いついた。神坂さんはまっさきに最後の方のページを開く。そこはちょうど毎号おしゃれな女子大生のグラビアが載っている箇所だった。

「おぉー。載ってる載ってる」
「知り合いですか?」
「うん。高校の同級生だったんだけど……可愛くなっちゃってまあ」

 近所のおばさんが感心するような声を出した神坂さんに釣られて、私ものぞきこむ。……確かに顔だちとか服装とか全部可愛い。都会的な「ザ・女の子」みたいな。そもそも素材が私たちと違い過ぎるんじゃないのってぐらいだ。

 ……こういう女の子なら、菱川さんと並んでも堂々と振る舞えるのかなあ。

 少なくとも抱きしめられてからどう顔を合わせていいのかわからずうじうじしている私とは違う反応をしそうな気がする。むしろ自分からねだるのにも躊躇なさそうだ。

「……おーい、梢ちゃーん。戻ってこーい」

 考え事をしていたら、神坂さんに軽く揺さぶられ、現実に戻ってきた。かぼちゃプリンの蓋を開け、一口食べる。よし、落ち着いた。そうだ、私は神坂さんに聞きたいことがあったんだった。

「質問です、神坂先輩」
「おお、いきなり珍しく先輩呼びしてどうしたの」
「先輩は進路ってどう決めましたか?」
「んー、難しい質問だねぇ」

 神坂さんは軽く首をかしげた。

「私さ、そもそもはちゃんと就職するつもりで、公務員試験の勉強までしていたんだよね。数か月で断念したけど」
「え、どうしてですか?」
「ある時、ふっと、『私、公務員になりたいんじゃない!』ってひらめいちゃって。で、民間企業に就職しようと思い始めたわけ」
「なるほど」

 急に何か天啓を受けたように決断することってあるものだ。前のバイトやめた時もそうだった。

「でも結局どんな分野にも興味を持てなくてどうしようってなった時、たまたま海野先生に話したことがあって。『進学は少しでも考えたことはないのか?』って言われた。それで考えてみたら、私って本当はもっと勉強したくて、でも親には言えないだろうって決めつけていたから無意識のうちにその選択をなしにしようとしていたんだよね」
「確かに、親にもっと勉強するためにお金を出してくれ、なんて言えませんよね……」

 こんな冷静な判断を下しながらも、私の胸の内は荒れていた。私は神坂さんと同じ……つまりは、そういうことだ。私は無意識のうちに進路を狭めていた。そして、除外していた進路こそが、私のもっとも希望する進路だった。先生に突撃した時はそんなにはっきりとした気持ちはなくて、ただ何となしに尋ねただけだったのに、ここまで来るとこれほどしっくりとした選択肢はなかった。

——自分が何をしている時、楽しいか。または、したくないことを消去法で消してみるとか、色々考え方はあると思うよ。

 とんぼが飛んでいた少し涼しい夏休みの午後に響いた、菱川さんの電話越しの声が蘇る。

 私がしたくないのは、「すぐに就職して後悔すること」。
 大学にまで進学しておいて、バイトばかりにかまけていて初心を忘れていたのだと思う。お金に振り回されて、忘れていたのだ。大学入学した時のわくわくした気持ちや、こういうことを勉強したい、と夢見たこと。――まだまだ全然、叶っていない。

 そうやって心は決まったけれど。

 どうしよう。……おじさんをどうやって説得しよう?
 お金の問題もあるし、相談しなくちゃいけない。自分の口から、しっかりと。

 途方もない難題を抱えてしまった。














海野先生は神戸あたりの出身で、地元からうん十年離れています。
作者は関西人ではありませんので話し言葉に自信がありません。気になる方はご一報ください。できるだけ直します。
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